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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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22-5

 アストレイシープの討伐目標を達成したフェオは、その後の行動計画を見直す。

 討伐での魔力消費が激しかったことと明日からは移動しっぱなしになることを鑑みて、彼女は日が暮れるまでは移動して夜は早め休憩を取ることにした。

 初日に目標を二つ達成して時間には余裕が出来た筈だし、夜の森は魔物のテリトリーでリスクも高い。行って行けないとは思わないがここは大事を取るべきだろう。


 野営場所にて森で調達した食材と少量の非常食を利用してちょっとした料理を作ったフェオは、それを食べながら今日のことを思い出す。


 自分は、格段に強くなっている。

 ハジメが教えてくれた立ち回りのテクニックも、弟子忍者たちとの交流も、森と融合した町を作るという夢を追いかけ続けたからこその邂逅と会得だろう。そのことを考えると、やはり自分は正しい道を歩んでいるという安心感を得られた。


「……っと、油断禁物! 調子に乗ったらすぐ負ける!」


 これはサンドラがベニザクラとの訓練中にフェオの頭によく浮かぶ台詞で、実際「あ、サンドラちゃん調子に乗ってるな」って思ったときはすぐ負ける。


 ふと、フェオは今頃レヴァンナは何をしているのだろう、と思う。

 竜人は空を飛べるので案外今頃誰よりもリードしているかもしれない。

 しかし、その分彼女に割り振られたミッションは難しかった気がする。


「第三試験でまた会えるかな……プレッシャーには弱いのかもしれないけど遺跡内では結構積極的だったし、いざとなればやれる人なんだろうなぁ」


 終わったら村に住んでみないか誘ってみよう。

 ぼんやりそんなことを考えつつ、フェオは夜を明かした。


  翌日、体力も魔力も問題なく回復したフェオは三つ目のミッション、鉱石採取に向かう。

 フェオが指定された鉱石はエメラルド。

 風属性の加護を持つとされるなかなかの稀少鉱石だ。


 鉱石採取は下手をすると一日かかりかねない。目標までの距離と不足の事態を考慮しても、かけられるのは半日が限界だろう。洞窟を前にフェオはひとつため息をつく。


(鉱石掘りの基礎くらいは一応知ってるけど、自信ないなぁ)


 異能の力でどんな固い岩盤も平気で削ってしまうショージに教わった内容なのであまり役立たないかもしれない。森では強いフェオだが、鉱石採取のために潜る洞窟内ではそのカンは働かない。


(探知、索敵、横穴注意、崩落注意……念のため、囮にゴーレムでも使おう)


 鉱石が採取できる洞窟に入る前に、錬金術でいくつかのアースゴーレムを作っておく。

 ゴーレムは作る際に込めた魔力が多いほど長続きするが、性能を追求するほど内蔵魔力の消費も多くなり、魔力を補充しなければそのまま動かぬ無機物に戻る。


 今回のゴーレムの役割は囮なので、移動速度以外の性能は低くする。

 ヒヒに教わったのだが、骨格に代わるパーツを組み込めばより低燃費になるらしい。なのでその辺で拾った太い枝を骨格代わりにする。骨格がないと魔力で支える割合が増えてしまうのが燃費に関係しているそうだが、混ぜすぎるとそれはそれで魔力の通りが悪くなるので、アースゴーレムの場合は木の枝を混ぜる程度で充分らしい。


 出来上がったアースゴーレムは、見た目には普段と違いがないが、土オンリーより高性能である。


「出発進行っと」


 支給品のランタンを持ち、フェオは洞窟に突入した。

 どこにあるか全く見当も付かないものを探すとき、盗賊ジョブを経た人間にはダウジングスキルを使うという選択肢がある。だがダウジングの精度はコイントスより多少マシ程度のもので、どこまで行っても確率の壁を抜けられない。ダウジングに使う道具もないので最初から除外だ。


 となると、後のアテは採掘の痕跡のみだ。


(ショージさんが言ってたっけ。掘られた痕を見るといいって)


 曰く、採掘者はあくまで必要な鉱石を必要な数だけ掘るのが普通なので、採掘時に岩盤から露出した鉱石を全て回収することは少ないらしい。なので、露出した鉱石が何なのかを見ればそこが当たりか外れか、ある程度判別出来るのだそうだ。


 全く手つかずだったらどうしようかとも思ったが、予想は悪い方向に外れる。

 採掘の痕が思った以上に多く、しかも深く掘られているのだ。

 やはりと言うべきか、採掘は難航した。


(強くはないけど油断するとすぐ接敵する魔物達……狭い坑道……体力は別として、精神的に疲れる!)


