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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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5-1 転生おじさん、鬼娘と出会う

 血潮と鉄火。

 怒号と閃光。

 戦場を駆けるは修羅の剣。


 戦いに生まれ、戦いに生き、そして戦いに果てる。

 それが戦人となった鬼人の宿世。


「ちぇああああああああああああッ!!」


 刀を振り、敵を切り伏せる。

 幾度振るったか、その刃に両断された魔物は数知れず。

 鮮やかな赤い角を煌めかすその女は、隻腕とは思えぬ圧倒的な大立ち回りで敵陣を切り崩す。


 豪雨と雷鳴の響き渡る戦場を、女一人が支配する。


 鬼人と呼ばれる一族は子供の頃から戦人として育てられる。

 この世界の鬼人はそのタフネスと筋力において他の種族を圧倒的に上回るポテンシャルを秘めており、それは男も女も関係ない。ただひたすらに強く、勇ましく、我武者羅に戦うことこそが鬼人の在り方だ。


 しかし、彼女の人生は鬼人の中でも一際特異だった。

 

 鬼人の肌は個人差こそあれど、基本は赤みがかっている。

 だが、彼女の肌は生まれつき蝋のように白かった。

 角もそうだ、大抵の鬼人は白か黄色なのに対し、彼女のそれは血のように紅い。

 故郷ではいつも不吉な娘、気味の悪い娘と後ろ指を指された。

 そんな彼女が周囲に認められるには、鬼人らしく戦うしかない。


 彼女には剣の才能があり、すぐに故郷でも頭角を現した。

 しかし、どんなに強くなって実力を認められても、彼女は独りだった。

 彼女は、強すぎたのだ。

 それは彼女の悪評に更なる不気味さを付け加えた。


 そんな彼女の唯一の救いは家族であった。

 両親はつがいの戦士として戦場を駆けていたために祖父母に育てられていたが、両親は帰ってくるとたくさんのお土産と思い出話、そして短いながら精一杯彼女の子ども遊びに付き合ってくれた。

 それが彼女にとって唯一、幸せな場所だった。


 しかし、幸せな時間はいつか終わる。


 両親が魔王軍との戦闘で行方不明になり、やがて書類上の死亡扱いとなった。

 時を同じくして、祖父母が老衰や病気で他界した。

 

 鬼人の修業地で訓練を乗り越えて、一人前の戦士として認められた彼女が意気揚々と故郷に戻った、まさにその日に知った出来事だった。修行ではあらゆる甘えを排除するために外界の情報が遮断されるため、死に目にさえ会えなかった。


 彼女は全てを失った。

 そんな彼女に、世間は「死を呼ぶ女」と後ろ指を指した。


 残ったのは、剣の道のみ。

 彼女は故郷を出て、戦場を居場所と見定めた。


 どんな強敵にも怯まず挑んだ。

 どんな絶望的な状況でも折れずに生き延びた。

 誰よりも鮮烈に戦場を駆ける鬼人の生き様を体現した。


 彼女には愛する人も残すべき意思もない。

 終わりなく深い悲しみのなかで、戦の返り血だけが生の潤いを与えてくれた。

 何一つ省みることなく戦いに邁進する彼女の周囲からは、更に人は減っていった。世間は彼女を『修羅』と呼び、故郷の悪評もあって遠ざけた。その環境が彼女の人間性を更に薄れさせた。


 そんな彼女は今、愚かにも一人の男の為に戦場で暴れ狂う。


 勇者候補、レンヤ・イザヨイ。

 連綿と続く人類と魔王軍の戦いで何度も戦局を変えてきた『勇者』の一族の若き戦士は、この大戦おおいくさの前に彼女と接触していた。既にその実力と精神性から世間には勇者と呼ばれている。不思議なことに、世間が勇者と認めた者はこの世界では必ず神器に選ばれ勇者となるのだ。


 そんな彼は気安く彼女に話しかけてきた。

 馴れ馴れしい男だと冷たくあしらったが、彼はへこたれず何度もやってきた。


『魔王軍に震えず笑って暮らせる世界にしたいんです。魔物に親を奪われて涙を流す子供をもう見たくないから……』


 まだまだ世間知らずで未熟だが、世界を変える活力に溢れる、眩しい男だった。彼女の悪評など何一つ気にせず、蝋のような肌も「綺麗だ」と言ってくれた。口だけでなく実力も才能もあり、それに驕らず努力している。今はまだ彼女には及ばないが、いずれ神器を授かる器を感じた。


