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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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26-5

「チョコマカチョコマカぁ!! ゴキブリみてぇに這い回ってんじゃねえぞぉッ!! 爆砕掌ォッ!!」


 凄まじいオーラの籠ったオオミツの掌底が大地に叩き付けられ、凄まじい衝撃に大地がめくれあがる。拳一つで生み出されたとは思えない衝撃波と砕けた大地の欠片が周囲に撒き散らされ、ショージはハンマーを地面に叩き付けて相殺し、ブンゴはその背後に回って難を逃れる。


 しかし、二人は既に相応に切り傷や打撲などのダメージを受けていた。


「ショージ、いつでも撤退出来るように『帰還の天糸』準備しとけ。こいつヤベぇ……」

「転生者じゃないっぽいけど、それでこれかよ! ハンマーに響く衝撃で手がおかしくなりそうだ!」


 ブンゴはショージよりこの世界に来たタイミングが早く、既にレベル50に到達している。ショージもショージで自慢のビルダー能力によって強力な装備を揃えているため、レベル30程度ながら格上相手でも充分戦える能力となっている。


 そんな二人を以てして、憤怒の形相で暴れ狂うオオミツはまったく歯が立たずに防戦一方だった。恐らくはレベル60以上――下手をすると70以上。単独で魔王軍幹部と戦うことが可能なレベルだ。


 しかもこの男、元山賊だけあって大太刀と格闘以外にも時折小技を挟んで崩しにかかってくるのが非情にいやらしい。怒り狂って視野搾取になるかと思いきやそうした点で抜け目がないのが非情に厄介だ。


「べらべらとぉ!! 舐め腐ったそのツラを――」

「やばっ!?」


 一瞬にして痛恨の油断。

 その隙に、オオミツはショージの眼前に迫っていた。


「グチャグチャに潰してやるよぉッ!!」


 ズガンッッ!! と、衝撃。

 オオミツの蹴り上げがショージのハンマーに直撃し、跳ね上げられて宙を舞う。武器を失ったショージには攻撃手段がない。死ぬ――!! ブンゴが何とか二人の間に割って入ろうとした刹那、突如としてロープがオオミツの腕に絡みつく。


「なっ、誰だ!?」

「どっせいッ!!」


 腹から響くかけ声と共にロープが引かれ、オオミツの体が宙を舞う。投げ飛ばされたのだ。ロープを放った主は二人に駆け寄ってくる。それは先ほどシズクに絡まれていた青年――ラメトクだった。


「無事ですか、お二人とも!?」

「あ、お前! もげろ!!」

「そうだもげり果てろ!!」

「助けてあげたのに開口一番その言い草!? 一応貴方方のおかげでさっきの女性から逃げられたのでお礼も兼ねてたんですけどねぇ!?」


 ブンゴもショージも青年を一度は睨むが、ため息をついてかぶりを振る。


「いや、すまん助かった。つい本音が漏れたけど」

「えぇ……ていうか、ええとブンゴさん? 以前お会いしましたよね?」


 実はブンゴとラメトクは以前に偶然出会っている。

 ブンゴがラメトクを冒険者と間違えて声をかけたのだ。

 会話らしい会話もなかったが、互いに印象は強かったのでブンゴも思い出す。二人はラメトクが以前ハジメと出会っていたことも未だに知らないものの、今は身の上話より目の前の危機だとオオミツの方を見る。


「とりあえず、賞金稼ぎをしてるラメトクと言います。随分ヤバい人を相手にしてるみたいですし、手伝いますよ」

「おお、バウンディハンターの援軍は嬉しいねぇ!」

「とはいえ、あいつ滅茶苦茶強いぞ。見ろ、投げ飛ばされても全然堪えてねえ」


 三人の視線の先では、首をバキバキと鳴らしながら何事もなかったかのように立ち上がるオオミツの姿があった。


「ふぅ~……やっと準備運動が済んでこっからだって時によぉ。どうして最近のクソガキ共ってのは群れて強くなった気になりやがる? こないだブチ殺した英雄気取りのガキもそうだ。あんなガキばかりのさばりやがって、しかもその一人は俺の女にちょっかい出してた奴だしよぉ。ああムカツクぜ……いいよな? 今、ハニーは見てないしぶっ潰して顔も分からない形にしちゃっていいよなぁ!?」


 青筋という青筋が浮かび上がり、目が充血したオオミツがぎょろりと三人を見る。彼の全身から歪なオーラが噴出する様に三人は生唾を呑み込んだ。今まで使っていなかったオーラによる強化を行ったということは、今までの比ではない苛烈な攻撃を仕掛けてくるということだ。

