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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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22-8

 レヴァンナは、生まれつき親にレヴァンナという名前を貰った訳ではない。

 いや、そもそもレヴァンナにはこの世界に親がいない。


 レヴァンナは、転生者だった。


 特別裕福というわけではないが、特段不満はない程度の家系に生まれ、自分を愛してくれる親を持ち、生前の彼女は特に世の中になんの不満もなく生きていた。

 本当に何も不自由がなかったのかは今となっては分からない。

 自分の家や生活を客観視したことなどないからだ。


 彼女は小学校高学年から中学にかけて、あることを知った。


 虐めの快楽だ。


 別に熱中する気などなかったし、暴力が好きということはなかったが、何故か自然と彼女は虐めの加害者たる自分のあり方を受け入れていた。後から知ったことには、虐めにはホルモンや脳内物質が関係しており、人は人を虐める事に快楽を覚えるらしい。

 彼女はその快楽の正体を突き止められず、虐めに酔った。


 虐めと言っても、彼女からすれば可愛いものだし、周囲はもっと酷い虐めをしていたように思っている。誰もそれを咎めなかったし、虐めに口出しする人間は煙たがられたので、彼女は世の中はそういうものなんだろうと特に気にしなかった。


 若者の愚かしさに際限はない。

 中学に入ってから、学校中から虐められていると言っても過言ではないほどの虐め対象が一人見つかった。家庭に問題があり、当人も無愛想で空気が読めず、虐めをしても抵抗しなければ文句も言わない。

 おまけに教師も完全にこの問題に無関心だったため、集団による虐めは苛烈さを増した。


 幾つ物を盗み、壊しただろう。

 幾つの濡れ衣を着せただろう。

 幾つの痣を彼の体に作っただろう。

 幾つの罵詈雑言を彼に浴びせただろう。


 やってもやっても飽きることはない――或いは自分の苛立ちは相手のせいだと転化することで、次第に際限はなくなっていった。それが日常になっていた。やめようという声も時々あったが、彼女は全く深く考えずになんで? と返したくらいだ。


 悪魔の囁きは人の欲と大差ない。

 あるとき、虐めの中心人物がこんなことを言い出した。


『どこまでやってもセーフなのか試してみよう』


 彼女が虐めを危険かもしれないと認識したのは、そのとき漸くだった。

 虐めがエスカレートして相手が死んだ事件くらい彼女も知っているし、これまではそうはならない程度の虐めをしてきた。しかし、言い出した連中は学校内でも特にタチが悪く教師の事などなんとも思っていないどころか「動画拡散して辞めさせてやった」と自慢するような存在だった。


 彼女は虐めから手を引こうとした。

 しかし、遅すぎた。


 長い時間をかけて虐めを重ねてきたことで、彼を包囲するいじめっ子の輪はいつの間にか彼をカルティックな踏み絵として扱い始めていた。実際に頑として虐めを拒否した生徒が虐め対象に落とされていく光景を目の当たりにして、自分が逃げられないことを悟った。


 幼い彼女にとって、中学校という空間は世界の殆どを占めていた。

 まさか家族に自分が虐めをしていたなどと告白出来る筈もない。

 教師共は全員が知らんぷり、或いは本気で気付いていない。


 虐めは次第にエスカレートし、骨折程度では驚かないようになっていた。 

 一人、また一人と踏み絵に送り出されていく。

 いつか破綻すると気付くことが出来た筈なのに、その現実から目を逸らして。


『お前の番か。そうだなぁ、じゃあ階段から突き落とせよ』


 彼女はロシアンルーレットの引き金を引くように、背中を押した。


 虐め対象の相手は、打ち所が悪く、頭から落下して目の前で自分の血に溺れた。

 響く悲鳴は見物人か、彼女自身か。

 響き渡る怒号と救急車のサイレンの音が、別世界の音に聞こえた。


 彼は病院に運び込まれたが、その時点で死亡が確認された。


 世界は、終わった。


 虐めは余りにも広く拡大していたが、後になって思えば大人達はその被害を最小限に留めたかったのだろう。学校にも行かず呆然と数日を過ごしていたら、いつの間にか彼女は学校どころか日本という国家の敵になっていた。


