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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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23-5

 旅行は非常に有意義なものになった。

 

 ルクスはその日の夜には薬が抜けて元通りになってリリアンと手を繋いで観光を楽しんでいた。シオはまだ薬は抜けないものの、冷たくあしらってしまったユユと少し話し合い、ある程度の落とし所を見つけたらしい。


 ジライヤには少しばかり仕事を頼んでいたが、これもなかなか順調に事が運んだ。クミラも満足なデータが取れたらしく、心なしかほくほく顔な気がする。

 こうして慰安旅行は全て順調に終わる――筈だった。


 異変の始まりは、旅館の前にたむろする謎の紫のローブの集団。

 その背中にある山羊をあしらった紋章に、ハジメと共に町を歩いていたシオは眉を顰める。


「うわ、あれファウスト家の紋章……しかも純血派だ」

「純血派?」

「魔導十賢は原則実力主義なんですけど、血統に重きを置くべきって主張する傍流も少数ながらいくつかありまして……」


 十賢の本流と傍流は実力でコロコロ入れ替わるのが基本だが、そうではなくてより始祖に近い血筋こそが『原色魔法プライマリーカラー』を管理すべきだというのが純血派だとシオは語った。

 そんなに『原色魔法』が良いものなのだろうか。

 まぁ、この手の魔法は大体重要なものなので敢えて問いはしない。


「正直クッサイ連中といいますか、カルトめいた思い込みを世間の常識みたいに喋る連中と言いますか。一応あいつらなりに研究をしてるみたいですが、たまにおじいちゃんに研究者に復帰するようギャーギャー騒いでは『うるせぇ孫の目の毒だ』って魔法で吹き飛ばされてたので良い印象がないです」

「なるほど。関わらない方がいいタイプの集団であることは理解出来た」


 集団はなにやらぶつぶつ話し合っているので、一応目をつけられないよう物陰に隠れて聞き耳を立ててみる。


『おのれ、何なのだこの建築物の女は。我らの崇高な目的を理解出来ぬ愚か者が』

『ただ宿泊客の名前と容姿を全て言えと言っただけで、何故あそこまで拒否されねばならぬ』


 なんとも一般常識に欠如した会話である。

 接客業に従事する人間が、いきなりやってきた得体の知れない集団に客の情報を売るわけないと思うのだが、それは世間の常識であって世間離れしている彼らには関係のないことらしい。

 すると彼らの一人が何やら小さな箱を取り出し、その箱を抱きかかえて全く耳に馴染のない言語をブツブツ唱えはじめる。シオがそれに反応した。


「あれは……」

「知っているのか、シオ」

「はい。いわゆる原初の魔法から派生した最初期の魔法群の一つですね。今我々が使っている魔法を現代魔法と定義するならば古代魔法と呼べるものです」

「ほう、聞くだけだと稀少そうな魔法だが」

「正直ゴミみたいな魔法多いですよ」


 ハジメの予想に反し、シオの対応は塩だった。

 こういうのは昔の魔法の方が実は凄いというのがファンタジーの定番だと思うのだが、この世界では別にそんなことはないらしい。


「最初期の魔法って確かに現代魔法に比べると効果の自由度は高いんですけど、とにもかくにも詠唱が長いんです。短くとも発動までに十分くらいはかかりますよあれ」

「長過ぎでは?」

「しかも詠唱中に集中力と魔力を切らすと最初からやり直し。詠唱内容を間違えたら最初からやり直し。足を地面から少しでも離したりかゆくなって背中を掻いたりしただけで最初からやり直しです」

「クソ魔法では?」

「ちなみに攻撃力のある魔法はないです。収束に時間かかりすぎて絶対威力出ないんですよ。効率化された現代魔法と比べるといいところ探す方が難しいですよ。まさにクソ魔法です」


 余りの実用性のなさに目頭を押さえるハジメ。

 しかも言い様からするに詠唱中もじりじり魔力が削られるらしいので、燃費もゴミのような悪さであることは想像に難くない。無論、二人とも十分待つほど暇ではないので集団を迂回して裏口から旅館に入った。


 旅館の人達も「旅館前にやべぇ奴らがいる」と煙たがっていたが、果たしていつまでいる気なのやら。ハジメたちはその後十分ほど旅館でお茶と茶菓子を堪能し、一応もういちど様子を見に行った。


 シオの予想通りだったか、おおよそ十分で漸く詠唱が終わったらしく、術者の周りに光がぼんやり広がったと思うと、覗き見していた俺とシオの方にそこはかとなくぼんやり光が向いた。

