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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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25-2

「おおお、お嬢さん! このサーロインステーキ串を特別にサービスするよ!」

「ほんと!? ありがと、おじさん!!」

「お嬢さん、このアクセサリをつけてみて!! はぁぁ、なんて可憐なの!! ええい、もうあげちゃうわ!! 高かったから大切にして頂戴ね……!」

「こんな綺麗なの、本当にいいの!?」

「お嬢さん、一時間後に大劇場で演劇があるのですが、よ、よよ、よろしければ私とともにVIPルームへ……!!」

「え、ママたちと一緒じゃないとヤかな」

「なんてぇべっぴんさんじゃあ。こりゃあ大人になったらどこまで美しくなられるのか……!」

「ママ、ぼくあの子に仕えたい!!」

「ありがたや、ありがたや……」


 次々にクオンに物を献上する竜人たち。

 クオンに様々な誘いをかける竜人たち。

 離れた場所からクオンに見蕩れ、あるいは拝む竜人たち。


 皇都バランシュネイルの大通りを僅か十数メートル歩いただけで、既にクオンは引く手数多の大人気物になっていた。誰もがクオンに魅了され、褒め称え、自らの持つ何かを与えようとする。


「りゅーじんの人達ってみんな親切だね、ママ!」

「あ、ああ……」


 自分が原因でこんな大騒ぎになっている自覚がないクオンは無邪気に笑って牛サーロイン肉の串を囓り、「ん~♪」と舌で蕩ける柔らかな肉を堪能している。我が娘ながら可愛い。いや、そんな場合じゃない。


 前々からクオンが同族や近しい種族からするとあり得ない美形であるというのは分かっていた(ヒューマンの目から見ても凄まじい愛らしさだ)が、まさか目立ちづらい隠匿効果のある服を着せてもなお初対面の竜人たちをここまで魅了するとは予想外にも程がある。


 流石は竜神の仔――ハジメはクオンの影響力を完全に甘く見ていた。彼らはもしかすればDNAレベルで相手が忠誠を誓うべき存在だと感じているのかもしれない。


 逆に、ハジメ、スー、ウル、マオマオに対してはあからさまに見下した目線や邪魔者を見るような無遠慮な視線が浴びせられる。レヴァンナは竜人視点でも美形なのか「憂いのある麗人」とされ、グリンに乗るフレイとフレイヤは「何者だ」と戸惑いが大きかった。


 ――いや、恐らく彼らは本能でフレイとフレイヤの乗り物に徹しているグリンの正体に気付いたのだ。だからグリンに跨がる子供達に対して「神獣を従えているとは何者だ」と戸惑っているのだろう。


 と、ざわめく民衆が一斉に天を仰ぐと、水を打ったように静かになり一斉にその場に跪く。

 理由は、空から迫る四つの影だ。


 このバランギアにおいて常に空を飛ぶことを許可されているのは、急を要する仕事に就く者のみ。そんな彼らもある一定以上の高度を飛ぶことは禁じられている。何故ならそこは国防と治安維持を担う国家最高位の戦力『熾聖隊』の為の場所だからだ。


 そして、『熾聖隊』を統べる四人の最高戦力を、人は畏敬の念を込めて『熾四聖天』と呼ぶ。


 その『熾四聖天』が、ハジメたちの目の前に降り立っていた。

 『熾四聖天』には一人だけ知り合いがいる。

 嘗て魔王軍の大部隊を退ける戦役に参加していた戦士。

 何を隠そう、ライカゲの奥の手の一つである『武御雷タケミカヅチ』は彼の雷神の如き戦いぶりから技を盗むことで完成したのだから。


「ガルバラエル……」

「誰だ。いや、ほう……あの時の小童か?」


 嘗て出会ったときとまるで変わっていないその男は、目を細める。

 女性と見紛う金髪。彫りの深い顔に鋭い眼光、そして雷の力を想起させる眩い鎧。この世界の最高峰の戦士の一人だ。

 当然、彼とともにやってきた残り三名も同じこと。


「知り合いか、ガル」

「一度戦場を共にしただけだ」

「へぇ、ガルが記憶に留めてるってことはヒューマンにしては出来るようね?」

「口を慎め、莫迦者共。勅命を忘れたか」

「そうであったな――初めまして、クオン殿、レヴァンナ殿。我らはすめら直属の部下、『熾四聖天』の者です。私は『雷聖』ガルバラエル」

「同じく『熾四聖天』、『氷聖』セルシエル」

「『炎聖』、ジュールエリエル」

「『甲聖』、ビッカーシエル」


 『熾四聖天』は常に四人おり、その者に相応しい特性に『聖』の字を添えた二つ名を皇から授けられるという。そして『熾四聖天』はバランギアにおける軍団のトップ、すなわち将軍に当たる。

