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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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22-10 fin

 最終試験は、実は不合格であっても問題のない試験だった。

 題目は一つ、「回避不可の強敵との対峙にどう対応するか」。

 すなわち、精神面を見極める試験である。


 レンヤのように勝利を信じて打倒するしかない、という時もある。

 フェオのように戦うのは無駄だと判断して諦める、という時もある。

 依頼の不備を疑ったレヴァンナの行動も決して間違いではない。

 ただ、明らかに適正を欠く行動がないかは重視された。


 何故こんな試験が出来たのか。

 それにはいくつかの理由がある。


 まずは今回の試験で最初から重視されていた、不正な昇格を防ぐふるい落とし。

 これは言わずもがなだろう。やはり極限状態にあってこそ人の本性が現れる。アデプトクラスとの対峙にはそれを促す面があった。


 次に、近年問題視されている冒険者の凶悪犯罪の抑止効果。

 以前から、ギルドではときおり異常な速度でベテランに到達し、実力と釣り合わない精神的な幼稚さから犯罪に走る一部の冒険者が問題視されていた。そんな冒険者に、お前が悪事をすれば彼らが出てくるぞと脅しをかける効果をギルドは期待した。


 最後に、アデプトクラスの冒険者直々に彼らにベテランでやっていけるかを見定めて貰うこと。

 今までギルドの目は多く入っていたが、試験において現場を知る者の意見が介在する場面は少なかった。試験的な試みではあるが、ギルドはこれを期にベテランクラスの質の向上の為に彼らの意見を募ったのだ。


 ちなみに余談だが、今回の試験にはハジメの他に二人のアデプトクラス冒険者が行く手を阻む障害として参加していた。

 『騎馬女王』アトリーヌ・キャバリィ。

 『絶対防壁アンプレイカブル』ゲーゼリック・トラヴィス。


 驚いたことに、二人とも転生者ではないものの下手なチート相手なら技量で潜り抜けられる猛者たちである。

 ……まぁアトリーヌの跨がってる馬のラムレイズンの正体は『女の子に跨がって欲しいから』と馬に転生した変態だが。ついでに言うとアトリーヌの愛用する剣の『エクス・リカバー』も『女の子ににぎにぎしてもらいたいから』と剣に転生した変態である。よって変態二人から同時に全面的なサポートを受けるアトリーヌは能力だけ見ると殆ど転生者と言って差し支えない域だったりする。


(アトリーヌ自身が大概な女だからなぁ……破天荒というか何というか)


 昔出会った時に「自分の国を作って王になりたいの!」ととんでもないことをのたまい、数年後に遺失したと思われていた新神器を発見するという偉業と引き換えに、極小とはいえ本当に国を作ってしまった時は流石に冗談の類かと疑ったものだ。


 それはさておき、ハジメは帰還後ギルドにものすごい勢いで謝られた。

 結果的に大事には至らなかったとはいえ、今の今までレヴァンナの真の実力を見切れなかったギルドは危うくハジメが死ぬ所だったことに責任を感じたらしい。尤も、必死な謝罪の理由の半分くらいは彼らの背後に絶対零度の視線を浴びせるオルトリンドのせいな気もするが。


(おにぃが試験官として参加する試験でこの杜撰さ、斬首に値するくらいの罪なんだけど? どうするおにぃ。処す? 処す?)

(やめなさい。これは隠し通したレヴァンナを褒めるしかない)


 件のレヴァンナだが、ハジメは彼女が自分に殺意を抱いていたことはぼかしつつも、「自分が追い詰められた際の躊躇いのなさがどう作用するかの判断が難しい」という形で評価した。相手が魔物なら問題はなかろうが、彼女は自分の命のためなら多少の犯罪は厭わないかもしれない。


 一応、戦闘力は申し分ないのでこのままベテランに昇格はするらしいが、暫くは定期的なカウンセリングと先輩冒険者の同行を義務づけるらしい。

 あの後一度だけ彼女と顔を合わせたが、ひたすらハジメに怯えるように体を震わせ「本当に覚えてないの?」「殺すつもりでいたんでしょ」と疑心暗鬼の塊になってしまい、まともに会話出来なかった。少なくともハジメへの殺意は削がれたようだが、今後どうなるかは分からない。


