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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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26-4

 ベニザクラが目を覚ましたのは名湯と名高い温泉のあるクサズ旅館の宿だった。


 記憶に微かに残るのは、遠くどこかで聞こえるヴァンパイアの悲鳴。

 体を少し起こして周囲を見ると、昼寝するカルマと装備品を黙々と整理するハジメの姿があった。


「どれくらい、寝てた」

「あ、起きたんだ。丸一日かな。正確には22時間45分17秒ね」

「そう、か」


 ベニザクラは外の灯りが眩しいかのように目元を腕で隠し、それから静かにすすり泣いた。

 弱いから家族の誇りを守れなかった己。

 今、弱いが故に二人の足を引っ張る己。

 現実は常に辛い現実をベニザクラに突きつける。


 これでもしも優しい言葉でもかけられたりすれば――。


「ベニザクラ」

「……」

「道具の整理が終わったらすぐに次の仕事に行く。起きたなら荷物の整理をしろ」

「!!」


 腫れる瞼を隠しもせずに跳ね起きてハジメを見る。

 ハジメの目には哀れみも気遣いもなかった。

 必要と思ったことを淡々と実行する、いつものハジメだ。


「これからは寝ても覚めても戦いだ。肉体を連戦に慣れさせろ」

「……承知した!!」


 ハジメがそう言うのなら、今は無茶する時だ。

 起き上がれば肉体の倦怠感はあったが、動けない程ではない。

 早速武器と装備品をチェックするベニザクラのやる気の出しように、寝返りを打ったカルマは呆れた顔をする。


(なんか噛み合ってないようで噛み合ってるわね、この二人。ヘンなの)


 ストイックに強さを目指したいベニザクラと、ストイックに死を目指してきたハジメ。見ている方向は違う筈なのに行き方が似ているとは、不思議な話だ。




 ◆ ◇




 ベニザクラが修行に明け暮れているその頃、フェオの村の住民達は引き続きベニザクラから刀を奪った二人組の情報を収集していた。

 着物の凄腕女剣士と、ガタイのいい古傷だらけの大男。

 実は諜報活動が本業と自称するNINJA旅団が協力しているだけあって、候補はすぐに絞られた。


 女剣士シズクと、そのパートナーのオオミツ。

 彼女の刀を奪った二人組は、ほぼこの二人で間違いなかった。

 オロチがフェオに報告書を渡し、フェオがチェックする。


「剣士シズク。来歴不明。経歴は……これ、経歴じゃなくて犯罪歴って言うんじゃ?」

「何せ他に情報が出なかったものですから」


 シズクの前科がびっしりと書き込まれた紙に、フェオは目眩がする。

 

 飲食店、宿、売店等で支払いをせず逃亡するのは当たり前。

 暴行事件数知れず。不法侵入数知れず。強盗事件数知れず。

 衛兵からは毎回逃げおおせるどころか返り討ち。

 しかし、死者を出していないことと同じ場所にまったく留まらない生活のせいで今までなかなか同一人物の犯行だと断定できなかったようで、懸賞金は経歴の割には安い。


 浮かび上がった人物像は、その日のこと、その場の自分の利益しか考えない、極めて享楽的で自己中心的な性格。そして気まぐれでもあり、犯罪歴の中には別の被害者の為に加害者を打ちのめしたものや、盗品をすぐ捨てたり他人に恵んだりするものも時折混ざっており、とにかく一貫性がない。

 被害者の中にはフェオでも名前を聞いたことがあるような有名人もおり、どれほど彼女が滅茶苦茶な生活を送っているのかが分かる。


 オロチは己の顎をさすって唸る。


「何やら自分の存在感や気配を操る術に長けているようでして、一応手配書も出ているのですが賞金稼ぎたちは誰も彼女を見つけられないだとか」

「じゃあもう一人の方は?」

「パートナーのオオミツも同じ術を持っているか、もしくはシズクの何かしらの力によって存在感を消されているのかもしれませぬ」


 オオミツは、シズクとは違う方向で前科びっしりだ。


 驚くことにこの男、元山賊であるらしい。

 その内容は強盗行為は勿論のこと、暴行、強姦、脅迫、たまに殺人。

 まさに暴力の化身、人間の凶暴性の極致だ。

 一度は捕縛されるも常軌を逸した筋力によって刑務所から脱獄し、その後にシズクに出会ったと思われる。


 犯罪者と犯罪者、どうしようもない存在の相乗効果。

 フェオの心に侮蔑の感情が宿る。


「最低……絶対に野放しにしちゃいけない人達だ」

「まぁ、色々な意味で類を見ない犯罪者たちですな。彼らには信念も野望も何もない。被害を受けた側からすればいきなり災害がやってきたようなものです。実力が高すぎるが故に防ぐことも出来なかったでしょう」

