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レベルの低めな味方達にとってバランギアの精鋭は全員が格上の存在だ。
装備で補っていると言っても、まともに戦いになっているのが驚きと言える。
彼らを支えているのは仲間意識と連携の他にもう一つ、後方でフライパンを振るハマオの存在があった。
「バフ継続いきますよー」
ハマオがフライパンを振ると、中で炒められていた食材が光の球となって三人の方に発射される。光は三人の上で弾け、全ステータスにバフや継続回復の効果をもたらす。
これがハマオのジョブ、スターシェフの力だ。
スターシェフは本来生産職であるシェフが様々な経験を経て発展するジョブであり、この世界ではなり手の少ない珍しいものだ。シェフが戦うことは普通ないから当たり前だろう。
普通ならこれほど多岐に亘る効果を持つバフをかけるには相応の魔力が必要になるし、一度でかけきれるものではない。しかしスターシェフのスキルを転生特典のおかげで極めているハマオは『食材変換』というスキルを所持している。
これは、食材を正しく料理することで、その料理から得られる活力を直接エネルギーに変換して相手に与えるというもの。なので素晴らしい料理であればあるほどバフの効果は高まる。
これと『高速調理』を組み合わせることにより、ハマオは次々に料理バフを作っては味方に配っているのである。実際に食べて貰えない辺りはハマオとしては複雑だが、今回はショージの作った「気味が悪い」と評判の万年無限野菜を使っているので割り切ってはいる。
ただ、竜人も馬鹿ではない。
厄介な後衛がいれば潰そうとするのは自明の理だ。
「料理人風情が!! 消し炭になれェェェェェッ!!」
竜人たちの口に光が収束し、各々の得意属性のブレスが弾丸のように発射される。ドラゴニック・カノンだ。破壊力は一つ一つが巨大大砲並で、しかも属性を絡めてくるので防ぎづらい厄介な技だが、今のハマオには心強い味方がついている。
『効かぬ効かぬ。ぜんぜん効かーぬ』
水の神獣、リヴァイアサンの分霊がハエを払うようにぴっと手を振ると、ハマオの周囲に防壁が展開される。それは水のヴェールであると同時に神獣の結界だ。流動的な結界は防ぐ必要のないものは無視し、水と相性の悪い属性はぼよんと弾く。当たって弾んでいるのではなく、相手のブレスの突入角度やタイミングに合わせて能動的に弾いているのだ。
『分霊の力じゃと流石に直撃は面倒での。どうじゃ、妾も存外技巧派じゃろ? これでも神代の戦争では参謀寄りだったんじゃぞ!』
「頼もしいですけど調子に乗って変なことしないでくださいね?」
『うっ、わ、わかっとるわい! 神獣はとってもかしこいと言っておろう!』
(かしこさの方向性がなぁ……)
リヴァイアサンは頭が良いのは確かなのだが、これをやりたいという自らの好奇心に弱いところがあるのが心配なハマオである。
一方、彼が心配だからと付き添いをしたラシュヴァイナは、獣のような雄叫びとともに大剣を振り下ろしていた。
「ガァァァァァァァァ!! ガウッ!! ギャウッ!!」
「ギャアアアアッ! やめっ、げぇっ、獣風情がっ、がへっ、あ゛あ゛ぁぁあああッ!?」
乱戦のどさくさで吹き飛ばされて姿勢を崩した分隊長クラスの竜人を殴り飛ばし、大剣で滅多打ちにするラシュヴァイナ。武器が強くともステータス差のためか竜覚醒の鱗を貫けていないために殴るような形になっているが、ダメージは確実に蓄積されている。
竜人は悲鳴を上げて藻掻くが、何かしようと意識を集中させるタイミングをラシュヴァイナが冷酷なまでに正確な殴打で邪魔することで何もできないまま甚振られていく。
彼女は痛めつけて遊んでいるのではない。戦士としての本能で、こうすれば耐久力の高い格上相手でも勝てると分かっていてやっているのだ。
分隊長クラスは他の竜人と比べて格上かつ冷静で、尖兵を放ちながらハジメ陣営の特性や実力を見極めた上で指示を出そうとする者も少なからずいた。ラシュヴァイナが奇襲を仕掛けたのはその類で、故にこそ予想外の事態に対応が遅れていた。
彼女は本能で、あれを仕留めることが勝利に繋がると嗅ぎ分けた。
そして、敵の格上故の一瞬の油断を見逃さなかった。
やがて分隊長が悲鳴を上げる体力すらなくし、竜覚醒を解いて力なく大地に転がると、ラシュヴァイナは天を仰いで勝利の雄叫びを上げる。
「アオォォォォォーーーーンッ!!」
それすらも、『ウォークライ』という自己強化バフスキル。
これは攻撃力を大幅に上げる代わりに己に『混乱』の状態異常を与える一長一短のスキルで、混乱は除乱装備などの状態異常軽減及び無効装備を貫通して付与される。
しかし、彼女にはあらゆる戦闘に邪魔な状態異常を回復するパーソナルスキル『千練の恵体』があるため、この癖だらけの強化バフを一切のデメリットなく行使できる。
彼女の突然の叫びと動かなくなった分隊長に、竜人の視線が一瞬そちらへ向く。
その隙を、ハジメ陣営が冷酷に突いた。
「今だ、押し返せぇぇッ!!」
「ぐあ、しまった!?」
ラシュヴァイナはわざと大きな注目を浴びることで敵の目を惹きつけ、味方に攻撃の機会を与えた。その隙に即座に別の場所へ移動して、敵に襲撃を仕掛ける。突出して戦闘力が高い訳ではないのに、ラシュヴァイナは敵陣をかき乱す天才だった。
