23-6
二人が宿の外に出てくると、彼らは相変わらず疎通魔法とやらを延々と唱え続けている。埒があかないのでハジメは詠唱者を極限まで手加減した魔法で小突く。
「ぐあっ、敵襲!!」
「警戒網は何をしていた!」
「警戒の為の魔法を詠唱中で……!」
「詠唱中の者を護衛する者は何をしていたのだ!」
「はい、護衛はしてました! なので警戒網のための魔法を詠唱していた者に被害はありません!」
「馬鹿者! 詠唱開始時の警戒のための詠唱開始時の護衛変更マニュアルを読み込んでおかないか!!」
そんなもの用意せずに目視と感知・索敵スキルで警戒すればいいのに、何故彼らは魔法に拘っているのだろうか。研究者とは時間を大事にするイメージがあったが、彼らは時間を無駄に使いすぎである。
「おのれ、名を名乗れ!」
「冒険者のハジメだ」
「あんたたちが延々探してるシオネレジアよ。こっちから来てやったことを有り難く思いなさい」
「黙れ痴れ者!!」
「名乗れと言っておいて黙れとは意味が分からんが」
「師匠、早く彼奴めにボルカニックレイジを叩き込んで」
「我慢しろ。話が進まん」
敵味方識別不能な上に限りなく禁忌魔法に近いボルカニックレイジをチョイスする辺り、永遠に関わり合いになりたくないという強い殺意がひしひしと伝わってくる。元々気の短い方なシオの苛立ちは既にかなりのものだ。
彼らの支離滅裂さはその後十数分続き、いよいよ付き合い切れなくなったハジメが1000万Gの札束でビンタしたことでやっと彼らはシオがシオネレジアであることを確認する為の呪文の詠唱30分をキャンセルした。
お金を出した瞬間に七割の連中の目の色が変わったので、どうやら純血派は金に困ってるらしい。
(金の力で)急に静かになったファウスト純血派。
集団のリーダーらしき人物がわざとらしく咳払いする。
「んん、おほん。そうであるならばそうと最初から言えばいいものを、無駄な時間を使わせおって」
「師匠、ボルカニックレイジを」
「どうどう」
弟子の衝動的殺意をなんとか抑えていると、まったくこちらの様子に頓着がないリーダー的人物が一方的な命令を下す。
「汝、シオネレジアよ! 我らが悲願、『原色魔法』の再現の為に我ら純血派の下に集え!!」
尊大な態度で命令をするリーダー的人物に対してシオが返したのはたった一言だった。
「え、嫌だけど」
「では話は終了だな。帰ろう、シオ」
「うーっす師匠」
「待て待て待て待て待てぇぇぇぇいッ!!」
リーダー的人物がヘッドスライディングでハジメたちの移動先に回り込む。
「我らが始祖の齎した偉大なる『原色魔法』の再現だぞ!! その意義たるや、ファウストの血筋に生まれたお前ならば誰よりも理解出来る筈だろう!?」
「いや、どうでもいいし」
安定のシオ対応である。
純血派は想像だにしていない返答だったのか絶句している。
「原色魔法は確かに学術的には興味深いし未解読の部分もなくはないけど、実用性ないじゃん。私、応用分野が好きだから叶うかどうかも分かんない研究には参加しないよ。第一、原色魔法の再現については散々議論が上がって大昔に再現不能だって結論出たでしょ」
「そんなことはない、何故なら我らは始祖の血を継ぎし者!! 研究を続ければ何十年、何百年後には必ず進歩する!! 現に我らは原色魔法のコピー理論までは辿りついたのだから!!」
男がバッ! と懐から分厚い論文の紙束を取り出して投げる。
そこ魔法使わないんだ、とか思っていると、シオは論文に触りたくもないのかすっと避けた。論文は地面にぼてっと転がり、どこからともなくやってきたクミラに拾われる。
クミラはこちらに視線を寄越す。
好きにしていいか、ということだろう。
「一応後で返してあげなさい。破損して弁償だとか言われると厄介だから」
「……」
クミラはこくりと頷くとその場で中身を検め始める。
自分たちの論文がぞんざいに扱われたことで男は怒り心頭だ。
「お、おのれぇ……このボンジーンが主要執筆者となった偉大な論文を子供に投げ渡すとは、屈辱!!」
(研究者としてとんでもなく虐められそうな名前だな、ボンジーン)
思わぬところで男の名前が判明したところで、純血派の一族が一同に、それぞれバラバラの好き勝手に研究の意義を喋り始める。
「血統の正しさを証明するための偉大な研究だ!!」
「復権復古!! 現代魔法などというチャラチャラした小手先の技術に縛られた連中の目を覚まさせてやるのだ!!」