 この男、まだ底が見えないのか――と、ブンゴとショージは内心で毒づく。


 だが、それより前に新たな闖入者が現れる。


 ぎん、きん、がきん。

 小気味よく響き渡る、刃と刃の重なる剣戟の音色。

 一つの演奏の在り方であるかのように優雅に、それらはやってきた。


 一人は、まるで自分の所有物であるかのように『阿形』を操り、踊るように剣を振るうシズク。

 もう一人は、そのシズクをあらゆる角度から殺意剥き出しで付け狙う宙に浮いた剣、妖剣エペタムだ。


『潰れろ捌かれろ断たれろ捻れろ千切れろ裂かれろ五臓六腑をぶちまけて死に晒せぇぇぇーーーーーッッ!!』

「彼女がヤバイってこういう意味ねぇ……そら、よっ、ほい!!」


 妖剣エペタム――己の意志で勝手に動き回る世界最悪のヤンデレソードは、愛する所有者ラメトクを誘惑したり危険に晒した存在を決して許そうとしない。ハジメを以てしてレベル100相当かそれ以上と言わしめた圧倒的な戦闘力は、今日はラメトクが止めに入っていないため完全な状態で解き放たれている。


「おいおいおいブンゴ。なんだよあの剣よぉ……俺のところの草薙ちゃんみたいに跳ね回ってる上に、あの子より百倍凶暴に見えるんだが?」

「やばすぎて漏らしそうなくらいコエぇ……!」


 重力や慣性を無視した余りにも無軌道な斬撃の嵐。

 ブンゴとショージなら数秒後には全身が輪切りになるほどの死線。

 だが――シズクは汗一つかかない。


「面白い剣ねぇ。流石に自分の手に収めようとは思わないけど」


 シズクは軽口を叩きながら、取り回しづらい筈の大太刀で華麗に迎撃する。エペタムの斬撃がどれほど大地を引き裂いても、シズクは絶妙な力加減と角度でそれを受け止め斬撃は掠りもしていない。


 火花を散らしながら、一切の無駄なく、極限の集中力と太刀筋で全てを防ぎきる様は、吐息が漏れる程に美しかった。


 永遠に続くかと思われた剣舞だが、不意にシズクがカッと目を見開く。


光明こうみょう一閃いっせんッ!!」


 瞬間、エペタムが光の如き斬撃に弾き飛ばされる。

 目にも留まらぬ完璧なカウンターだった。

 よほどキレイに入ったためかエペタムも態勢を立て直せず、なんとか反撃に移ろうとしたときには慌てて駆け寄ったラメトクの手に握られていた。


「どうどう、エペ、落ち着いて!! 俺はここにいるから!!」

『フゥー、フゥー!! あの女殺すあの女殺すあのおんな殺す……!!』

「エペ!!」

『コロスコロスコロスコロ……あっ……あったかい、ラメトクのあったかさだ』


 殺意と怒りのあまりわなわな震えていたエペタムが落ち着きを取り戻した時には、シズクを見たオオミツも気持ち悪いくらいに怒りを引っ込めていた。


「もう、ダーリン? 寄り道してる場合じゃないっていったのにまた暴れちゃって」

「で、でもようハニー、あのガキ共が……しかもあの剣を握ってる奴、ハニーに近づきやがって!!」

「余裕のない男は嫌いよ。愛を最後まで信じてくれる男が好き」

「……分かったよハニー」


 先ほどまで手のつけられない怪物だったオオミツが巨大な肩をしゅんと縮ませる様は、いっそ気味が悪い。シズクだけはそれを猫でも撫でるように可愛がる。


「よろしい! じゃ、行きましょう? ベストカップル杯の会場は転移陣じゃ行けないんだもの」

「おうよハニー!! 優勝は俺たちのもんだぜ!!」


 二人は勝手に二人の世界に突入し、去って行った。

 去り際、シズクはさりげなく三人と一本の方を振り返ってウィンクする。

 まるで、この場を収めたのは自分だから感謝しろとでも言うかのように。

 二人の背中が見えなくなると同時に、ショージはその場にへたり込んだ。


「なんだあいつら……勝手に暴れて勝手に帰っていきやがった」

「聞いちゃいたが、正に嵐の如くだな」


 ――これが、ブンゴ、ショージ、ラメトク、エペタムの四名が得た、ベニザクラの得た敵の情報の全容であった。


 ちなみに落ち着きを取り戻したエペタムはその後当然のようにラメトクの腹に突き刺さろうとしたので、彼は慌てて彼女を収める人型刀剣格納器(ここに来るまでにエペタムがどこかに放り捨ててきてしまった)を探す羽目に陥り、ブンゴとショージが「彼女は誰でも良いかと思ってたけどヤンデレだけはやめとこう。せめてヤンキーデレのヤンデレにしとこう」と思ったのは完全なる余談である。




