26-3
二人がフェオの村に戻ると、既にベニザクラを応援する為に大勢が駆けつけてくれていた。
特にアマリリスとウルは人でも殺しそうなくらい気合いが入っている。
「にっくき下衆野郎共を必ずや血祭りに上げましょう、ベニザクラさん! そのためならわたくしたち粉骨砕身の努力で協力いたしますわ!!」
「本当ならこの手でお尻百叩きして尾骶骨ゴキボキにしてやってもいいくらいだけど、これはベニザクラさんの戦いだもんね。うん。でも手伝えることがあったら何でも言ってね!」
「あ、ああ。なんか二人とも怖くないか?」
「そりゃあねぇ。おほほほ」
「だよねぇ。うふふふ」
二人とも一切目が笑っていない。
ベニザクラとも仲良くしていただけに、犯人が許せないのだろう。
ぼそぼそ「ハピエンルートの邪魔物」とか「こうなりゃ踏み台に利用させてもらう」とか意味の分からないワードが裏で聞こえるが、相手が犯罪者だし多少やからすとしても大目に見よう。決して二人の怒り具合に腰が引けている訳ではない。
クオン、フレイ、フレイヤ、ヤーニー、クミラ、ルクスの子供たち連盟は素直に贈り物を用意していたらしく、ベニザクラに一対の髪飾りのようなものを差し出す。鮮やかな紅色の桜をあしらった和の装いを感じさせる飾りに、ベニザクラは驚く。
「これは、鬼族の間で最近流行しているという角飾り……?」
フレイとフレイヤが胸を張る。
「髪飾りとしても使えるよう工夫したぞ」
「ベニザクラ様に幸運が訪れますようにと、うんとおまじないを込めました」
「ちなみに材料調達はクオン、角飾りにしようって言い出したのはルクス、形やデザインはわたしとクミラね!」
最後にルクスがベニザクラの角に角飾りを装着する。
「これ、きっと似合うから! これつけて悪い奴らを見返してやってよ!」
「お前達……!」
感極まったベニザクラが子供達をひしっと抱きしめる。
子供好きのベニザクラにこれは効くだろう。
ちなみにクミラにこっそり手渡された仕様書によると、本当にエルフ姉妹にありったけのおまじないが込められているらしく、しかも材料に極めて貴重な『とこしえ桜の花弁』が使われていると書いてあった。
『とこしえ桜の花弁』はギガエリクシールの原材料にも使われている恐ろしく貴重な薬草で、それがエルフ達の全力加護を受けることで状態異常完全無効、体力魔力継続小回復、ベニザクラに敵対する人間が装着すると全ての効果が逆転する呪いまでかけられているらしい。
前々から思っていたが、あの双子の作るアイテムは見た目の割に強すぎないかと思うハジメであった。
(もっとも、神獣が直接護衛してるくらいだから只者とは思っていないが……)
「ブヒッ」
グリンに視線をやると、気にするなとばかりに鼻を鳴らされた。
その後もショージとブンゴから連名で修行に使うであろう薬品類、ハマオとラシュヴァイナ連名で修行の間のための食料や保存食、そのほかにも様々な村人から応援や犯人捜しの手伝いの申し出を受け、ベニザクラは戸惑いつつも皆にお礼を言っていた。
最後にフェオが「必ず無事に帰ってくる」という約束のために指切りを行い、見送りは終了した。手を振る皆に背を向け、ハジメたちは修行に向かう。
「じゃ、行くわよ二人とも」
「ああ……皆から元気を貰った。もうお腹いっぱいだ」
「修行の内容は後で説明する。暫く村には戻れないから、今のうちに名残惜しんでおくといい」
こうして三人は村に背を向けた。
間違いではなく三人である。
そう、修行はハジメとベニザクラの二人で行われる予定だったのだが、何故か一人増えているのだ。
「一応聞いておくが、何故ついてきてるんだカルマ」
ハジメの問いに、カルマはエメラルド色の髪を靡かせて眉を潜める。
「はぁ~~~? この宇宙最高のしもべたるゴッズスレイヴ様がわざわざついて行ってあげるんだからそこはむせび泣いてお礼を言うのが先じゃないのぉ~~~?」
「そうだな。ありがとう」
「まぁよろしい。不満はあるけど一応あんた主人だし許してあげる」
スレイヴ(奴隷)とは何だったのかと聞きたくなるくらい高飛車なカルマは、修行だの何だのといった泥臭いことには無縁そうな美麗な顔でうんうん頷く。
神の奴隷、ゴッズスレイヴの最後の生き残りとしてこの世界に目覚めた子供好きすぎ女、カルマ。彼女は村の中では子供達の面倒を見ることに心血を注いでいたのでまさか修行に付き合うとは思わなかった。
ハジメの視線から意図を読み取ったのか、カルマはため息をつく。
「同じ子供を愛する者同士、助け合おうと思うのは当たり前でしょ? それに指導者がアンタだって聞いて子供達の一部が心配だからベニを守ってくれって頼まれたのよ。頼まれたら断れないでしょ……ぐへへ」