 それに、彼の父は魔王軍に殺されている。

 その境遇に、彼女は少しだけ共感していた。

 パーティーメンバーの誘いは流石に実力差から断ったが、本当は嬉しかった。荒んだ彼女の心に、彼の持つ光が家族の温かみを思い出させてくれた。


 故に今、彼女は剣を振るう。


 勇者は今回参加した大きな戦いで不運にも魔王軍の幹部格と遭遇し、深手を負った。彼女は、レンヤを助ける為に幹部と戦い、片腕を失いながらも撃退した。

 腕から噴き出した血が朧に肌を染めるが、回復してくれる冒険者はいない。

 幹部をなんとか撃退した時点で、冒険者側は総崩れ状態だった。


 ここで彼女が退けば、撤退中の冒険者たちの背中を突かれる。

 そうなれば、後方の拠点さえ崩される。

 誰かがやらねばならない仕事、生存の目途がない殿だった。


(それでもいい。元よりこの世に未練などない。戦いの果てに勇敢に死ねば、同じように死んだととさまとかかさまの所に行ける。それに……)


 あの勇者は、ここで死んでいい人間じゃない。

 きっとこれでよかったのだ。

 でも、もしもこの戦いを生き延びることが出来たのなら――その時は。


「ハァァァァァッ!! 虚空刹破こくうざっぱァァッ!!」

『こ、この女……!! 人間の分際で、死にぞこないの癖にどこからこれほどの力を……ギャアアアアア!!』


 人間側の予想外の抵抗に押っ取り刀で駆け付けた指揮官を、一刀の下に切り伏せる。

 片腕で限界を迎えた筈の彼女の刀が、更に鋭さを増す。

 たかが一人と高を括っていた魔王軍がその気迫に圧された。


「次に死にたいのは……誰だ」


 しかし、運命とは読めないもの。


 戦場を突如、巨大な地響きが襲う。

 大地がばきばきと音を立てて裂け、足場が揺らぐ。

 戦場は相応に高い山の上。

 つまり、これは――!!


『て、撤退!! 全軍撤退ーーーー!!』

『駄目だ、間に合わない!! うわぁぁぁーーーーー!!』


 前線で指揮していた上位魔物達の叫びも虚しく、雷雨によって脆くなった足場が土砂崩れで破壊されていく。幹部との猛攻や地上での激戦、土属性魔法の乱発等の振動が恐らくトドメとなったのだろう。


「あ……」


 逃げ出そうとした彼女の身体はしかし、片腕を失った影響と出血による消耗でバランスを立て直せず、その身は呆気なく崩落に呑まれてゆく。

 死を呼ぶ不吉な子供と言われた自分が、命と引き換えに誰かを守る。

 それは彼女が選び、運命が紡いだ死に場所。

 でも、最期に彼女に残された感情は――。


(いたい。寒い……さび、しい……)


 ――この日、一人の戦士が行方不明になった。




 ◇ ◆




 ハジメはいま、普段は利用してない遠いギルド支部を訪れていた。

 理由はギルドからの緊急依頼が来たからで、内容は魔王軍への警戒と襲撃への備えだという。


 この曖昧な依頼内容には理由がある。


 ハジメが訪れたこのギルドは魔王軍幹部の居城からそう遠くないため重要な防衛拠点の一つなのだが、最近ここでかなり大規模な防衛戦が行われた。この戦いは戦場で土砂崩れが発生したことで双方痛み分けに終わったそうだが、代償に相応の犠牲者と怪我人、行方不明者を出してしまった。


 つまり、現在このギルドは戦力が一時的にガタ落ちしている。

 幸い死者は少ないが、戦士たちは傷が癒えても体力まではすぐには戻らない。それどころか激戦で死者が出たことから引退を考えている者も少なからずいるという。

 そのため、緊急時にいつでも動ける戦力を求めたギルドは、人助けになる依頼は断らないであろうハジメを呼び寄せたのだ。


「とはいえ、その。緊急時の対応が主になるので、基本的にはギルドに居て貰いたいのですが……」


 と、語るのはポニーテールがよく似合うギルドの受付嬢。

 この世界のギルドの受付は必ず見目麗しい女性でなければならないという謎の不文律が存在するようで、何処のギルドに行っても綺麗に男は排除されている。いっそここまで男女区別が極端だと執念のようなものを感じるハジメである。


