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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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24-2

 結局、ケンとベオクは暫く娘の作った村を堪能すると言って滞在を決定した。


「よろしく、諸君!」

「娘がお世話になっています」


 村民は歓迎ムードで、フェオはほっとした。

 あとはこの両親がハジメにやったような失礼をしないかが気がかりである。

 父はあのあとハジメと会話したことで悪い人間ではないと認識を改めたと言っているが、今朝仕事の為に村を後にしたハジメはどこか元気がない気がした。何か余計なことを言われたのではないかと不安が拭えない。ハジメはハジメなので言って怒らせるか誤解された可能性もあるが。


 件の両親は村の中を感心して見て回っている。


「上層と下層に別れて上下水道完備。それに昇降機まであるのか。店や村の共有施設まで……」

「フェオ、あちらにある大きな建物はなにかしら?」

「あれは簡易的な美術館になる予定よ、ママ」

「まあ! そんな立派な施設まで!?」


 確かに美術館など大都市にしかないような代物だが、以前にハジメがオークションで買い漁ってきた稀少な品や他の面々が手に入れた貴重品類を集めていると結構な量になったので、せっかくだから名物の一つにでもならないかと建設中だ。

 いざとなったらトリプルブイの作品展を開けばいいとは誰の言葉だったか。


「ハジメくんの財力あってこそなのかもしれないが、村とは思えない施設の充実ぶりだ……さっきの銭湯という湯浴み場といい、アイデアの結晶だな。うう、まさか愛娘がここまでの偉業を成し遂げるとは……! パパは嬉しい!!」


 ケンは感涙を流して震える。

 フェオは慌てて手を横に振った。


「ちょ、ちょっとやめてよ! まだまだ未完成な村なんだから。国にも正式に村と認められてないから現状ハジメさんの土地に人が集まって住んでるだけだしさ」


 まだ開始したばかりの畜産業や企画中の村独自のイベント、新たな公園の設置などやりたいことは数多い。移住者は増えているが、人数が多くなるにつれて村の問題点が浮き彫りになることもある。

 森と一体化した村というコンセプトと人の暮らしの折り合いをつけるために妥協した部分も多くあり、そこもフェオとしてはもっと突き詰めていきたい。


 母ベオクが嬉しそうに笑う。


「生き生きしてるわね、フェオ。冒険者と村長の二足のわらじは大変でしょうけど、それでもやっていけるのは娘の人徳と自惚れたいところだわ」

「もうっ、ママまで!」


 この両親は昔から少し親馬鹿なところがあるのを知っているフェオは、また調子の良いことを言っていると呆れた。


 と、三人の近くを子供達が楽しそうに駆けていく。

 クオンとエルフの双子、それに移住者の子供達だ。

 ベオクはそれらを愛おしそうに見る。


「自信を持ちなさい、フェオ。子供が笑って過ごせる場所というのは貴方が思っている以上に尊いことなのよ。まして竜人の子供が他の子供達と一緒に遊ぶだなんて、世界中探しても殆ど見られる場所はないでしょうね」

(あ、そうか。クオンちゃんで見慣れてるけど竜人って珍しいもんね)


 クオンは少々特殊なケースなのでベオクの言葉はやや的外れな感がある。クオンも猛特訓の末に普通の子供と歩調を合わせる術を身に付けてきたので、むしろ頑張ったのはクオンだ。ただ、クオンに限らず子供達が楽しそうだと言われると悪い気はしない。


