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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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26-6

 オロチよりシズクとオオミツについての最新報告受けたハジメは黙考する。


 ブンゴとショージ、そしてラメトクとエペタムのターゲットとの接触は思わぬ僥倖を齎した。それは彼らの戦闘力の推定が判明したこともそうだが、もう一つある。


 シズクはエペタムを弾き飛ばした際、一緒にこっそりラメトクの落とし物の手袋を投げ渡していた。手袋自体はエペタムが「あの女の臭いがする」と切り刻もうとしたため廃棄が決定したが、この手袋の中に手紙が入っていたのだ。


 内容は、シズクがこの後向かう場所と、興味があったら一人で訪ねてきてほしいという遠回しな逢瀬の要求である。あの女、オオミツの大暴れもエペタムにあれほど襲われても毛ほども反省していないようだ。


(やはりこの女、レベル100クラスだな)


 妖剣エペタムの戦闘能力――というより破壊力を鑑みるに、これを余裕を持って迎撃したということは互角に戦うのに単純計算でレベル100はないと心許ない。それでも足りない分はトリプルブイの異常な技術力を注いだ義手に賭ける他ない。どちらにせよ転生特典如何ではまともに戦っても勝てない可能性がある。ハジメも含めてだ。


 今現在、ベニザクラのレベルは66。

 覚醒したパーソナルスキルも鑑みれば劇的な成長ではあるが、これ以降のレベル上げに必要な経験値は更に増加していく。そうなると、あとどれほど時間をかければいいのか分からない。


「それにしても行き先がハートピア島とはな。観光気分か?」

「かもしれませんな」


 オロチも思うところがあるのか、少し呆れている。

 シャイナ王国南部近海に存在するハートピア島は、嘗てどこかの馬鹿な転生者が何を思ったかとある島を破壊してハート型に改造したというとんでもない島である。その後、島はその形状の物珍しさから観光地として発展し、今は「カップルの聖地」として扱われている。

 ……ちなみにホームレス賢者曰く、実際にハート型をした離島が日本にあるらしい。もしかしたら削った人間はそれを知っていたのかもしれない。


 年一回行われる闘技大会『ベストカップルトーナメント』は特に一部の界隈では有名で、シャイナ国内外から腕に覚えのある馬鹿ップルたちがこぞってペアで出場する。優勝者には莫大な賞金が出るだけではなく、ハートピア島でしか採取出来ない稀少な金属で出来たペアリングが贈られる。このリングは要望を出せばデザインを変更可能で、これを結婚指輪にしたがるカップルは多い。


 恐らくシズクとオオミツの二人は大会に参加する気だ。

 犯罪者であることを理由に参加を拒まれたら脅してでも参加するか、大会をぶち壊して指輪を盗む気かもしれない。野蛮にも程があるが、彼女くらいの実力なら事実として可能だろう。


(いや、しかし……この女が以前からの懸念通り『見つからない』転生特典を持っているとしたら? NINJA旅団も捕捉出来ない類の力を持っている場合、むしろハートピア島でしか決着をつけられないのでは?)


 旅団の捜索網さえすり抜ける相手となると、次はどこに出現するのかまったく予測できなくなる。船に乗っているのは分かっているのに見つけられない、なんて不思議なことになりかねない。

 だからこそ、ハートピア島に指輪目当てで現れるという予測が正しければ、これは彼女たちと確実に接触する千載一遇の好機。しかしそれではベニザクラのレベルの底上げに時間が足りなすぎる。

 それに先ほども言った通り、指輪を気付かれずに盗まれたらおしまいである。


(……これは要対策だな)


