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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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25-6

 300の竜人の軍勢は、数でも質でも劣る筈のハジメ陣営に苦戦を強いられていた。


 まず、魔族のキャロライン。


「イケない子ね……魅入られなさい――ファム・ファタール」


 凄まじい速度で肉薄した竜人が、一瞬の隙を突いたキャロラインに頬に口づけされる。即座に振り払った竜人だったが、直後、くらりと意識が揺れ、視線が振れる。


「おい、何をされた!!」

「自分、自分は……抗えぬ気持ちを抱いてしまいました」


 瞬間、後続の竜人が彼に捕えられる。

 何を、と言おうとした瞬間にキャロラインがその竜人にも口づけした。

 口づけされた二人は、キャロラインに熱の籠った視線を送る。


「ねえ、お願い。私たちを襲うこわーい人達から守って頂戴♪」

「「はい、愛しの君!!」」


 キャロラインの甘いおねだりに間断なく歓喜の表情で答えた二人の竜人は即座に竜覚醒を行って踵を返し、中まであるはずの味方に死に物狂いで殴りかかる。


「莫迦な、血迷ったか!?」

「愛しの君の為にッ!! うおぉぉぉぉぉ!!」


 彼らの頭には既にキャロラインのことしかない。彼女の魔法『ファム・ファタール』によってキャロラインこそが運命の女性であると固く信じ込んでいるのだ。竜人は本来状態異常に強い筈だが、キャロラインの魔法はその耐性すら貫通していた。これはキスが刻印魔法を模したものであることも理由の一つだが、それ以上にキャロラインの魅了のレベルが高すぎることに起因している。

 突然の離反にぎょっとした竜人達は大混乱に陥るが、その間にもキャロラインは魔法を放つ。


「至高の快楽を与えてあげる! プレジール・リベラシオン!!」


 キャロラインから暖かな光が竜人たちに降り注ぐと、彼らの動きが一様に鈍る。


「な、なんだこの感覚は……き、気持ちいい……」

「こんなときに、どうして、眠く……」

「足が立たない……腰に力が入らない!」

「おのれ、汚らわしい魔族の売女めがッ! 精神魔法は確かに強力だろうが、誰にでも効くと思うな!!」


 戦士の中に精神耐性を持っていたものがいたのか、幾人は厄介な魔法を使うキャロラインを倒そうと走る。しかし、あと少しで間合いに入る所になった瞬間、キャロラインは突如として嗜虐的な笑みと共に茨のムチを振るった。


「いい声で鳴きなさい!! ランページテール!!」

「ぐわぁぁぁぁぁぁッ!?」


 ズギャギャギャギャギャッ!! と、凄まじい音を立てて茨のムチが荒れ狂い、竜人たちが次々にズタボロにされていく。その間にも体の動きが鈍った竜人を、キャロラインに魅了された竜人たちが襲い続ける。

 ぼろぼろになって地面に膝を突いた男をハイヒールの蹴りで踏みつけて無理矢理地面に這いつくばらせたキャロラインは、ぺろりと舌なめずりした。


「魅了と妨害しか出来ないだなんて一言たりとも言ってないわよ? あらゆる顧客の要望に応じて最高のサービスを提供するのが私の流儀ですもの」


 これが――これこそが大魔族にして娼婦の頂点キャロラインの実力。


 半端な者は近づくことすら許されず、彼女の愛を受ければたちまち魅了されて己の主の顔すら忘れ、それを耐えた者にはサディスティックなムチがお見舞いされる。強烈なデバフと本人の戦闘能力の二重の壁はそう簡単には打ち破れない。


 更に、ここにウルの従者マオマオが加わる。


「人造悪魔なのでキャロライン様の術の巻き添えは喰らいませんよ~! そいやっさぁ!!」


 気合一閃、下から振り上げた身の丈ほどの斧が容赦なく竜人を殴り飛ばす。ステータス的には劣るマオマオだが、キャロラインの魔法によって足腰が立たなくなった竜人を散らす程度なら出来る。

 と、彼女の背後で剣を杖にキャロラインの魔法に耐えていた男が、彼女に斬りかかる。


「蝙蝠がぁ……調子に乗るなぁッ!」


 ざしゅっ、と、彼の横切りの剣は呆気なくマオマオの首を刎ねる。


「はっ、はははははは!! 所詮魔族などこの程度よ!!」

「うーん、30点。力任せの雑な斬り方ぁ」

「はは、は?」


 飛んだ首が逆再生するように体に戻り、気付けばマオマオは元の姿に戻っていた。目の前で起きた事実が信じられずに唖然としたその瞬間、ちゅっ、と、頬に柔らかく暖かい感触。キャロラインの魅了魔法だ。