 と、思っていたのだが。


「ベテランクラス昇格祝いパーティを開催します!」

「いえーい!!」


 恐ろしい事に、まさかの試験昇格者パーティがゲリラ開催である。


 主催はフェオと、フェオの話を聞いて面白がったアトリーヌ。

 勿論ハジメを憎しみの視線で殺しそうな勇者レンヤと、精神状態ガタガタなのにアトリーヌに引きずり出されたレヴァンナも参加させられている。その上、アトリーヌの仕業かフェオには既にお酒が入ってイケイケテンションになっており、会場はまさに天国と地獄の混在した凄まじい空間と化している。


 その後の展開は、正に狂瀾怒濤。

 元々フェオチームの事情など知ったことではない他冒険者たちは即座に飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。フェオはレヴァンナにガンガン酒を飲ませて酔わせ、レンヤは開幕当初こそ頑なに酒は飲まない帰りたいと喚いていたもののアトリーヌに酒を頭から浴びせられて激高し、その隙にアトリーヌに更に酒を飲まされていた。


「それそれ飲め飲め! 飲んでお腹の中のぽっこり不満を撒き散らしちゃいなって!」

「ガボボボボ!?」

「レンヤさぁぁーーーーん!?」

「この料理美味いな。誰が作ったんだ?」

「その辺でウロウロしてたハマオって料理人らしいぜ。別名マッド・コック。料理スキルで魔物を殺すやべーやつだよ」

「マジかよ俺もう料理だいぶ食っちゃったけど大丈夫か?」

「ベテランクラスイィエーーー!! HOOOOOーーーー!!」


 ちなみにハジメはというと、正体がばれないよう変装したオルトリンドに延々とコップに酒を注がれている。


「リン、どんだけ飲ませる気だ。というかお前も飲み過ぎだ!」

「らって、らってぇ!! ここしゃいきんやふみとれなくれぇ、おにぃのところに甘えにいけなかったんらもぉ~~~ん!!」


 この妹、やはり駄目なようである。

 完全に出来上がってしまったオルトリンドがべったり張り付いてくるのはさておき、気になるレヴァンナはフェオに酒を飲まされて情緒が崩壊していた。


「突き落としたのよ七嶋をぉ!! 階段からぁ!!」

「またまたそんなぁ! ハジメさんがそんなもんで死ぬ訳ないじゃないですかぁ!」

「本当なのよぉ! なのに七嶋の奴、自分を突き落とした相手を覚えてない!? ありえないでしょ!! 絶対憎いに決まってるわよぉ!!」

「ハジメさんがそんなことで怒る訳ないじゃないですかぁ! ハジメさんが怒るのはぁ~……あの極悪外道クソ王女が何かやらかしたときだけですもぉん!!」

「私だってねぇ、自分が醜いとは思うわよ!! 自分が殺した相手にお前が死んだから悪いんだって、そんなの逆恨みだってわぁってるのよ!! でもあれって私が悪いの!? 違う違う違う違う、私は悪くない私は悪くない私はぁぁぁぁぁ!!」

