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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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25-8

 『氷聖』セルシエルは若くして氷の属性の才覚を見せ、最年少で熾四聖天の一角に抜擢された戦士だ。流麗にして天才、竜人がこの世で最も優れた種族だと信じて疑わないし、負けたことなど一度もない。


 今は実力的には敵わずとも、いずれリーダーのガルバラエルを超えるという野心家でもある。


 そんな彼女にとってこの『試練の結界』内部は周囲の被害を気にせず好きなだけ冷気を操って戦える理想の環境であり、鎧を着込んだ騎士など手を下すまでもなく凍傷で死ぬので誰よりも早く結界を解除出来ると踏んでいた。


 しかし、この世界にそんな甘い話はない。


「なぜっ、なぜっ、何故何故何故!! 何故あの女は止まらないのよッ!!」


 両腕から次々に氷の魔法を放ちながら、セルシエルは焦っていた。


 荒れ狂う吹雪、視界を奪う雪、魔力で形成された無尽蔵の氷の兵隊たち。

 魔物だらけの山中に放り込まれた状態である筈の『騎馬女王』アトリーヌは、愛馬を駆り聖剣を掲げて迷いなく一直線にセルシエルに迫ってくる。


 邪魔する氷の兵隊は変形して柄が伸びて槍のようになった剣で、そうでないときは馬が足で文字通り蹴散らし、吹雪も障壁によって防がれて移動速度を抑えることさえ出来ていない。


「ラムレイズン! もっと速く走れる!?」

『アトリーヌちゃんが情熱的に俺のケツを叩いてくれれば!』

「よしきた! そら、ぺしーん!」

『ウオオオオオオ!! 美女に尻を叩かれてテンションあがりんごだぜぇぇぇぇ!!』


 気色の悪い奇声を上げた王の馬ラムレイズンが本当に先ほど以上にオーラを噴出して敵を更なる速度で蹴散らしていく。


 ライムレイズンは転生して最強の馬になった男である。

 馬だが魔法も使えるし格闘も出来て、しかも強い。

 自称『準神獣』と名乗るが、それが笑い飛ばせないくらい強い。

 特に性癖を刺激されて興奮しているときはそうである。


 変態の働きに満足したアトリーヌは聖剣にも話しかける。


「こっちに間違いなくいるんだよね、エクスリカバー?」

『もちろん! さっきから超広範囲にソナー代わりの微々回復魔法を放ってるからね! 魔法が反応してるのは俺たちの他にはあと一つだけだよ! だ、だからアトリーヌちゃん! こ、こ、この戦いが終わったらぼぼ、僕を全身くまなくフキフキしてくれるよね!?』

「もちろんいいいよ? 武器の手入れは主人の仕事だもんね」

『フオオオオオオオオオオ!! テンション上がりすぎて力が高まるぅ……高まってるぅぅぅぅ!!』


 テンションが上がっただけでエクスリカバー自身の戦闘能力も高まっていく。

 エクスリカバー(エクスカリバーではないので注意)も転生して剣になった男だ。

 自称『性能だけなら神器より強い』そうだが、本当に強い。

 特にご褒美の約束があるときはめっぽう強い。


 エクスリカバーは基礎性能の恐るべき高さに加え変形によって形状を変える力もあり、更には他の武器では見られないほど回復の加護が強力だ。エクスリカバーを所持したアトリーヌはどんな攻撃による傷、状態異常も瞬く間にエクスリカバーに回復してもらえるため、戦いの中で一度も戦闘不能になるような深手を負ったことがない。


 最強の剣と最強の愛馬に難点があるとすると、ラムレイズンもエクスリカバーも見た目は良いのに中身がやや、否、大分気持ち悪いことだろうか。

 エクスリカバーは女の子ににぎにぎされたいから。

 ラムレイズンは女の子に跨がって欲しいから。

 二人とも不純の極みみたいな理由で人外に転生したド変態たちだ。


 そんな二人は、「王になりたい」という夢を持つ純真でいたいけな幼少期のアトリーヌと出会い、アトリーヌに一生の忠誠を誓った。というより男の使い手は断固拒否し、女の使い手には性癖丸出しで捨てられたためにアトリーヌくらいしか仕える主が現れなかったという方が正しい。


