25-1 転生おじさん、義娘の親権を賭けて最強独裁国家とまみえる
バランギア竜皇国――世界最強の国家と呼んで差し支えのない世界唯一の竜人国家。
バランギアより国土の広い国も、人口の多い国も世の中にはあるが、それでもあらゆる国家がバランギアの力を認め、決して軍事力で勝るとは口にしない。
何故なら、竜人は強いからだ。
圧倒的に、種族的に、個として強いからだ。
ただでさえ竜の因子が齎す潜在能力は極めて高いうえ、それが皇国という国の下に数を揃えて統率の取れた動きをする。何より彼らは自在に空を飛ぶことが出来る。ハルピーも同じく空を飛べるが、総合的な能力で言えば竜人の方がハルピーの完全上位互換だ。そしてそれはこの世界の大半の種族に対して言える。
筋力、速度、防御、魔力、あらゆる面で欠点なし。
おまけに上位戦士に至っては竜覚醒という切り札まである。
これほどの種族的アドバンテージを持ち、魔王軍と全面戦争しても勝てると豪語し魔王との戦争に関わりもしないのに誰にも表だって責められない程度には、このバランギア竜皇国という国は強い。
そんな竜皇国という国にハジメが赴いたのは何年も前の話だ。
「また訪れることになるとはな」
相も変わらず他国家より明らかに先進的な町並みを眺めながら、ハジメはひとりごちた。彼の隣には、小さな手でハジメの手を握りながらも周囲に興味津々に目を輝かせる義娘クオンと、他数名の村から来た連れ添いの姿がある。
「ママ! あの紐にぶら下がって動いてるおっきな箱はなに?」
空を指さすクオンは、なるべく悪目立ちしないようにとヒヒに頼んで仕入れた竜人の子供用衣服に身を包み、金色の角や尻尾が見えないようフードなどでカバーしている。それでも彼女の魅力は隠しきれないのか、入国までの間に竜人にかなりガン見されていた。
それはそれとして、聞かれたことにはきちんと答える。
「あれはゴンドラといって、人や荷物を運ぶのに使う乗り物だよ」
「ふーん? でも移動するならみんな自分の羽で飛べばいいんじゃないのかなぁ?」
クオンは不思議そうに首を傾げる。
確かに単純に考えればそうだろうが、そこには事情がある。
それはバランギアの人口密度だ。
「みんながみんな飛んでいると空で他の人とぶつかるかもしれないから、むやみに飛べない決まりになってるんだそうだ。荷物にしても、本当は自分で運んだ方が早いけれど、毎度抱えて飛ぶと疲れるからああして勝手に運んでくれるゴンドラを使っているらしい。馬車と同じだな」
「クオン乗ってみたい!!」
「そうだな、せっかくだから観光用のゴンドラに行ってみよう」
何故ハジメが再びこの地に舞い戻ることになったのか。
それは、数日前の出来事に遡る。
◇ ◆
「呼ばれて飛び出てルシュリアちゃんですわ!」
「呼んでないし飛ばなくても良いから帰れ」
仕事終わりに村に帰ってきたハジメを待っていたのは、性悪姫ルシュリアだった。ハジメはハエでも追い払うようなしぐさでしっしっと邪険に扱うが、当然ルシュリアは一切気にしない。
本日の護衛は以前ボクシングで戦ったブリットと、何故かいるシンクレアだった。
「ブリットは歓迎してもいいが、お前はなにやってるんだシンクレア? また鉄仮面つけてるし」
「なんか親父が色々王国と話し合った結果、外交的なアレコレで王国に軟禁されてろって言われて……あと暇で……それと暇で……更に言えば暇すぎて……」
不法入国して身分を隠したまま冒険者登録しようとした厚かましさの化身シンクレアはネルヴァーナ列国の王子で、低位とはいえ王位継承権を持った男だ。表向き軟禁されてることになっているので鉄仮面で誤魔化しているらしいが、逆に目立つだろと思わないでもない。