子供にだけは砂糖と蜂蜜の煮込みより甘いカルマが子供達の事を思い出してスケベなおっさんみたいな笑い方をしている。そういう風に聞くと彼女がわざわざ村の学校で教師を休職してまでやってきた理由は分かる。
だが、代わりにもう一つ気になることが出来てしまった
「俺、そんなに子供達から信用がないのか……?」
クオンも勉強を学んでいる関係で学校とは相応にしっかりした付き合いをしているし、子供達を強く叱り飛ばすような真似をしたこともないのに、何故そんなに怖がられているのだろうか。
「俺がおっさんだからか? おっさんだからなのか……?」
(そこ気にしてるのかハジメ。言うほどおっさんに見えないが……)
「あのね、おっさんかどうかなんて関係ないの。あんたが昔、ベニの修行でとんでもなく叩きのめしまくってた話がフェオ村長を通じて後から村に入ってきた人達の間で広がってんのよ。今や『悪い事をしてると死神ハジメに修行つけて貰うぞ』って言えば子供達は震え上がるんだから。震えてる子供達もかわいいけど……ぐへへ」
「俺のイメージが……そんな形で有効活用されてるとは!」
「嬉しそうだなハジメ!? お前のそういうところが分からんぞ!!」
何はともあれ、神の奴隷は神獣との戦いでの尖兵でもあったらしいので戦闘能力は期待大だろう。カルマがいるならかなりの強行軍も融通が利く。思わぬ援軍に喜ぶハジメだったが、ふとあることに気付く。
(……世界一レベルの美しさを持つカルマを一緒に連れていると猛烈に目立つな)
また噂の世界で自分の愛人が増えるのは勘弁願いたい。
何故か噂の中では本妻はフェオということで確定しているが、世間はそんなに知らない筈のサンドラやキャロラインまで噂になっているのは変だ。更に実は血の繋がらない妹が――義妹というだけで身元はばれていないようだが――いる噂まで流れているのは絶対に変だ。
(身内に内通者がいるのか……? いや、まさかな)
同刻、フェオの村でアマリリスとウルがくしゃみをしていた。
「ぶぇーっくしょいですわ!」
「へぷちっ! うう、勇者に悪口でも言われてるかなぁ……?」
ちなみにオルトリンドに関しては彼女が自分で意図的に噂を流布していたことが後に判明するのだが、それはずっと後の話である。
◇ ◆
人が強くなるには様々な手段があるが、この世界に限って言えば最も有効なのはレベリングだ。強い敵を倒せば倒すほどに人の力は増していく。それがこの世界の理だ。
ハジメは冒険者として頭角を現して以来、自分が生き残ることを度外視した仕事の質と量をずっと保ち続けてきたため、そのレベルは年齢から勘案しても異常な高みに達している。
無謀な死闘を連日繰り広げたハジメと、忍者として常に最前線で戦いながら修行をこなしていたライカゲ。この二人は世界では転生者の中でも異質なまでの仕上がりを見せている。
二人に共通するものは、言わずもがな。
短期間に質の高いレベリングを極限まで詰め込んでいたことだ。
そして、ハジメの請け負う仕事は基本的に危険すぎて他に任せられないものが多い。
「第四波、来るぞ!!」
「ぜぇ、ぜぇ……応ッ!!」
荒い息を隠せないままベニザクラは吠える。
直後、ハジメたち三人の前に広がる森の中から夥しい量の獣の魔物が猛進してくる。
ワーウルフ、ラッシュボア、ケルピー、森に住まうであろうありとあらゆる獣の魔物たちは一様に目が血走り、口からだらだらと涎を垂らして襲い来る。そこには知性や自らの命を守る意志はまったく感じられず、ただ食欲に支配されるかのように大口を開けて迫る。
ハジメは自らの剣に風の魔法をエンチャントし、即座にスキルを放った。
「ディバイドストームッ!!」
ハジメの直剣が神速で虚空を裂き、一瞬のうちに無数の斬撃が疾風と共に解き放たれる。荒れ狂う斬殺の嵐は真正面迫る魔物を悉く微塵に斬り伏せた。それはもはや敵を斬るというより死の壁を相手に押しつけているようなものだが、それでも魔物たちは意に介さず死の壁に突っ込んでくる。
当然、森から出てきた尋常ではない量の魔物をハジメ一人では捌ききれず、一部はベニザクラの元に迫る。彼女はオーラを全開にしなからそれらを次々に斬り伏せていく。
「日輪ッ!! 流牙ッ!! 連鰐……ッ!!」
回転斬り、横薙ぎ、連続突きと間断なくスキルを使って自らに迫る魔物を蹴散らすが、唯でさえ負荷の上がっている義手を使っている上に元々一対一に秀でた彼女にこの数は辛い。しかも、数だけでなくどの魔物も恐怖が消えているために牽制することすら出来ない。
遂に斬撃の合間を縫ってベニザクラに魔物の爪牙が迫る。
「はい油断減点~」