「おのれ、畜生風情が!! 分隊長殿の痛みを思い知れ!! ドラゴニック・ディバ……!?」
「グオァッ!!」
竜覚醒した兵士の鋭い爪が迫る寸前、ラシュヴァイナは彼の足下を大剣で掬って姿勢を崩す。すると爪から放たれた斬撃が別の竜人に叩き込まれ、不意をつかれた竜人が悲鳴を上げた。
「ぎゃああああ!! だ、誰だ――!?」
「しまった!?」
すまない、と、謝罪しようとした兵士の背中に強烈な衝撃。
ラシュヴァイナの強烈な蹴りが突き刺さり、兵士は吹き飛んだ。
彼女はそのまま疾走して吹き飛んだ兵士の背を大剣で切り裂く。
「ヘヴィークラァァァッシュッ!!」
「うぎゃあああああッ!?」
先ほどまで分隊長に通らなかった刃が、竜覚醒した兵士の背中を切り裂いた。
いくら分隊長が一般兵より格上とはいえ、そう大きな差があるわけではない。にも拘わらず刃が通ったのには二つの理由がある。
一つは、ラシュヴァイナが長年の経験から翼のある相手は翼の付け根が弱いことが多いという経験則によって狙う場所を選んだこと。
もう一つは――。
「格上との戦いはいい!! また小生は強くなったァ!!」
壮絶な破顔で舌なめずりをするラシュヴァイナが歓喜の声をあげる。
大きなレベル差のある敵を単独で倒せば、集団で倒すよりも経験値の入りが圧倒的によい。彼女は先ほどの分隊長との戦いを制したことで一気に数レベルのパワーアップを果たしたのだ。
しかもレベルアップの際、彼女は新たなスキルを習得していた。
『下剋上』――相手が自分よりレベルが上であるとき、己の攻撃力が上昇するという常時発動型のジョブスキルだ。これまで逆境にあって己を強化するスキルは幾つか習得していたラシュヴァイナだが、このスキルは上位スキル故に今の今まで手に入れていなかった。
「鉄火、狂乱、見渡す限りの敵ッ!! そうだとも、これこそ小生の居場所!! 血腥い闘技場だッッ!!!」
四方八方から迫る脅威と敵意に、ラシュヴァイナは感謝する。
血湧き肉躍る闘争の場を提供する全ての者に。
彼女の心は、故郷に舞い戻ったかのように晴れやかであった。
――遠目でその様子を見ていたハマオは「でもお肉焼けましたよって言ったらしっぽフリフリして涎を垂らしながらやってくるんだろうなぁ」と思いながら援護で異常に鋭利な果物ナイフを投擲した。
◇ ◆
『甲聖』ビッカーシエル――熾四聖天の最年長にして武人。
彼は竜人としては珍しい戦闘スタイルを取る。
それは――派手なスキルに依らない徒手空拳だ。
「破ぁッ!!」
美しいまでに洗練された正拳突きが、大気を抉る。
拳の衝撃を飛ばすのではないく、拳を中心に爆発が起きるような衝撃を生み出す。紙一重で避けるなどという生やさしいことは許されない。常に至近距離で爆弾を爆発させているようなものだ。
しかも、ビッカーシエルは『甲聖』の名に恥じず竜覚醒時の鱗が誰よりも堅牢で、自らが引き起こした衝撃では何一つダメージを負わない。
ライカゲは残像が見える程の速度でビッカーシエルの攻撃を掻い潜り斬撃を飛ばすが、その一切が鱗に弾かれる。レベル120を超えたライカゲの斬撃を受けて傷一つつかない堅牢さは、純粋なビッカーシエルの防御力が生んだものだ。
「征ッ!!」
ビッカーシエルの回し蹴りが放たれ、ライカゲは即座に躱す。
直撃すれば言わずもがな、大きく躱さなければ蹴りの衝撃でダメージを負う。ライカゲは防御よりは速度に特化しているため、一撃たりとも貰いたくない。貰ったそのときから連撃が始まると彼は考えていた。
既にあらゆる遁術のあらゆる属性で攻撃を試したが、ビッカーシエルの肉体に有効な属性は存在せず、またビッカーシエル自身が術を突き破って容赦ない連撃を放ってくる。
格闘術にも欠点らしい欠点などない、基本に忠実かつ実戦を知る者の動きだ。
攻防一体、欠点なし。
分身を使ったところで衝撃波にかき消される。
更には、逃げ場のない『試練の結界』という特異な空間。
(純粋な強さ……状態異常も通じない。影縛りもスキルで突破された。カウンター系の攻撃も度を超した防御力で上手く通らず、逆にこちらが痛手を負う。まさに鉄壁。竜属性の武器もさして効果に違いはない。だが……)
この戦いの目的はクオンと、ついでにレヴァンナの人権を守り抜くことだ。
つまり、ビッカーシエルとの決着が付かない分には都合が良い。
この結界の中に留まる限り、鉄壁の竜人が他の何者かを害することはないのだから。
しかし、ただ時間を浪費することはライカゲのプライドに障った。
(この世界に無敵の存在はいない。勝利する方法は存在する筈だ)
最強の防御力があっても、ダメージがまったく蓄積しないことはない。
仮に最強ではなく無敵の防御力であったとて、精神力は無限ではない。
「――揺れておるな。逃げ続けるか、戦うか」
「いや、腹は決まった」
忍者は私情に流されずに役割を全うすべきだ。
今、ライカゲは依頼者であるハジメの目的を果たす存在。
より確実な方法をとり、対局を見て判断すべきだ。
「今はリスクより時間だ。倒させて貰う」
この場で恐らく二人だけ――ライカゲとハジメだけが正しく理解する事情の為に。




