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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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断章-5(1/2)

 人間は感情の生き物だ。

 抱いた感情を無視し続けて生きることは難しい。

 しかし、それを理性で律する必要のある場面は少なくない。


(集中……任務に集中でゴザル……)


 周囲を渦巻く優雅な音楽、豪華な食事、声色だけは楽しそうな大人達の会話に奇異の目。慣れない、それでいて個人的には不愉快な場で、ジライヤは己の感情を押し殺す。


 この日、忍者ジライヤはある仕事を請けて晩餐会という普段は決して足を踏み入れる機会のない場所に訪れていた。


 依頼主は最上位冒険者の一人で、自らキャバリィ王国という国を建国までしてしまった破天荒な女王アトリーヌ・キャバリィ。冒険者でありながら、極小とはいえ一国の主でもある彼女の依頼内容は、自らの国で開かれる晩餐会の警備だった。


 これは珍しい事ではなく、大物が集まる晩餐会は魔王軍や反社会的な集団の標的になりやすいためにNINJA旅団に密かに護衛して欲しいと頼みこまれることは少なくない。

 ただ、今回は普段とは依頼内容が違った。


(まさか会場内での警備を任されるとは……はぁ、あの御仁は苦手でゴザル)


 まだ年齢的に幼く小柄であるジライヤ専用の護衛スーツまで用意したアトリーヌの悪意なき笑みを思い出して、ジライヤは頭が痛くなった。


『こんな可愛い男の子を外に晒しておくのってどうかと思うの!!』


 いきなりそんなことを言い出して会場内への配置をゴリ押したアトリーヌには師匠であるライカゲも流石に困っていた。


 ジライヤとしては、可愛いと言われるのは嬉しくない。

 彼が目指しているのは師の如き渋い忍者である。

 しかし、残念な事にジライヤは小柄でベビーフェイスなせいで十歳少しの年齢に見えるため、可愛いと評する人も少なくない。そのため普段は舐められないよう口元をスカーフで隠したりもしているのだが、アトリーヌが衣装まで決めてしまったので今回は顔を隠せない。


 結果、晩餐会の会場の隅で控える一人だけやけに幼い護衛には注目が集まってしまっていた。中にはアトリーヌに「今晩彼を借りられないか」などとのたまう者もいた。男女ともに、である。アトリーヌはにべもなく断っていたが、多分彼女は彼らがどういうつもりで借りられないか問うてきたのか理解していないだろう。


 彼らは、ジライヤを夜のベッドで好き勝手に扱わせてくれないかと言外に問うていた。そしてアトリーヌが拒否するのを見て、彼女のお気に入りだと思って諦めていったのである。


(反吐が出る)


 ジライヤは胸の内から湧き出る侮蔑の感情を、表情の表ではなく裏の器に流し分けて平然を装った。


 そもそも、ジライヤは旅団の中でも飛び抜けて特権階級が嫌いだ。より正確には、貴族という生物として生きてきた者が放つ特有の臭いを忌み嫌っていた。


 貴族とは、平民より上等な生物である――その思想の元に教育され、それが事実であると認識し、当然のように権力を振るって生きてきた人間には特有の臭いがある。彼らの人格や振る舞いから滲み出る、饐えた残飯のように反吐の出る臭い。そうした者たちが当然のように虐げてきた『人間以下』の中から這い上がってきたジライヤにとって、この晩餐会は耐え難いまでに醜く見える。


 貴族感のないアマリリスや、国王でありながら恐ろしく純なアトリーヌは別にいい。ルシュリア王女は表面上は非の打ち所がないが、ジライヤ個人としては異様なまでの臭いのなさが逆に疑わしいだけで腐臭とは別の問題だ。


 豚のように料理を貪り、踊り、これからもそれを当然として生きてく――そんな連中を守らなければならない。これは忍者としての試練だと自分に言い聞かせるジライヤは、しかし完全に割り切れるほど大人になれていなかった。


(演技は上手く出来ていると思うでゴザルが、きっと師匠に見られていれば叱られたでゴザルな……けんを完全に消し切れていない気がするでゴザル)


 先ほどから、時折子供を可愛がる目的で寄ってくる貴族にジライヤは警備の仕事の範囲内で愛想を振りまいているが、その中のほんの一部はジライヤの本心を鋭敏に感じ取ったように途中で踵を返した。鼻のいい貴族には分かってしまうのだろう。


 またぞろ、女性が近寄ってくる。

 愛玩動物にそうするように無遠慮に頭をなで回しにくるのかと辟易したジライヤだったが、途中でその女性からほんの微かに馴染みのある気配がすることに気付く。これは自らが眷属として沢山従える蛙の気配だ。


(拙者の従える蛙以外でこの気配を放つ蛙は一匹しかいない筈……まさか?)


