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熾聖隊全員が構え、或いは武器を取り出して一斉にハジメ達を包囲する。
その全員が根本的な種族としての能力が高い竜人であり、レベル80以上。そして竜覚醒を加味するとレベル100相当。それがこの場に300人。更に彼らを上回る熾四聖天4名が控える。
彼らだけで世界のパワーバランスを無に帰すことができる、まさに最強の軍勢だ。
ハジメが彼らに一人で挑めば確実に死ぬと断言できる。
「――それは、シャイナ王国への実質的な宣戦布告と取っていいのか?」
「下らぬ。シャイナ王国なぞ余にすれば木っ端に過ぎぬ。木っ端が吹き飛ぶのに理由などいらぬ」
「そうか。ならば……遠慮なく反撃させてもらう」
直後、ウルを中心に魔力が弾けて、ハジメですら初めてお目にかかる最高位魔法『インスタンツサモン』が発動する。
ハジメは最初から彼らとの全面戦争を憂慮して準備をしていた。
その際にウルが提案したのがこの魔法だった。
予め呼び出す相手と一時契約を結び、一度だけ同意の下に距離を無視して対象を複数同時に『召喚』することのできる大魔法。ウルの提案でハジメはこの契約を自分の知る最高位の実力者達に事情を説明して持ちかけていた。
転移で姿を現したのは、数多の生ける伝説たち。
『騎馬女王』アトリーヌ・キャバリィと側近の精鋭臣下、計10名と1本と1頭。
「初めまして、皇さん! キャバリィ王国の女王アトリーヌでぇす! 同盟国がピンチと聞いて来ちゃいました!」
『大魔の忍館』のオーナーにして最強の淫魔と名高い大魔族、キャロライン。
「ウルちゃんの頼みで特別出張よ。これだけのお客様を相手にするなんて久しぶりね……ワクワクしちゃう!」
神代の古代兵器ゴッズスレイヴ、カルマ。
「子供のピンチとあらば一肌脱がざるを得ないわよねぇ!! 覚悟しなさいよ誘拐犯共! クオンちゃんに手を出した罪は重いわよ!!」
そしてハジメが認める最強の隠密集団、NINJA旅団とその団長ライカゲ。
「お前達にとってもここは死地たりうる。死に物狂いで生き残れ」
「「「イエス、マスター!!」」」
他のアデプトクラス冒険者は国防上の理由から都合がつかなかったが、熾聖隊の圧倒的な戦力にも対抗しうる実力者をハジメは都合がつくだけかき集めた。
ただ、ハジメはその中に予定になかった人間も混ざっていることに気付く。
「ハマオにラシュヴァイナ? なぜいる?」
「ラシュヴァイナさんが竜人と戦いたいと言って聞かず、仕方なく付き添いです」
「熾聖隊の噂は前々から聞いていた故にな! 装備もバッチリ揃えたぞ! ハジメにツケて!!」
「そうか、ならいい」
「いいのか。ちょっと怒られるかなと思っていたぞ」
教官を務めた時といいフェオに怒られたときといい、彼女は意外と怒られるのに弱いらしい。
元奴隷剣士としては強者との戦いに興味があったのだろう。実の所、彼女のレベルは既に60近く、ベニザクラでも手に余る実力者だ。しかも戦いの中でのカンや閃き、見切りの能力が高いので、スペック頼りの竜人とは良い勝負をするかもしれない。
鼻息の荒いラシュヴァイナは普段からやたら肌を露出した薄着だが、今日の装備は肌の露出をある程度維持しつつも竜や巨大魔物の素材をふんだんに使用し野性味とデザイン性を両立させた竜狩りゲームのキャラみたいな仕上がりになっており、携える大剣も新調している。恐らくはトリプルブイの仕事だろう。彼の装備品ならかなり能力がブーストされている筈なので、あとはハマオが心配だ。
しかしハマオも考えなしに来た訳ではないらしい。
「レヴィアタンさんに沢山貢ぎ物して賛美の歌を歌って、今回だけ協力して貰えることになりました。簡易パワーアップです」
『分霊とはいえハマオを守る程度なら造作もない! け、けけけ決して褒められて浮かれてるとかじゃないぞ! 神獣はとってもほこりたかいんじゃもん!!』
その誇り高さが逆にチョロさを招いている気がしないでもない。
更に、イスラとマトフェイもいつのまにか来ており、明らかに気合いの入った完全装備だ。
「この一大事にスーはいるのに僕はいないってなんか腹立つじゃないですか!」
「子供か」
「スーが絡むと大きな子供になります」
額を抑えて首を横に振るマトフェイの冷静な説明にばつが悪い顔をしたイスラだが、聖銀の大鎌を取り出して肩に担ぐ。
「前にハジメさんが帝国オークションで競り落としたあの聖銀十字、遠慮なくトリプルブイさんに加工して貰いました。それに……人に教えを説き導く聖職者として、子供の可能性を権力で無理矢理摘み取るなんて僕らは看過できませんから」
実利ではなく生き方、彼はそういう男だったなとハジメは納得する。
一方のマトフェイはスーに何やら告げている。
「教皇より、貴方に授けられた『十二の聖なる神具』の一つ、聖銀鎧の開帳許可が下りました」
「マトフェイお前、それを伝えるためにわざわざ?」