 ふと、昇格試験からずっと会っていないレヴァンナのことを思い出す。

 彼女がここを見て住みたいと笑ってくれたら、誇ってもいいかもしれない。

 レヴァンナと言えば、ハジメと何かあった素振りがあったなと思いだし、関連してケンとハジメの間でどんな会話があったのか気になる。


「ところで、パパ。ハジメさんになんか変なこと言ってないでしょうね」

「変なこととはなんだ、変なこととは! 娘を想うパパの心配をぶつけることの何が悪い!」

「あら、そんなお話だったの? 私はてっきりハジメくんのことを気に入ってるのかと思ったわ?」

「そんなことあるか! 娘と交際していると挨拶もしない相手だぞ!」

「交際してないからっ!!」


 疲れそうなことになってきたな、とフェオはため息をついた。

 この話題がこれ以上広がらないために別の場所を案内した方がよさそうだ。

 思案を巡らせていると、不意にケンとベオクが真剣な表情をした。


「フェオ。本当にハジメくんの善き隣人でありたいのなら、それはお前が思っているほど簡単なことではないぞ」

「ケンの言うことに同意する訳じゃないけど、そうね。頑なであっても踏み込まないと拓けない扉もあるわ」

「??? ……適当なこと言ってハジメさんから遠ざけようとしてない?」

「ですって、ケン。悪い人だわ」

「ええ!? 誰の味方なんだベオク!?」


 そんな仲睦まじげな家族を近隣住民は温かな目で見送っていた。


 ――その中で不満そうにする人物が二人。

 ハジメハーレム計画実行者のアマリリスとウルだ。


 ウルはテーブルに肘を突いて頭を支えながら口を尖らせる。


「せっかくフェオちゃんと親睦を深めるチャンスなのに、こんなときに限ってハジメさんがいないってどーゆーことよ。パパ上と温泉に入っただけで終わりって、そりゃないでしょ?」

「緊急の仕事が入ったらしいけど、間が悪いよねぇ。問題の方が空気読んで数日ずらせばいいのにぃ」


 ウルはまだ知らない。


 実はその問題の原因が根本的には己にあることを。





 ◇ ◆




 無償の愛。

 言葉としては聞いたことがある。

 献身的な愛のことで、例えば親が子に注ぐものであったり、見返りを求めないものをそう呼ぶこともある。それならば、端からであれば何度も見たことがあるし、概念は知っている。


 ならば、ハジメは無償の愛を知っている筈だ。

 だが、ケンは知らない、知るべき感情だとハジメに言った。

 何が正しい無償の愛なのだろう。

 仕事に入るまでずっと考えたが、答えは出なかった。


 今回の依頼は、難易度ではなく緊急性の高さからハジメに回されたものだ。

 内容は魔王軍が接近しているという緊急連絡を最後に安否不明となった村、モル村の安全を確保すること。主に魔王軍や魔物の殲滅が第一、そして必要になるであろう救援物資の受け渡しが第二、状況を確認して村を復旧するのが第三だ。


 モル村は周辺の斜面や崖が多い地形から橋なしには渡ることの出来ない陸の孤島であり、通常の冒険者では悪路を走破して村を助けられないという判断を下したようだ。事実、ハジメは魔物よりも地形の方が厄介だと思った。クライミングでしか通れない道とも呼べない場所を駆け抜ける羽目に陥ったのだから。


「地図によればそろそろ村が見える筈だが……、……?」


 ハジメは奇妙な光景に思わず首を傾げた。


 村はそこにあったし、滅んでもいなかった。

 ハジメが奇妙に思ったのは、魔王軍の襲撃があったという割には村が余りにも平和でどこも破壊されていないことである。はっきり言って半数が死んでいた、などという展開も覚悟していただけに、双眼鏡越しに見える井戸端会議に興じるマダム達やかけっこをする子供達といった光景は余りにも日常的すぎて不気味でさえあった。


 少し手間のかかる依頼になりそうだ、と、ハジメは独りごちた。

 

 魔王軍の襲撃を受けた筈なのに不自然なまでに平和な村。

 幻覚の類か、はたまた実はあの住民は魔王軍の化けた姿なのか、ハジメは暫く慎重に様々な検証を重ねたり村の外に出た村人を魔法で眠らせて軽く調べたりしてみたが、何も不審な点は見受けられなかった。


(誤報か……?)