 ハジメの思いつく内容であるならばライカゲも思いついていることだろう。


「オロチ。ハートピアでの決戦を想定した作戦は建てているか?」

「やはりハジメ殿もそこに行き着きましたか……一応、用意はしています」

「もしもシズクの捕捉が根本的に難しい場合は?」

「……師匠マスターか貴方が直接発見して叩く以外の選択肢は、現実的ではないかと」

「だがそうなるとベニザクラの実力では……」


 ハジメとオロチの視線の先には、ここ最近のレベリングでとうとう大群程度では動じなくなったベニザクラと、彼女の剣の練習を請け負うために謎の近未来的な剣を握るカルマの姿がある。

 その剣戟は予想より遙かに熾烈で、しかもベニザクラが覚醒させたパーソナルスキルの熟達にも目を見張るものがある。


「器用になったじゃん、ベニザクラ」

「お前の実力の底知れなさを思い知らされる日々だよ!」


 義手と武器のハンデなど嘘のように華麗にステップを踏みながら攻め立てるベニザクラは、レベルだけでなく剣技もかなり研ぎ澄まされてきた。本人曰く、レベルが上がってきたことで世界一のお手本ハジメを観察する余裕が出来たおかげらしい。泥まみれの実戦を繰り返している筈なのに、彼女の隙のない立ち振る舞いはむしろ無駄のない美しさを増したように感じる。


「オロチ。ハートピアを決戦地とする場合、どこでレベリングを打ち切れば良い」

「今日までです。新たな義手と刀の慣らしを考えれば、明日からはそちらに移った方が良い」

「ベニザクラは勝てると思うか?」

「一対一ならば厳しいでしょう。ですが、その点は問題ないかと」

「なぜだ?」


 オロチはこほん、と咳払いすると説明を開始した。

 その余りの内容に、ハジメはそれから10秒たっぷり絶句した。




 ◆ ◇




 その日の夜、神妙な顔のハジメに呼ばれたベニザクラは、事情を知る。


 シズクとオオミツが異能の力と思われる何かの作用で発見困難であること。

 その二人が一週間後に高確率で出現する場所とその目的が偶然知れたこと。

 この機会を逃すと、もしかしたら二度と再戦が敵わないかもしれないこと。

 代わりに、一週間後の再戦の場合は二対二の戦いになること。


「俺はあと一週間で君がシズクの実力に伯仲するには時間が足りないと思っている。それに君は自力で彼女に勝ちたい筈だ。一週間後の戦いで決着をつけるにしても、君の心に禍根が残ることを俺は憂慮している」

「だが、次の機会は運が悪ければ訪れないかもしれない……」

「そうだ。だから今日、どちらにするか決断してほしい」


 ベニザクラは考える。

 ハジメはベニザクラの理想のリベンジをよく汲んでくれている。その上でしかし、結局決着が永遠につかないような事態になればもっと禍根が残ることも考え、ここで選択を迫ってきたのだろう。


 どちらがいいかと問われれば、無論実力で勝ちたい。

 しかしベニザクラも馬鹿ではない。

 世界が自分の都合に合わせてくれるとは思わない。


(この流れ、乗り損ねれば次はない……)


 一個人としての誇りではなく戦人として戦いの潮目を何度も見てきたベニザクラの直感が告げている。両親が二度と還らなかったように、祖父母の死に目に会えなかったように、大事なときに大事なことに気付けなかったことで今のベニザクラがある。


 今度は間違えたくない。

 『阿形』と『吽形』は略奪者ではなく自分が受け継ぐべきものだ。


「一週間後の作戦に乗る。ただし、作戦の中で私は全力で戦い抜く。それで刃が届かないなら、それが今の私の限界だというだけの話だ」


 一週間後の決戦の了承。

 ハジメはすっと目を細め、再度確認する。


「いいのか」

「ああ」

「作戦の関係上、彼らと戦うまでに一芝居打つ必要がある」

「どんな役目だろうと演じよう」



――そして数日後。



『西ゲートから入場するのはベストカップルトーナメント予選で圧倒的な実力を見せつけたカップル『花見酒』!! 謎の冒険者ナナジマと、美しき白き鬼人ベニザクラぁ!! 今日もベニちゃんは照れながらナナジマと手を繋いでいる! 戦いの最中はあんなにも勇ましいのに、その初心さが可愛いぞベニちゃん! たまらんぞベニちゃん! 心なしか無表情のナナジマの方も幸せそうだぁ!!』

(演じるとは言ったけども!! これは、あ、あんまりじゃなかろうか!?)