 その女性は美しいドレスに見合った美貌をジライヤに近づけると、見惚れるような優しい笑みを浮かべた。


「やっぱり、ジライヤ様じゃないですか!」

「べ、ベアトリス殿……!?」


 突然の再会に、ジライヤは思わず声がうわずる。

 ベアトリス・ローゼシア――嘗てシュベルの地で起きた避難民騒動で共に仕事をしたことのある貴族の女性だ。何故ここに、とも思ったが、冷静に考えるとシュベルの町はキャバリィ王国とは比較的近いのでさほど不自然でもないと思い直す。


 ジライヤは唐突な再会に内心で焦ったが、何故自分が焦っているのかには気付けない。

 胸は高鳴り、視線はベアトリスに吸い寄せられる。

 実の所、以前にシュベルで短いながら共に時間を過ごした間にも似たような感覚を覚えていたが、努めて忘れるようにしていた。それが不意の再会で復活してしまった。


 ベアトリスは純粋に再会できたことが嬉しいようで、ジライヤの手を取って握る。ぱっと見には見えないが、彼女に預けたカエルのフローレンス(元はゲコサブロウだった)もこっそり同行しているようだ。


「よかったぁ、お父様に社交界に慣れろとこの晩餐会に参加させられたんですけど、知り合いの方があまりいなくて心細かったんです! ジライヤ様がいるのならば少なくとも怖い思いはせずに済みそうですね!」

「そ……それは勿論。護衛として最善を尽くすでゴザルよ」

「頼もしいです、本当に」


 はにかむベアトリスに、ジライヤはたじたじだった。


 最初に出会った頃は、どうせ将来は腐臭のする貴族になるのだと関わろうとはしなかった。しかし、一生懸命にボランティアに向き合う彼女を見て、ジライヤは斜に構えていた自分の態度がひどくみっともないものに思え、段々と手を貸すようになっていった。

 そして、ベアトリスは短期間で驚くほど凜々しく、人間らしい貴族へと成長した。


 薄々、分かっている。

 ジライヤは彼女のことを好きになりかけている。

 姉が絡むと意地っ張りになるところも、ひたむきなところも、身分に関係なく感謝する相手に感謝し、そして強かに厳しい現実と向き合えるところも、彼女の全てがジライヤの貴族観を破壊した。


 彼女は貴族なのに、優しくて美しかった。


 今になって思えば気の迷いとしか言えないが、ジライヤは彼女に仕えたいとまで思い、自分の心の変わりように愕然としたこともある。


 だから、ボランティアが終わって縁が切れたあとは接点が僅かにありつつも敢て触れないでいた。事実、一度出会ってしまえばこの有様だったのでジライヤは余計に己を恥じた。

 しかし、動揺したときのマインドセットは忘れていない。

 なんとか冷静さを取り戻したジライヤだが、ベアトリスはそれを何かおかしいのかニコニコ笑いながら見つめていた。


「な、なんでゴザルかその笑みは?」

「ううん。ジライヤ様も私と出会えて嬉しかったのかな、と期待してしまいました」

(うっ!!)


