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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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断章-3

 怪盗ダン。

 神出鬼没、天衣無縫の大怪盗。

 彼は今、未だかつてない大問題を抱えていた。


 精神的にも物理的にもダンのことを圧迫してくるそれは解決の糸口が見えず、攻略法も分からず、なにをどう盗めば解決するのか見当もつかない。

 天下の大怪盗を以てして退けることのできない難題は、今日も彼に微笑みかける。


「だんな様、次は何を盗みにいくの?」

「いや、だんな様って……俺としてはお前がいつまでついてくるのか聞きたいけど?」

「まぁ、貴方の愛しの花嫁であるこのアルエーニャをそんな風に呼ぶだなんて! いえ、逆にその馴れ馴れしさが親しい間柄の証ってこと!? やだ、アルエーニャ照れちゃいますぅ!」

「おっふ……」


 両手で火照る顔をかかえてやんやんと身をよじるドメルニ帝国皇女アルエーニャに、ダンはげっそりとした顔を隠せない。


 このロイヤル幼女は以前ダンが王国の王女の依頼で転生者ハジメとタッグを組んで盗み出した『お宝』であり、丁重に皇家にお返しした存在だ。

 が、この皇女ときたらダンの想像を絶する頭お花畑娘だった。


 曰く、「哀れなアルエーニャはとらわれの姫。大怪盗に盗まれ、今やかれの所有物。されど闇夜を駆け、悪党を成敗し、貧しき民に潤いを齎すその姿に、姫は禁断の恋に落ちてしまったのです……王女は決意しました。婚約者も地位も捨ててこの大怪盗の妻になることを! 愚かな姫だと笑われようと、心にだけは嘘がつけないのです!」とミュージカル調に説明した彼女は、以来ずっとついてくる。


 盗みに入る際の下見にもついてくるし、盗む時も可愛らしい女怪盗のコスプレ――マント、マスク、シルクハット、そして妙に露出の多いレオタード風のスーツ――をしてついてくる。盗みが終わったあとも寝床にしている拠点にやってくる。今や拠点の一部には皇女専用のメルヘンな装飾と天蓋付きベッドが設置されており、風情ある怪盗の拠点が台無しである。


 当然、皇家としては自分の国の皇女でしかもこの間攫われたばかりの人間を赤の他人に預けることを許す筈がない――と思っていたのだが、なんと皇帝は逆に窃盗行為に協力してきた。私服を肥やしてそうだけど証拠が掴めない人間の書類をアルエーニャを通してバンバン送り込んでくるのだ。大怪盗を利用して国の掃除をしようとしているとは、ダンも恐れ入ったものだ。


 全部リストに従うのは癪なので帝国の把握していない悪事を働く連中にも盗みを働いているが、いっそ罠かと疑うレベルで上手くいっているのでやりがいを求めるダンとしてはやりづらいことこの上ない。


(くそ、もしかしてルシュリア王女のやつ、こうなるの知ってたんじゃねえだろうな! ハジメだけじゃなくて俺もハメるとかマジで性格悪いぞ!!)


 見上げた夜空にうっすらと浮かぶしたり顔のルシュリアが「流石はわたくしの認めた世界最強の頭お花畑! 期待通りすぎて生クリームべったりかけたプリンのようにうめぇ~~~ですわ!!」と言っている気がした。なんだこのイメージ。


(てかいい根性してるよなこっちの姫も……てっきり三日もすれば不満でヒステリーの一つでも起こすかと思ってたのに)


 アルエーニャは怪盗道具の手入れにも余念がなく、既に次の盗みの計画のためにターゲットの家の見取り図まで用意して熱心に見つめている。これまで彼女が弱気を吐いたり帰りたいと言ったことは一度もない。


 料理洗濯掃除等、全面的に下手くその極みながら何故か自信満々で楽しそうにこなすアルエーニャのモチベーションはどこから湧いて出るのか。放っておく程悲惨なことになるので最近は手伝いつつ二人でやっているが、余計に喜ぶようになった。


 ……ちなみにアルエーニャは料理に関しては異能レベルのメシマズである。何をどうやったのかアジトを爆破されたこともあるが、「料理だけは守りました!」と髪の毛チリチリになりながら火もかけてないのにゴボゴボ音を立てるタールのようなものが入った鍋を笑顔で突き出された時は、断り切れず食べた。