 細かいことを気にしないアトリーヌは気持ち悪い二人をなんの不満もなしに従えると臣下として尊重し、そのことに感動した一頭と一本はアトリーヌに自分たちの力と王になるための知恵、教育の持てる限りを与え、今も補佐し続けている。


 こうして出来上がったのが、転生剣と転生馬から二重の加護を受けた最強の女王アトリーヌだ。正直転生者よりタチが悪いくらい強い。


 ドMのラムレイズンとなんかもう普通に変態のエクスリカバーは既にアトリーヌに親心さえ芽生えており、そして娘に欲望を叶えて貰う背徳感に更に興奮している。どうしようもない連中だが、こんなどうしようもない連中が強いのだから世の中は奇妙である。


 まさかそんな変態二人と天然一人のせいで追い詰められているとは知らないセルシエルは狂乱する。


「負けない負けない負けるわけがない負ける筈がない!! このセルシエル様が人間如きに敗北するなんて、そんなことはこの世にあってはならないッ!!」


 セルシエルの氷の魔力が爆発的に高まり、竜覚醒の上から更に氷の鎧がセルシエルの全身を包む。異常なまでの密度で構築された剣のように鋭い氷柱が鏤められ、巨大な氷の結晶が虚空を彩り、全力の戦闘形態になったセルシエルは叫ぶ。


「調子に乗っていられるのも……ここまでだァァァァァァッッ!!!」


 瞬間、彼女を中心に魂さえ凍て尽くす絶対零度の風が氷柱や氷片と共に吹き荒ぶ。

 大地は瞬時に霜で溢れ、空気中のあらゆる水分がダイヤモンドダストとなり、生きとし生ける者全てが生存できない氷極の世界。あらゆる存在が凍り付き、そして氷に砕かれ、究極の静寂を齎す力――。


「絶対零度魔法! フローズン・アウトッ!!」


 ハジメの炎魔法『ボルカニックレイジ』と対を為すとも言われる、禁忌寸前の即死級魔法が炸裂した。

 これをまともに受ければビッカーシエルもガルバラエルも無事では済まない。

 まして人間や馬程度に防げる筈がない。

 勝利を確信したセルシエルは口角をつり上げ――そのまま引き攣る。


『『「三位一体!! ロイヤルストレートスマッシャァァァーーーーッ!!」』』


 絶望的な冷気を突き破り、触れるだけで身を凍らせ砕く氷を弾き、アトリーヌと臣下たちは輝く。馬、剣、女王、全てが輝いて勝利へと邁進するハチャメチャな王道。最大の魔法を真正面から打ち破られたセルシエルに、もう彼らを止める術はない。


「嘘だ、そんな!! この『氷聖』がこんなところでぇぇぇーーーーーッ!!」


 視界を覆う眩い光に包まれたセルシエルに、全身が砕ける様な衝撃が走った。

 彼女の意識はそこで途切れ、アトリーヌたちは『試練の結界』は解き放たれた。


 ……ちなみに端から見たら馬による人身事故である。




 ◆ ◇




 15年前――当時の魔王軍の幹部が壊滅し、あとは勇者一行が魔王城に突入するのを待つばかりとなった頃、魔王軍は勇者を近づけまいと残存する全ての戦力をかき集めてシャイナ王国及びその周辺国に軍勢による大攻勢を仕掛けていた。

 早い話が、全面戦争の状態だ。


 場内の精鋭から木っ端魔族まであらゆる魔に属す者の数を揃えた攻撃に各国は選りすぐりの戦士たちと国内外の兵力を総動員して対応したが、魔王城周辺は特にガードが堅く、更に無秩序にあらゆる場所に攻勢を仕掛ける小、中規模の遊撃部隊に足並みを乱された人類側は苦戦を強いられていた。


 当時のハジメ、ライカゲもこの戦いに参加していたが、当時の二人は抜きん出て強くはあったが今ほど超人的ではなかった。むしろあの頃は彼ら以外にもこの戦いで名を馳せようと派手な転生特典を振り回して暴れる者が多かった。


 しかし、戦争という劇的な非日常と終わらない戦闘に数多くの転生者が途中で散り、或いは逃げ出していき、戦争後期にもなると転生者は殆ど残っていなかった。年月にして半年ほど続いた戦いだが、半年間異常な緊張状態の中で戦い続けるのは誰にでも出来ることではない。兵士としての訓練を受けていたとしてもだ。