「ファム・ファタール。私の愛が欲しければ、マオマオちゃんの奴隷になりなさい」

「あ、あ……あ? はいぃ、愛しの君ぃぃぃぃ!!」

「じゃあまずはマオマオちゃんの代わりに同族蹴散らしてくれます? 主の私が襲われたら当然最優先で守ってくれますよね?」

「仰せのままにぃぃぃ!!」

「さっすがキャロライン様、夜の女王!」


 キャロラインは竜人と比べると決して突出した戦闘能力の差を持つ訳ではない。しかし、最強の淫魔とも称される彼女は狡猾で、人の心を弄ぶ術に余りにも長けていた。魔王軍の雑兵魔族しか知らない竜人たちは、本物の魔族の戦い方にひたすら翻弄されていた。


 一方、竜人すら上回る大火力で敵を押し返す者もいる。

 ゴッズスレイヴのカルマだ。


「ジャッジメントアームType-Ⅲβ、量子展開!! 神代以来の出番、存分に暴れたげる!!」


 腕に不釣り合いなほど巨大な機械の腕が虚空に光とともに現れる。カルマはそれに腕を突っ込み、グローブのように装備した。ギャカシュ、と小気味のいい機械音と共に完全に接続させた巨大な腕を振り翳したカルマが叫ぶ。


「ショック・ウェェェェェェェエブッ!!」


 グローブがガシャコッ、と音を立てて装甲が変形し、開いた隙間から拳の大振りに合わせて大気を揺るがす凄まじい衝撃波が迸る。一瞬空間が歪んで見える程の衝撃に竜人たち数十名が纏めて吹き飛ばされる。


 しかし竜人もさるもの、衝撃波を切り裂いて竜覚醒した手練れたちが複数名、即座に接近してくる。


「あれほど巨大な拳だ、取り回しづらいに違いない!!」

「多方向から距離を詰めて沈めよ!」

「見たことのない武器は奪って皇に戦利品として献上だ!」


 レベル100クラスの複数の敵――しかし彼らは知らない。

 カルマが『対神獣』を想定して設計された神代の兵器であることを。


「グラップリングモード!!」


 瞬間、ただでさえ大きかった拳が巨岩ほどのサイズになり、開かれた拳が引力を発生させる。竜人たちは慌てて踵を返すも、既に攻撃準備に入っていた二人の竜人が吸い寄せられる。


「ああッ!? おのれ、ただで捕まるか!! ドラゴニック・ディスチャージ!!」

「その細い体で受け止めきれるかぁ!?」


 魔力を噴出し、自らの正面に衝撃波のバリアを纏いながら突進するドラゴニックディスチャージは、大型魔物の胴体を貫通するほどの威力がある。

 しかし、驕れる竜人たちの表情が次の瞬間に引き攣る。

 竜人化した竜人の放つドラゴニックディスチャージが、カルマの両腕に音もなく止められたのだ。カルマはそのまま二人の竜人を鷲掴みにし、体をその場で横に一回転させると不敵に笑う。


「ダイナミック・フィストォォーーーッ!!」


 彼女が振り抜いた両拳は、なんと腕から切り離されて推進剤を噴射しながら竜人たちに迫ってくる。眼前に迫る鋼鉄の巨人の拳に竜人たちは慌ててブレスや魔法を発射して打ち落とそうとするが、どんな攻撃が命中しても拳は爆煙を突き破って邁進を続け、やがて謎の大爆発を起こして複数名の竜人の断末魔のような悲鳴を飲み込んだ。

 発射したカルマはというと、拳のなくなったジャッジメントアームの先端から光の刃を形成する。


「拳が戻ってくるまではビームスライサーで遊んであげる。非殺傷設定とはいえ、痛いものは痛いわよ?」


 竜人は古の時代より存在した古代種族だが、それより以前の文明について彼らはよく知らない。しかし、知っていたとしてもこのような敵との対峙は想像出来なかったろう。光の刃が煌めく度、竜人の悲鳴が響き渡った。


 突出した戦闘能力で圧倒する者もいれば、当然苦戦を強いられる者もいる。

 アトリーヌの連れていた九人の部下は、流石はあの王に仕える者というべきか見事な相互連携で竜人を捌いているが、撃破となると難しいのか一進一退の攻防が続いている。


 聖職者三人組のイスラ、マトフェイ、スーも敵の物量と実力に苦戦していた。


「一瞬たりとも気を抜くな!!」

「言われずとも!」

「二時方向から来ます!!」


 大剣を振り翳して空中から突っ込んでくる竜人を前に、マトフェイが動く。


「瞬動!」

「なにっ、この俺の頭に!?」


 残像が見えるほどの速度で敵の頭の上に移動したマトフェイは今、天使族としての姿を解放している。白と金を基調とし、全身タイツのように体にぴったりと張り付く生地は、トリプルブイがカルマの装備から着想を得たという柔軟性と防御力を両立させた特殊素材だ。拳、肘、肩、膝、足先などは格闘術の威力を無駄なくダイレクトに伝える為に極めてコンパクトかつ攻撃に耐えうるプロテクターなどが装備されている。