 虐めの証明というのは難しいらしい。

 しかし、彼女の虐めだけは死体という物証が残った。

 他の虐めの目撃証言は、当事者が口を閉ざすことで消えた。

 どんなに言い訳しても、なだれ込む責任という名の理不尽は減らなかった。


 同級生の裏切り、マスコミの襲来、SNSを通した炎上に特定。

 両親はどこで教育を間違えたのかと嘆いたが、彼女を責めなかった。

 彼女を責めないでいるとストレスの逃げ場がなく、次第に二人とも精神や肉体に変調を来した。テレビに出ていた無責任な教育論者が両親を悪し様に糾弾することで、両親は日本という国家から虐めの対象に指定された状態だった。


 何度引っ越してもマスコミもネットも追ってくる。

 彼らは腐敗した虐めの熟練者プロだった。

 そうされて当たり前のことをしたんだと罵倒された。

 同じ虐めに加担した大多数や言い出しっぺを覆い隠すかのように。


 己の最期はもう覚えていない。

 どういう死に様か認識できないような、突然の死だったんだろう。


 すると、彼女は神の前にいて、転生の機会を与えられていた。


『天国で永遠の安息を過ごしますか? それとも、異世界にてその才覚を振るい、時代を変える冒険をしませんか?』


 そのとき、彼女の頭の中にあったこと。


『冒険よりも、復讐がしたい』


 あのとき虐めを主導した連中が許せない。

 あのときあっさりと自らを捨てた、友達だと思っていた存在が許せない。

 教師が許せない、マスコミが許せない、顔も知らないネットを通した反吐の出る善意とやらが許せない。みんな不幸になればいい。みんなみんな、自分と同じ目に遭ってしまえ。


 私は神に出会った。

 ざまあみろ、世界め。

 お前達が私たち家族を虐めるなら、神がお前らに仕返ししてやる。


 意外にも、神は条件を呑んだ。

 代わりにルールを設けた。


 異世界で彼女が誰かの命を救ったり善行を詰むごとに、彼女を死に追いやった者に因果応報の罰が下る。下った罰の内容は夢で知らせてくれる。

 そして、この能力を授ける代わりに、所謂チート能力は授けられない。


 彼女はそれでも条件を呑んだ。

 あいつらに罰が下るならいい、自分たち家族の受けた苦しみを平等に味わえ、と。


 復讐は、存外気持ちのよいものだった。

 やはり人は人を害することに快楽を覚える生き物らしい。

 タイミングが良かったのか、彼女が死んだ後の日本という国は衰退を始めていた。

 誰もが自分にはどうしようもない理由で不幸になっていた。

 親友だと思っていた裏切り者が惨めに凋落していくのがあんなに愉快に思うとは想像もしなかった。


 彼女は異世界で助けた人の感謝を糧に、着々と復讐を遂行した。

 気付けば彼女が主だって復讐したかった人物の殆どに復讐を終えていた。


 彼女はふと夢から覚めたような気分になった。

 もし彼らがこの真実を知ったのちに異世界転生したら、今度は自分に復讐しようとするのでは? そこに考えが至ったとき、背筋が震えた。


 余りにも当然で、遅すぎる気付きだった。


 それ以来、レヴァンナは極力目立たないように生きてきた。

 生前の彼女を隠し、レヴァンナとして。


 しかしこれまで積み重ねてきた「人助けをする竜人レヴァンナ」という自らのペルソナが邪魔して隠遁生活も出来ず、かといって周囲を安易に信用することも出来なくなり、彼女は次第に精神的に孤立していった。


 ベテランクラス昇格は、そんな怯える自分を鼓舞する意味もあった。


 なのに、なのに、なぜ、なぜ。


七嶋ななじま……ァ……ッ」


 当然の帰結だったのだ。

 もし死んだ人間が異世界に転生できるなら、彼にも機会はある。

 自分などよりよほど世界に見放され、誰より彼女を恨む権利がある。


 七嶋ななじまはじめ

 元同級生で、享年14歳。

 死因は頭部強打による脳の損傷。

 


 彼女が脅されて突き落として殺した、あの男だ。



(私を殺しに来たんだ、私を殺しに来たんだ、私を……!!)


