23-8 fin
旅行から帰って日を跨いだ翌日、フェオがにこにこ笑いながらやってきた。
「ハ、ジ、メ、さぁ~~~ん? 惚れ薬を盛られた年頃の女の子のお弟子さんと夜中にこっそり逢瀬していたハジメさぁ~~~ん?」
「誤解だが」
「でもジライヤくんの報告所には二人は夜の秘密の授業に出かけて数時間帰ってこなかったとあるんですけどぉ?」
「そのままの意味だ。シオ相手に授業と言えば魔法の授業だろう」
「……まぁそんなオチだとは思いましたけど」
本気で疑っている訳ではなかったのか、その点はすぐに納得するフェオ。
「というかフェオ。それはジライヤの書いた報告書だろう。夜の授業で何を想像したんだ?」
「えっ、い、いいじゃないですか何でも!」
「気になるな」
「気にしないっ!」
ぷいっと顔を逸らすフェオだが、こうしたやりとりにも慣れてきたのかどことなく楽しそうにも見えた。しかしそれも一瞬のことで、すぐに据わった目をする。
「それはいいんですけど、アレなんですか」
彼女が指さした先には、これでもかという程の純金で遇われた物体。
多くの人がそれの正体を知らないが、日本出身の転生者たちは勿論知って――。
「なにこれ」
「見たことないなぁ」
揃ってボヘっとするブンゴとショージにウルがドン引きする。
「えっ、本気で知らないの……? お神輿だよ……? 貴方たち本当に私の知ってる日本から来てるの?」
アマリリスは首を横に振ってウルの肩に手を置く。
「無駄よウルちゃん。二人ともスマホとパソコンにかじりつきでテレビニュースも見ないタイプの人間だったみたいだし」
「そんな人いるんだ。なんていうか、人として終わ……ううん、なんでもない」
「ミコシ……ああミコシ、ミコシね知ってるよ田舎で良く見るよね!」
「そうそう、田舎でね! こう、田舎特有の中になんかあれする、あれね!!」
絶対分ってなさそうな面のブンゴとショージであるが、それはさておきだ。
広場に鎮座しているのは、それはもう豪華な金を基調とした装飾が施された御神輿だった。祭で男達がわっしょいわっしょいと抱えて練り歩く、まさにあれである。あの隠れ観光地でも祭は行われるらしく、冗談半分で「買っていくかい?」と言われたので即買いして抱えて帰ってきた代物だ。
「温泉地で買ったらしいけすけれど、幾らしたんですか?」
「6000万Gだ。なかなか1億の壁は越えられないな」
「超えようとすなっ! そしてあんな大きなものどうするんですか! まさか使う!? 使うの!?」
「その話は追々……」
「ああもう、あんまり変なものばかり買ってきてうちの村を謎の土産物だらけの邪教の村にしないでくださいよ!!」
心配はいらない。既にこの村は変な村なのだから。
「ところでハジメさん。件のシオさんが見当たりませんが?」
「もうすぐ来ると思うぞ。課題を課したので、そのための荷物受け取りにな」
「課題? 一体何をさせるんです?」
何のことかと首を傾げるフェオに、軽く説明する。
彼女の「魔法を学ぶ者として師に貢献したい」という欲求を聞き、それを叶える為に敢て師であることを受け入れたこと。そしてその内容は――。
「俺はジョブやスキルの習得とその効率化を独自に調べてメモとして残していた。それを一つの論文に纏めるよう頼んだ」
ハジメが死ねばそのまま日の目を拝むことなく闇に消えるかもしれない、スキルやジョブに関する研究記録。それらは几帳面なハジメが独自に行ったものだ。
この世界には当然スキルやジョブに関するハウツー本は存在する。
しかし、実はその内容は意外と大雑把だったり曖昧な部分が多い。
理由は単純で、この世界のスキルの習得条件やジョブのランクアップの条件、レベル上げの条件やそれらに纏わる相互関係がかなり複雑だからだ。ゲーム的事情とアニメ的事情がごちゃまぜになっているのか時折抜け道や例外のようなものが存在するし、ハウツー本によるとまだ習得が遠そうなスキルがぽんと習得できてしまうこともある。
ゲームならリセットして何度も繰り返すことで条件を簡単に割り出せただろうが、この世界のスキルやレベルは上がったらそれっきりである。ゲームほどレベリングが簡単でもない。よって、これらの部分は冒険者たちの口伝と経験に依存している部分が大きかった。