 ここまで平和だと魔王軍が来たという情報そのものが疑わしくなってしまうが、もしも悪戯であったならば許されない悪戯だ。

 こうなれば正攻法でいこうと、ハジメは眠らせた村人を起こす。


「おい、大丈夫か」

「ん……はい……? あれ、貴方は?」

「ギルドから派遣された冒険者だ、あんた、こんな場所で寝てたぞ」

「ええ!? おかしいなぁ、村の外の様子を見回りついでに山菜を採ろうと思ってたんだけど、昨日寝不足だったせいかなぁ?」


 寝ていたのは本当だが眠らせたのが自分であることは言わないハジメ。まさか「お前が魔物の手先かどうか判断するために眠らせて調べた」などと堂々言ってしまう訳にもいかないので、やむを得ない隠し事である。


『汝、転生者ハジメよ……ややグレーよりのセーフなので濫用はいけませんよ』

『寛大な処置に感謝します、神よ』

『またこういうときだけちゃんと聞いてる……もう』


 拗ねたような声を出されたが何のことか分からないのでスルーする。


「ギルドにはこの村が魔王軍に襲撃されたという情報が伝わっているから救援に送られたのだが、見たところ随分平和だな?」

「ああ、魔王軍ね。確かに来たよ。あんときゃ怖かったねぇ」


 男性は思い出して身震いする。

 どうやら魔王軍が来たのは間違いないが、問題はその後にあるようだ。

 村人は震える姿から一転して嬉しそうに笑う。


「でも捨てる神あらば救う神ありってね。通りすがりのお強い冒険者さんが魔王軍を蹴散らしてくれたんだ! いやもう強いのなんの、魔法で一方的に蹴散らしちゃったよ!」

「そうだったのか……これは俺の仕事もなさそうだな」

「あはは、お気の毒様だね」


 肩をすくめて笑う村人に礼を言い、ハジメは村の中に入る。

 外から観察した通り、村は平和そのものだった。

 ひとまず魔王軍を蹴散らしたという冒険者に事情を聴取し、事実確認を行わなければならない。周囲の村人に話を聞くと、まだ村に滞在しているようだった。親切にも案内して貰った先には、一人の男が柔和な笑みで子供に本を読み聞かせていた。


 年齢はハジメより一回りほど上だろうか。視線が合った男性は言外に少し待って欲しいと訴えてきたので、読み聞かせが終わりまで大人しく待つ。数分で読み聞かせを終えた男性は、興味津々に続きをねだる子供達に「今日はここまで」と終了を宣言した。

 子供達は不満そうにしたり、先ほどの読み聞かせの余韻に浸っていたり、「ありがとうおじさん!」とお礼を言って去って行ったりしながら自然解散していく。最後に残ったのは待ち人のハジメだけだ。


「お待たせいたしました、冒険者の方。私はクラッソスというしがない冒険者です」

「冒険者のナナジマだ。村の救援等を依頼されて来たのだが、魔王軍は貴方が追い払ったそうだな?」

「ええ。でも依頼されてやった訳ではない。誰かがその手柄を持っていったとしても咎めはしないでしょう」


 どうやらハジメが獲物を奪われたことに憤慨していると思っているようだが、それは考えすぎだ。ハジメからしたら達成報酬を減らす口実が出来てラッキーくらいに思っている。それはそれとして、ハジメはやるべき仕事を投げ出す気はない。


「状況を正確に把握して依頼主に報告しなければならない。俺に対するリップサービスは結構だ。貴方がこの村に来た経緯、魔王軍との戦闘内容、あとは村に被害があったかどうかを教えて貰えないだろうか」


 当事者たる彼と、あとは村長にでも話を聞けば報告所を書くには充分な情報が集まるだろう。クラッソスはハジメが手柄について触れないことを意外そうにしつつ、説明してくれた。


 彼と話を終えたあと、村長にも話を聞いて情報を整理する。


 クラッソスはギルドに席を置いてはいるが殆ど仕事を請けていない放浪冒険者で、魔物を討伐してもギルドにまったく報告していないらしい。慈善と言えば聞こえは良いが、ギルドを仲介しない仕事は感心しない。金銭が絡んでいないのが余計にタチが悪く、以前に無償で仕事をしてくれたからと依頼料を不当に下げようと交渉する輩が出てくるのだ。

