表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/348

5-2

 ファインダーたちはハジメに怯えるように何度も振り返りながらも、「仕事に行く」とギルドの外に駆け出した。


 人助けが出来て散財も出来る。

 素晴らしいアイデアだ、とハジメは自画自賛した。


「それにしても行動が迅速だな、ファインダーは。高い金を取るだけのことはある」

(いえ、あれはどっちかというと依頼を持ち掛けたハジメさんの威圧感と金で畳みかけられて逃げ場を失った恐怖から来るものだと思うんですが……とは言えない)


 受付嬢もこれには苦笑いであった。

 しかし、と受付嬢は考える。


(ファインダーは確かに優秀な捜索チームですが、少し不可解な所もあるんですよね……救出された人の財布がカラになってたり、遺品に装備品が少なかったり、帰って来た人が遭難中の事を覚えてなかったり……)


 これは、尻尾を掴むチャンスかもしれない。

 受付嬢は、信頼のおける冒険者をこっそり呼び出して彼らの仕事の実情を暴く算段を立て始めた。


 そして、その光景を物陰から見て悔しさに拳を握りしめるレンヤは、かぶりを振って足早にその場を後にした。


(なんだよ、大金ちらつかせて僕に出来なかったことを平然と! 道楽冒険者なんか、いつか見返してやる! くそっ、ベニザクラさんはパーティメンバーに出来ると思ったのに……仕方ない、死んだものと頭を切り替えて旅の為に次を探さないと!)


 レンヤは寂しそうにしている人に優しく出来る男だ。

 同時に、理屈でどうにもならないと思うとやけに切り替えの早い男でもあった。




 ◇ ◆




 バーガス率いるファインダーは焦っていた。

 あの依頼を彼らは決して受ける気はなかった。

 なのに、ふっかけた無茶ぶりに対して本当にあれほどの大金で応じてくる人間などいるわけがないという思い込みのせいで、彼らはハジメという男に押し切られてしまった。


 彼らはいつも、懇願する人間を見下ろす立場だった。

 しかしあの時、依頼を受けるかどうか彼が迫った瞬間、普段は優位である自分の立場は完全に逆転していたのだ。


 悔しい思いはある。

 しかし、あれだけ大勢の前で大きな口を叩いておいて丸め込まれた以上は引くに引けない。否、逃げるという選択肢をあの男が許してくれるとバーガスにはどうしても思えなかった。


(くそ、くそ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってのに!! びびったってのかよ、俺があんな表情筋の死んだ野郎にぃ!!)


 確かに、冒険者としての等級では負けていた。

 しかし海千山千のバーガスは口ではそこいらの冒険者程度に負けないどころか丸め込めるだけの自信があった。それを金の力で打ち砕いたハジメに、バーガスは恐怖していた。


 仲間達もハジメの言い知れぬ威圧感に震えたか、不安を隠せない声をかけてくる。


「どうすんだよ、バーガス。お得意のダウジングか?」

「うるせぇ、今どうするか考えてんだよ」

「とにかく他の連中とも話し合おう。こりゃ全員の合意がいる」


 嗚呼、本当になんというタイミングで現れてくれたのだ、あの男は。恐怖と苛立ちから内心でハジメの事を罵ったバーガスは、即座に自分たちの拠点へと向かった。




 ◇ ◆




 ファインダーにベニザクラの捜索依頼を出してからというもの、何故か周囲にいい人呼ばわりされ、ハジメは居心地の悪さを感じていた。


「……ファインダーの仕事ぶりの観察がてら、偵察してくる」

「はい! あ、何かあれば伝書鳩を送りますのできちんと確認をお願いしますね?」


 そう言って送り出すギルドの受付嬢もにこにこしているのが何とも言えない。言い訳めいた理由でギルドを後にしたハジメは、ベニザクラが行方不明になったという砂崩れの現場に訪れる。


「ここが現場か。なかなか派手に崩れているな」


 大きく削り取られた山肌を見るに、土砂崩れの規模は相当なものだった。確かにこれは生存を絶望視するのも頷ける。


 一応、急な天候の変化に備えてハジメは除水の指輪という水を弾く効果のある指輪を装備している。これがあれば雨合羽いらずだ。尚、めちゃくちゃ洗濯物の水気が飛びそうな名前だが、残念ながら最初から濡れたものには効果がない。


 閑話休題。ハジメは周囲を見渡し、微かに眉を潜める。


「……妙だな」


 ハジメは町から現場までの安全かつ最短とされる山道を、現地の地図を頼りに通った。

 なのに、現場の少々ぬかるんだ地面に、足跡がない。それは、少なくとも今日ここを通った人間はファインダーを含めて誰もいないことを意味する。探知スキルにもなんの感もない。