ベニザクラが傷を覚悟した刹那、彼女の背後からすり抜けるように光弾が放たれて魔物を的確に撃墜していく。
それを行ったのは、腕に不釣り合いなほど巨大な機械の腕をグローブのように装備したカルマだ。腕の指先は空洞になっており、そこから発射された光弾で敵を倒したのだ。指先という名の砲塔から煙を放ちながら、カルマはもう片腕にも同じく大きな機械のグローブを装備した。
「ここから先は通さないっての。フィンガーバァァスタァーーーーッ!!」
普段の彼女からは想像も出来ないほど腹の底から響く叫び声と共に、両腕のグローブの指が光って大量の光弾が発射される。それらは驚くほど正確にハジメ、ベニザクラ両名の倒しきれなかった魔物を撃墜していく。
命中の度にフォトンの魔法のような閃光が迸るが、その射程と連射速度が半端ではなく、秒間十数匹という凄まじい速度で魔物が光の奔流の中に絶えてゆく。
これが、神の僕として神獣と戦ったとされる『ゴッズスレイヴ』の力。
周囲に一切無駄な破壊を及ぼさずに敵を正確に叩き落とす殲滅力は圧巻だ。
ハジメが振り向かずに声をかけてくる。
「油断するな、まだ来るぞ!!」
「分っているッ!!」
己の未熟を恥じる余り語気が荒くなるが、ハジメは意に介さず大型のものが混ざる魔物の群れを顔色一つ変えずに斬り伏せ続ける。援護に徹するカルマも疲労の様子を見せず作業的に魔物を殲滅する。
その中で、ベニザクラは自分の身を守るので精一杯の状態だった。
(これがハジメの世界……!! 森をいたずらに傷つけたくないという依頼主からの制約を課された上で、本来は一人でこれを乗り切る筈だったというのか……!!)
既に、今まで一度のクエストで相手にしたことがないほど大量の魔物を斬った。
しかし、どれほど必死に食らいついても敵の猛攻を防ぎきれないし、それをフォローするハジメとカルマはベニザクラの討伐数が霞んで見える程の数の魔物を屠り続けている。
追いつくには遠すぎる。
しかし、諦めきれない。
ベニザクラは死に物狂いで食らいつくが、体力は消耗する一方で、敵の数にも終わりが見えず、もはや幾度二人に助けられたのかも数えられないほどに消耗しきった頃――突如として魔物の襲撃が止んだ。
「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……!!」
「流石に打ち止めか」
「まぁ射的ゲームにしてはそこそこ遊べたかな?」
冷静に状況を分析するハジメとグローブアームをわきわきさせて遊ぶカルマ。
そんな二人にベニザクラは返事すらできない。
全身を酷使しすぎて、膝から崩れ落ちないのがやっとだった。
(まだ、一度目の依頼だぞ……しかも、依頼完遂にも至っていないのに……わたしは、どれほど高い敵の死体の山を築けば……?)
足掻いても足掻いても今は届かない。
そんな限界が、ゆっくりと近づいてくる。
――元々、依頼の内容は「森の生物の異様な行動の調査」であった。
一部の魔物の様子がおかしい程度ならよくあるが、今回の場合は霧の森には規模で劣るとはいえ森の全ての生物に異常が見られることと、森に入った冒険者が一人も戻らなかったことから危険性が高いと判断され、ハジメが派遣された。
そして、ハジメはこの異変の元凶は相応に高位のヴァンパイアであると早い段階で当たりをつけていた。魔物達の目が異様に血走っているのはヴァンパイアの血を水源に混ぜられたせいで操られているのだろうということだ。
つまり、今の戦いは前座。
この敵を全て薙ぎ倒した先にこそ真の敵が待っている。
だというのに――どうしてこの体はついてこられない。
渾身の力で振り上げる刀に籠る力はどんどん弱っている。
腕を振り上げる体力すら減退しているのだ。
そして視界が僅かに霞み始めた瞬間、待ったがかかった。
「はい、ストップよベニザクラ。ドクタストーップ。今のアンタにゃここが限界」
カルマが、ベニザクラを静止する為に正面から彼女を抱きしめる。
人工物とは到底信じられない柔らかく温かな肉体は、ベニザクラの動きを適切に拘束していた。
あと少しで真の戦いなのに、そこにすらたどり着けないことが悲しく、ベニザクラは意地を張って抵抗する。
「離せっ、私はっ、まだぁ……げほっ、ごほっ!!」
「だーめ。ほら呼吸を整えて。吸ってー、吐いてー」
背中をさするカルマに耳元で囁くような優しい声で促され、集中力と疲労が限界に達したベニザクラはついに剣を取り落とした。肺が千切れそうなくらいに空気を求めているが、カルマの促す呼吸のリズムが心地よく、それに甘えて従ってしまう。
――次にベニザクラが目を覚ましたのは名湯と名高い温泉のあるクサズ旅館の宿だった。