(仕方ないだろう。人気者になれてよかったな、ベニちゃん)

(その呼び方はやめてくれっ!!)


 ベニザクラは恥ずかしさと照れで頭が爆発しそうになりながら、ハジメと手を繋いでベストカップルトーナメント本戦に参加していた。




 ◆ ◇




 某月某日、フェオの村にある謎の会議室。

 そこに、三人の人物が集まり、会議を開いていた。


 ウルの指示で作戦立案を任されたリサーリは、神妙にベニザクラによる復讐計画の概要を説明する。

 それを聞くのは何故か手袋にサングラスを装着して組んだ手に顎を乗せるウルとアマリリスだ。二人で同じポーズをして並んでいるのでシュール極まりない。


「まず、これは彼らの狙いが優勝者に与えられるペアのリングであることを前提に組んでいます」


 この点に関しては様々な人間と議論を重ねたが、やはり二人の関係性やタイミングからしてほぼ間違いないという結論は出ているので異論は出ない。リサーリはそれを確認すると、小さく胃をさすりながら説明を続ける。


「対象は極めて高い隠匿能力を持っていることが懸念されています。存在感そのものを消すのか、隠匿性能が極度に高い装備か、もしくは肉体を空気のような流動性のものに変化させて移動するとか。そのどれが能力であっても、まともに大会に出ずに物だけを盗む可能性は否めません。よって、絶対に彼らに盗めないようにします」

「具体的には?」

「ルシュリア姫の伝手で怪盗ダンのお弟子さんが指輪を盗み、その指輪をフェオの村のクオン様に保管していただきます」


 運営には既にその辺りは伝達しているが、いつ、どのタイミングで盗むかは一切伝えていない。なのでもしシズクたちが大会運営を脅して詳細を聞き出そうとしても絶対に指輪の行方は分からない。

 リサーリはここから更に念には念を入れ、外部からの接触が不可能な空間を作ることのできるクオンのエンシェントドラゴンとしての能力に着目した。外界から完全に遮断され、リサーリ自身もトラウマ級に酷い目に遭わされたあの『試練の結界』ならば、シズクが如何なる隠匿能力を持っていても盗むことは不可能だ。


 ……ちなみにだが、怪盗ダンの弟子というのはドメルニ帝国皇女アルエーニャのことである。ダンは正式に認めてないので自称弟子だが、怪盗の腕自体は申し分ない。ルシュリア経由で事情を知って「世のため人の為ならば!」とノリノリで承諾したそうだ。「だんな様もシャイナ王国に戻るって言ってたし好都合!」とも言っていたとか。


 ウルが無駄にサングラスを光らせて質問する。


「空間を超える能力者や絶対追跡能力を持っている場合は?」

「前者の場合は移動や戦闘でとっくに活用している筈ですし、空間の歪みはNINJAの皆さんには察知できるそうなのでほぼないでしょう。絶対追跡能力では発動者が誰にも見つからない理由に説明がつきません。よってこの作戦で指輪を完全に盗めない状態に出来ると踏みました」

「グッド。続けなさい」


 この魔王、ノリノリである。


「しかし、ただ単に手に入らないというだけではシズク及びオオミツが早々に目的を諦めてしまう可能性があります。なので、ルシュリア王女に正式に二人の大会参加を認めて貰います。公衆の面前で堂々と」