「この世に悪くない人はいないんですよ、レヴァンナしゃん! 何故なら暴飲暴食は罪だからです! ひっく……うらぁ~~! 悪い事しちゃいますよぉ~~!!」


 がつがつと料理を平らげてお酒を口にするフェオと、逃避するように酒を呷るレヴァンナ。全く話が噛み合ってない上に、とんでもないカミングアウトが為されている。

 ハジメはいろんな意味で頭が痛くなった。


 だが、そういう事情ならばレヴァンナには言えることがある。

 ハジメは席を立ち、レヴァンナの前に座った。


「レヴァンナ……元の名前は思い出せないけど、事情は分かった」

「な、七嶋……?」

「俺は前の世界のことは、特に気にしていない」

「嘘よ、嘘……そんな筈ないわ、憎まない筈がない!!」

「嘘じゃない」


 少し前までなら、「だってそもそも生きていたいと思っていないから」と言えた。

 しかし、今ならば少し違う言葉が言える。


「こっちの世界での思い出の方が、俺にとっては価値あるものだ。だから、前の七嶋創の話はもういいんだ」

「なな、じま……」


 と、二人の間にフェオが割って入る。

 相当な出来上がりっぷりな彼女は特大のローストチキンをハジメの口にねじ込んだ。


「ハジメしゃん、飲んでばっかで食べてませんよ!? はい、あーん!」

「もが」

「ちょっとフェオちゃん! おにぃにあーんする権利は妹の僕にあるんだから!」


 というか、酒が入ったせいかもはやリンはお兄ちゃんすら略しておにぃ呼ばわりを始めている。フェオも普段ならここで一歩引く所だろうが、酒の勢いで引かない。


「ハジメさんの世話焼きの専売特許は私のものですぅー!」

「ずるいずるいずるい! 僕がいない間に勝手に取った特許なんて認めないもん!」

「早い者勝ちです残念でしたー!」

「僕の方が先におにぃと家族になったもん!」

(子供の喧嘩並に不毛だ……)


 どこまで本気なのか、きゃーきゃーとじゃれ合いをする二人にハジメは呆れる。レヴァンナは暫く呆然とその光景を見つめていたが、やがて酒を一息に飲み干し、息を吐き出す。


「分かったって言えないけど……飲んで寝て、明日改めて考える。アンタを信じられるかどうか……私が私を許せるかどうか」

「そうか」


 ちなみにその後勇者レンヤが酔っ払ってハジメにあらゆるしょうもない勝負を挑んできたが、運勝負以外でハジメが全勝したので力尽きて仲間に連行されていった。

 あれは果たしてストレス発散になったのだろうか。


 こうして、フェオのベテランクラス昇格は無事叶った。




 ◇ ◆




 レヴァンナの夢に、神が出てきた。

 転生したときに出会った神だ。

 神は、レヴァンナが神より賜った力に激しく後悔していることを知っていた。

 そして、告げた。


『貴方の能力は厳密には相手を不幸にする力ではありません。善行を数値として補充し、補充した善行を消費することでそれに見合った幸運や悪運にまつわる事象を起こす力です。悪行を行えば減ります。今回の悪行で、貴方は数年分の善行を失いました』


 レヴァンナは、神に何故そんな重要なことを告げなかったのか問うた。

 すると、神はこう言った。


『貴方がいつか自らの力の恐ろしさと自らの欲望の悍ましさに気付き、後悔する日が来る。そのときのためです』


 神には、全て分かっていたらしい。


『貴方の行ったことは取り返しがつきません。しかし、今後貴方が善行を積んで自らが不幸にした人間に償いをすることはできます』


 それは、今まで自分を地獄に落とした報いを受けた者たちを救済せよということか、とレヴァンナは問うた。神は首を横に振った。


『決めるのは貴方自身です。何が正しく何が悪かを決めるのは、生きた人間に他なりません。或いは、善悪とは究極的にはこの世界には存在しない。人の心の中にしか存在しないのです。その能力はただ、選択肢を提示するのみ。何を選ぶかは己の意思にて決めなさい』


 レヴァンナはそこで目覚めた。


 レヴァンナは神に言われて初めて自覚的に意識した能力を使う。

 すると、善行の残量やそれが何に作用するのかが感じ取れた。

 善行は、自分にも使うことが出来るらしい。


 ハジメを殺そうとして激減した善行だか、それでもそれなりの量は残っているようだ。もしかしたら自分にこれを全て使えば、ベテランクラス昇格時の不祥事とも言える出来事をある程度帳消しにする幸運に見舞われるかもしれない。