ちなみにネルヴァーナではついこの間第二王子が海外で凄まじい不祥事をやらかしたばかりなので、王族内での争いから避難する意味でも彼にとっては丁度いいのかもしれない。
「姫にいいように使われてるけどさ。正直軟禁生活が暇すぎて今くらいコキ使われる方が人生として健全だと思うんだよね。昔はあんだけ嫌いだったのに、仕事って不思議だなぁ」
「お前がいいならいいけど……」
「あ、でもブリットにボクシングに付き合わされるのは正直嫌かな」
「そうか? 俺はたまに試合やってるぞ。なぁブリット」
「うむ! ハジメとの試合は未熟な俺にとっていい刺激になる!!」
「えぇ……自分から痛いことに向かうとかマゾじゃん……」
閑話休題。
「バランギアからシャイナ王国に働きかけがありましたの。これがその内容ですわ」
金箔で紋様が描かれた高級感満載の紙ペラを差し出されたので読んでみると、そこには以下の内容が記されていた。
一つ、竜人は竜人というだけでバランギア竜皇国の国籍を有する。
二つ、上記にも拘わらず国籍を正式に取得していない竜人がシャイナ王国に二名いる。
三つ、バランギアに来て正式に国民にするから今すぐシャイナ王国はこの二名の国籍を無効にして差し出せ。
「滅茶苦茶な言い分だな。国際秩序など知ったことかと言わんばかりだ」
「実際知ったことではないのでしょう。おつむはアレでも地上最強の国家ですから。資源的にも経済的にもあそこは単独でやっていける存在です。魔王軍の侵攻がどうしても食い止められないときに各国が最後に泣きつくのがバランギアなのも事実です」
過去数度に亘って、バランギアは劣勢に立たされた国の要請で『バランギア熾聖隊』という国内最強の部隊を派遣したことがある。
莫大な見返りの要求を呑んでおいて送られてきたのは僅か十名。
その十名程度の戦力で、彼らは何度でも戦局を覆した。
「拒否すればバランギア最強『熾四聖天』を出して強引に奪取する気でしょう。そうなると最早戦争ですわ。ああやだやだ」
ルシュリアが心底面倒そうにしているのは、バランギアはやると言ったらやる国で、仮に迎撃しても甚大な被害が出るからだろう。
「意外だな。国家の危機などお前の暇つぶしに持ってこいな事態だろう」
「残念な事にバランギア相手となると終始あちらの一人遊びで終わるだけです。自分がプレイヤーではない上にエンターテイナーでもない連中の自慰行為で汚れたシーツを見て何が楽しいのですか?」
「言い方が最低なんだよ」
「貴方の自慰行為なら是非とも見てみたいですけれども。クオンちゃんとフェオさんと共に並んで鑑賞してさしあげます」
「殴っていいか?」
ほう、と悩ましげなため息をつきながら最低すぎることを言うルシュリア。
もちろん防音魔法でブリットとシンクレアには聞こえていない。
「まぁそういうわけで、伝えるだけ伝えに来ました。シャイナ王国は国民の声に耳を傾けて裁定を下します。直談判しに行ってもいいし、そのついでにバランギアを火の海にしてもいいし、戦端を開いて全面戦争でもお付き合いしてよろしくてよ?」
「戦争はつまらないんじゃなかったのか?」
「貴方が戦線に加わるなら話は別ですわ」
ルシュリアは相変わらず見てくれだけは微笑んでいるが、腹の底ではどんな地獄を思い描いて何を嘲笑っているのか分かったものではない。用事は本当にそれだけだったらしく、ルシュリアは護衛を引き連れて去って行った。
「バランギアか……放置をすれば、村に直接攻撃されることもあり得る。かといってクオンを引き渡すなど容認できん。となると……乗り込んで直接交渉するしかないか」
こうして、ハジメは世界最強の国家に娘から手を引くよう通告しにバランギア竜皇国へと向かうことを決定した。
……荒事になった際を想定すると実力的な問題からフェオを連れていけなかったが、当のフェオは「お土産待ってますね!」とハジメが無事に帰ってくることを信じて疑わない笑みを浮かべていた。