「それには具体的にどんな効果が?」

「王女は二人の大会参加と商品等の受け渡しを認め、更に大会中に二人を指名手配犯だからという理由で逮捕しないことを認め、ついでにベニザクラ様の『阿形』と『吽形』にまつわるトラブルにも目をつぶると明言していただきます。となれば、二人は公権力の不意打ちを気にすることなくただ大会を勝ち上がって優勝すれば目当てのものは手に入る訳です。代わりに試合中の犯罪や不正行為を許さないことを条件にします。破った場合は指輪は絶対に手に入らなくなると言えば、短期間は大人しくするでしょう」


 今度はアマリリスがサングラスを光らせて質問する。

 このお嬢様もノリノリであった。


「今大会は諦めて来年用に指輪が作られるまで待って、出来たら強奪とかも出来なくはないよね? その辺どう考えてんの?」


 リサーリはうっ、と嫌そうな顔をしたが「私見ですが」と注釈した上で説明してくれた。


「シズクもオオミツも過去のデータに全て目を通しましたが、彼らはとことん、骨の髄まで『長期間の我慢が出来ない』。そのとき食べたいと感じたものはそのときに食べないと気が済まないし、そのときやりたいと思ったことは無理矢理感があっても実行する。思い立ったときの瞬発力と、それを押し通せる実力を二人は兼ね備えている。だから一年なんて絶対に待てないだろうと……短期で手に入る道があるならリスク承知でその道を行くと思いました」


 根拠はないですけど、といじけるリサーリだが、ウルもアマリリスも彼の言い分には得心していた。二人が漠然とシズクとオオミツに抱いていた印象を、リサーリは過去のデータから論理的に読み取って言語化していた。


「あとはハジメ様とベニザクラ様がカップルになってターゲット二人と同じく大会に参加して頂ければ、実力者であるお二人は自然と勝ち上がって激突することになります」


 アマリリスとウルが同時に拍手する。

 ハジメハーレム計画者の思いを感じ取って二人を合法的に近づけベニザクラの可愛い顔を見られるようごく自然に仕向けた素晴らしい作戦である。これだけで過去の犯罪歴を全て帳消しにしていいくらいの働きだ。


 ただ、最後の詰めも念のためにウルは確認する。


「一つ質問なんだけど、それだと『阿形』と『吽形』を正式に取り返す算段ちゃんとつくの?」


 サリーサは、これには「待ってました」という顔をした。


「ルシュリア王女は『阿形』と『吽形』にまつわるトラブルに目をつむります。なので、『大会中にベニザクラ様がターゲット二人から刀を奪い取ったとしても目をつむる』んです」

「つまり、相手が条件を呑まないんなら倒した勢いで気にせず奪い返してしまえと?」

「そういうことです。如何でしょう、お二方? ご期待に添える作戦でしたか?」


 アマリリスが素直に感心する。


「スゴイよリサーリくん! 君に任せてよかった!」

「王女の宣言も伏線ふせんだったなんて、考えてるよね~!」

「き、恐縮です魔王様……へへ」


 照れるリサーリの悪魔の尻尾が猫のように揺れる。

 ウルの好みの男子ではないが、これはこれで犬のように撫でたい愛嬌がある。


 弱いが故に抜かりなく作戦を組み立てるし、利用できるものはなんでも躊躇なく利用する――リサーリのそういうところをウルは買っている。同時に、彼の嘗ての境遇を思うと内心でため息が漏れる思いだ。


(リサーリ君が魔王軍参謀総長になってたら勇者とっくに負けてたんじゃない? これだけ頭の回転が速いのに直接戦闘力が低いから現場で働かせてたって、ちょっと酷いなぁ……)


 絶対に人材を無駄遣いしている。なんであのひとたちは勝つ気満々なのに勝つことより自分たちの趣味や感覚を優先するんだろうか。

 やっぱり魔界も魔王軍も碌でもないな、と実感するウルであった。


 なお、この作戦によってハジメは「これマジでやるのかー。マジかー」と苦悩しているので、ある意味リサーリのハジメに対する逆襲と言えなくもない。当事者たちにはその自覚も認識もないが。

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