 しかし光は他の何方向かにも向いており、ヒトデみたいな形になっている。


「なんだあれ……」

「あー、恐らく失せ物探しの魔法ですかね。探し人のいる方向をなんとなーく探る魔法です」

「なんとなーくって。あちこち示してるじゃないか」

「対象が移動したせいでしょう。あと、元々あんまり正確な魔法じゃないので誤探知もあります。長距離だとギリギリで占術に準ずる程度の効果がありますけど、短距離だとターゲットが移動してる場合はあんな感じです」

「じゃあ占術でいいのでは?」

「だからこそのクソ魔法ですよ師匠」


 占術でさえ失せ物探しは精々確率が上昇するだけで正確性が保証されない場合が多いが、十分も詠唱して結果がアレなら占術の方が遙かにマシな気がしてくる。何故彼らは効率化を図らないのだろうか。マリアンは普通に現代魔法を使っていたので一族の特徴とかではなさそうだが。

 ハジメの怪訝なの表情から考えを察したのか、シオは肩をすくめる。


「あんな効率悪い魔法を拘って使うのは純血派くらいですよ。普通に真面目に現代魔法学んだ方がいいと私も思います」

『おお、この反応の多さ! やはり近くにシオネレジアがいるぞ!』

『ぜはー! ぜはー! な、なぁ……ここに留まって魔法を使うより足を使って調べた方が早かったのではないか?』

『何を言う! 原初に近い魔法を使って真実に近づいてこそ、始祖の考えに近づけるというものであろう! それに世俗に染まりきった愚民共は我々の行動の尊さを解さずに身勝手な主張をするばかりではないか!』

『そうとも! さぁ、そうと分かれば皆で手分けして失せ物探しの魔法を使い、発生したラインを統合して相手の場所を割り出すぞ!』


 どうやら彼らはシオネレジアなる存在を探しているらしい。

 これから町中に散ってあの十分かかる魔法を唱えるらしいが、最初に唱え終えた一人の困憊ぶりを見るに効率が悪いどころの話ではない。しかも、根本的な問題として詠唱中にターゲットが移動する程に次々に可能性のある方向が増えていくので下手すると一生目的にたどり着けないのでは? とハジメは思う。


 まぁ、彼らの中にある真実とやらがそうであるならば外野がとやかく言うことではないが。


「ところでシオ。シオネレジアとは何だ? 俺は聞いたことがないのだが」

「ええと、魔名ですね」

「魔名?」


 耳に馴染みのない言葉だ。

 シオは魔名について説明する。


「十賢の一族の特徴として、戸籍上の名前とは別に古代の魔法研究に携わった先祖の名前を魔名として持つことで、その加護を得るという思想があります。つまりシオネレジアは古代の研究者の名前です。確かファウスト一族の初代十賢の名前で、私の魔名もシオネレジアだったかな?」

「では彼らが探しているのはお前なのでは?」

「……ああ、なるほど!」


 本気で気付いていなかったのか、シオはぽんと手を叩く。

 そして、うわぁ、とめんどくさそうな顔をする。


「関わり合いたくないなぁ……」

「逃げることも出来るが、あいつら何だかしつこく失せ物探しをしながら延々と追ってきそうな気がしないか?」

「だからですよぅ。そんな奴らが追いかけてくるだけでもげんなりなのに、そんな連中の持ってくる話なんて絶対碌でもないじゃないですか!」

「確かに」


 あの非効率の塊みたいな連中を見た後となると説得力が凄い。

 いわば一族の落伍者とも言える彼女をわざわざ探しているくらいだから、さぞ面倒臭い事情に違いない。しかし、放っておけば彼らはこの観光地を我が物顔で闊歩し、さぞ周囲の迷惑になるであろうことも想像に難くない。

 自分の弟子が原因で起きる面倒事を放置するのは師匠として正しくない。

 ハジメはシオの肩をぽんと叩く。


「早めに片付けよう」

「……はい、師匠」


 二人はイヤイヤながらファウスト一族純血派に近づいていった。

 シオは嫌そうに集団に名乗る。


「あの、私がシオネレジアですけど何かご用ですか?」


 すると、集団の連中は鬱陶しい蠅が近づいてきたような不快そうな顔で会話を突っぱねる。


「話しかけるな凡俗が。我々は崇高なる目的の為に時間を無駄に出来ない。失せろ」


 蠅を追い払うように手を振る男の態度に、ハジメとシオは目を合わせる。


「帰りましょう師匠。人生の無駄遣いです」

「そうだな。話しかけるなと言うのだからそっとしておくか」


 師弟が初めて以心伝心の絆を見せた瞬間であった。




 ◇ ◆




 ――その日の夜、シオは個室の布団の上で突っ伏していた。


「屈辱……! この上なく屈辱……!!」


 あの後、ようやく薬の効果が切れたシオは自分がハジメに召使いの如く仕えていたことは忘れ、大体の旅の目的やハジメ以外の人間と行ったやりとりを残して無事記憶が消えた。よって現在のシオは「薬の効果を抜く名目で贅沢旅行だヒャッホイ!」くらいに現状を認識しており、薬を服用したあとの自分がどうだったかについては気にしていない。

 これは狙った薬の効果とはクミラの談だし、思い出して悶えても大変なので敢えて説明はしない方向で全員納得している。


 では、何故シオが屈辱に震えているのか?