ハジメはそれらの情報を仕入れつつも自分で熟練度上げなどを実践し、最高効率を求めてきた。殆ど暇つぶしのような理由で続けてきたそれだが、せっかく貯めたデータを死蔵させるのも勿体のない話なので、これを機に彼女に纏めさせてはどうかと思い立ったのだ。
「これでシオも研究者としての欲求を満たせるだろうし、量が多いから当分の目標には困らないだろう」
「色々と考えてるんですね。それなら私の気持ちも多少は考えて欲しいところですけど」
「そう言うな。俺なりにではあるが、考えてる。纏まったら改めて話したい」
「え……」
フェオが唖然とするので、ハジメは首を傾げる。
「どうした?」
「いえ、その、急にそんな、私の気持ちのことで話があるって……つまり、その……」
「いや、村の発展に関してのことだが」
「……」
フェオはしばし呆然とし、やがて顔を赤くするとハジメの頭を小突いてきた。ちょっと怒っているのが伝わってくるが、文脈的に何か勘違いさせる物言いになってしまっていたのだろうか。乙女心に鈍いハジメは後で何がまずかったのかアマリリスとウルに相談することにしたのであった。
と――二人に近づく大荷物の人影が二人。
誰かと思えば、先ほど話をしていたシオと、彼女の仲間のユユだった。
「あっ、いたいた! おーい、師匠ー! フェオちゃーん!!」
シオは手を振ってフェオに駆け寄ってくる。
「ユユと二人で村にお引っ越し希望です!」
「いきなりで申し訳ないですけど、よろしくお願いします!」
シオとユユが頭を下げる。
「そ、それはいいですけど……家もまだ空きがありますし」
「やった!」
フェオはいきなりのことに驚いているが、ハジメも聞いていないので驚いた。
今まで二人はかなり頻繁に村に通っていたが、シオが町に住みたいことを理由にユユもシオと同居していたので村の住民にはなっていなかった。そんな彼女が入村希望する理由とは一体なんなのか? その疑問はシオの続けた言葉ですぐに氷解する。
「あ、それと師匠の家に研究棟を増設して欲しいんだけど! 私、そこで師匠の課題に取り組むから! いやぁ、師匠の貯め込んだメモって量が多すぎて、本人に確認しないと分んない部分が多いからさぁ。それなら本人に近い方が色々便利だし!」
「あぁ……まぁ、そうだな」
メモというのは本人が見れば意味は分っても他人が見るとよく分らない部分があるというのはよくある話だ。逆を言えば、シオはそれだけメモの解読にやる気満々らしい。
しかし、そうなるとシオはハジメの家に足繁く通うことになる訳で、そうなるとフェオの嫉妬が更に高まるのでは……と思った矢先、フェオが前に出てシオの肩をぽんと叩いた。
「それくらいならお茶の子さいさいですよ!」
「おお、太っ腹!」
(あれ、そこは別に平気なのか)
詰められるくらいは覚悟していただけに意外に思ったハジメだが、すぐに笑顔だった筈のシオの表情筋が引き攣っていることに気付く。よく見るとシオの肩に置かれたフェオの指が万力のような握力でシオの肩にめり込んでいた。
駄目だ、矛先が違うだけでやっぱり怒っていた。シオの顔色が青い。
「あー……シオ。研究棟のことは構わないが、入り浸るのも程々にしておけよ」
「は、はひぃ!!」
「ユユ、シオが研究に夢中になって私生活を疎かにしないよう気を配ってくれると助かる」
「任せてください! シオちゃんのことなら私がこの中で一番良く知ってますから!!」
力強く宣言したユユは、何故かハジメでもシオでもなくフェオの方を何かを訴えかけるような目で見る。
(分ってます、フェオさん! シオちゃんのハジメハーレム行きは私の目が黒いうちは許しませんとも!!)
(ならば任せますよ! 連日ハジメさんの家に入り浸るなんてズル……もとい許せな……もとい、村の公序良俗に反します!!)
(肩痛ったぁ!? 怖ッ!? なんか知らないけどこの村長には絶対逆らわない方がよさそう!?)
(我の強いシオを黙らせるとは、恐るべしフェオの嫉妬心……)
ここに、目には見えない新たな勢力図が完成したのであった。
正妻の座は絶対譲らない嫉妬エルフであった。
緩めに評価、感想をお待ちしております。