 とっくに現場で仕事をしていなければおかしい頃合いなのに、ファインダーは一体どこで何をしているのだろうか。


 いや、とハジメは考え直す。

 探知スキルに感なしということは、もしベニザクラが生きていたら少なくとも自分の探知範囲にはいない。ギルドの捜索チームもこの場所から捜索を始めたであろうことを考えると、ここにベニザクラがいる可能性はかなり低い。


あいつら(ファインダー)も同じことを考えて別ルートから捜索に入ったのかもな……」

 

 ひとまず彼らの仕事ぶりとベニザクラ生存の可能性を信じ、見回りがてらハジメは周囲を警戒して回ることにする。

 土砂崩れ直後の森は、妙に静かだった。


 今頃クオンは何をしているのだろう。

 最近は秘密の友達が出来たとカミングアウトされたので、多分それは『友達が誰か』ではなく『友達が出来たという事実』を秘密にすべきと教えておいた。村を出て一人で出歩いたこともバレるので、つくづく隠せてない。


 流石に村には誰か話し相手がいる筈なので寂しさのあまりくおーんと遠吠えしていることはなかろうが、やはり心配してしまうのは仮にも親の立場になったからだろうか。


 クオンのことは区切りが付くまでしっかり世話をする覚悟を決めているが、それはそれとしてやはり無計画にペットを飼おうなどと思わなければよかった。

 ペットどころか娘になってしまうとは。

 頭のネジが飛んだ代償がこの心配性だ。


(誰とも深く関わらず生きてきた代償は、思ったより大きかったな)


 近くの誰かに頼りにされたり継続的に人を指導することはなかったハジメは、責任の重さというものを痛感した。

 予想した通りにいかないのも人生というもので、誰もがその不確定の未来を歩んでいる。ハジメだけそれに文句を言うのは虫のいい話だろう。


 ハジメは探知スキルを頼りに周辺を見回り続けた。


 目には見えない特殊な能力――技能スキル

 経験の蓄積やジョブ選択などの条件を満たすと習得できるそれは、冒険者には欠かせないものだ。その中でも探知や索敵は武器スキルとは違うジョブスキルと呼ばれる分類をされている。


 その中でも探知と索敵は、最低限習得を推奨される超基本スキルになっている。

 この二つのスキルの重要性は言わずもがな。

 熟練度によって範囲に差は出るが、不意打ちや無駄な戦闘を避けるのにこれほど有用なスキルはなく、その有無は生存率に直結する。


 なお、普通の冒険者パーティでは索敵や探知はそれに秀でた専用の係を作るのが基本だ。冒険者界隈ではオールマイティなスキル配分より得手不得手がはっきしりている方がやりやすい。

 尤もハジメは独りですべてこなす為、戦闘も出来るし採掘も出来るし、探知や索敵の範囲も常人より遙かに広い。


 ただし、スキルにも欠点はある。

 例えば探知スキルの場合、人とそうでない生物の区別はつかない。逆に索敵は敵味方の識別によってその見分けが付きやすい代わりに探知スキルより相応に感知範囲が狭い。二つを上手く使い分けるのが探索のコツだ。


 と、ハジメの探知に複数の存在が引っかかる。それらは一つの弱った存在を取り囲む複数の存在、という図式のようだ。


 ベニザクラは腕が切断されているらしいので、生きていたとしても相当弱っている筈。嫌なカンが働いたハジメは地面を蹴り飛ばすように疾走する。


 果たして、視界の果てに嫌な予想は的中した。

 そこには倒れ伏した一人の人間を取り囲むゴブリンたちの姿があった。倒れた人間をつつき、手をつまんでぷらぷらさせる様を見て、ハジメは即座に本日の装備である刀を構えた。


 あれは、いたぶって遊べる相手かどうかの確認だ。

 反応がなさそうなら容赦なく殺すだろう。

 あの人間を救うためには、今から走っては間に合わない。


 ならば、()()()()()()()()()()()しかない。

 ハジメはそれを実現出来るスキルを発動した。


虚空刹破こくうざっぱ


 虚空刹破――それは研ぎ澄ました斬撃を、文字通り虚空を越えて相手に飛ばす刀専用のスキルだ。


 斬撃を飛来させるスキルであるソニックブレードとの違いは大きく分けて二つ。

 一つ、動きながらでは発動出来ないこと。

 もう一つは、ソニックブレードは空気抵抗や障害物によって威力が減退する代わりに広範囲に効果を及ぼすことも可能なのに対し、虚空刹破は斬撃の威力及び範囲を『そのまま』空間を越えて相手に送り込める。