 レヴァンナは迷い、悩み、そして残る全ての善行をフェオの幸運に変えた。


 自分に使おうとは思わなかった。

 現実世界の連中の落とした運を上げることは考えもしなかった。

 ハジメに使うかどうかだけは、それなりに迷った。


 しかし、それは余りにも都合が良すぎる気がした。

 彼はこの世界に来て、女の子に囲まれていた。それに優越感を覚えてはいないようだったが、少なくとも前世の世界より人として幸福であることは確かだと思う。


 ハジメにカウンターでスキルを叩き込まれたとき、意識が完全に途切れる直前にハジメがフェオの名前を呟いていたのを聞いた。そしてパーティで酔ったフェオのあの様子――。


(落とすには手強い相手だから、大した助力にはならないだろうけど……貴方に幸あれ)


 レヴァンナは、自分が与える幸運よりフェオからハジメへと齎される幸せの価値に賭けた。


 ――どのような運命の悪戯か、その能力は目覚める直前にフェオに作用し、フェオはパーティでの話の殆どを忘れてしまった。これによってフェオがレヴァンナを憎悪するきっかけが消滅してしまったことを、レヴァンナは知らない。

 彼女の選択は、結果的にフェオを見守るハジメの望みにも沿った。


 情けは人の為ならず、己の為にありけり。




 ◇ ◆



 翌日――。

 フェオは酒のせいでレヴァンナとのやりとりは殆ど覚えていなかったが、とりあえず酔っ払ってハジメに抱きついたまま寝てしまった姿を村人に目撃されまくって「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」と羞恥で泣き叫んでいた。


「アトリーヌさんが会場セッティングするから手伝って欲しいって手を引かれて厨房に入って、その辺から殆ど記憶がないんです! 本当なんです! 何してたか想像したくもないけどあれは私じゃないんですって!!」


 激しくかぶりを振るフェオをアマリリスとウルが慰める。


「どうどうフェオちゃん。ハジメさんはそういうの気にしないって」

「あの人が気にしなくても私が気にするんですぅぅぅぅぅ!!」

「あるよね、思い返すと恥ずかしいなってこと。でも乙女視点で見れば可愛い間違いだよそんなの」

「酒に酔った女の酒乱は私的には可愛くないんですぅぅぅぅぅ!!」


 二人の言葉がまったく響いていないフェオだが、それもそのはず。励ましている二人の顔は思いっきりによによと愉悦を湛えた笑みを浮かべているのだ。あんな顔で励まされても余計な辱めを受けるだけである。


(可愛い生物が見れてマロは満足でおじゃるよ、ウル殿?)

(一時期はレヴァンナとかいう女のせいでギスギスするかと思ったけど、結果オーライですわよ、アマリリス殿?)

(なんかひそひそ言っているが聞かないでおこう。それにしても……フェオがレヴァンナの告解を覚えてないだけ良かったと思うことにするか)


 レヴァンナのやったことを正しく理解したら、きっとフェオは彼女に対して侮蔑と憎悪の感情を抱くだろう。

 彼女には人並み以上の正義感がある。

 あれほど明瞭な悪を目の前にすれば彼女がどう思うか、想像に難くない。

 そんな顔のフェオは見たくないと、ハジメは素直に思った。


「フェオ」

「なんですか!!」


 ハジメは自分なりの経緯を込めて、彼女に手を差し出す。


「改めて、ベテランクラス合格おめでとう。夢に一歩近づけたな」

「……ほんと、ずるいですよねハジメさんって」

 

 フェオは赤ら顔で目を逸らしながら、その手を握り返した。

 何がずるいのかそのときは分からなかったが、後でアマリリスとウルに聞いたことには、そのときのハジメは自覚なく「綺麗な笑顔」を浮かべていたらしい。


(多分顔ヨガの成果だな)

『汝、転生者ハジメよ……そういうことじゃないと思いますよ、個人的には』


 神が何か言っているが聞き逃したハジメであった。

 彼の頭のネジは世界一周の旅に出かけているようだ。

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[一言] >アンタを信じられるかどうか……私が私を許せるかどうか 追い詰められての言動は本心がでると見るべきか、それともやけくそに言うぶんに口も悪くなったとみるべきか… 前者だとすると、殺してしま…
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