表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

112/348

22-7

 最終試験もまたギルドの私有地で行われることになった。


 内容はシンプルで、ギルドが指定したチームを組んで特定の場所に辿り着くことだった。チームには一人だけ特別な役割が割り振られており、チームはその冒険者が特定の場所に辿り着くまでの護衛をするという形になる。


 護衛対象の人間は直接の戦闘力がない者を中心に選ばれ、合計三チームが出来る。


 しかし、フェオはそのチームの顔ぶれを見て血相を変えた。


「なにこれ……強い人ばかり。ってことは、それだけ厳しい試験が待ってるってこと!?」


 なんとメンバーは勇者一行三名、レヴァンナ、ガブリエルに自分だった。見立てが正しければ、今回の試験参加者の中でも特に実力の高い人物だらけである。


「護衛役はヨモギか。守り切らないとな」

「私も出来る限り援護します、レンヤさん」

「そこ、イチャつくな。よぉ、また会ったなフェオ」

「また会いたくなかったオークもいますけどね、イングさん……」

「一言余計なこと言わないと気が済まないのかてめー」

「ちょっとちょっと! 試験中は喧嘩厳禁! 巻き込まれるのは御免よ!?」


 レヴァンナが慌てて二人の間に入るが、流石に今ここでその愚を犯す気はないので互いにそれ以上口はきかない。それはそれとしてイングもやはりオークはアレなのか、露骨ではないにしろ警戒していた。エルフとオークの種族的な仲の悪さは根が深い問題なのだ。ハジメは「存外浅い問題だと思う」と言っていたが。


 しかし、と、レンヤが首を傾げる。


「試験の詳細について殆ど説明がなかったのは気になりますね。一見すると第二試験の集団版みたいにも見えますが、周囲に魔物の気配はありません」


 彼の言葉にイングが頷く。


「それどころか人の手が入った土地に見える。魔物の痕跡どころか魔物が好きそうな地形もない唯の平野だ。駆け足で行けば一時間もかからないんじゃないか?」

「簡単と見せかけて何らかの不意打ちを仕掛けてくる辺りが考えられる線だと思うので、イングを前に、フェオさんは後ろに、他はヨモギを護衛しつつ左右を警戒するという陣形でどうでしょう?」


 尤もな意見であるため、誰も異論はない。

 ただ、最終試験に一体何が来るのかという漠然とした不安だけがあった。

 そして移動開始から十数分後、それは突如として出現する。


「おい、誰かいるぞ」

 

 イングの言葉に全員が立ち止まり、双眼鏡等を使ってその何者かを確かめる。


 その人物は男性だった。

 年齢は三十歳程度で、どこか覇気のない顔をしている。

 簡素ながら上質な装備で身を固め、杖や剣、弓に槍など節操なしに装備を固めた姿はどこまでもアンバランスで、しかしそれを当然のように身に付けるだけの貫禄も感じさせる。


 フェオはその男の名を知っていた。


「……ハジメ、さん?」


 冒険者最高位、アデプトクラス。

 ついた渾名は『死神』。

 フェオの隣人にして想い人が、そこにいた。


 ハジメが懐から何か道具を取り出すと、ヨモギの道具袋から声が響く。慌てて彼女が道具袋の中を漁ると、そこには支給品の短距離通信魔法道具があった。


『……聞こえるか、そこの冒険者達。君たちに警告する。ここから先はギルドによって立ち入り禁止区域に指定されている。それ以上接近するならば不審者として実力行使によって排除する。繰り返す。君たちに警告する。ここから先はギルドによって……』

「そういう試験のようだぞ」


 肩をすくめてため息をつくイングとは対照的に、レンヤは額に青筋を浮かべて震えている。そういえば彼の前ではハジメの話は禁句だと言っていたが、まさかの本人登場だ。ヨモギはさぁっと青ざめた顔になる。