「こんな人達に、ベニザクラさんは挑むんですね」


 悲運の連続の人生を送ってきたベニザクラの前に現れた、更なる悲運。彼女はあとどれほどの試練を乗り越えれば幸せになれるのだろうか。物憂げなフェオの心情を察したオロチは、「そんな顔をしないで」と慰める。


「今回はハジメ殿がつきっきりでベニザクラ殿を鍛えています。二人に相対する時も共に行くつもりだと。二人を信じましょう」

「でも……シズクの実力は、ハジメさん達に迫る可能性があるんでしょう?」


 だとすれば、彼女のパートナーのオオミツも同じだけの実力の可能性がある。ベニザクラはフェオでは到底敵わない実力者だが、そんなベニザクラが刀を掠らせることも出来ないのがハジメだ。それと同格の相手と戦うのは、信じたい反面で諦めた方が良いのではないかとも思えてくる。


「だからこそ、我々が信じるのですよ。フェオ殿」

「……そっか。そうですね」


 せめて自分たちが信じてやらないでどうするのか。

 フェオは一度空気を大きく吐き、迷いを振り切るように頷いた。


 それから暫くして、遂にシズクの直接的な目撃証言が上がる。

 何の因果か、遭遇したのはブンゴとショージであった。




 ◇ ◆




 遡ること数時間前、ブンゴとショージはギルド支部のある近隣の街で広場のベンチに並んで座り、虚ろな目で虚空を眺めていた。

 二人はたびたび一緒に冒険に出たりするのだが、今回も可愛い女の子との出会いを求めて組んだパーティが「ごめんやっぱ無理」と解散してしまい、沈み切っていた。


「何がいけなかったんだろうなぁ。ブンゴがいつもどおりチート能力であの子の装備品の詳細情報当てまくったのが悪かったのかなぁ」

「人のせいにすんなよショージ。お前なんか露骨にパンチラ狙って風魔法エンチャント使いまくってただろ?」

「お前も風が吹くたびガン見だっただろーが!」

「他のメンバーも見てたろ! 大体お前、打ち上げの飲み会の説得は任せろとか言って思いっきり断られやがって! 興奮すると一気にまくし立てる癖直せって前にも言ったろ!!」

「そりゃお前が同じミスするから俺に役割押しつけるようになっただけだろ!? お前の誘い方、意識高いけど面倒臭い系で余計に女の子が引くんだよ!!」

「……はぁ。虚しい。やはり転生しても童貞は童貞か」

「より年季の入った童貞になってモテなさ倍増。ハハッ飲もう」

「おう、飲もう。今の俺たちには金ならある」


 能力はあるのに絶望的に女にモテない男達。

 彼らくらい実力があればそれに惹かれて女の子の一人くらいは寄ってきそうなものだが、やはりどんなに能力があっても染みついた陰キャ臭が消せないらしい。そんな二人は当然の如く、モテる男が気に入らない。


 今も二人の目の前では、和服美女に手を引かれて赤面しながら困る青年の姿があった。


「照れちゃって可愛い! それにぃ、着痩せするタイプ。手を握っただけで分かるわ、この逞しさ……ね、ね。一晩だけの行きずりの関係でいいからさ。ね?」

「ね? じゃなくてですねぇ! あの、お願いだからそういうのやめてください! ツレが怒り狂って殺しに来ますから! あの子そういうの駄目な子なんです!」

「どうにかするわよぉ。こう見えてあたし、強いのよ♪」


 蠱惑的な笑みを浮かべる美女に引きずられる若い男。

 そんな光景を見せられたら、同年代くらいの男は嫉妬せずにいられない。


「かーのじょ来い。はーやく来い♪」

「修羅場になってー破局しろ~♪」


 歌の内容が最低すぎるブンゴとショージ。

 しかし、ふとブンゴが自慢の鑑定能力であることに気付く。


「……おい待てショージ。あの女が腰に差してる刀、『阿形あぎょう』だぞ」

「は? じゃあ、あの女が? 確かに着物着てるけど、そんな偶然あるか?」


 二人の声色が一気に険しくなる。

 盗まれた『阿形』を我が物のように腰に差す着物の女ということは、あの女こそ二人にとってアイドル的存在でもあるベニザクラから刀を奪った張本人――シズクだということになる。


「言われて見れば尻軽ビッチっぽいと思ったよ」

「男と寝ることしか考えてなさそうな顔してるよなぁ」


 この二人、さっきまで言い寄られる男に全力で嫉妬する程度には女性を下衆な目で見ていたくせに事情を知るや否やこれである。ハジメ辺りに見られれば「そういう芸風か?」と言われる程度にはしょーもない。

 