 自覚があって言っているのならひどいし、自覚がなく言っているのならもっとひどい。自分の気持ちを見透かされたような気分になったジライヤはまたしても心を揺るがされる。

 ベアトリスはそのままジライヤの隣に並んだ。

 目の前で繰り広げられる楽しげな晩餐会に自ら距離を置くように。


「遠目に見たとき、ジライヤ様はなんだか嫌そうに見えました」

「そんなことは……ないでゴザル」

「ならばわたくしの取り越し苦労ですね。良かった」


 相手を傷つけない大人な言い回しだが、彼女自身は上機嫌そうだ。

 慌てている自分が子供っぽく、余計に気恥ずかしい気分になった。


 見え透いた嘘なので見透かされたかもしれないが、忍者として己の胸の内を正直に曝け出すことは許されない。しかし、やはり彼女が隣にいることを意識してしまうジライヤは逆に自分から問いかけた。


「なぜ拙者が楽しんでいないと思ったでゴザルか?」

「なんででしょう……わたくし自身がここを楽しく思っていないからかもしれません」

「楽しくない、でゴザルか。拙者には理解が及ばないでゴザル。豪華な建物で、豪華な服に身を包み、平民では考えも及ばないような話題で盛り上がりながら踊り、豪勢な食事に舌鼓を打つ。これほど幸福なパーティであるのに?」

「確かにそうです。それに、アトリーヌ陛下たちキャバリィ王国の重鎮の皆様は個性的で、少しお話をしましたが楽しかったですわ。でも……」


 ベアトリスは物憂げに視線を壁に向ける。


「ここには、何か大切なものがない……そう思ってしまう。不思議です。とても豊かで海外の貴族も大勢いるのに、どうしてここには聞きたくもない言葉が溢れているのでしょう」

「……アトリーヌ陛下への悪言あくごんでゴザルか」


 ベアトリスは肯定も否定もしなかったが、それは彼女の立場が正直に物を言うことを許さないからだろうとジライヤは思った。


 アトリーヌの興したキャバリィ王国は世界最新興の国家だ。

 歴史はないし、国土は世界最小。

 最も盛んなのは傭兵業で、元奴隷も多くいる。経済規模も小さく、他国の助力なしにはやっていけない国だ。

 だから、歴史の長い国の貴族達はアトリーヌにはおべっかを使うが、内心では見下している。野蛮人、新参の世間知らず、一代で終わる弱小国家――この会場内でも貴族的な遠回しな言い回しで口にしている者がいるし、そうでなくともベアトリスは相手の微かな所作から本音を読み取れてしまうのだろう。


 ただ、そんな連中はアトリーヌを甘く見すぎているとジライヤは思う。


「あの御仁はそんなことを気にするほど小さな人物ではゴザらんよ」

「……そうなのでしょうか。あの方はあまりにも純粋すぎて、心配です」

「気付いていなくとも結局は気にせず自分の道を貫く。あれはそういう御仁でゴザル……とは師匠マスターの受け売りでゴザルが、師匠にそうまで言わせる人間だということでゴザルよ」

主人マスター?」

「師匠と書いてマスターと読むでゴザル。憧れの存在で……父親のように思ってるでゴザル」

「お師匠さんですか。ジライヤ様を育てたお方、一度ご挨拶にお窺いしたい……」


 そう言いかけ、ベアトリスはふと頬を微かに赤らめた。


「親御さんにご挨拶したいだなんて、なんだか……いえ、なんでもないです」

「?」


 ジライヤにはその言葉の意図は分からなかったが、不思議な居心地の良さを感じ始めていた。

 しかし、二人の間に突如として声が割って入る。


「おやおや、余との会話では素っ気のなかった娘が随分と気色ばんだ顔をするものよ」


 彫りの深い中東風の顔に、煌びやかな装飾を施した絹の衣。

 傲慢不遜な性根を隠そうともしないその者は、ネルヴァーナ列国の王子であるザムザザージュという男だった。


「……!! これはこれは、ザムザザージュ王子。再びお声がけを頂けて光栄です」


 ベアトリスの表情が即座に貴族然としたたおやかな笑みに戻る。

 会話に割り込んできたのは、ネルヴァーナ列国の王子ザムザザージュ。列国の第二王子で、彫りが深く威圧的なまでに力強い眉毛と列国王族特有のものである額の印が印象的だ。

 その性格に関しては――いい噂は聞かない。

 少なくとも女癖に関しては特に。


「君はシャイナ王国貴族の高貴な血が流れる娘なのだろう。であれば、どこの誰とも知れない平民の子供に、年齢的な若さだけで食いつくようなみっともない真似はやめたまえ。そんな子供よりももっと注目し、敬意を払うべき人間がここにいるのだからね」