「れ、レンヤさん! これは試験ですから! きっと本当に不審者扱いなんじゃなくて、あの人が門番ということ――」

「門番ならば、倒して進んでもいいわけだろ……!」


 即座に剣を抜いたレンヤは肩を怒らせ突進しようとするが、フェオは慌てて止める。


「待ってください! ハジメさんと戦うなんて自殺行為です! なんとか迂回するとか、作戦を……!」

「ベテランクラスとアデプトクラスは戦闘能力で分けられているのではない! ベテランに匹敵する僕らなら一斉に襲いかかれば倒せる!」


 今まで理知的で効率を重んじていた筈のレンヤの突如の激高に、パーティ内に動揺が走る。ガブリエルが諫めるために前に出た。


「待てよ勇者さんよ! 相手の力量も見極めないまま突っ込もうとすんな! 下手すりゃ俺らが全滅して終わりなんだぞ!」

「……君が勇ましいのは弱い相手のときだけか!?」

「な、なんだとコイツ……!!」

「ちょっと、喧嘩してる場合じゃないって試験開始前にも話したじゃないですか! 二人とも落ち着いて……!!」


 チーム戦どころか敵を目前に味方同士で一触即発。

 もし今ハジメが弓矢か魔法を放ってきたら一巻の終わりだ。

 イングとヨモギも必死にレンヤを沈静化させようとするが、彼の激情は烈火の如く膨れ上がるばかりだ。自分では抑えきれないと感じたフェオは、まだこの騒動に加わっていないレヴァンナに助けを求める。


「レヴァンナさん、説得に力を貸し……レヴァンナさん?」


 レヴァンナの様子がおかしいことに、フェオはこのときになって漸く気付いた。

 彼女は双眼鏡でハジメを見つめたまま譫言のように「なんで」「どうして」とぶつぶつ言葉を呟き続けている。

 フェオはその様子が尋常ではないと思い、駆け寄って肩を叩く。


「レヴァンナさん、レヴァンナさん!! しっかりしてください、どうしたんですか!!」

「フェオ……ちゃん……?」

「落ち着いて、深呼吸して。状況はどこまで理解できてますか?」

「最終試験の門番がいて……私たちが不審者扱いされて……」


 暫く歯切れの悪い言葉をもごもごと繰り返したレヴァンナが、突然はっとしたように目を見開く。


「こ、これはギルド側の依頼の齟齬よ!!」

「え? どういうことですか?」

「ギルド内の伝達が上手くいってなくて、あの男はこっちに警告を送ってきてるのよ! 引き返してギルドに確認を取りましょう! きっとあいつは本来試験に介入すべき人間じゃなくて、不幸な行き違いで妨害してきてるのよ!! そうよ、そうに違いない!!」


 焦ったように叫ぶレヴァンナ。

 それほどに『死神ハジメ』と戦いたくないのだろうか。

 フェオは即座にそれを否定する。


「ギルドが試験でそんな大へまをするとは思えません。きっとそういう設定なんですよ」

「じゃあそうだってフェオちゃんはギルドの人に確認したの!? してない内から楽観的になって戦ってもし負けたら責任取れるの!?」

「責任って、そんな……どうしちゃったんですかレヴァンナさん!?」


 彼女は何が何でも引き返したいのか、己の意見を否定するフェオを責めるようにまくし立ててくる。そこまで強烈に主張されるとフェオも真っ向から言い返して喧嘩をしたくないという精神が働く。

 それに、冷静に考えてみるとレヴァンナの言葉も絶対ないとは言えない。


 ブンゴたち曰く、ベテランクラス昇格試験は大別して協調性・サバイバビリティ・冒険者の知識の三つが試されるという。そしてその三つはこれまでの試験で既に試されているように思える。ということは、最終試験は今までとは違う判断が試される可能性もなくはない。