 ただ一つ、付け加えるならば。

 虚空刹破の射程は中距離に属するものであり、そしてハジメと狙う対象との距離は紛うことなき遠距離であったこと。


 シャリンッ、と。

 地平に対して水平に空間を薙ぐような一閃が走る。


 ハジメが既に抜き去っていた剣を鞘に収め、キン、と音が鳴った瞬間、視界の果てで今まさに人を殺さんとしたゴブリンたちの上半身は例外なく下半身と泣き別れしていた。


 ゴブリンたちは、自分に何が起きたのか理解する暇もなかっただろう。ハジメとゴブリンの間にあるあらゆる樹木、生物を無視した、極めて静かな、それは『暗殺』であった。

 熟練度を上げすぎて遠距離に達したそれは、見る者が見れば虚空刹破の誤った使い方と言わざるを得ない。ちなみに、何故ハジメが虚空刹破の射程を伸ばした最たる理由は、人質を取ったり人を拘束する敵に対してこの奥義が非常に有効だからである。


 外敵を排除したハジメは改めて倒れ伏す人間に駆け寄って姿を確認し、思わずぼやく。


「……これでは何のためにファインダーを雇ったのか分からん」


 そこに倒れ伏していたのは、病的に白い肌と赤い角、そして和風の装備に身を包んだ妙齢の女性。左手には大太刀を握り、右手は欠損している。

 微かに漏れる吐息は弱々しく、今にも命を落としそうだ。


 その姿は、ギルドで得た行方不明者ベニザクラの姿と一致していた。

 同時に、彼女はひどく衰弱していた。

 切断された腕の断面はどうやらファイアエンチャントを施した刀で無理矢理焼いたらしい。腕が切断され大量出血していた上に土砂崩れに巻き込まれた状態で、失神してもおかしくない激痛に耐えてそこまでやったと思うと凄まじい精神力だ。


 ハジメは即座に彼女の治療に当たる。

 まずは当然の如く惜しみないギガエリクシールである。というか医療知識も何も関係なく、この世界での応急処置など便利なポーション系回復アイテムか回復魔法の二者択一だ。現代日本の緊急医療を嘲笑う暴挙である。


 普通のエリクシールでも人一人なら十分ではないかとも考えられるが、人命を優先してのギガエリクシールだ。さしもの万能回復役も古傷や大きく欠損した部位は癒せないが、それ以外の外傷や状態異常、病気は綺麗さっぱり治す。


 自ら断った腕はもう戻らないのは仕方がないとして、外見以上に体内にもダメージが蓄積していたのか、ベニザクラの全身が輝く。赤黒い返り血がギガエリクシールに流され、汚れた肉体に清潔感が戻る。

 一瞬ベニザクラの頬に血色が感じられたが、すぐにそれは薄まる。呼吸も少し荒く、熱があるようだ。


 どんなに薬で活力を与えても、そもそもの生命力を消耗しているとすぐには意識を取り戻せない。彼女は文字通り生と死の境目に足をかけていたのだろう。

 薬でどうにか出来るのはここまでだ。

 あと必要なのは栄養と休息だ。


「……この衰弱ぶり、下手に動かすのもまずいな」


 本来なら強引にでも病院に運ぶべきだが、今のままでは町までの移動にベニザクラが耐えられる保証はない。夜道はリスクも多いし、ここは野営で彼女の体力回復を図りつつ翌日の朝を待つしかないだろう。


 荷物からテントを取り出し、設営する。

 これは使い捨てテントという消耗品で、一度設置すると利用を終えて出た瞬間粉々に砕け散る謎の仕様が実装されている。


 使い捨ての代わりに設営は一瞬、中は驚く程快適、魔物避け対策はバッチリ、夜間にトイレの為に抜け出すのはセーフ、中に誰か残っていてもセーフ、よしテントを畳んで進もうと意思が統一された時点でテントは弾け飛ぶ。12時間以上居座っても弾け飛ぶ。


 この世界の人たちはそれが当然だと思っているようだが、流石のハジメも最初これを知った時は頭が?マークで埋め尽くされた。逆に弾け飛ぶ方が物理的に難しいだろうに。


 多分だが、ゲームの世界に存在する使い捨てテントを無理やり世界に適用したらこうなったのだろう。昨今クラフト系のゲームもあるのだからテントくらい自由に張らせればいいのにと思う。


 それとも、もしかしてこの世界でのテントとは現代日本人ハジメの知るTentとは全く違うTENTOなのだろうか。

 神よ、世界の不具合修正を頼みたい。神アプデしてくれ。

 ハジメは馬鹿なことを考えながらベニザクラをテント内に運び込み、出来ることを始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