 たった十人で魔王軍の軍勢を覆す『熾聖隊』をも統べる、バランギアの掛け値無しの最高戦力たちが、一斉にクオンとレヴァンナの前に跪く。


「「「「我ら一同、皇の命により貴殿らを城に案内したく仕りました」」」」


 クオンはきょとんとし、レヴァンナは「うわぁいい年こいた大人達が二つ名とか名乗ってるうわぁ」という引いた顔をし、スーとマオマオは相手が格上であることを静かに悟って目を細める。

 ハジメとしては意外ながら、ウルは彼らの放つ強者の圧に対して何も感じていないようだった。彼女の実力はハジメの見積もりより上らしいが、じゃあ初めて会ったときのお漏らしはなんだったんだという気がしないでもない。フレイ、フレイヤも普段からグリンと一緒にいるためか平気そうだ。


 そんな中、ハジメは一歩前に出る。


「当然、保護者同伴だろうな」


 黙って連れて行かれたらたまったものではない。

 誰がなんと言おうがクオンはハジメの娘だ。




 ◇ ◆




 雷聖ガルバラエルは、彼らを先導する最中にセルシエルに脇をつつかれる。


「ちょっと、皇に命令されたのは竜人だけよ。他のお邪魔虫たちまで連れて行く気?」


 氷聖セルシエルは『熾四聖天』最年少にして唯一の女性で、氷聖の名の通り氷と冷気を司る竜人だ。炎聖ジュールエリエルも彼女に同調する。


「俺もそれ思った。ガルが許すからには理由があるんだろうけど、聞かせてくれよ」


 ジュールエリエルも比較的若く、セルシエルと彼は『熾四聖天』としての経験が浅い。対してガルバラエルは経験豊富であるため、実質彼らのリーダー的な役割も担っている。そのガルバラエルが口を開いた。


「下手に刺激すれば、彼らは暴れるぞ」

「そんなの返り討ちにすればいいじゃない」


 何でもないように言い放つセルシエルを、甲聖ビッカーシエルが咎める。


「愚か者が。あのエルフのわっぱ共を背に乗せた獣、あれなるはエルフ共の崇める『守りの猪神』に相違ない。何故子守をしているのかは存ぜぬが、あれに暴れられればバランシュネイルと城が保たぬわ」

「ちっ、うるさいジジイ……分かったわよ」


 ビッカーシエルは『熾四聖天』最年長の老人で、そろそろ引退が近いからとまとめ役をガルバラエルに譲りつつもセルシエルとジュールエリエルを諫める役を担っている。不遜なセルシエルも彼の正論を否定することはしなかった。


 ただ、二人とも猪神に勝てないとは言わない辺りに自分たちへの絶対の自信が垣間見える。

 ガルバラエルはそれに頷きつつも、付け加える。


「クオン殿の父親だか母親だかを名乗るあの男と、悪魔を引き連れた女には細心の注意を払え」

「は? ただのヒューマンだろ、あいつらは」

「お前達はヒューマンとまみえたことがないから気付きづらかろうが、あれはヒューマンの中でも別格だ。それに女の方は力を隠している。隠してなお、隠し切れていない」

「出たよ、人間マニアが。お外の仕事が多いから下界人目線が染みついていらっしゃる。俺ら視点ではそうでもないだろうに」


 ジュールエリエルが揶揄うが、ガルバラエルが返事をしないことに気付いて顔色を変える。


「冗談だろ? 魔王軍みたいなザコ共相手に右往左往する矮小な種族だぞ、ヒューマンは?」

「下界にはたまにああいう手合いがいる。ビッカー老なら分かるのでは?」

「わしに言わせれば、あやつらは全員曲者よ。一丸となられると猪神抜きでもちと厄介かもしれんぞ。それに何よりの問題がクオン殿だ。機嫌を損ねることを避けるためにも、極力客人は丁重に扱うべきだろう」