 囮になったことで破壊されたゴーレムに再度錬金術をかけて復活させつつ、フェオは水筒の水を飲んだ。既に洞窟に入ってから大分経ったが、時間感覚も少しおかしくなってきた。


「ミッション制覇ならずかぁ……」


 どっと出た精神的な疲れから思わず独り言を漏らし、フェオは寝転がる。

 そして、今まで見えていなかった天井に光る鉱石を見つけ、思わず跳ねるように飛び起きた。


「ペリドット!!」


 ペリドットは、エメラルドには劣るが風の力を帯びた宝石で、ペリドットがある場所ではエメラルドもあることが多い。まさか天井の方にあるとは思っていなかったフェオは即座に錬金術で足場を作り、採掘に向かう。


 ……ちなみにペリドットとエメラルドは見た目こそちょっと似てるが全く違う元素で構成された宝石なので、現実世界だと「なにその謎理論?」と鼻で笑われると思われる。そして異世界ではそれが世の理なのでマジレスした転生者たちは異世界人に鼻で笑われてきた。


 真上への掘り進めにフェオはしばし悪戦苦闘したが、やがて遂に目当ての宝石が天井から落ちてきた。エメラルドだ。それもかなり大きい。


 目に鮮やかな翠色の輝石からは風の魔力だけでなく目を惹きつける根源的な美しさを感じる。加工すればその輝きは更に増し、更なる美を見せつけてくれるだろう。

 フェオはしばしそれを感動の目で見つめ、そして頬ずりし、はっとする。


「ミッション対象のアイテムって提出したらギルドに持って行かれるのかな!? いやだー! こんなに苦労して手に入れた高く売れそうな宝石なのにぃぃぃーーーー!!」


 金の亡者フェオ、しばしこの宝石を敢えて提出せずに持ち帰るかどうか真剣に画策する。

 しかしこれはギルドの私有地で産出されたものだし、ミッションを依頼と考えるならば受け取る権利はギルド側にある。散々考えた末、フェオは原石であれば多少高い金をだしても買い取って、トリプルブイに加工して貰って売り出せば元は取れるかもしれないなどと考え始めるのであった。


 洞窟を出たフェオは、久方ぶりに感じる太陽のまばゆさに目を覆う。

 ゴーレムたちも役目を終え、今度こそ土に還る。

 ただ、想定していたより日の傾きが大きい。

 欲を出しすぎたか、とフェオは内心自省する。


 と、洞窟に近づく影を見つけたフェオはそれに手を振ろうとし、「げっ」と嫌そうな声を漏らす。

 近づいてきた大きな影も、フェオの顔を見るなり「うわっ」と嫌そうな顔をした。


「何かここに用事でも? ガブリエルさん」

「ミッションの為ですよ、フェオさん」


 互いに顔に貼り付けたようなスマイルで他人行儀な会話。

 そう、フェオとガブリエルはとにかく仲が悪いのだ。

 これはオークとエルフという二つの種族に跨がる問題でもあるが、二人は共通の知り合いであるハジメとの付き合いを通じて更に互いを嫌うようになっていた。


 フェオからすれば、ガブリエルはハジメをしつこく悪の道に引き込もうとする有害因子。

 ガブリエルからすれば、フェオはハジメの優しさに付けいって我が儘放題に振る舞う悪女。


 流石に試験中ということもあって罵倒合戦は始まらなかったが、ガブリエルに護衛される形でここまで来たらしい数人の冒険者はこの険悪な空気を肌で感じたのか不安げだ。


「私はもうミッション三つクリアしましたけど、ガブリエルさんは何個目ですか?」

「俺ぁちゃんとミッションを取捨選択した上で一つクリアしたぜ。誰かと違って守るべき人がいるしなぁ」

「あら、羨ましいですねぇ。守る相手が女性ばかりで余計に気合いが入っているように見えますよ」

「まぁ、自分のことしか考えないで動くようなことは俺には恥ずかしくて出来ないんでな」


 一瞬でギッスギス剥き出しな空気に包まれる周囲。試験だから喧嘩しないのは結構だが、この状況はある意味喧嘩をしている以上に空気が険悪である。しかも互いに自分は下手に出て我慢している方だと思っているから余計にタチが悪い。


