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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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24-1 転生おじさん、無償の愛とは何かを考える

 フェオの両親は父をケン、母をベオクと言う。


 元は二人ともそこそこ名の知れた冒険者であり、はぐれエルフでもある。

 ケンが弓の名手でベオクは魔法剣士だ。

 フェオは前々から両親を自分が村長を務めるフェオの村に案内したかったのだが、彼女は冒険者を続けて村の様子を見ながら更に建築も主導している多忙の身。月一程度は両親に送っていた手紙もここ最近は疎かになっていた。


 なので、行動派の両親がいきなり村に襲撃してくる可能性を彼女はすっかり忘れていた。

 両親は手紙を出さなくなったフェオを不審に思い、手紙の内容から村の場所を推理して突撃してきたのである。


「フェオ~~~~!!」

「会いに来たわよ~~~!!」

「えっ、パパにママ!?」


 ――よりにもよって、ハジメとのガチ対人訓練中に。


 ハジメの訓練は通常でもかなりキツイのに、対人訓練となると本当にきつい。本人曰く「異能犯罪者との戦闘は特に一瞬の隙が命取りだから」だそうだが、異能者基準の戦闘なので本当に容赦がない。そんな訓練の最中に両親に驚いて気を取られたらどうなるか。


 正解は、ハジメの木刀に逆袈裟に斬り上げられて空中四回転半である。


「ぶへぇぇぇーーーーッ!!?」

「「フェ、フェオーーーーーーー!?」」


 力なく顔からべしゃりと地面に落下して足がひくひく痙攣するフェオをハジメは助け起こす。


「いいかフェオ、幻影を操る者の中にはいるはずのない人間を見せる奴もいるし、実際に家族を人質に取る奴もいる。己の身を守るにも家族の命を守るにも、大事なのは動揺しないこと。そして動揺したとしても相手にその様を見せないことだ」

「いったぁ……ていうか、前提がハードすぎませんか?」

「こういうのは想定していなかった側が負ける。やる奴は本当にやるぞ」

「は、はい……」


 そんな手の込んだことをする相手だと戦いを挑んだ時点で既に作戦負けしているのではという疑問はあるが、ハジメの言う通り一流冒険者は知らなかったなどという言い訳が通らないのも確かなので頷く。


「それはそれとしてご両親と話してくるといい。今日の訓練はここまでだ。ありがとうございました」

「ありがとうございました!」


 何故稽古をつけた側がお礼を言うのかフェオには分からないが、NINJA旅団も当然のようにやっているのでなんとなく真似ているフェオ。ハジメに言われるがまま、彼女は両親の方を見る。


「えっと、久しぶり……最近手紙出せてなくてごめんね?」

「フェオ、あの男は?」

「え? パパ、なんか顔が怖いよ……? ママ、なんで剣に手をかけてるの?」

「そりゃあねぇ。嫁入り前の大切な娘を目の前で不意打ちするような輩はねぇ?」

「礼儀というものを教えてやらなければならんよなぁ?」

(アッこれ話聞いてない)


 ケンとベオクは怒りが一周回って二段目のチャージを始めていた。

 フェオは最近手紙を送っていないためにハジメとハードな対人訓練を行っていることを二人に伝えていないし、なんならハジメのことが手紙に書いてあったハジメであるかどうかも知らない。そんな予備知識ゼロの二人が今の光景を見てどう思うか?

 娘を傷つけられた怒りと、見ず知らずの男が娘にそれをしたことへの不快感と不信感。それらが合わさった二人は有り体に言ってキレていた。


「何がKAWAIGARIだ暴力はただの暴力だってことを数の優位で教えてやらぁぁぁぁ!!」

「現役冒険者がナンボのものよ!! 黒焦げにしてあげるから泣きわめく用意をなさい!! さぁフェオも構えるのよ!!」

「いや、でも、これは……」

「ふむ。フェオ、訓練続行といこう。この怒りを発散させてやらないことには話にならなそうだ」

「普段は道理を説くくせに即断!?」


 十数分後、そこには体力も魔力も使い果たした三人のエルフを見下ろすハジメの姿があった。フェオたち一家は初のトリオ戦闘とは思えない抜群のコンビネーションを見せたが、ハジメに嫌味なまでに丁寧に一つ一つの連携や技を潰されて最後には為す術なく全員仲良く空中を四回転半して地面に転がった。


「パパ、ママ、も、もういいでしょぉ……」

「ぎ、ギブ……これ以上は腰が持たない……」

「嗚呼、明日筋肉痛で動けないわ……」


 腰を押さえてしくしく泣くケンと、剣を持つのも辛いとばかりに四つん這いで項垂れるベオク。わりかし自業自得であるが、とりあえず理性は取り戻しているようだった。フェオも当然疲労困憊だ。