世界最強の国家との戦い程度でハジメは死なないし、必ず自分の元に帰ってきてくれる――深い関係になったことで彼女はそこまで確信してくれているらしい。
なら、俺も必ずここに帰ってこよう。
もちろんクオンと一緒に。
◆ ◇
バランギア竜皇国に来た面子を紹介しよう。
まずはハジメ、クオン親子。
次に、何故か「ハジメハーレム計画の邪魔はさせない……」と意味の分からない供述をしているウルと付き添いのマオマオ。
教会の証人がいた方が後々拗れづらいからと王国の依頼で同行する聖騎士スー。
別に連れてきていないのにいつの間にか付いてきていたフレイ、フレイヤ、グリン。
そして――。
「またアンタの顔を見ることになるとは……今だけは頼もしいってことにしとくわ」
「災難だったな、レヴァンナ」
「あーはいはい。生前の顔見知りに今の名前呼ばれるとなんか恥ずかしいやら何やらでぞわっとするわ……」
竜人の女性冒険者、レヴァンナ。
彼女もクオンと同じく一方的にバランギアに勝手に国籍を作られた竜人の一人である。転移寄りの転生をしたことで親がいない彼女もまたターゲットに含まれていたらしい。
ゴンドラに揺られながら外の景色を見つめるレヴァンナは、見る者が見れば憂いを帯びた美女といった風だ。しかし、実際には自分が前に殺した男と同行せざるを得ない上に目立ちたくないのに面倒事に巻き込まれて辟易しているのだろう。
彼女との関係は複雑だ。
ハジメは覚えていないが、彼女はハジメのことを克明に記憶している。そして加害者はレヴァンナで被害者はハジメ。しかも内容が内容なだけに他者に話すことも憚られ、ウルとスーたちも気にはなりつつも聞けないでいる。
「にしてもアンタ、金遣い荒いわね。予約取ってないからって一道100万Gの高級ゴンドラを定価の10倍払って動かさせるって……あ、ジュースおいしい」
レヴァンナは手元のフルーツジュースをちゅー、とストローで吸って口元をほころばせる。
今彼らが乗っているのはバランギアの観光ゴンドラの中でも最高級を誇るロイヤルスィートゴンドラだ。外見も内装も豪華絢爛で人を酔わせるような不快な揺れは一切なく、ソファはふかふか、飲み物や軽食もあり、注文すれば料理を用意して空中で優雅な食事も出来る。
「バランギアって他の種族を見下す割には観光業もちゃんとやってるのね」
「文明力の違いを見せつけて悦に浸っているとも言う。尤も、流石に観光業に従事する竜人はちゃんと空気を読むが、わざわざ他国に金を落とさせる必要があるのかはよく分からんな」
「私にはアンタのこなれた金の出し方の方が気になるけど。アデプトクラスってそんなに儲かるの?」
「少なくとも俺は使い道のない金が多い。そういうお前はベテランクラスになったんだから収入は増えたのではないのか?」
「……浮いたお金は慈善事業に使うから。こっちの世界でどうしても買いたいものなんて女神が横流ししてるリアル作品の続きくらいだし」
彼女の顔に陰が差す。
彼女の生前の罪は余りにも重いことから自罰的になっているのかもしれない。
尤も、そんな大人の空気は知ったこっちゃねえとばかりにクオン、フレイ、フレイヤ、マオマオはゴンドラの下に広がる荘厳なバランギア首都バランシュネイルの景色に目を輝かせている。
「すっごーい……絵本に出てくるような王国って感じ! どこを見ても綺麗だね!」
「うむ。これほどの文明力、エルフどころかヒューマンの国家ともかけ離れた発展ぶりだ! 何故バランギアと他でこれほどの差がついたのか不思議だな、フレイヤよ」
「エルフは基本森に引きこもってる種族ですからその辺はやむを得ないのかもしれませんわよ、お兄様。しかし、うーん……流石は人型の竜と呼ばれる竜人の土地。地脈のエネルギーも里と遜色なしですわ」