 尤も、男女共同参画社会を唱えながらも女性が活躍する社会の具体的ヴィジョンを真面目に考えずに年月だけが過ぎていったハジメの嘗ての母国に比べれば、ある意味潔いのかもしれない。


 話を戻し、ハジメがこのギルドに滞在するのは今から三日間。

 三日あれば態勢を立て直せるという目算になる。

 なので三日間何事もなかった場合、ハジメはただ三日間ギルドから金だけ貰ってぼうっとしていることになる。はっきり言って人生の時間の無駄遣いだ。

 勤労は正義。一旦情報を集めて何か仕事を探さなければならない。


 と――ギルド近くのテーブル席から大声が聞こえた。


「そんな!! 幾らなんでも値段が法外過ぎるでしょ!!」


 ハジメが視線をやると、そこでは若いがやけに装備がいい冒険者と数名のベテラン風な冒険者が揉めている光景があった。彼らの諍いは、諍いと言うよりは若い側が必死に食らいついているのをベテランがあしらってる形に見えた。


「人の生き死にが懸ってるのに、なんてがめついんだ!」

「人の命が懸ってるからこそだ。人を救うのは安くねえんだよ。こちとら相応のリスク背負ってプロの仕事してんだぜぇ? やるからには報酬がいるし、払うなら報酬分の働きをする。もちろんその辺の冒険者以上の精度でな。払えないなら尻尾巻いて帰りな」


 どうやら何らかの金銭のやり取りを含む交渉が行われ、決裂したようだ。

 ハジメは受付嬢に視線を送る。


「あれは?」

「今代の勇者候補として期待されるレンヤさんと、捜索チーム『ファインダー』です。魔王軍との戦いで行方不明になった冒険者、ベニザクラさんの件でしょう」

「……詳しく聞きたい」


 後ろからは、やれ代金をまけろだ、やれ装備品でも売って金を用意しろだと喧しい応酬が行われているが、ハジメは気にせず受付嬢の話を聞く。


 曰く、このギルドには『修羅』、『死を呼ぶ女』の異名を持つ鬼人の腕利き冒険者がいたという。その名はベニザクラ。物静かな佇まいながら、一度戦いになれば細い体に見合わぬ剣捌きで敵を圧倒するソロ冒険者だったそうだ。


 ただ、家族を殺したとか近寄れば呪い殺されるといった根も葉もない噂が周囲に広がっており、ギルドでは触れてはいけない存在のように扱われていたという。


 そして、前回の魔王軍からの防衛戦において彼女は不幸に見舞われる。戦いのさなか、突如として現れた魔王軍幹部候補と交戦した彼女は重傷を負ってしまったのだ。されど彼女は冒険者たちを逃がす為に殿を買って出て、そのまま土砂崩れに巻き込まれて行方知れずになってしまった。


「ギルドとしても彼女は貴重な戦力だったので捜索を行いましたが……」

「ギルドの無償捜索は期間が限られている。捜索期間中に見つからなければ、後は個人で捜索依頼を出すしかない。そして頼む相手があのファインダーというチームなのだな」

「はい。ファインダーは凄腕の捜索部隊で、捜索対象が生きていても死んでいても必ず見つけて連れ帰るとさえ言われています。ですが、その……」


 受付嬢の顔が曇るのを見て、おおよその察しが付く。


「依頼料が高いのか」

「……はい。正直、ギルド相場の10倍以上はお金を取っています。嫌ならば彼ら以外に頼むべきでしょうが、緊急性を伴ったりどうしても相手を見つけたいとなると、下手な捜索者では空振りになることも多く……結果的に、彼等に頼らざるを得なくなってしまうケースはよくあります」


 嫌なら別の誰かに頼めばいいが、もし自分たちに高い金を払えば見つける。質のいいサービスを得るには相応の対価が必要なのは理解できるし、むしろそうしなければ専門性の高い商売は先が苦しくなる。

 そういう意味で、ファインダーが間違っているとは言えない。

 だが、受付嬢の様子からするとそれを加味しても阿漕なのだろう。

 ファインダーのリーダーらしい男はテーブルを叩いて叫ぶ。


「遊びじゃねえんだよ勇者サマよぉ!! 緊急性と現場の悪さ、魔王軍との遭遇のリスク全部込みで1000万G!! 払えねぇなら帰るか自分で探しなッ!!」

「くっ……!!」


 勇者候補であっても金持ちとは限らない。

 見た所レンヤはまだ若い冒険者のようだし、1000万Gの大金を払えないのは明白だ。周囲の冒険者を見ると、一応ベニザクラに助けられた恩は感じているものの、値段が大きすぎて払うと言い出せない様子だ。

