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第二試験の結果を纏めるオルトリンドは驚いていた。
(凄い、フェオちゃん。第二試験の成績トップだわ)
試験に参加した冒険者たちが感じていたとおり、第二試験は冒険者各々の能力の限界を見極める試験だった。フェオ以外の多くの冒険者がギリギリのクリアであり、中には数名の失格者や棄権者も出ている。
そんな中で、フェオは全てのミッションをクリアした上で全参加者中最速のタイムでゴールを果たしている。最速と言っても他の冒険者に比べて異常に早かった訳ではないが、他のゴールが早かった冒険者の多くがミッションを途中放棄していることを考えると評価に値する。
(成績二位の勇者レンヤも流石だけど、彼と差がついたのはやはり協調性か……)
実は、レンヤも全ミッションをクリアかつタイムに多少余裕を持ったゴールだった。ゴール時の体力等を考慮すればレンヤの方が若干評価が高いくらいだ。なのにフェオに逆転を許したのは、彼に『加点』がなかったからだ。
今回の試験、前衛ではない冒険者はミッション達成が困難なので圧倒的不利に見えるが、実際には違う。ギルドはそうした人物に敢えて達成できないミッションを出し、取捨選択が早い段階で出来ている相手に加点するなどしてバランスを取っていた。
その中で、後に続く冒険者のための行動が出来ているかという点でフェオは加点があったが、レンヤはそれが一切なかったことが明暗を分けた。
ちなみに加点量がトップだったのは、後衛組をギリギリまで護衛したせいでゴール時間が最も遅かったガブリエルだ。
それぞれの冒険者の特色が出ている結果だ、と思いながら書類を整理していたオルトリンドの視線が、一人の冒険者の結果に留まる。
(竜人のレヴァンナ……メンタル面での不安は杞憂だったのかしら)
第一試験で少々不安な部分が垣間見えたレヴァンナだが、結果を見れば成績は三位と好調だ。レンヤと同じく助け合い関連の加点がゼロなのは、彼女が空を飛べるために助け合いの余地が少ないゴール地点が設定されたのも大きいだろう。
しかし、彼女については少々不審点がある。
第一試験の後に彼女を調べたとき、その不審点が発覚した。
竜人という種族はほぼ例外なくバランギア竜皇国の出身である。
しかし、レヴァンナはバランギア竜皇国に国籍を持たない。
それどころか両親不明、幼少期の情報も自己申告以外不明、冒険者になる以前の全ての情報が不明。彼女の経歴は謎だらけだった。
この世界には、時折こういう人間がいる。
実の所、ルシュリア王女の直属の部下にもそういうのがおり、友人コトハとよく行動を共にするブリットという男もそうらしい。
(ということは、この女性にも何か秘めたる力があるのでしょうか……)
これ以上憶測で考えても仕方ないと感じたオルトリンドは書類を纏め終える。
次の試験は、ギルド側からしても前例のない試みをするという。
実は第一試験と第二試験の二つで、既にベテランクラスの要項はほぼ確認し終えている。第三試験はクリアできなくてもベテランクラス昇格は決まっているのだ。それでもギルドが第三試験を用意したのには理由がある。
ギルドは今回、不正なクラス昇格を防ぐために外部のチェックを入れた。
そして、念には念を入れて現場の人間にもチェックして貰うことにしたのだ。
この試みが上手くいくようなら、今後も同じ機会が試験に設けられることになる。
その内容は――。
◇ ◆
試験終了後、ギルドが貸し切った宿で休息を取る昇格試験参加者達。
その中にあって、一人落ち込んでいる少女の姿があった。
テーブルに突っ伏してしとしと涙を流す少女の名は、フェオ。
エメラルド譲歩交渉に敗れし者である。
「エメラルド……私の特大エメラルドが……」
流石はクオンの目の前でクリスタルリザードを殺した強欲の権化、などと揶揄えば本気で怒られること請け合いだが、彼女は本気で交渉して敗れた。ギルド職員から失笑され、深く傷ついた彼女は周囲に慰められている。
主に慰めているのはレヴァンナと、勇者一行の一人であるヨモギだ。
「ギルドもそれくらいまけてくれればいいのにね。甲子園の砂持って帰るみたいにさ」
コーシエンって何? と周囲の何人かは疑問に思ったが、バランギア竜皇国特有の何かだろうと誰も追及しなかった。言った本人は一瞬「しまった」という顔をしたが、フェオは変わらず落ち込んだままだった。
ヨモギが必死に慰める。
「こ、この試験が終わったら一緒に鉱石掘りに行きましょうよ! きっと凄いのが出てきますって!」
「そうそう! 私、穴場知ってるから!」
「制限時間内で、凄く苦労したんです……思い出の一品なんです……」
暫く立ち直れずにめそめそしたフェオだったが、いい加減周囲に気を遣わせているのが申し訳ない気持ちになって割り切る。
全員疲れていたが、試験を駆け抜けた興奮が冷めきらずにだらだらと会話する。
その中で、自然と勇者レンヤとヨモギの話になった。
時の人である勇者と美少女神官のヨモギは如何にして行動を共にすることになったのか。勇者一行に聖職者が同行するのは歴史的に見てもよくある話だが、ヨモギは物語の登場人物ではなく今を生きる人間だ。馴れ初めには当然興味が湧く。