 遠目にクラッソスを見れば、村の様々な人に囲まれ親しまれていることから、本人は周囲に慕われるほどの人徳があるのだろう。


「クラッソス様、よければこの料理を食べてください」

「クラッソスさんは本当にいい人だ。ずっと村にいてほしいくらいです」

「クラッソスー! また本読んでよぉ!」

「ふふ、みなさん慌てずに。私は逃げたりしませんよ?」


 民にとっては優しいが、組織にとっては厄介者。

 それがハジメがクラッソスに下した評価である。


 話を戻し、クラッソスは放浪しているうちに偶然この村に辿り着き、魔王軍に襲われていたために魔法で殲滅したという。実際に現場だという場所に行ってみると、証言通り魔物と戦闘した痕跡が残っていた。

 だが、ハジメはそれを妙に思った。


(戦いから3、4日は経過している。俺が仕事を請けたのは今朝なのに、何故魔王軍を退けたという情報がギルドまで届いていないんだ?)


 ギルドから村へ状況を確認したい旨の伝書鳩は何羽も送られた筈だが、すべて手紙を持ったまま帰ってきている。これは鳩が物理的に近寄れないか、届け先の人間がいないときに起きることだ。だからこそギルドは村が危機的状況であると判断した。


 なのに、戦いはとっくに終わって村は平和そのもの。

 何故鳩はこの村に辿り着かないのか、不思議でしょうがない。


(魔王軍の部隊を殲滅したと言った割には魔物の痕跡が少し少ないのも気がかりだな。それに、橋のことも……)


 被害調査の際に確認した村と外を繋ぐ橋を調べたハジメは、その破壊のされ方に違和感を覚えた。魔物が橋を破壊する際は力ずくにせよ魔法を使うにせよ強引に破壊するものだ。しかし、ハジメの見た橋はロープを鋭利なもので切断されて綺麗に落とされていた。その手際の良さが引っかかる。


 ハジメは一先ず「村が無事だったとはいえ外界から隔絶されている今は要りようだろう」と村長に救援物資だけ受け渡す。


「あとこれは俺が個人的に村に寄付するエリクシール3ダース。怪我、体調不良などあれば遠慮なく使ってくれ」

「流れるような動きで何を置いていってるんですか貴方は!?」


 これは救援物資を送ったにも拘わらず何かしらの事故で死者が出た際に発生するであろうギルドとのトラブルを未然に防止するための措置であって決して他意はない。事実、散財ならギガエリクシールでもいいのにランクダウンさせてエリクシールを出してある。いい加減エリクシールの使い道ないけど売ると金が増えるからなぁと思った訳ではない。決してない。クラッソスの無償労働にケチつけておいて自分はそれかよとなどという批判は受け付けない。これは出来る冒険者の保険というものだ。


『汝、転生者ハジメよ……誰に言い訳してるんですか? 私? 私ですか?』

『……? 呼んでいませんが、何かご用ですか神よ』

『無意識なのぉ!? こわっ!!』


 何故か神に引かれたし、村長にも引かれた。

 ハジメの頭のネジは今現在3000万年前の地層で発掘される日を待っている。


 閑話休題。

 ギルドに報告するために帰ると告げて帰路に就く。


 ――ある思惑を胸に秘めて。


 帰る途中、ハジメは高速換装で隠匿性にバフのかかる迷彩装備(トリプルブイを札束ではたいて作らせてみたもの)に切り替えると、スキルを使用して気配を消す。忍者たちには劣るもののレベル30帯なら発見することはまず不可能な隠匿だ。


 ハジメがそのまま周囲に身を潜めていると、何故かハジメがいた場所に突如として魔物達が出現して不思議そうに周囲を捜索しはじめた。


(やはりそうだ。村を出てからずっと誰かに監視されていたようだな。さしずめあれは俺を外に逃がして情報を漏らさないための追っ手か、或いは時間稼ぎさえ出来ればよかったのか……)


 これではっきりした。

 ここには何者かの企みが発生している。

 村か、クラッソスか、魔王軍かは不明だが、ハジメの存在を誰も認識できなくなった今ならば先ほどまで見えなかった真実が見える筈だ。ハジメは気配を消したまま村に戻った。

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