「私も真の姿を晒して戦います。そのためにトリプルブイ氏に専用装備をこしらえていただきましたから……ちなみに即金が難しかったので全部ハジメさんに代金をツケました」
「そうか、ならいい」
「即答……貴方も相変わらずですね。フェオが呆れるのがよく分かります」
ハジメのネジは存在感がなさすぎて誰も失踪に気付いていない。
トリプルブイ万能説とハジメのツケ万能説が同時に成立しそうだが、ツケに関しては娘の為の正当な出費とも言えるので何ら気にするところはない。ハジメも高速換装で装備を調え、いよいよ全員が臨戦態勢に入る。
熾聖隊は最初こそ面食らっていたが、相手が竜人でもない寡兵と侮ったのか今では薄ら笑いすら浮かべている。皇がそれに何もいわないのは、既に命じた以上はどうあれ必ず部下が目的を遂げるという信頼か、それとも竜人以外の種族を弱小と侮って憚らない慢心からか。
ガルバラエルが声高に叫ぶ。
「皇に逆らう愚か者共よ! 少しばかり数が増えたとて、我らから逃げられると思うな!! かかれぃ!!」
「来るか……!」
その一言が、二つの勢力の衝突の合図になった。
一斉に入り乱れ、攻撃を放つ熾聖隊の精鋭たち。
その中に混じって、『雷聖』ガルバラエルがハジメの目の前に肉薄した。
「貴様は私が相手してやろう! ハァァァッ!!」
「むっ、これは!?」
ガルバラエルが懐から魔石のようなものを取り出して砕くと、内部から力が溢れ出る。気付けばハジメとガルバラエルは空より暗く、しかし夜空よりは明るい半円状の空間の中だった。
ハジメはこの光景に覚えがある。
「『試練の結界』……」
「……ほう、一体どこで知ったのやら。では説明の手間はいらぬな。貴様が王宮内で暴れると些か厄介だ。ここで倒れて貰う」
嘗てクオンが披露したことのある、周囲に影響を及ぼさずに敵と戦うための疑似空間魔法、『試練の結果』。クオンは当然のように発動出来たが、竜人もどうやら道具を併用すれば使えるようだ。それもガルバラエルほどの実力があってこそと思われる。
(クオンの発動した空間より狭いが、それでもかなり広い……そしてもう一つ)
クオンのときは誘拐犯リサーリを捕えるための空間だったために何もない地平が広がっていたが、ここはガルバラエルが動きやすいようにか岩柱が無数に乱立し、上空に雷雲が立ちこめている。
「ちなみに他の熾四聖天も同じものを使える。お前達の主力を閉じ込めれば残るは戦力の激減した寡兵のみ。これで詰みだ」
「諸刃の剣だな。熾四聖天が負ければ状況は逆になるぞ」
「そういう言葉は――このガルバラエルを倒してから言うことだッ!!!」
瞬間、膨大な魔力が渦巻くと同時にガルバラエルが竜覚醒を発動する。
凄まじい雷鳴と雷光を撒き散らした先にあったのは、人型の竜と化した雷の戦士。手には紫電を纏う槍を握り、通常の竜人は一対の筈の翼を二対羽ばたかせる。
「貴様は世界最強の冒険者と呼ばれているが、それは我らが冒険者ではないからこそのこと!! あのときの小僧がどこまで成長したのか品定めし、そのうえで身の程を知らせてくれるッ!!」
「人間の命は短く、そして成長は早い。見くびってくれて構わないぞ、後悔したいならな」
ハジメは雷に耐性を持つ地属性の大剣『おおいなる大地の剣』を抜く。
一体何年ぶりだろうか――『格上』との戦いは。
――その頃、他の面々も熾四聖天に結界に閉じ込められて戦いを始めていた。
「『甲聖』ビッカーシエル、お相手仕ろう。見たところおぬしが最も曲者に見えるでな」
「拙者とてガルバラエルとおぬしを捨て置けぬと思っていたところよ」
道場のように平らな『試練の結界』で竜鱗が他の竜人の竜覚醒以上に鎧めいて分厚いジュールエリエル相手に、ライカゲは愛刀『矜羯羅』と『勢多迦』をすらりと抜いた。
また、別の『試練の結界』は煮えたぎる火山の火口のような場所。
「ガルがお前のこと警戒してたから、とりあえず瞬殺さしてもらうわ。一応名乗っておくぞ。『炎聖』ジュールエリエルだ。冥土の土産とまでは言わないけど、まぁ努力賞くらいは取れるように頑張って抵抗してくれや、ええと、名前なんだっけ?」
「……あっ、ふーん? これ外からだと見えないし干渉できないんだぁ……チャーンス!」
自らの勝利を信じて疑わないジュールエリエルを無視して、ウルはきらりと目を輝かせてほくそ笑む。誰も見ていないということは、本性を現しても誰にも見られず戦えるということだ。
ウルル・ジューダスではなく、ウルシュミ・リヴィエレイアとして――。
最後の『試練の結界』は、吹雪が吹き荒ぶ氷塊の上。
「この『氷聖』セルシエル様の手にかかって散ることを光栄に思え、人間!!」
「ニンゲンじゃなくてアトリーヌ・キャバリィね。よろしく!」
突然の吹雪にも、部下とはぐれたことにも動じずアトリーヌは馬に跨がり剣を抜き放つ。はためくマントが勇ましく、その目に一遍の迷いもない。
『試練の結界』が解除されたときは、どちらかが敗北するとき。
それまで、残された面々は実に300の軍勢を相手にしなけれなばらない。
怒れる竜と人の狂宴は始まったばかりだ。