(……鼻が曲がりそうな腐臭でゴザル)


 よく言えば自分に自信満々、悪く言えば自分以外の全てを支配出来ると思い上がっている。数名の護衛に囲まれたザムザザージュ王子からはジライヤの最も嫌いな臭いがした。


 父の権力を笠に着たザムザザージュの横暴さは有名で、他国の貴族でさえ相手が王族とあらば逆らいづらいのを良いことに何人もの娘を半ば無理矢理抱いてきたという。しかも、当人はそれを「慈悲深くも寵愛を与えてやった」と考えており、母国でも道行く女性を強引に側室にするなど色欲に溺れた男だった。


 ザムザザージュはジライヤを置物でも見る目で一瞥すると、トドメとばかりに言い放つ。


「品のない田舎娘のような価値観は捨てたまえ。せっかくの美貌を持っているのだから、賢いならば分かるだろう? 今宵、余の見ている世界を垣間見せてあげよう」


 ザムザザージュはベアトリスに手を差し伸べ、そして怪訝そうな顔をした。

 ベアトリスが差し出した手を一向に取る気配がなかったからだ。

 ジライヤはまさか、と驚愕する。


(相手は王族でゴザルぞ!?)


 ベアトリスの目は、嘗て鬼族が起こした騒ぎを諫めた時の凜々しいあの目に変わっていた。


「失礼ながら……こちらの少年は我が家、我が故郷にとって大恩のあるお方なのです」

「ほぉう、そうは見えないな。どこからどう見ても、衣装に着せられた子供だ。薄汚い育ちが垣間見える。いいかね、一時の恩とは言っても、身分が下の者の恩というのは上に立つ者にとっては受け取って当然のものだ。空気と同じだ。感謝に値することはない」

「左様でございますか。悲しいですね」

「ああ、弱く生まれたとは実に悲劇的な――」

「わたくしはザムザザージュ様と同じ光景を見ることは出来ないようです。わたくしは悲しい」


 周囲の空気が一変し、ザムザザージュが凍り付いた。

 それは、仮にも王族に対して地方領主の娘が口にした、明確な拒絶だった。


 ジライヤの背筋に戦慄が走る。

 この娘は、ベアトリスは――今、ジライヤの名誉の為に王族に喧嘩を売ったのだ。取るに足らない生まれの、たったひととき共にいただけのジライヤの名誉の為に。

 この少女はどこまで気高いというのか。

 それとも、これこそが真の貴族のあるべき姿なのか。


「こ……の……身の程知らずめがッ!!」


 一度も失敗したことのなかった女性の口説き落としを観衆の目がある中で失敗したザムザザージュは、次の瞬間に憤怒の形相に変わった。額の印に魔力が集まり、足下に召喚魔法陣が展開される。護衛達の血の気が引くのが見え、周囲は突然の出来事に悲鳴を上げる。


「召喚に応じよ、ジン・グーア!! この身の程知らずの不届きで愚かな女に制裁を下せぇぇぇッ!!!」

『忠実なるしもべ、ジン・グーア参上! 王子のお心のままにッ!!』


 顕現せしは、ネルヴァーナ列国王家に古より仕える特殊な魔人の一族。魔物というには人に近く、人と呼ぶにはあまりにも異形なジン・グーアの巨大な曲刀が振り翳される。


『王子に従わぬ不逞の輩、罰すべし!!』


 ジン一族と呼ばれるその魔人たちは、王の血筋の忠実なる僕であり、力。そこらの魔物であれば一瞬で輪切りにするほどの力は、嘗て魔王討伐においても強大な力を発揮してきた、まさに王族にのみ許される召喚術だ。


 しかし、眼前に迫る死を前にベアトリスは一歩も引かない。

 何一つ恐れることがないかのように、ザムザザージュを真摯に見つめている。


「最後の慈悲だ!! 今謝ればジンへの命令を撤回してやるぞッ!! そんなみすぼらしい平民の為に命を散らすのが為政者かあッ!?」

「わたくしは――」

「口を利く必要はないでゴザル、ベアトリス殿」


 ジライヤは、ベアトリスの言葉を遮って前に出た。

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