 そして背中は天使族の象徴たる翼を出す為に大胆に露出しており。翼の根元には翼を補助するクリスタルのような小さな魔法道具が組み込まれている。


 普段は晒そうとしない凜々しい顔を見せつけたマトフェイは、天使族の特徴である光彩の内に浮かび上がる十字架の模様『聖痕』を堂々と晒し、純白の翼をはためかせている。

 マトフェイは足先に力を集中させる。


「リジェクショントランプルッ!!」

「ガぁッ!?」


 敵を強烈に踏みつける足スキルが竜人の脳天に直撃する。

 通常ならこの時点で地面に叩き付けられるほどの威力だが、竜覚醒した竜人は衝撃にぐらつきながら意識を保って突進を続ける。


「雑、魚、がいきがるなぁぁぁ!!」

「させるかッ!!」


 待ち構えるは、『十二の聖なる神具』の一つ、聖銀鎧に身を包んだスー。鎧でありながら武具と呼ばれるのは、装着した人間の全てのステータスを上昇させる効果があるからだ。

 ただ、その効果が高すぎて使用者の反動も大きいために使い手のいなかった装備でもある。

 それを使いこなすことに成功した者こそ、スーだった。


 構えるスーと竜人の剣が激突する。

 竜人は小柄なスーが木の葉のように吹き飛ぶと確信していたが、その思い上がりは驚愕に塗り替えられる。


「なっ、びくともしない!?」

「我が信仰を舐めるなよッ!!」


 剣はスーの腕によって白刃取りされ、びくともしない。

 鎧の傷一つどころか足の一歩さえも揺らがない。

 これが大幅なレベル差すら覆す聖なる神具の力であり、それを最大限に使いこなすスーの地力であった。


(ちぃ、流石にレベル差が大きい……反撃にまでは転じられないか。だが!)

「そのまま押さえてろ!!」


 間髪入れず、もう一つの神具を持ったイスラが肉薄する。

 研ぎ澄まされた聖銀の鎌が瞬き、竜人へと襲いかかった。


「フルムーンザッパーッ!!」

「ぐおおおおおおおおおッ!!」


 月のように鮮やかな円形の軌道を描いて炸裂したイスラの斬撃が直撃し、竜人は吹き飛ぶ。その鎧より頑丈とされる鱗にはくっきりと斬撃による切り傷と出血があった。更にイスラ、スー、マトフェイの追撃が竜人を襲う。


「クロスソニック!!」

「シャインブラスト!!」

「オーラストライク!!」


 十字の飛ぶ斬撃、光弾、蹴り放たれたオーラの塊が完璧なタイミングで命中し、立て続けの衝撃をまともに受けた竜人は意識を刈り取られた。


「油断しすぎじゃないのか、スー?」

「お前がフォローすればいいだけだろう、イスラ」

「諍いは後にしなさい、二人とも」


 マトフェイが崩し、スーが受け、イスラが反撃する。

 レベルとステータス差を補うこの連携によって三人は場を保たせていた。


 と、竜人のブレスによる飽和攻撃を避け損なったマトフェイが吹き飛んでくる。

 イスラは慌てて跳躍し、彼女を空中で抱き留めた。


「大丈夫か、マトフェイ!?」

「ば、爆風で煽られただけです。大したことはありません」


 実際に怪我らしい怪我はないマトフェイだが、抱き留めたイスラの顔が至近距離にあって思わず息を呑む。場違いにも真剣な表情の彼の体温を感じ、顔に赤みが差してしまう。


「無茶するなよ、マトフェイ。君は僕の……」

「え、あ、貴方の……?」

「大切な友達なんだから!」

「……はぁ」


 そんなことだろうと思ったとばかりに真顔に戻ったマトフェイは、すぐさま立ち上がると迫る敵に拳を構える。スーはその光景に「相変わらずだな」とばかりにあきれ顔だった。イスラは教会時代から割とこんなことが多く、その気になって告白して振られたシスターも何人かいるくらいだ。本人に相手をどきっとさせた自覚が皆無なところがまた性質が悪かった。


「世話の焼ける奴らだ」

「スーにだけは言われたくありません」

「え、なに? もしかしてなにか悪いことした……??」


 ショージとブンゴ風に言えば、「そういうとこやぞ」である。

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― 新着の感想 ―
[一言] マトフェイはこの物語が終わるまでに、イスラとの仲を進展させることができるのか…
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