 人類勢力も疲弊が隠せなくなり、いつ防衛戦を突破されて民の大量虐殺が起きても可笑しくなくなった頃――各国はついにバランギア竜皇国に救援を求めた。


 ハジメもライカゲも、あの光景は今でも忘れられない。

 竜覚醒した僅か数名の竜人たちが、地上に次々にブレスを発射して砂場を崩すように敵陣を穴だらけにしていく様を。

 そして、鳴り止まぬ雷鳴とともに夥しい雷が降り注ぐ中、鬼神の如き破壊力と速度で魔王城までの道のりに立ち塞がる敵を屠り続けたガルバラエルの姿を。


 ガルバラエルの当時の役割は、勇者一行が城に突入する為の道を拓くこと。ライカゲとハジメは彼とともに勇者の血路を拓き、そして勇者の魔王場突入後は残る魔物の軍勢が魔王城に戻らないよう戦い続けた。

 ライカゲは忍者として。

 ハジメは戦いの中に果てるために。


 それでも、二人の戦果を足して三倍にしても、ガルバラエルの隔絶した戦果には届かなかった。


 ハジメがガルバラエルと会話をしたのは、魔王が勇者に討たれて世界に一時の平和が訪れた頃。戦いで散っていった戦死者たちの遺体や遺品の回収を手伝っている時だった。


 ヒューマンでありながら最後までガルバラエルに食らいつくように戦場を駆け、そして生き延びたハジメにガルバラエルは問うた。


『何故最後の作戦に参加した? 命惜しさに我が国に援軍を要請したのだろう。任せていればよい』

『それは政治家の都合だ。俺には俺の都合がある』

『ライカゲという男は己を鍛える為だと言っていたな。貴様もそうか?』

『いや――ここでなら死ねると思った』


 ハジメが魔物の死体を押しのけると、戦死した兵の無惨な遺体があった。

 それをハジメは丁寧に担架に乗せ、回収係の人間に受け渡す。


『何故俺はああならなかったのか。何故彼はああなったのか。ここでも俺は死ねないのか』

『理解に苦しむな。生物は生存戦略のために生き残る術を探らなければならない。それが生きとし生ける者の究極の目標の筈だ』

『ならば俺は生物として欠陥品なのだろう。散っていった彼らを羨ましく思う』


 ハジメはこのとき初めてガルバラエルの方を向いた。


『魔王軍側に生まれればよかった。お前が相手なら確実に死ねたのに』


 ハジメにとっては、確実に自分を殺せる存在との出会い。

 ガルバラエルにとっては、狂ったヒューマンとの出会い。


 そして今、奇しくもハジメはガルバラエルと戦っていた。


「面妖な方法を使うものよ。羽もなく風も纏わず空を飛ぶとはな」

「竜人、それもお前のような強者と戦うにはこれしか思い浮かばなかった」


 雷鳴鳴り響く空で、二人は対峙する。

 一人は竜覚醒したガルバラエル。

 もう一人は、刀を構え、巨大な幅の大剣にサーフボードのように乗るハジメ。


 大剣はハジメの思い描いた通りに鮮やかに虚空を飛び回り、高速移動しながら雷を放つガルバラエルと幾度となく衝突する。最初に使った「おおいなる大地の剣」はガルバラエルの猛攻の前に破壊され、武装的相性の不利を悟ったハジメは武器を切り替えている。


 ハジメが手に持つ刀「不動雷切丸」は雷属性の無効化及び雷属性への特攻効果がある最上級武器であり、ダンジョンで発見した準神器クラスの逸品だ。当然ハジメの装備品も対雷に特化したものとなっている。

 それでも、ガルバラエルの攻撃の一つ一つが骨に響くほど重く痛い。


「嘗てよりも確かに強くなったようだが、それだけだ!!」

「ちぃっ!」


 爪と激突した刀を持つ手に鋭い痛みが走る。

 元々ガルバラエル自身の力量、ステータス、速度によって化物染みた威力を誇るので対雷装備云々以前の問題もあるが、それに加えて防いでいる筈の雷が完全に遮断しきれていないのも要因だ。