 ただ、それを精査するにしても今のままでは埒があかない。

 フェオは未だに喧嘩を続けるレンヤとガブリエル――ほぼレンヤが原因だが――の近くに最小威力で魔法を叩き込む。


 バヂバヂィッ!! と、スパーク音と閃光が迸り、全員がこちらを見た。


「まだ時間はあります! 皆の意見をきちんと出し合って方針を決めましょう! でないと私たちはここでおしまいです!」


 味方の近くに魔法を放つという乱暴な行動は一種の賭けだったが、レンヤにも多少は響いたらしく、不承不承といった態度ながら矛を収める。

 ガブリエルは何か言いたげだったが、話が進まないのでフェオは敢えて強引に皆の意見を聞いて回った。


 ハジメをどうやって突破するか、意見は大いに割れた。


 レンヤ案は、全員で協力してハジメを倒し試験をクリアするというもの。

 次にガブリエル案は、片方が囮をしてハジメを引きつけている内に護衛対象のヨモギだけでも突破させてゴールまで逃げ切りを狙うというもの。

 最後にレヴァンナ案、なにかの間違いかもしれないので引き返してギルド職員に確認を取るという先ほど聞いたものだ。


 イングはレンヤを尊重しつつも念を入れてのガブリエル案に賛成。

 ヨモギは案が浮かばず、フェオに意見が求められる。


 フェオもずっとどうすべきか考えていた。

 この中では訓練とは言えハジメと戦ったことのある唯一の人物であるフェオの動向を全員が気にしていた。しかしフェオは何度、何度考え直しても同じ結論にしか辿り着かない。


「ハジメさんに戦闘で勝つことも囮で時間を稼ぐことも、不可能です……」

「はぁ!?」


 戦う前から戦闘を放棄しているとしか思えない意見にガブリエルが抗議の視線を送る。ガブリエルはハジメの真の力、アスラガイストを見たことがないのだ。

 レンヤも不機嫌そうに口を開いた。


「最初から無理だと切り捨てていては冒険者という仕事はやっていけないと思うが? 君は身内びいきで彼の戦力を過大に考えているのではないかい?」

「……そもそもハジメさんが本気になれば、我々はとっくに狩られてます。イングさんには言いましたよね? ハジメさんの弓技は魔王軍幹部を射程外からスキル二発で仕留めるレベルのものだって」

「それが嘘じゃなきゃの話だけどな……」


 憎まれ口を叩いたイングだが、「でも」と付け加える。


「あの男は俺が探知で見つけるよりずっと前から俺たちのことを捕捉していたとは思う。俺がやっとこさ気付いたとき、あいつはまっすぐこちらのことを見てた。明らかに今気付いたって顔じゃねえ。いつでも狙撃は出来たと思う」

「そして、狙撃がなくとも至極単純にハジメさん自身が速いんです。各個撃破してもおつりが来るでしょう」

「なら相互に密に連携すれば対抗出来るはずだ!」


 違う、そういう問題ではない。

 真実を言えば彼は更に苛立つだろう。

 しかし、言わなければならない。


「あの人はレベル120を超えてる! 今の時点で()()()()()()()()()()()!」


 この中でフェオだけが断言できる、的確な判断。

 それは、非情過ぎる真実を指し示していた。


 そこいらで一般的に雑魚と呼ばれる魔物類のレベルがおおよそ1~5。

 ビギナークラスの冒険者の平均レベルが10より少し上程度。

 レベル20程度の魔物になると、一般人の手に完全に負えない。そうした魔物を狩るミディアムクラスは平均30前後で、ベテランクラス昇格の目安がおおよそ40を越えた辺りと言われている。

 そこから更に魔王軍幹部は平均60程度からそれ以上のレベルを持ち、魔王は100相当であるというのがこの世界の強さの尺度の常識だ。


 そして今しがたレンヤが倒すと言った男のレベルは――120。フェオたちからすれば文字通り桁が違う。イング、ガブリエルが信じられないと叫ぶ。


「120……はぁ!? 120ゥ!?」

「んな馬鹿な、そんなもん人間の限界を超えてらぁ!!」

「だから、超えてるんですよあの人は!!」


 一般的に、人間のレベルの限界は常人が鍛えに鍛えて50程度で、才能があれば60を超えるとされている。それ以上になりづらいのは、戦いの中での死のリスクが足枷になるからだ。


 英雄の領域に踏み込んだ冒険者の多くがアデプトクラスという特殊なランクによってレベルを秘匿されるので、ハジメのレベルは世間に知られていない。稀に常軌を逸した偉業を達成することによってある程度ばれることはあるが、ハジメは国王に疎まれている為に偉業の数々を「国に混乱を招く」と十三円卓の工作で秘匿されていた。


 だから、世間一般の人々はハジメが強いことは知っているが、レベル的には70だ、80だ、いや90だと二桁まででしか想像していないだろう。

 最初こそ絶句したレンヤだが、それでも納得がいかないのか異を唱える。


「魔物とのレベル差ならともかく、人間のレベル差は作戦や技量である程度は覆せるだろ!! 魔法を織り交ぜればいい! 僕だって魔法剣士のジョブは経ているし、レヴァンナさんも君も相当な魔法の使い手だし、やれる筈だ!!」