「そもそも始祖の魔法に手を加えることは先祖への冒涜である!!」
「お金欲しい!!」
「優秀な研究者だけじゃなくて俺らにも構え!!」
俗物的要求が混ざっているというか、なんというか。
志が高いのか低いのかよく分からない連中である。
と、後ろのクミラが口を開く。
「……『原色魔法』は九属性魔法の基礎、すなわち属性そのものを発生させる魔法。火であれば純粋な火、闇であれば純粋な闇……そいつらの言う現代魔法は、この原初の属性に魔法的な付与効果を付け足して汎用性を拡大したもの。確かに学術的には、当時革新的だった……と思う」
クミラは淡々とページをめくりながら、その理由を語る。
「……『原色魔法』の火は人が原始的に起こす火とは根本的に違う、マナを媒介としたもの。でも当時の人間はマナを操ったり観測する技術や知識に乏しく、当然、マナに属性を付与することもできなかった。つまり、魔法が使えなかった、と言ってもいい。そんな彼らにとって……『原色魔法』は魔法構築の手がかりとなったに違いない」
シオは当然その辺りのことを知っているのか、呆れた顔でやいのやいの騒ぐ純血派を横目に見る。
「乱暴に喩えると、砂糖を見つけないことには甘いお菓子の発展はなかったとすれば、その砂糖こそ『原色魔法』。砂糖の性質を知らないことには砂糖を応用したものは発展しないでしょ?」
「しかし、砂糖の場合は製法が分かれば大量生産が可能……ああ。『原色魔法』はそういうものなのか。オリジンではあるけど実用性はないのだな」
例えばだが、元の世界ではキログラムやメートルといった単位が存在した。
それらの単位には、単位の基準――世界中のどこの誰が計っても同じものである事を保証するための『原器』というものが存在するらしい。この原器こそが単位の正確性を保証するものであり、これがないと人や国によってずれたキログラムやメートルが生まれてしまうことになる。
それらは国際基準の基礎としてはこの上なく重要なものではある。
しかし、技術が発達した現在、わざわざ原器を使わずともメートルの単位が合っているかどうか疑う人間はまずいないだろう。同じように、原色魔法も実用性の面ではあまり意味はないのだ。
世界の魔法の基準点という意味では特別だが、現代魔法が普及した今となっては存在意義が薄そうだ。
クミラはページを読み進めながら元々少し眠そうにも見える目を更に細める。
「……『原色魔法』は刻印型の魔法、なんだって」
刻印型とはまた聞き慣れない言葉だった。
「……刻印型は、世界の一部でしか使われていない……刻印所有者が相手に伝承することで受け継がれ、刻印の中に込められた魔法を無条件で使えるようになる。そういうもの。有名な所だと、ネルヴァーナ王国の王族が受け継ぐ額の紋様も刻印とされている」
言われて思い出すのは、この間指導した元ネルヴァーナ王族のシンクレアだ。
ならば、彼も王族由来の何か特別なものを受け継いでいるのだろう。
「……刻印型は、恐らくは異能に依存するシステムで作られたというのが通説。再現は難しい。仮に再現できても、そもそも刻印型は刻印一つにつき大枠一つの魔法しか受け継げない……汎用の現代魔法が世界に定着した今、刻印型を今更再現するメリットは、あまりない」
と、奥でぎゃあぎゃあ騒いでいたボンジーンが唐突に血相を変える。
「待てそこの邪悪で外道なエルフ! 貴様、何故そこまで刻印型魔法に詳しい!? 刻印型魔法の詳細は選ばれし一族しか知らない筈だ!! あとネルヴァーナの蛮人共の入れ墨を勝手に始祖の刻印と同列に語るでないわ!!」
始祖を尊敬するあまり隣国の王族を馬鹿にしはじめるボンジーンだが、クミラの反応は冷めたものだった。
「……刻印型魔法は、ダークエルフの一族では300年前に一通りの技術的完成を見た。もう、終わってる学問」
「はっ、馬鹿も休み休み言え!! 始祖の教えに背いた貴様らエルフに始祖の技術の再現など出来るものか!!」
(自信満々に言ってるけど根拠は皆無なんだろうなぁ)
クミラはその言葉に反論一つしないが、それで正解だと思う。
何故なら反論したところで彼らは根拠もない決めつけ一本で戦い抜く所存だからだ。というか、もしかしたら彼の口ぶり的にエルフもダークエルフを一緒くたで差別している気がするのは杞憂だろうか。ヒューマンも差別しているので案外自分たち以外全部理由をつけて見下してるというオチかもしれないが。