 わなわなと震える手で自分の顔を掴む。


 今、自分は名前も顔も変わっている。

 しかし七嶋は名前も顔もそのままだった。

 成長しているが、あの頃の面影が強く残っている。


 何故、自分の容姿を変えなかったのか?

 そんなこと、決まり切っている。


「復讐を忘れない為に……!! 復讐相手に、顔を見せつけてやるために……!」


 彼はレヴァンナの正体を知れば、必ず殺しに来る。

 何故なら、自分は彼にとっては疑いようのない悪だから

 故にこそ、自ら彼に関わるなど論外だった。


 因果は巡るもの。

 この子になら自分の本名を打ち明けてもいいかもしれないと思った少女が、何故よりにもよってあの男と親しいのだろう。これも彼の復讐の一環にさえ思えてくる。とことん自分を追い詰めるつもりなのだと思い込んだレヴァンナは、自分を追い詰めていった。


 そして、ギルド職員に依頼の齟齬がないか確認を取った。


「確認に一日かかります」


 簡素な一言だった。

 普通ならそんなに時間がかかる筈はない。

 ということは、これはギルド側の想定した出来事だったのだ。


 異世界に転移して身よりもいないレヴァンナにとっては、ギルドの信頼が全てだ。

 試験を無視して逃げ出せば、冒険者適正を疑われるだろう。

 レヴァンナは空を見上げ、乾いた笑いを漏らした。


(――神様、世界というのはよく出来ていますね)


 レヴァンナは、自分の命を守る為の行動に出た。




 ◇ ◆




 フェオは、なんとかヨモギを庇った状態で、錬金術で作った遮蔽物に身を隠しながら生唾を呑み込む。


「こんなの、勝ち目ないですよ……」


 戦う前から分かっていた結果が、そこにあった。

 遮蔽物の先にあったのは、断じて戦いとは呼べない蹂躙だった。


 まず直進したレンヤがガードごと一撃で吹き飛ばされ、大地を転がった。

 その隙を突いて攻撃しようとしたガブリエルの斧は小盾にあっさり弾き飛ばされ、そのままシールドバッシュが直撃。ガブリエルの巨体はあっさり倒れ伏した。


 その間、フェオは魔法で援護攻撃をしたが、全てバリア系の魔法で相殺。イングが高速移動しながら雨霰と弓術スキルを浴びせたが、逆に弓術スキルでカウンターを受けて吹き飛ばされた。


 無論、それらは手加減されたものだったのか、皆はすぐに立ち上がった。

 そして、幾度も同じように地面を転がって今に至る。

 まぐれ当たりの一発すらなく、フェオとヨモギ以外の全員がその場に膝をついている。


 ハジメは淡々と、息ひとつ乱さず、嫌味なまでに抜かりなく精鋭冒険者たちを追い詰めていた。


「何で……何で……女と金に塗れた欲深な冒険者のくせに、何でッ!!」


 神器である強力な剣を杖代わりに肩で息をするレンヤが憎悪さえ籠った低い声で叫ぶが、彼が魔王軍討伐で培ったありとあらゆる知識、技術、地力が既にハジメという圧倒的な力によって完膚なきにまで叩きのめされている。


 その後ろではガブリエルが疲労困憊のまま斧を構えるが、脚は完全に止まっている。タンクとして何とかレンヤが攻撃する隙を作ろうと積極的に前に出ていた彼は、自らが兄貴と慕う男の実力に戦慄している。


「全く本気じゃねえって面してらぁ。マジですかい兄貴……! あんた遠すぎるよ……!」


 一番酷いのがイングだ。

 手加減込みとは言え長距離から容赦なく中・長距離スキルを叩き込まれ続けた彼は立ち上がることすら出来ないのか仰向けに倒れ伏している。厄介な後衛を早めに倒すのは戦いに於いては常套手段の一つだが、ここまで容赦がないと清々しい。


「あぁ……クソ……こんなバケモンいるとか、里の連中は言ってなかったぞ……守りの猪神より、強いんじゃねえだろうな……」


 本来ならばレヴァンナがいればもう少し戦略の幅があったのかもしれないが、彼女がいなくなったことで余計に酷い状況になってしまった。フェオはヨモギと二人で行動しなければいけない制約がある以上積極的に動けず、前衛と後衛の橋渡しをする人間がいなくなってしまったのだ。