 それは薬の効果が切れたのが、旅館の女将オトナシのマッサージの途中だったからである。


『ほうら、凝ってますよ……コ・コ♪』

『んぎぃぃぃぃぃ!? あっ、らめっ、そこっ、はぁん!?』

『だぁめですよ? 体が疲れている時こそ刺激が大きく感じるんですから。ほら、ほら! 素直になって良いんですよ?』

『ぎ……ぎもぢぃぃぃぃぃ!! ぎもぢいの止まんないのほぉぉぉぉぉぉ!!』

『あらあら、あなた冒険だけじゃなくて机でも仕事をしてますね? 悪い子ですよっ! そんな悪い子にはたっぷり指圧してあげないとねっ!』

『らめぇぇぇぇぇっ、おっ、おっ、あ゛っ! もうらめなのにぃ、体がっ、あ゛っ、んぃぃっ、あっあぁぁぁぁ~~~~~!!』


 すこぶる健全なマッサージを受けたシオは、それはもう旅館全体に響き渡るほどのはしたない嬌声をあられもなくぶちまけた。これだけでも相当な恥ずかしさなのに、よりにもよって途中で薬が切れたせいでハジメにもこれを聞かれているという事実への恥ずかしさが跳ね上がり、今やこんな状態である。

 ちなみにこれはシオがクソザコな訳ではなくオトナシのマッサージが異次元過ぎるだけであり、店側としては割と平均的な反応だったりする。彼女にとってはまったくフォローになっていないが。


 同室のユユと遊びにきたリリアンは、布団に顔を埋めて足をばたつかせるシオを微笑ましそうに見つめる。素直になったシオを知れたのも良かったが、いつものシオに戻ったのもそれはそれで嬉しい仲間たちであった。


「あのさ」


 そんな中、ユユはぽつりと心中を吐露する。


「きっかけはお薬だったけどさ。この旅行、来て良かったなって思うの」


 胸の前で自分の両手の指をもじもじ絡ませながら、ユユは笑う。


「ご馳走や温泉も勿論すごく良かったけど……シオちゃんときちんと話をして自分と向き合えたり、二人の普段聞けないようなお話したりさ。シオちゃんの疲れがあんな悲鳴あげるほど溜まってたのも、ここに来ないと気付けなかったし」

「凄かったよね~あれ! 前衛職の方が疲れ溜まってるのかなって思ったけど、案外動かない後衛の方が筋肉が固まりやすいのかもねぇ」

「ちょっとそこ! 面白がって話を蒸し返すなぁ! ……まぁ、冒険終わるなり机に向かい合ってたから、筋肉が凝り固まったのが常態化してた感はあるけどさぁ」


 そうして、三人はいつの間にか普段通りの三人に戻っていた。


 しかし、そんな和気藹々とした雰囲気に水を差す者たちもいる。


『ぜぇぜぇつまり! はぁはぁ統計的に見て! ふぅふぅやはりこの旅館にシオネレジアはいるのだゲッホ!』

『な、なら、最初からこの旅館を見張っていれば良かったのでは……?』

『馬鹿者! 魔導によって導き出される真実にこそ真理が宿るのだ! 凡俗と同じ思考で物事を推し量るな、始祖の導きにこそ刮目せよ!!』

『然り、然り!』

『ではこれより疎通魔法によってこの旅館の人間に一人ずつシオネレジア様かどうかを確認するメッセージを送る!』

『しかし疎通魔法は精度が低すぎて当てに……』

『始祖の導きパンチ!!』

『ごはぁッ!?』

『始祖の導きを拒否した愚か者だ、懲罰室に放り込め』

『はっ! では懲罰室に行くための転移魔法を発動しますので、詠唱が終わるまでの三時間、周辺の警戒をお願いいたしたく!』

『許可する!』


 旅館の外で全力で騒ぐファウスト一族純血派。

 しかも会話内容が果てしなく馬鹿である。

 同時に、部屋のドアがこんこん、とノックされた。

 開くと、いつも以上にめんどくさそうな雰囲気を醸し出した無表情のハジメが立っていた。


「シオ、このまま騒がれると俺たちが眠れん。面倒だがやっつけるぞ」


 その言葉は、倒すという意味ではなく「やっつけ仕事」の意味に聞こえた。

 シオは七面倒臭さが極まった渋面で暫く目をつぶり、やがて頷く。


「……はーい」


 どうやら薬が切れても彼らとのやりとりは記憶にあるらしく、最初の倍は面倒臭そうだった。

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