 ◇ ◆




 ベニザクラは己が仕上がれば仕上がるほどに、思い知らされる。

 ハジメという男の極限まで練り上げられた実力を。


 乱戦の中にあって絶え間なく、強敵との死闘の最中にあって揺るぎなし。

 これほどの高みに達してもなお成長を続けているのではないかと思う。


 次元が違う。

 追いつけない。

 なのに、胸の鼓動は高まる。

 自分はどうしようもなく、逃れようもなく、根っからの鬼人なのだと思い知らされるのは、いつもそういうときだ。


 この数日間、ベニザクラはずっと地獄のような戦いを潜り抜けてきた。


 空を埋め尽くす蟲の魔物の大群と、その王。

 地中から湧き出して支配域を広めようとした古代生物。

 毎年決まった時期に山から訪れる巨獣の群れ。

 どれもこれもがこれまでのベニザクラが仕事で相手をしてきた敵とは一線を画す桁外れの難易度だった。何度でも足を引っ張ったし、何度でも自分のせいでパーティの足が止まった。しかし、ベニザクラはひたすら己を精錬することだけ考えた。


 己を練り上げることと精錬は似ている。

 何度も何度も過酷な環境に身を置き、残渣ざんさを落とし、己をもっと純度の高い戦士に鍛え上げる。無駄をなくし、余分な判断を思考から削り、強みを研ぎ、弱みを埋め、甘えを踏み躙った末に出来上がるものが真の戦士だ。


 そして、今――。


『ギギギギギギ!!』

「……」


 斬撃と斬撃が虚空で衝突し、火花が撒き散らされる。

 ベニザクラはレベル70に匹敵する化物と対峙していた。


 カイキノウ・マンティスは不思議な金属で構成された異形の蟲だ。

 本来ならごく一握りの秘匿された危険な遺跡にしか生息しない生物を何者かが迂闊にも遺跡の外に解き放ってしまったそれは、ベテラン級冒険者でもまともに戦えば輪切りにされるほどの凄まじい戦闘力を誇る。

既にベニザクラの周囲にはカイキノウ・マンティスと共に逃げ出した魔物たちの死骸が散乱しているが、そのうちの半分はマンティスの鋭すぎる斬撃に巻き込まれて死んだ哀れな骸だ。


 単純計算でも魔王軍の幹部クラスはあるその戦闘能力は両腕の鎌による斬撃に全て振られており、下手な盾なら一刀のもとに斬り伏せられる。しかも瞬発力も圧倒的で、間合いに入れば即座に死が待っている。


 少し前までなら完全に格上の相手であり、もし戦えばベニザクラは全ての腕と足、そして首まで失って餌にされていたところだろう。だが今、彼女の心に格上と相対する絶望感はない。


 ハジメと共に戦っていて学んだことがある。

 闘志を常に滾らせるという鬼人的戦闘観は無駄が多い。

 ハジメもカルマも戦闘時は淡々としており、しかしここぞという場面では気迫の籠った一撃で敵を蹂躙してきた。それは彼らが圧倒的に強いからというのもあるが、強い者は力を無駄に使わないのではないかという推論に至った。


 強者故に生まれる余裕ではなく、強くなる為に必然的にそうなった形。

 思えばあのシズクという女も荒々しく闘志を漲らせてはいなかった。

 それに気付いたとき、ベニザクラの戦闘は一気に変貌した。


(動きが読める……確かに強いが、倒せない相手ではない)


 無理に力を籠めずとも勝機は自ずとやってくる。

 それをただ待つのではなく、早く訪れるよう誘導する。

 ほんの些細な力加減と動きの変調。

 幾度か誘導を繰り返すと、ベニザクラの思ったタイミングにカイキノウ・マンティスの大振りの鎌が迫った。


 それは、ベニザクラが思い描いた理想のタイミングと重なっていた。


 刃を躱すために逸らした肉体、吐き出される息、手に握る刀の感触。

 これまで敵を強さで薙ぎ倒す時には決して感じられなかった感覚。

 今、ベニザクラは己と戦場を掌握した。


「奥義」


 自然と、声が漏れる。

 己の長い髪をたなびかせながらくるりと回ったベニザクラの刀に真っ赤なオーラが宿る。表は赤く、裏は紫を帯びた独特な光。それは敵を滅する新たなる力。


滝桜たきざくら


 静かな、余りにも静かな一閃。


 マンティスは己の鎌が空振った姿のまま、ぴたりと停止する。


 直後、マンティスの細くも頑丈な体に切れ目がつぅ、と走る。

 それが何かを理解するより前に、マンティスは真っ赤なオーラを噴出させて胴体を両断された。その様はまるで鮮血が舞うようでもあり、桜吹雪のように美しくもあった。


 一撃必殺、一刀両断。

 静かに刀を鞘に収めるベニザクラには、呼吸の乱れ一つない。

 きん、と納刀した刀と鞘の隙間からは、桜の花弁のようなオーラがはらりと散った。


 ――その独特のオーラが、己が戦いの末に発現させたパーソナルスキル『残桜ざんおう』であることを彼女が知るのは、少し後になってからのことであった。

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