 と、ハジメが無造作にフェオのいる方角へ魔法を放つ。


「スパイラルブロウ」


 風属性中位、破壊力を優先した魔法だ。

 風の魔力が螺旋を描いて身を隠していた遮蔽物に飛来し、フェオはヨモギを抱えて即座に逃げ出す。直後、遮蔽物の土壁は粉々に砕け散って突風が周囲を吹き抜けた。土の破片と風の魔力に煽られるフェオだったが、直前にヨモギが防御系のバフ魔法を展開してくれたおかげで何とか大きなダメージは免れる。


 だが、安堵する暇はない。

 既にハジメはフェオの目前まで迫っていた。


「くぅッ!!」


 覚悟を決め、ヨモギを構うようにルーンエッジを構えて近接戦闘に挑む。


 刃が一合、二合と重なり、フェオの細腕に折れんばかりの衝撃が襲う。その衝撃に気が緩んだ一瞬の間にハジメは剣の柄でフェオの胴体を殴り飛ばした。一瞬意識が途切れそうになるほどの勢いで吹き飛んだフェオの体は、後ろでなんとか援護をしようとするヨモギに直撃して二人で大地を転がる。


「げほっ、げほっ……」

「うぅ……フェオさん、大丈夫ですか! 今回復を――!」


 咳き込み蹲るフェオに駆け寄ったヨモギの喉に、ちゃき、と剣が添えられる。


「注意力散漫だな」

「あ……」


 ハジメだった。


「そうは――させるかっ!! ソニックレイヴ!!」


 一瞬の隙。

 狩人が獲物を仕留める際に見せる一瞬の隙を突いて、レンヤがハジメの背後に迫った。

 ソニックレイヴは速度に特化した刺突スキル。

 しかもそのタイミングが抜群だった。

 彼とて伊達に魔王軍と戦ってきた訳ではない。


 しかし、彼には致命的に足りないものがあった。


「不意打ちは黙ってやれ」


 それは、対人経験だ。

 ハジメは振り向きもせずに背の槍を外し、石突きでカウンターを放つ。

 剣のリーチを上回る槍の石突きが突如として胸に叩き込まれたレンヤは呼吸が止まる。


「ぐ、はっ……!?」

「ぼうっとするな」

「ギャッ!?」


 スキルすら使わない槍で横薙ぎに叩きのめされ、レンヤはくの字に体を折り曲げて大地を転がった。握っていた剣も取り落とし、今度こそ動けそうにない。瞳だけはハジメに食らいつかんとしているが、どう見ても体が追いついていなかった。

 ハジメは顔を上げると、詠唱を破棄して魔法を放つ。


 すると、後ろでこっそりイングを回復させようとガブリエルが取り出したポーションが彼の手の中で凍りつき、砕け散った。


 レンヤは自分が不意を打てたらそれでよし、そうでなくとも自分が囮になっている間にイングを回復させればまだ勝負が出来ると考えていたらしい。そのために、ヨモギが追い詰められるギリギリまで体力を温存して動けないフリをしていたのだろう。

 しかし、対人経験豊富なハジメは最初から気付いていたし、仮に気付いていなかったとしても呆気なく対応して見せただろう。


(こんなに策を巡らせても、どんな隙を突こうとしても……)

(兄貴はその悉くを潰しちまう!)

(レンヤの不意打ちで駄目なら、何が通じるってんだ……?)

(これが、死神。これがレンヤさんが忌み嫌う人の力……なんて、怖い)


 フェオは、皆の心がへし折れる音が聞こえた。

 まだフェオは戦う力が残っているが、ハジメは身内だから特別に手加減などということは考えていない。消極的ながら堅実にこちらを無力化しようとしてくる。


(勝てない)


 たった一つの、始める前から分かりきっていた結論だった。

身の程をわきまえよ

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[一言] >(レンヤの不意打ちで駄目なら、何が通じるってんだ……?) いやだから、不意打ちをだまって仕掛ければ…仕掛ければ?黙って仕掛けても通じなさそうだなぁ…
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