 今ではその料理をポイゾニックヴォイドと呼んでいるが。

 言わずもがな、それ以来ダンは全力で自分が料理を作っている。


 許されるならば力尽くで追い出したいダンだが、女性、それも子供に手をあげるなどダンの美学が許さず、結局勝つことのない根比べを延々と続けている。


「?」


 アルエーニャは、困ったダンの視線に気付き、小首を傾げる。


「どうしたの、だんな様? ……はっ、もしかして初夜!? 初夜のお誘い!?」

「やめなさい、ませた子だな!! 大体、こちとらガキは抱く趣味はないの!!」

「ぶー。でも大丈夫よだんな様! あと五年もすればアルエーニャ、いいスタイルの女になってる筈だから!」

「そんなに待つか!」


 ちなみにダンは現地妻を作るタイプの男であり、女性を抱いた数は十人以上に及ぶ。しかし、そんなダンを以てしてこの幼女は御しがたく、どんな追跡者よりも厄介である。しかも意外と盗みが上手いのがまた困る。

 

「だんな様、だんな様! ずっと一緒よ、愛しのだ・ん・な・さ・ま!」

(誰かこの小娘を俺の懐から盗み出してくれぇ~……)


 世紀の大怪盗、事実上の降参宣言である。


 ……ちなみに、後に王国のルシュリア王女に「いい女は男を待てる」と吹き込んで貰ったことでなんとかべったり張り付くことは回避出来たダンだったが、その後もアルエーニャは幾度となく恐るべき嗅覚で「我慢できなくて来ちゃいました!」とダンの居所を暴き続けたのであった。


 とんだ天敵が出来たものだ、と肩を落として項垂れるダンの姿に、七つの秘密道具たちが愉快そうにカタカタ震えていた。




 ◇ ◆




 ゴッズスレイヴのカルマは、この世界に唯一の個である。

 いまでは旧神と呼ばれる神々が技術の粋を尽くして作り上げた永久機関、オートメンテナンスシステム、オートチェック機能は未だに生きており、メンテナンスフリーで動き続けることが出来る。


 それに対してトリプルブイの制作したオートマンであるカルパは、幾ら高度とはいえ手作りの人形であってオートメンテ機能など存在しない。よって彼女は定期的にトリプルブイのメンテナンスを受ける必要がある。


「ん~……やっぱり関節の摩耗はあるねぇ。人間でさえそうだから仕方ないとはいえ頂けない。新構造に切り変える。メンテ後若干違和感あるかもしれないけど慣らせば問題ないと思う。いい?」

「マスターの御心のままに」

「ん。じゃあ始めるよー」


 今、カルパはトリプルブイの手で分解され、細部に至るまで微細な調整が施されている。究極の人形を目指して日夜研究をしているのは伊達ではなく、メンテナンスの度に少しずつカルパは高度さを増している。

 

 カルパはトリプルブイの最高にして唯一の人形、オートマンだ。

 そのことを自分の誇りに思ってる。

 しかし、その己の有り様が、ノイズを生む。


「マスター」

「どうした?」

「わたしは、カルマに勝てる体になれるのでしょうか」


 トリプルブイの作業する手が止まった。


「わたしは平均的な人間を遙かに上回る性能を持ちます。人に劣る部分は殆どありません。マスターから頂いた容姿も客観的に見て極めて高度な美しさを持っているものと認識しています」

「そらそーよ。なんたって俺の作ったカルパだからな」

「しかし、カルマを見るとわたしの心にノイズが走るのです」


 神の奴隷として創造されたカルマは、今のカルパ以上に人に劣る部分がない。容姿の美しさはトリプルブイが認める程だし、性能は初見でも忍者の弟子三人相手に互角以上の戦いを見せた上で余裕があるほどだ。性格は悪いが、言ってしまえばそれは「人間的な性格の悪さ」だ。人間ではないカルパに人が抱く違和感とは大きな差異がある。


 それを認識する度、カルパの思考にノイズが走り、普段の自分らしくない言動をしてしまう。


「マスター、このノイズは何ですか。わたしは……不完全品なのですか?」


 不安。

 そう、人間はきっとこれを不安と呼ぶのだろう。

 己の有り様、存在意義を揺るがすものだ。


 カルパにとっては自分がトリプルブイに作られた唯一の最高傑作である、という事実こそが己を己として認識する絶対の指標だ。今までカルパに似た存在には出会わなかったし、マスターたるトリプルブイがカルパ以外の存在を、製造物として称賛することもなかった。