クミラはハジメに読み終えたらしい論文を手渡し、一言。
「この研究は前提が破綻してる。成功はありえない」
「前提とはなんだ?」
「彼らの研究が目指す到達点は『原色魔法』の刻印の完全な複製の作成と、それを宿すこと。でもそれは不可能」
一息おいて、クミラは不可能である理由を簡潔に説明した。
「刻印型の疑似再現は可能だけど、刻印は異能がベースだから一切分析が不可能。何故なら厳密にはそれは魔法ではないから。だから魔法でないものを魔法で完全再現しようとしても、魔法を使っている時点で同じものにならない。同じ効果がある別物というだけ……すごくつまらない論文だった」
あれだけ始祖の魔法云々言っているのに、魔法に拘る限り再現不可能とはなんともトンチのようなオチである。勿論純血派は最初から人の話を聞いていないので「何を愚かな……」と上から目線でクミラの理論を馬鹿にしている。
彼らの究極の自己肯定感は一体どこから湧いて出来るのだろう。
一応ながら師匠役として、彼らに気になることを問いかけてみる。
「それで、結局お前達はシオを勧誘して何をさせるつもりなんだ」
「始祖の刻印を再現できないのは血統、すなわち始祖の遺伝子の純度不足かもしれないという推論を検証するために、こちらの選んだ男と婚姻して貰い、なるだけ多くの子供を産んで貰おうか! 始祖の研究の役に立てるのだから有り難く思え!」
純粋に気色が悪い。
シオは据わった目でハジメの肩を叩く。
「師匠、ここはボルカニックレイジしかありますまい」
「段々それでいい気もしてきたが駄目だ」
勧誘の理由が最低オブ最低である。
しかも上から目線なのが尚のこと最低である。
それにシオは自分を傍流だと言っていたはずなので、血統の濃さを持ち出すのはいまいち話がチグハグに感じる。
ハジメは目を細めて彼らの事情を言い当てる。
「さてはお前達、魔導十賢の一族にも協力を頼んだが悉く門前払いを受け、ならば血統の中で唯一一族との繋がりが薄いシオならと浅はかに考えたな? あと、お前ら跡継ぎの不足にも悩まされてるだろ。誰も結婚を承諾してくれなくて」
「ギギギギギギックゥゥゥーーーー!!」
(昨今ギャグ漫画でも見ないくらい露骨なリアクションだな)
よく見れば純血派は全員男だし、ハジメより年上が殆どだし、婚姻を結んでくれる人がいなさそうなのも何となく理解出来る。
しかし、だからってこれはいないんじゃないだろうか。
シオも完全に彼らを殺す気なのか、ぐいぐいハジメの腕を引っ張る。
「師匠、ほら、あそこにボルカニックレイジを。迷うことはないですから」
「血気に逸るな。今落とし所を探している」
とはいえ、この問題に落とし所などあるのだろうか。
彼らは完全に自分たちの世界に入り浸り、自分たちの認めるものしか認めない存在である。自己肯定の為に他を否定する、排他主義の塊と言ってもいい。つまり、かれらは事実を目の前にしてもそれを事実とは認識しない。
どうしたものかと思っていると、しびれを切らしたシオがとうとう純血派に苛立ちを露にする。
「言っておくけどそこの童貞共!! 私は、今、この師匠の弟子なのよ!! 世渡り上手で地位と名声とお金があって女の子からも引く手数多で私の知りたい魔法知識をありったけ知ってて、それを偉ぶらずに教えてくれる理想の師匠な訳!! あんたたち、ここにいる師匠よりいい待遇で私を迎えられる訳!?」
かなり話を盛っているシオだが、はったりとしては効いている
狼狽える純血派が反論するが、どこかしどろもどろだ。
「だから、始祖の技術の再現という名誉を……!!」
「名誉が一月いくらになんのよ!! 実を結ばない研究延々としてる純血派が金持ちになったことなんてないでしょ!! 不潔な生活、臭いご飯、日の光に当たらないもやしみたいな生活、一瞬でも春が来たことがない人生!! そんなに子供を産んで欲しいならそれ相応の待遇と度量ってものを見せてみなさいよ!!」
思いっきり俗な要求だが、それだけにシオが言葉に込めたエネルギーが凄まじい。純血派が余りにもどストレートな要求に怯む中、ボンジーンがぷるぷると腕を振るわせて叫ぶ。
「い、いい、いいだろう!! そんな世俗に染まりきった男より我らの方が優れていることを証明してやろう!!」
(……妙な話になってきてないか?)
(師匠、コテンパンにやっちゃってよ!)
親指をぐっと立ててウィンクするシオにハジメは呆れた。
こうして、謎の戦いが幕を開けた。