 ハジメは三人をみつめると、何を思ったか軽く咳払いする。


「そんな貴方にフェオの村の銭湯をおすすめする。温泉成分配合で疲労回復、肩こり腰痛リウマチ等々に効果がある。美肌効果もある」

「「入ります!!」」


 まるでパンフレットでも読み込んだかのようにすらすらと村内施設の特徴を語るハジメに、フェオはきっとこの人夜にこっそり案内の練習とかしてたんだろうなぁと思う。

 もし万が一自分が村の案内を任されたときのための備えだろう。

 相変わらず変な所で勤勉というか、ずれた努力家である。


(そういうところがカワイイんだけどね)


 流石にその一言を両親の前で口にする勇気は、今のフェオにはなかった。




 ◇ ◆




 かぽーん、と銭湯に木桶を置いた音が響き渡る。

 これは誰かが置いた音ではなく、ショージが「温泉と言えばこの効果音だろうが!」と拘りを持って開発されたシステムで、湯船に人が浸かった際に浴槽から溢れるお湯の量に連動して鳴るように出来ている。


 無駄な努力と笑うことなかれ、彼はこのシステムの開発にまる三日を費やして理想の音が鳴るまで温泉内の湿気の中で粘っている。当人曰くこの開発でビルダーとしての加工能力が向上したらしいが、あまりにもずっといるから「絶対ばれない女湯の覗き穴でも開発しているのでは?」と噂されて途中でハジメチェックが入ったのは秘密だ。


 今、銭湯の湯船には男湯にハジメとケンが並んで浸かっている。

 女湯にはフェオとベオクがいて、今頃親子の会話をしているだろう。

 ハジメはケンに対して特に何も言わない。

 言うことが別にないからだ。


 自分が言う必要のある情報はフェオが自分で伝えるだろうし、現状何も質問されていないから喋る理由もない。

 最近のフェオとハジメの関係はやや隣人を逸脱した距離感になりつつある気もするが、だからといってそれを告げてまた親馬鹿を再燃されても困る。

 よって、ハジメの取る手段は会話を振られるまで無言一択。

 気まずいという感覚すら存在しないコミュ障の極みである。


(しかし、流石は元冒険者。現役を退いてもある程度鍛えているし、カンも鈍ってないらしい)


 ケン・ベオク夫婦の連携や立ち回りはフェオという普段入らない存在を勘定に入れた上で実に機能的だった。もしもハジメが教官なら教えることがないと答えて良いくらいで、むしろこの二人の方が教官役に相応しいだろう。


 無言の時間がしばし続くと、ケンが口を開く。


「参ったよ。妻と娘と三人がかりでも突破口が見つからなかった。君の実力は誇張抜きに一流だし、相手に対する侮りが一切感じられなかった。ははっ、現役時代でも君ほどの相手が果たして何人いただろうかと思ってしまうよ」

「恐縮です」


 嫌味の感じられない清々しい笑みだった。娘を傷つけるどうこうはすっかり気にしていないらしいのは、ハジメとしては助かる。


「今、年齢はいくつかね?」

「30になります」

「若すぎるな……その域に至るのは。一切の隙がない戦いぶりに、極限まで絞り上げられた肉体。戦う為の、戦い続けるための戦士の身体だ。私が30の時でさえそこまで仕上げることは出来なかっただろう」

「恐縮です」

「故に、君は悲しい」


 ハジメには、それは唐突な言葉に思えた。

 ケンは真摯な顔でこちらを見る。

 その目には憂いがあった。


「フェオの手紙にあったハジメという人物は、冒険者としては一流だがどこか抜けた性格で、目が離せなくて世話の焼ける大地主だと書いてあった」

「フェオは心配性なところがありますから」

「いいや、フェオがそう言った理由が私には分かる。君の強さは他の多くのものを切り捨ててたどり着ける強さだ。独りのための強さだ」


 ハジメは別に自分が悲しいとか何かを犠牲にして今を手に入れたという感覚はない。だから、それは端から見た場合の感覚なのだろう。ケンはハジメ以上の人生経験からその片鱗を感じ取ったようだ。


「戦いの中にしかいられない。戦いでしか己を表現できない。君はそんな人間ではないかね」

「それは違うかと」


 言わんとすることは分かるが、ハジメは戦いを好んだことはない。

 ジョブや熟練度上げ、コンポの究明など趣味的な部分が微かにあったことは否定しないが、仕事の関係上戦いや強さは切り離せない関係にあった。それは自己の表現とはまったく違うものだ。


「そもそも、俺は自分というものがよく分からない。分からないものは表現のしようがない」

「分からない?」

「表現する自分というものかわからない。俺には何もないんです」


 ハジメは嘗ては親の気まぐれで、今回は神のきまぐれで生まれてきた。

 そのどちらも、ハジメがなんのために生まれてきたのかを教えてはくれなかった。

 自分は何の為にこの世に生を受けたのか?