 しかし、カルマが現れた。


 まだ目覚める前のあれをオークション会場で見た瞬間、カルパはこれをトリプルブイに見せるべきではないと考えた。ノイズによって生まれた、全く論理的ではない思考だ。しかもカルパはこの考えを再考することが終ぞなかった。


 人間でさえ時間が経てば自分の考えを見直すというのに、見直せなかった自分は。そのような結論を出してしまうノイズが発生している自分は、壊れているのだろうか。


 トリプルブイは工具をテーブルに置くと、カルパの顔を両手でそっと添えるように持ち上げる。この世で最も尊敬する人物の瞳がカルパの視界に飛び込んだ瞬間、頭に無数に走っていたノイズが消え去り、思考回路が寸断されるように動かなくなっていく。

 カルパの視界と思考は、トリプルブイのことしか考えられなくなってしまった。


(すごい、マスター。どんな方法を使ったのですか。マスターのことしか考えられない……)


 カルパが落ち着いたのを確認したようにトリプルブイは彼女の髪を優しくなぜた。


「そのノイズの正体は、嫉妬だ。人ならば誰もが持っているものさ。おめでとう、新しいことを覚えたな」

「嫉妬……? フェオ様がハジメ様の周囲の女性に対して頻繁に抱いたり、マトフェイ様がマオマオ様に抱いているとされる、あの嫉妬ですか?」

「そうだよ。今の自分の在り方を揺るがされたとき、ひとは誰かに嫉妬する。自分に匹敵するカルマという存在を見て、カルパは自分を脅かされたと思ったんだ。凄いぞ、カルパ。それは『じぶん』がないと出来ないことなんだ」


 嫉妬。

 その言葉が、すとんと記憶ストレージに落ちた。

 全てのノイズの正体が、その概念によって解決されていく。


「カルマは完璧に限りなく近い存在です。オートメンテナンスもあり、定期メンテナンスをしてマスターを煩わせることすらない。わたしはカルマに嫉妬している……そう仮定すると、全てが合理的に説明できます」

「まぁ、逆を言えばカルマは俺のメンテナンスを受けることはないんだけどね。これから新機能が追加されて更に高度化することも……うーん、今の俺では足りないな。今のところこうして俺の全身メンテナンスを受けられるのはカルマには決して出来ない特権な訳だ。お前だけが、俺の最高を更新し続けられる」


 さらりと告げられる言葉に、カルパの思考回路が形容しがたいベクトルに揺さぶられる。しかし今のカルパならばこの揺れ動きの理由に予想がつく。

 これは優越感、或いは喜びと呼ばれる感情だ。

 そうか、これが、心地よいということなのか。

 今までも似たような感覚は幾度もあったが、改めてそうであると認識すると、今まで以上に強い感情が湧き上がる。これは機能ではなく、心なのだと。たとえそうあれかしと作られて動いているのだとしても、この気持ちは忘れずにいたいと思える。


「マスター」

「なんだ、カルパ?」

「好きです。わたしのたったひとりの、最愛のマスター」

「俺も好きだよ、俺のたったひとりの最高のカルパ」


 自分は今、笑っていただろうか。 

 そんな単純なことも記録が難しいとは、好きという感情は強い。

 トリプルブイも微笑み返したが、ふと我に返ったように顔を真っ赤にする。


「冷静に考えたら、自分で作った理想の女性に好きとか言われるのってめっちゃハズいな。うん、これはハズいぞ。もちろん俺の理想の全てを注いで作ったんだから俺は大好きに決まっているが、ちょっとこれ今まで考えたことなかったぁ……」

「大好きです。愛してます。ずっと側にいさせてください。貴方のことしか考えられません、マスター」

「うわぁぁぁぁぁそんな耳元で優しく囁くような声で俺の心を弄ばないでくれぇぇぇぇぇぇ!!」


 それでも悪い気はしないのか恥ずかしさとニヤけ顔の入り交じった顔で悶え苦しむトリプルブイを、カルパは一層愛おしく思った。

 もちろん、今のはカルパなりに彼の心を弄んだジョーク的な言い回しだ。

 しかし、嘘は一言も言ったつもりはない。


 末永く、宜しくお願いしますね。

 わたしだけの、愛しいマスター。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、かの大怪盗三世だって、大体女には痛い目見てるし仕方ないね。 …これはなんかそういうのと違う気もしないでもないけれど。
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