「やれませんよ!! あの人は剣術も魔法も絡め手も、あらゆるジョブを経験してるんですよ!? 下手したら魔法の実力の方が異次元なくらいです!!」


 彼の自称弟子であるシオと共に教導を受けたことがあるからこそ分かる、彼の異常な魔法の実力。シオはフェオ以上に魔法に打ち込んでいる為に、フェオ以上に彼の魔法運用の凄まじさをつぶさに分析している。その分析結果を見せて貰ったとき、フェオはハジメが一人で積み重ねてきた魔法運用理論の緻密さに感嘆の声を漏らしたものだ。

 そして、ついこの間に起きたハジメによる地形破壊騒動。

 本人は魔法の誤射だと言っていたが、その攻撃範囲はフェオの村を全て消し飛ばしてもおつりが来るほどの破壊の痕跡を残していた。


 レンヤは分かっているのか、分かっていないのか、或いは分からないでいたいのか。問題はシンプルなのだ。ごくシンプルに――。


「ハジメさんには、欠点がないんです……」

「じゃあ君はどうしろって言うんだ!?」

「……ハジメさんがギリギリ突破出来る程度に手加減してくれることを信じてそこのオークの案に乗るか、レヴァンナさんと共にギルドに確認をとって無理そうなら諦めるか……」

「ここまできて諦めるなんてあり得ないだろ!? ベテランクラスになりたくないのか、君は!?」

「なりたいに決まってるでしょッ!! でも、でも……!!」


 もっと試験に受かる方向で考えるべきなことくらい理解している。

 しかし真面目に突破を考えれば考える程に、壁の大きさと分厚さを感じるばかりだ。


「どんなに足掻いても追いつけないくらい、ハジメさんは強いんです!! 強すぎるんですッ!! 十数年間もたった一人で戦いの最前線を切り抜けてきた孤独は、あの人を単独で全てを解決出来る域まで押し上げてしまったんですッ!! なんで……なんでそんなに強くなっちゃったんですか、ハジメさん……!!」


 感情の行き場をなくし、フェオは衝動的に地団駄を踏む。


 ハジメの強さは、孤独の量だ。

 彼が孤独であった時間の蓄積が、彼を今の域まで練り上げた。

 どこかで折れて誰かを頼れば、今ほど強くはならなかった。

 そして、代わりにもっと大切で人にとって必要なものを得られた筈だ。


 フェオの慟哭にその場の全員が戸惑っていた。

 そんな風に周囲を困らせるほど感情を剥き出しにした自分が、情けなくなった。


「……ごめんなさい、本筋から逸れました。私は……確かにハジメさんに私情を抱いているのかもしれません。皆さんの決定に従います」


 話し合いはその後数分続いたが、ヨモギを護送するのに最も適していると目されるレヴァンナが徹底して交戦を拒む姿勢を見せたことで話は難航。とうとうレヴァンナが「戦うくらいなら昇格試験に受からなくていい」とまで言い出したところでレンヤの堪忍袋の緒が切れた。


「そんなに戦いたくないならもう一人で確認を取ってくればいい!! でもね、これはチーム戦だ!! 君個人の理由で君だけ棄権は認められないことをよく覚えておくんだねッ!!」

「五月蠅い、口だけ勇ましいイキリ野郎!! そうやって自己犠牲に浸って勇ましく戦って勝手に無駄死にしてろッ!!」

「おいレンヤ、その辺に……」

「レヴァンナさんもそこまでに……」


 売り言葉に買い言葉。

 どちらも酷く互いを罵り合い、二人の意見は完全に決裂した。


 結局、フェオがヨモギを抱えて移動し、他の全員が二人をハジメから守るというガブリエル案が採用された。唯でさえ勝率の低い戦いなのに戦力が一人抜け、先ほどの喧嘩のせいか士気も低かった。


 竜の翼を広げて早々に来た道を引き返すレヴァンナの背を見て、フェオは今更ながら何故彼女があそこまで強硬に交戦を拒否したのか疑問に思った。そして、彼女のことを何も知らない自分に気付き、もう少し深い会話をしておけばこうはならなかったのかもしれないと後悔した。

([∩∩])<死にたいらしいな

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