 しかし、流石に互いにこれ以上会話をしてもいいことはないというのは理性で分かっている。これ以上ヒートアップしないように、二人の会話は自然と終わりの方向へ向かったが、別れる前にフェオはふと立ち止まって懐から紙を取り出した。


「これ、あげます。さっきマッピングした洞窟の地図です」


 ガブリエルは少し驚き、若干触りたくなさそうに指を彷徨わせる。すると、この空気の悪さから逃れたいためかガブリエルの後ろにいた少女が代わりにそれを受け取った。勇者一行のヨモギという少女だ。


「あ、あの……いいんですか?」

「どうせ私はもう使いませんし、わざわざここに来たってことはミッションがあるんでしょ? 完全なマッピングとは言い難いけどないよりはいいかと思って。じゃあね!」

「待て」


 ガブリエルが、作り笑いをやめた顔で待ったをかける。


「……何か?」

「ここから西に移動するなら、山沿いのルートはおすすめしない。狼が丁度その辺りをナワバリにしてて、しかも狡猾だ。俺たちも少し苦戦した」


 突然の真っ当な助言に、今度はフェオが驚いた。

 周囲が否定しないので本当なのだろう。

 フェオはここまで山沿いを通らなかったし、これから通ろうと思っていたので貴重な助言だ。フェオがなんと返事するか迷っていると、ガブリエルはこちらに背を向けて洞窟に向かう。


「……『エルフに借りは作るな』。オークの慣わしだ。それに貰っておいて返さないとなるとケツの収まりが悪い」

「オークらしい品のない喩えですね」

「ンだとゴルァァッ!!」

「でも感謝します。私もオークに貸しは作りたくないので、これで貸し借りなしですね」


 振り返って怒鳴るガブリエルにそれだけ告げて、フェオは目標地点に向けて駆け出した。なるべく山沿いを避けながら、あのオークも決して根っから邪悪な訳ではないのだなと意外に思いながら。


 その後、フェオはゴールまでの計画を思案した。

 肉体には疲労が溜まっているが、戦いで集中力を維持出来ないほどでもない。

 念を入れて休むことも視野にいれつつつ行き先の道を確認したフェオだったが、ここで彼女は徹夜で行軍することを選ぶ決断をした。


 理由は、ゴールまでの道のりが予想を遙かに超えて険しかったからだ。


 駆ける、駆ける、森を駆ける。


(高所から見たときは分かりづらかったけど、この辺って思った以上に崖が多い!!)


 森の木を伝ってちょっとした崖を突破したフェオだが、ここまでの間にクライミングが必要なレベルの崖に二つも遭遇している。山沿いの方が傾斜がマシなのだが、山沿いはガブリエルの助言通り狼が目を光らせており苦戦は必至だし、落石のリスクも高そうだった。


 見たところ険しいエリアを抜ければあとはそれほど酷くはなさそうだが、ここで時間は掛けたくない。体が温まっているうちに難所を突破してから休憩しないと間に合わないかもしれない。いや、下手をすると今後ゴールまで休憩はないかもしれなかった。


 夜の魔物はその多くが活性化する。

 木々の上を伝うフェオに空中で攻撃を仕掛けようとする蜘蛛などの魔物達が追ってくる。木々の合間を縫い、時には地上から飛び上がって接近してくる魔物もいる。

 フェオはそれらをギリギリまで引きつけた上で、魔法を発動する。


「スパークチャージブロウ!!」


 電気と風の二属性を織り込んだ中級魔法、スパークチャージブロウが炸裂し、炸裂する風に乗って放たれた放電に周囲の魔物が為す術なく吹き飛ばされる。


 最近習得した魔法であるこの魔法は、空気の塊に雷属性の力を込めて放つものだ。空気の塊が弾けると凄まじい突風と放電が周囲に浴びせられる。弱い魔物はその一撃で死に絶え、耐えた魔物も電気と風のダブルパンチですぐには立ち直れないという魔法だ。燃費はいいとは言えないが、フェオはここは無茶する場面だと思いながらエーテルポーションを飲み干す。