 全員が黙る。

 そう、彼らはずっとその問題から目を逸らしていた。

 金色の角と尾を持つ珍しい竜人の仔がいる――そんな目に付く情報からどんな子供が来るのか彼らも気になっていたが、いざ出会った瞬間に気付いた。


 クオンは可能性の塊だ。

 将来の皇になれる可能性さえ秘めている。

 まさに奇蹟の仔――下界に置くには惜しい器だ。

 出来るだけ穏便に、しかし必ず手に入れたい。

 そのために、心証を悪化させるようなことは避けたかった。


 その可能性の仔は、ハジメの隣で無邪気にはしゃいでいる。


「ママ、わたしお城にいくの初めて! 中はどんな風になってるんだろ……」

「俺もバランギアの皇城は初めてだ。王侯貴族でも滅多に許されない貴重な機会だぞ、これは」

「さぞ豪華絢爛なのでしょうね、お兄様。今見える範囲で既に巨大ですわ」

「村の住居を全てかき集めて百倍にしても尚届かなそうだ! 探検のしがいがあるな!」

「ブヒッ」

「嗚呼、胃が痛い……竜人に生まれるんじゃなかったぁ。小市民でいさせてよ! 誰にも注目されずに静かに生きながら己を見直したいだけなのにぃ……」

「あ、レヴァンナさんそういう系の人ですか。気持ちちょっと分かるかも」

「そんな適当なことを言って女も誑し込もうという寸法か? この魔王め」

「ちょっと、さっきから聞いてればあなたウルちゃん様への敬意が足りないのでは? ショタガキだからって調子に乗るなですよ?」

「趣味で魔王の下着を飾ったりイスラに頻繁に言い寄って浄化に付きまとっている放蕩悪魔の貴様の言えたことか?」

「あ、こらこら。二人ともモメないの!」


 未だ皇の城に向かっているというのに緊張感の欠片もない集団に、『熾四聖天』は密かに冷たい視線を送った。邪魔者が多いのは厄介だからだ。




 ◆ ◇



 王らしい王とはこのような存在を言うのだろう、と、ハジメは思った。

 それほどに、バランギアの皇が放つ存在感は桁違いだった。


「遠路はるばる、よくぞここへと戻って参った。同胞よ。貴殿らが我が呼びかけに応じた最後の客人、そしてこれからの我が臣下である」

(開幕から既に選択肢がない……)


 世界最強の国家たるバランギアを統べる皇は、地上最強の権力者。

 我が意こそが何にもおいて優先される、という次元を通り越して、己こそが理であるから世界は当然それに従う、というレベルに達しているのを言葉に含まれた絶対の自信から感じる。

 

 ネルヴァーナの王族シンクレアは異能でプレッシャーを放っていたが、こちらは恐らく『すめら』というこの世界特有のジョブによって元来持っていた威圧感が大幅にブーストされているのだろう。


 恐らくはバランギアに生まれた者ならば誰もが今の時点で何の言葉もなく膝を突いて頭を垂れるほどの重圧。


 しかしハジメはこのような圧には耐性があるし、クオンはそもそも存在として格下の威圧なので首を傾げている。なんかいつもと空気がちょっと違うな、くらいのものだろう。レヴァンナは他人より自分の心情が気になるのか適当に受け流していた。


 スーは堪えているが、信仰心からか姿勢を崩さない。

 マオマオは咄嗟にウルに抱きついたが、それで平静を取り戻したのかしゃきっと立ち直る。当のウルはというと最初から皇を胡乱な目で見ており、欠片も響いていないようだ。

 フレイ、フレイヤ、グリンに至ってはいつの間にか城の探索に出たのかいなくなっている有様である。


 皇はというと、気分を害した様子もなくガルバラエルを手で呼ぶ。


「ガルバラエル、ここに」

「おまけが多いようだが?」

「保護者及びその友人たちです」

「余はそのような雑多な者共を城に招くよう命じた覚えはないが?」

「恐れながら、ここは世の頂点に立つ者として器量を見せる場ではないかと愚考いたしました」

「ふむ」


 瞬間、ガルバラエルの顔面目がけて膨大な魔力が弾け、彼は後方に吹き飛ばされた。完全無詠唱での魔法攻撃だ。あれで喰らったのが一般人ならば頭が吹き飛んで死んでいる威力だ。

 しかし、ガルバラエルは怪我なく平然と起き上がり、頭を下げるだけだった。


「貴様が上に立つ者のなんたるかを語るとは片腹痛い。が、よかろう。今は乗せられてやる」


 幸い、皇はガルバラエルを許したようだった。

 彼の視線は来客全員を見渡し、レヴァンナとクオンを見る際に一瞬止まり、目を細めた。


「後ろの者共も客人として扱おう。クオン、レヴァンナ。そちらはバランギアの地に足を踏み入れるのは初めてと聞く。今日はこのバランシュネイルの地が如何に素晴らしいのかを知り、その上で明日に改めて謁見を許す」


 要するに、地上最高の国家たるバランギアの偉大さをたっぷり骨身に染みこませるために観光して回ってこいということだろう。問答無用で追い出される事態にならなかったのは僥倖だが、明日の謁見は何の理由があっても避けられないだろう。

 皇が「許す」と言ったのは、断るという選択肢が存在しないからだ。

 自らをこの世で最も偉大だと信じて疑わない指導者の確定事項だ。


 ハジメはちらりとクオンを見るが、彼女はまだよく事態が飲み込めていない。事前にある程度事情を説明はしたが、彼女の中では「そんなこと言ってもママはママだし、家はフェオの村にあるし」程度にしか感じていないようだ。


(ガルバラエルとのやりとりもじゃれ合い程度にしか思っていないだろうな……強すぎるのも困りものだ)


 ともあれ、翌日の謁見までの間に考えを纏めておきたい。

 なんとか皇の面子を潰さずに済ませる方法はないものだろうか。

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