「フェオはそんな俺にどうして親しくするのか分からない。ある村人はフェオが俺のことを好きだと言う。でも、俺には人を好きになるということが分かりません。恋人なら頻繁に共に遊びにいったり、アクセサリをプレゼントしたり、愛を語らって口づけをするものだと話には聞いています。でも俺は、フェオに対して抱く気持ちが愛なのかどうかさえ分からない。俺を愛する人がいたとしても、俺は何も返すことが出来ないのです」

「そうか、君は……」


 ケンが何かを悟ったように黙ると、より一層悲しそうな顔をした。


「それを享受したことがないから、かたちも伝え方も分からない……そうなんだな。君の両親は、君を愛さなかったんじゃないのか」

「俺に愛される資格がなかっただけでしょう」

「庇うのだな」


 予想だにしない一言に、ハジメは目を見開いた。


 庇う。

 誰を?

 今の話に登場人物は二種類だけ、子と親だ。

 ならケンが言うハジメの庇った相手とは、親か。

 もう顔も思い出せない相手なのに、何故。


「子は親を庇うものなんだよ。たとえ親が子を愛していなくとも。それこそが君が空っぽではない証。教えられていないから知らなかっただけの、君が知るべき感情だ」

「それは一体なんです?」


 30年ものあいだ知らずに過ごしたそれは、耳にしたことはあった筈の言葉。


「無償の愛だよ」


 我が子を諭すように優しい声でそう告げると、ケンはハジメの頭を優しく撫でた。

 ハジメには、分からなかった。


 ――その一方、女湯ではフェオとベオクが母子仲良く湯船に浸かっていた。


「はぁぁ、お湯の温かさが沁みるぅ……ね、ね、サウナないの?」

「うちの村、サウナ派はあんまりいないからなぁ……でも今後観光に力を入れるならあって損はしないかな。となると改築か……一度建てたことで改善案もいくつか浮かんだし、設備は運び出せば良いし。じゃあ残った建物を何に活用しよっかなぁ」


 ここ最近、ショージとアマリリスの建築ビルダーズの力を借りることで元々建ててあった建築物等の改築や増築、移転に手がつけられるようになったフェオは様々な思案を巡らせ、そして母親が微笑ましい顔で見ていることに気付いてはっとする。


「ご、ごめん。せっかく家族が来てるのに関係ないことブツブツと……」

「いいのよフェオ。村を作ってるって聞いたときはビックリしたけど、今後のことを考えてる時のフェオがとっても活き活きしてたから。夢を追いかけてる姿、とっても素敵よ?」

「うん……ありがと」


 少し照れてしまい頬を掻くが、悪い気はしない。

 手紙では夢を応援していると書いていたが、実際に見られた際に本当に応援してくれるか、フェオは正直半信半疑だった。特に地主のハジメのことを快く思って貰えるかの点が大きいが。そのことでフェオは彼のフォローをしていないことを思い出す。


「あの、ママ。パパにもあとで言うけどさ。ハジメさんのこと悪く言わないでね。あの人は――」

「優しい人なんでしょ? 優しいからこそ訓練では容赦ないのよね」

「え?」


 にっこり笑うベオクの顔は、何でもお見通しだと言わんばかりだ。


「相手が可愛い、傷つけたくないから痛い思いはさせない……それは優しさではなく甘さ。冒険者の世界に身を置く人間ならばそんな甘いやり方で育てては途中で必ず挫折するか命を落とすことになる。そのことをよく知っているからフェオとの訓練でも容赦ない。とはいえ一定のラインで手は抜いてるみたいだけど」


 フェオにとってそれは何度もハジメと訓練することでやっと気付けたことなのに、ベオクは一度戦っただけでそれを見抜いてしまったらしい。流石は元冒険者と感心する反面、自分より早くハジメの真意に気付いてしまう母親に少しだけ嫉妬を覚える。


「むくれないの。こればかりは年の功よ」

「むくれてないもん……」

「まったく、幾つになっても可愛いんだから」


 ベオクは慈しむようにフェオの頬を指で撫でる。


「強くなったわね、フェオ。そのうち私たちも追い抜けるくらい、本当に強くなったわ。後れたけど、ベテランクラス昇格おめでとう。貴方は私たちの誇りよ」


 ただ子供が可愛いというのではなく、その実力や生き方を認める言葉を親から受けるのは、初めての経験だった。フェオは胸の奥からこみ上げる歓喜を抑えてなにか言おうとしたが、言葉が出てこず嬉しがっていることを隠しきることも出来ず、火照った顔で頷いた。


 ベオクはそんなフェオを愛おしそうに抱きしめる。


 同時に、彼女は何故フェオがあの圧倒的な実力を誇るハジメのことを「放っておけない」と称するのかを何となく察していた。今のままでは彼に娘を任せることが出来ない、とも。

異世界親凸。

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― 新着の感想 ―
[一言] >「ぶへぇぇぇーーーーッ!!?」 これがメインヒロインの台詞である。 >「温泉と言えばこの効果音だろうが!」と これ、実際に自然に鳴ってるの聞いたことないんだけど…でも「この音」という…
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