 しかし、世の中にはしょーもない相手に全力をかけてムキになる更にしょうもない人間というのが存在する。二人の背後から急に影が差し、ドスの利いた声が上から降り注ぐ。


「どの女が尻軽の売女だって?」


 強烈な殺気に、二人は反射的にその場を飛び退く。

 直後、巌のような野太い腕が二人のいたベンチに振り下ろされ、拳がベンチを粉々に砕け散らせた。


 ブンゴは自慢の鑑定能力で安く手に入れた激レアの短剣を二刀流で構え、ショージは魔法適正を上げる特殊な素材で作ったハンマーに手をかける。二人の視界の先には、ヤクザ映画でも見ないような強烈な強面をした男が額に青筋を浮かべて二人を睨みつけていた。


 間違いない、と二人は確信する。

 この男が敗北したベニザクラに追い打ちをかけた卑劣漢、オオミツだ。

 白昼堂々町を出歩き、いきなり背後から襲ってくるとは酷い漢だ。なのに不思議と周囲は気にしていないようだ。何かしらの力で結界めいたいものを張っているのだろう。


 オオミツはゴキゴキと指を鳴らして威嚇する。


「人の女にガンつけた挙げ句なんだかんだとケチつけやがって、何様のつもりだガキ共? 文句があるなら俺に言ってみろや、おお?」


 普段出くわしたなら即座に土下座して謝る程の迫力。

 ブンゴもショージもその威圧感に一瞬震えるが、この男に屈することだけはプライドが許さない。この男は村の仲間を、あのベニザクラを痛めつけた張本人の一人だ。ブンゴが強がるように鼻で笑う。


「脱獄囚に文句がない奴の方が少ないんじゃねえの、オオミツさんよぉ。自慢げに盗品ぶら下げてよくお天道様の下を歩けるもんだぜ。ソンケーしちゃうなぁ、その果てしねぇ恥知らず加減を」

「あ?」


 ブンゴがちらりとショージに視線を送る。

 意図に気付いたショージは小さく頷き、勇気を振り絞ってオオミツを睨む。


「人に文句があるからって背後から不意打ち仕掛けるような小心者の野郎とつるんでるなら女の方も高が知れるよなぁ?」

「あ?」

「さっきからあーあー言ってるけど他に言葉知らねえの? いるよな、こういうやつ。凄めば相手が引き下がると思ってるアホ。まぁアホだから犯罪犯す訳だけど」

「殺すわお前ら」


 オオミツが大太刀を抜く。

 言わずもがな、それはベニザクラから強奪した『吽形うんぎょう』である。

 二人はオオミツに対して武器を構えると――。


「誰がお前みたいなのと戦うかバーカ」

「一人で勝手に盛り上がってろバーカ」


 ――同時にショージ特製煙幕を地面に投げつけてオオミツの視界を奪った。


「ぶはっ!?」

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ!」

「馬ー鹿が見ーるー豚のケツー!」

「ゲホ、この……クッソガキ共がぁぁぁぁぁッッ!!」


 さっきまでの威勢はどこへやら。全力で町の外に逃走する二人に、オオミツは怒り狂って声を頼りに走り出す。二人はその様子を見て、狙い通りとほくそ笑んだ。


「ここでドンパチは周囲の被害がデカイからな!」

「町の外まで追いかけっこして、ついでに交戦して情報収集! そして撤退!」


 三人が通り過ぎるのを呆れた目で見送るシズクは嘆息した。


「ダーリンったらあんな見え見えの挑発で誘導されちゃって……しかも、こっちも逃げられるし」


 残念そうに手を振る彼女の掌には、先ほどナンパしていた少年の手袋だけが残されていた。煙幕で一瞬気を逸らした瞬間に逃げられたのだ。しかしシズクは数秒もするとにんまり笑う。


「落とし物の手袋、届けにいかないとね?」


 あのとき、逃げた少年はブンゴとショージと同じ方向に逃げていった。

 ぺろり、と舌なめずりしたシズクは音もなく獲物を追って駆け出した。


 しつこく立ちこめる煙幕の立ち上る広場。

 そこに、可憐な黒髪の少女が現れる。


「ラメトク、おまたせ~! ……ラメトク?」


 少女は周囲を見渡すと、すんすん、と鼻を鳴らす。

 そして、刃より鋭く瞳を細めて呟く。


「ラメトクと混じって、知らない女の臭いがする……ふーん、そうなんだ。一瞬目を離した隙に便所紙より薄汚いクソ淫売が寄ってきて、わたしのラメトクに粉かけるんだ。ふーん……粉より細かく引き裂いてやるよクソビッチがぁぁぁーーーーッッッ!!!」


 少女は買い物袋を投げ出し、激憤の形相で駆け出した。


 彼女の名は、エペタム。

 ラメトクに恋する純情な――純情すぎて愛が危ない妖剣である。

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