ヨモギが語ったのは、なんというか、まさに勇者という感じのストーリーだった。
元々ヨモギは冒険者ではなく、教会の人間だった。
しかしあるとき彼女のいた地域で魔王軍による人攫いが発生。世間知らずだったヨモギは無謀にも魔物相手に説得しようとして、他の人同様捕まってしまったらしい。神への祈りは無駄だったのか、世界はこんなに無情に満ちていたのか――様々なことを考えながら牢屋に運ばれた彼女は、そこで勇者レンヤに出会ったという。
「レンヤさんはそのとき既にイングさんという仲間がいたのですが、敵の本拠地を割り出せないために敢えて自ら捕まり、イングさんに自身を追わせることで本拠地を割り出す作戦をしていたそうです」
そうとは知らないヨモギは、閉じ込められている不安感もあってか同じ牢屋に入れられたレンヤに不安な胸中を吐露したという。
「当時の私は理想主義者でした。慈愛と祈りで世界を変えられると思っていて、なのにどうしようもない現状を目の当たりにして心が折れかけていました。どうしようもなく世間知らずだったんです」
そんなヨモギに対し、レンヤはこう言ったという。
『みんなで助け合って笑い合える世の中を望むのも、平和への祈りも、凄くいいことだと思う。でもさ。それってやっぱり、それを邪魔する誰かがいるからこそ生まれる望みだと思うんだ。だからこそ僕は剣を取る。願いを潰えさせるために暴力を行使する連中から、君のような人を守る為に』
『でも、勇者様。それでは暴力で物事を解決する魔王軍と我々、何が違うのでしょうか』
『同じかもしれない。でも僕が剣を取らなければ無念の内に傷つき倒れていく人を助けられない。勇者云々以前に、僕はそうして泣く人のために行動せずにはいられないんだ』
ヨモギはそこに彼の強い義心と、戦うことの意味を感じた。
気付けば、ヨモギは彼と行動を共にしたいと申し出ていたという。
「……それ以来ですね。本当に強い人です。でも強すぎて無茶をしちゃうので、そういうときは私が助けます」
ヨモギの表情には、ただ助け合う仲間や尊敬しているという以上の感情が見える気がする。きっとレンヤのことを好きなんだろうな、と、フェオは思った。だからこそ、自分とハジメの出会いを思い出してため息をついた。
「私もそんなロマンチックな出会いだったらなぁ」
「あら、フェオちゃんもしかして」
「うー……誰かは言いませんよ! 言いませんけどまぁ、好きな人はいます。正直言って第一印象はかなり悪かったのに、まさかここまで好きになっちゃうとは思ってなかった人です」
気付けばヨモギもレヴァンナもこちらに話を促すような目をしていたので、言ってしまったものは仕方ないと簡潔に話をする。
「その人は冒険者で、ある依頼を出してました。で、私がそれを請けて二人で仕事をすることになったんですけど……とにかく無愛想というか、人付き合いしないタイプというか、最初はとんでもなくやりづらかったんですよねぇ」
「第一印象最悪だったはずの人と急接近! これもお約束の一つよね!」
「それで、どうなったんでしょうか!」
ヨモギはさっきまでおしとやかそうだったのに今や一番身を乗り出している。そんなところがまた可愛らしくもあり、勇者レンヤもこんな子に想われて幸せ者だなと感じる。
「印象は悪かったんですけど、本当は凄く優しい人だなと後で思ったんです。でもちょっと話をしているうちにそれも若干違うなと思い直して……なんというか、あの人は自己評価が果てしなく低いからあんな風な態度だったんだと気付かされたんです」
自分の命というものに全く価値を見いださないから、他の命を優先する。
ハジメは、人を殺めるような狂人とは真逆の方向に狂っていた。
「本当は人に愛されるだけの優しさを持っているのに自分をそんな風に思っていることが悲しくて、寂しくて……それからですかね、この人を放っておけないなって思ったのは」
「分かります、それ! レンヤさんも他人を優先しすぎて自分が傷つくことを厭わないところがあって、心ない人から謂れのないそしりを受けたりとかしたときのレンヤさんの背中は正直見てられないです……」
「あはは、あの人は勇者とは似ても似つかないと勝手に思ってたけど、そんな共通項あったんだ?」
「二人ともいいなぁ。私なんてモテないからさぁ。二人と同じくらい夢中にさせてくれる男いないかなぁ」
レヴァンナが愚痴と共にため息をつく。
確かに竜人は近寄りがたいかもしれないが、それにしてもレヴァンナは強くて美人なのでモテないというのは意外だ。或いは彼女の好みのハードルが高いのかもしれない。フェオはそんなことを思いつつ――。
「あ、うちの人には手出し禁止ですよ」
気付けばさらっと釘を刺してしまい、周囲から「ベタボレじゃん」と笑われて恥じらう羽目に陥るのであった。
今頃ハジメは何をしているだろうか。
周囲に迷惑を掛けていないだろうか。
あるいは自分の試験合格祝いの準備なんかしてくれていたら嬉しいな、とフェオは思った。
――翌日に待つ、史上最難関の最終試験の内容も知らずに。
([∩∩])<遊びは終わりだ