 さっきからフェオは自分に追い縋る敵をギリギリまで集めては、追いつかれる前にチャージブロウで吹き飛ばしてを繰り返すことで移動速度を維持している。あちこちから接近する魔物に対して個別に対応していてはキリがないし効率が悪いので、敢えてこの方法をとった。


 燃費で言えばボルテージネットの方がいいのかもしれないが、魔物の中には電気属性がそれほど有効ではない存在も少なくない。燃費が悪くとも二重の属性で攻撃出来るチャージブロウの方が安全だ。


 これほど全力で駆けているのは、多分ハジメの『攻性魂殻アスラガイスト』相手に特訓して以来だろう。肺が内側から引っ張られるような苦痛はあったが、それはあるときから消え失せ、今はただ体を前に動かせという意思が肉体を引っ張る。


 フェオはあのハジメとの特訓で、自分の本当の限界というものを知った。だから、たとえいま全身が消耗していても、それはまだ限界と言えるものではないことを正しく理解できている。魔力の計算も考慮して、自分ならば出来ると自然に信じることが出来る。


「このまま、ゴールまで突っ切ってやるんだからぁッ!!」


 フェオは夜の闇を走った。

 夜が明け、太陽が見えても走った。

 気付けば地形は緩やかになっていたが、代わりに魔物との遭遇率は上がっていく。フェオはそれらの気配に、感知や索敵とはまた違った意味で敏感になっていた。魔物の一挙手一投足から、何となく相手が何を狙っているのか読めるようになってきた。


 フェオは正面から突っ込んでくる魔物に目眩ましの魔法を放ち、その背を駆けて空中から迫る鳥の魔物をルーンエッジで切り裂き、着地の瞬間に足場に広域魔法を叩き込んで魔物の脚を鈍らせることで窮地を瞬時に突破した。


 疲労も相当蓄積してきた。

 だが、今止まるともういちど立ち上がる時の力が足りなくなるかもしれない。

 これは窮地に陥った冒険者がどうするかの試験だ。

 フェオは自分に甘えを許す気はなかった。


 やがて、ゴール地点が見える。

 しかし、ゴールを遮るように魔物の巨体が立ち塞がる。

 

『ゴアアアアアアアアアッ!!』


 魔物の名は、ヒュージストベア。

 種として世界最大級の熊の魔物で、立ち上がればその全高は家ほどの高さとなる。しかしフェオはその魔物を脅威とは感じない。走りながら即座に弓を構えたフェオは、大地をスライディングしながらサンダーエンチャントを施した弓技を叩き込む。


「邪魔だぁぁッ!!」


 フェオがこの過酷な森を駆け抜けたことで得た新たなスキル。

 放つは敵を抉る八連続の大蛇の顎門。


「八岐連顎ッ!!」


 瞬間、大気を抉る轟音と迸る紫電の矢が八連続でヒュージストベアの全身に叩き込まれた。矢の一つ一つが爆ぜるような衝撃と雷を撒き散らし、ヒュージストベアの強固な肉体を慈悲なく抉ってゆく。


『ギャアアアアアアッ!?』


 容赦なく次々に破壊されていく激痛に、ヒュージストベアは絶叫する。

 そのままフェオにスライディングで股ぐらを通り抜けられたヒュージストベアは、歩く力すら失って倒れ伏し、大地を揺らす。そして、二度と立ち上がることはなかった。


 サンダーエンチャントを乗せたとはいえ、八岐連顎は弓スキルでも上位に位置する強力な技だ。それを遺憾なく振るったフェオは、勢いのまま指定場所に駆け込むと、暫く勢いのままぱたぱたと歩き続けた後に膝を突いて肩で息をした。


 現地で待っていたギルド職員と護衛冒険者が駆け寄ってくる。


「おめでとうございます、第二試験合格です!」

「やったぁ! でも……流石に、キツいぃ……」


 フェオはガッツポーズをしたかったが、一度気を抜いてしまったせいで疲労がどっと押し寄せ、暫く腕を上げられなかった。

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