 リーダーらしき男は俯き拳を握るレンヤを鼻で笑う。


「……まぁ俺も鬼じゃねぇ。お前さんの背中に抱えた親父譲りの聖剣を譲ってくれるんならそれを依頼料にしても――」

「馬鹿言うな!! これは我が家に代々伝わる由緒正しき剣だ!! お前なんかに渡せる品じゃない!!」

「じゃあベニザクラの命の価値はその剣以下ってことだ。別に見捨ててもいいんじゃねえの? 世界を救う勇者さんよぉ?」

「ぐ……ッ!!」


 レンヤは何も言えず、歯を食いしばる。

 レンヤが背負う分不相応に立派な剣は、聖剣と呼ぶだけあって準神器、ないし聖遺物――現代の技術では再現できない神話時代の遺物を指す――クラスと相当な性能だ。数々の激戦を潜り抜けた末に託されたであろうそれは、所によっては数千万Gの値段もつくだろう。


 ファインダーの男は、遠回しに分不相応な剣を持っていることを嘲ったのかもしれない。世界を救うのは勇者の仕事だが、その割には冒険者一人を助けることを諦めているという揚げ足取りのような言葉から、彼らがあまり柄の良くない存在であるのを感じ取ることが出来た。


 結局、レンヤは言い返す言葉なく背を向けて去って行った。

 そして、ハジメは彼と入れ替わるようにファインダーの男の前に立つ。


「あン? なんか用か、テメェ?」

「俺は冒険者のハジメ。お前の名は?」

「このバーガス様を知らねぇとは、無知ってのは怖いもんだぜ」


 自分の名前など知っていて当然という顔をしたローカル有名人に、ハジメは少しだけ本題に入ることを忘れて「ちょっとだけ痛々しいな」と思った。

 この辺りでは死神ハジメの名と顔は知られていないのか、ファインダーのバーガスは怪訝そうに彼を見やる。


「それで、結局何なんだテメェ」

「行方不明になった冒険者ベニザクラの捜索依頼料は1000万Gだと聞いたが、それは確かか?」

「ああ、そうだよぉ? なにせ魔物共がウロついてるかもしれねぇ土砂崩れの現場の捜索だ! 天気もよくねぇし、1000万Gは貰わないと仕事はできねぇなぁ。こっちも命あってのものだ――」


 話が終わるよりも早く、ハジメは財布から1000万G相当の札束と金貨をテーブルの真ん中に落とした。


「1000万Gある。依頼を受けてくれるな?」

「……は?」


 ファインダー全員のにやけた表情が凍り付く。


 ……ところで前々から気になっていたのだが、この世界はお札と金貨をなぜ混合させているのだろうかとハジメは思う。明らかに非効率だと思うのだが、ビジュアルへの拘りなのだろうか。

 ともあれ、高い金を払えばやってくれるなら、払ってやろうというのが散財者ハジメの心意気である。


「返答や如何に」


 急かすハジメに、バーガスは一瞬言葉を濁す。


「……んっんん……冒険者ベニザクラは話によると腕をぶった切られてるらしい。もし生存していたとしたら緊急治療に金が要る。確実を期してエリクシールを人数分用意しなきゃ対象の生存時治療サービスはつけられ――」

「何人だ?」

「30人! 30本のエリクサーの代金は時価だし、追加料金も1000万は――」


 ハジメは道具袋からエリクシールを三十本出してテーブルに並べた。

 更に依頼料金に1000万Gをどさりと上乗せした。


「今すぐ働け。三日が期限だ」


 ファインダーの一人が、余りの大金に腰を抜かして床に転がった。


「な、なんでテメェ見ず知らずの女にこんな……!!」

「人助けはいいことだ。だよな? もちろんお前たちが出来ないというなら自力で探すが、生存して連れ帰ることが出来たら追加報酬をやろう。そうだな、1億Gでどうだ?」

「いち……っ」

「――やらないのか?」

「うぅっ……!?」


 有無を言わさぬハジメの問いにファインダーのメンバー全員がそれ以上何も反論できず、依頼契約は即座にギルドカウンターにて執り行われた。

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