 恐らくは竜人が竜の末裔、すなわち世界の理を揺るがす神獣『エンシェント・ドラゴン』の因子を継ぐ者であることに加え、ガルバラエルが己を鍛え上げすぎて神獣の域に近づいていった為だろう。


 だが、それはハジメが退く理由にはなりえない。


「ふんッ!!」


 自らが足場にする大剣を回転させてガルバラエルにぶつける。

 ハジメの渾身の力に等しい威力と質量にガルバラエルは怯まず蹴りで弾くが、威力の高さから相殺という形になる。その隙に虚空に複数の剣をオーラの力で設置したハジメは、剣を足場に空を走って斬りかかる。


「八艘刃駆!!」

「小癪な……ぐッ!!」


 八度の踏み込みで八度の斬撃を叩き込む刀専用スキルを、空間に固定した剣を利用して放つ。ガルバラエルはそれに対応するどころか剣を砕こうと途中で雷電の刃を振るうが、最後の一閃がガルバラエルの腕を掠り、鱗を切り裂いて出血させる。


 ハジメはまた大剣を操って着地し、ガルバラエルに刀を構えた。


(『攻性魂殻アスラガイスト飛天フェアゼッツェン』……この戦いまでにモノに出来たのは僥倖だった)


 以前、レヴァンナに竜覚醒からのドラゴニックホライズンを受けて後手に回った際、ハジメは対竜人において空中戦ができないことが死に直結するという大きな問題に対応せざるを得なくなった。

 そこで信頼出来る人間に相談した結果として辿り着いたのがこのスタイルだった。


 発案は好きだったロボットアニメから思いついたと言い出したブンゴ。

 それを聞いて、嘗て怪盗ダンがナイフで似たようなことをしていたのを思い出したハジメは、このスタイルをモノにするためカルマ他数名に手伝って貰って密かに特訓していた。

 ちなみに飛天フェアゼッツェンという名前をつけたのはメーガス、すなわち神だ。

 ここだけの話、攻性魂殻アスラガイストの名付け親も彼女だったりする。


 ガルバラエルは腕から流れ出た血を舌で舐め、笑う。


「あのとき殺されたがっていた童に傷をつけられるとは、やはり人間は面白い。嗚呼――貴様がクオン殿の母などという立場になければ、あたら命を散らさずに済んだものを」


 瞬間、ガルバラエルから膨大な魔力とオーラが放たれた。

 オーラは雷の属性を纏いながら二つの形へと収束していく。

 顕現せしは、エネルギーによって形作られた二つの胴長の龍だった。

 双竜とガルバラエル、計六つの瞳が放つ気迫は、まるで本当に主人に忠実な二頭の龍がガルバラエルに付き添っているかのような濃密な存在感と力を感じさせる。


(あれは、不味いな……ガルバラエル自身の本気の攻撃そのものが独立して動き回っているようなものだ。あの顎門あぎとに噛まれれば、命はない)

「この私にシャントゥロン・レイを使わせたからには、貴様はここまでだッ!! 皇に逆らった愚行への悔恨を胸に、我が雷龍に呑まれよッ!!」

「愚かなのは、お前たちだ」


 格上であるガルバラエルに加えて原理も分からない二頭の龍まで同時に相手をしなければならない絶望的な状況にあって、それでもハジメは胸にふつふつと怒りがこみ上げるのを感じた。

 死を前にしながら、死の可能性を喜ばしく感じないのは初めてのことだった。


 この男はそのような力があって、誇りがあって、それでも尚、明らかに過ちを犯している皇の為に殺人すら厭わない盲信。或いは気付いていながらも身を賭して止めようとしない無責任さ。

 一方的に大人の事情に巻き込まれたクオンの思いなど一顧だにしない。

 こんな連中に少しでも善意を期待した自分が腹立たしい。

 クオンは孤独な皇の座など望んでいないのに、何故その気持ちを尊重してやれないのか。


「子供を守る親の恐ろしさを、二度と忘れられないように刻み込んでやる……!!」


 ハジメは、ハジメなりの愛を貫き通すと決めた。

 クオンの為に、必ずしもこの雷の化身を打ち破ってみせると。


 迸る雷光と激情溢れるオーラの激流が空中で激突し、『試練の結界』が想定を遙かに超えた力と力の衝突に軋みをあげた。

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[一言] セルシエルは泣いていい というか、台詞がつくと本当に変態だな、この武器馬
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