フレイヤは兄以外の何かを褒めることは滅多にないが、そんな彼女が思わず唸る程にはバランギアは優れているようだ。悪魔のマオマオが尻尾をゆらゆら揺らしながら首を傾げる。
「どゆこと? マオマオにも分かるように教えてよー」
「この大地には地脈というマナの通り道が存在し、大地から湧き出るマナが多く活力に満ちた土地ほど人々や生物の成長を促す側面があります。しかしこの世界の多くの種族は地脈を感じ取る能力に乏しいのでその恩恵を受けることは余りありません」
「うむ、しかしこの町は完全に地脈のマナが湧出するスポット合わせて設計されている! 魔術的な素養の高さがなければこうはならん。しかも町中にマナが行き渡るように見事な配置と建築をしている! これらの情報を鑑みるに、竜人の文化レベルは非常に高いと断言してよいだろう!」
「ほへー……(確かに魔界第一都市並みの発展ぶり。魔族達が地上の竜人に手を出すなとよく言ってたのはこういうことだったんですねー)」
「ブヒ」
子供達に混ざって外を見下ろすマオマオだが、彼女も外見年齢は中学生程度なので普通に子供に見える。
そして、さっきからウルに撫でようと手を伸ばされては払いのけてむすっと座っているスーも見た目は子供だ。ウルはぞんざいに扱われているのにまったく凝りておらず、むしろツンデレ猫の反応を楽しむようなノリで何度もチャレンジする。
「スーたんも一緒に外の景色見ようよぉ」
「お前とは見ない」
「そんなこと言わずにぃ。キレーだよ? 膝の上に乗っていいからさぁ」
「そっちが目当てだろう! さっきからいい加減にしつこいぞ!」
ムキになって手を振り払うスーだが、ウルはまったく懲りていない顔だ。
というかこの二人、やけに仲がいいなとハジメは思った。
レヴァンナがこそっと尋ねてくる。
(ちょっとナナジマ、この女ショタコンなの?)
(俺もよく分からん。普段はいつも女友達とばかり絡んでるからこういうのは初めて見る。あとスーは外見が幼いだけでそこまで年齢は離れていない筈だ)
(大丈夫なの、こんなの連れてきて……なんかちびっこ多いし、戦闘になったらどうすんのよ)
(問題ない。クオンは自分の身は自分で守れるし、フレイとフレイヤはグリンが守るだろう。スーとマオマオも熾聖隊の兵卒クラスならなんとか凌げるだろうし、ウルも推定だがレベル80はあるからな)
(うげ、あのショタコンそんなに強いの? 転生者?)
(多分な。訳ありだそうで、身の上話は聞いていない)
――実際にはウルの真の戦闘能力はそんなものではないのだが、ハジメは彼女の戦闘力や正体を正確に把握していないのでまだその程度の認識である。
(問題はバランギア最強『熾四聖天』が出てきたときだな。バランギアの盟主、皇とやらが分からず屋でないといいが……)
バランギア王族はハジメは愚か世界中の殆どの人が見たこともないほどの雲上の存在だ。年に数回、祭典や式典で国民が遠目に見るくらいしか露出がなく、拝顔を許されるのはバランギアの限られた重鎮のみだという。
ただでさえルシュリアが「断れば戦争もありうる」と評した王だ。
どれほど傲慢なのかは計り知れない。
上納金を支払って引き下がってくれればいいが、ハジメは嫌な予感がしていた。
――クオンを直接見たら、何が何でも手放さないと言い出すのでは?
クオンの外見は竜人だが、実際には神竜とも呼べるエンシェントドラゴンだ。
容姿、実力共に規格外である彼女を欲しがるのは当然と言える。
その不安は、ゴンドラを下りて首都バランシュネイルの大通りに降り立った際に更に深まっていくこととなる。
試しに今回から暫く午前八時投稿にしてみます。




