22-4
相応に過酷だった第一試験の翌日、畳みかけるように過酷な第二試験が訪れる。
冒険者達が連れてこられたのは、山と森しか見当たらない原生の地だった。
「ギルドの指定した場所まで、今日から三日目の日没までの間に辿り着いて頂きます。なお、それに加えて三つのミッションを課しますが、これは必須ではありません。あくまで三日以内にゴールに辿り着くことを優先してください」
「な、三日……!? この指定場所、かなり遠いぞ!?」
「はい。しかし時間内に辿り着けない場合は失格とします。なお、試験をリタイアする場合はギルド支給の袋の中にリタイアを知らせる狼煙がありますので、そちらをご利用ください。ギルドが責任を持って救助いたします」
これには参加者もざわついた。
先日の試験が二日がかりだったために若干の疲労を隠せない者は特に表情を歪めており、第一試験で消耗の少なかったフェオとレヴァンナは結果的に有利になっているという不思議な状況だ。狙ってやった訳ではないのだがラッキーである。
ただ、この試験は助け合いの要素はそれほどないとフェオは予想している。何故なら、他人と歩調を合わせていては間に合わないくらい指定の場所が遠いのだ。移動速度に難のある人間は全てのミッションを無視しないと間に合わないかもしれない。
他の面子もそれには気付いているらしく、後方支援が得意な組は既に集合して話し合っている。逆に単独行動にも自身のある面々はやる気だ。目的地までには森が多いため、フェオもどちらかと言えばやる気が漲る側である。
そんなフェオの肩を、不安げなレヴァンナが掴む。
「ね、ねぇフェオちゃん……一緒に行かない?」
「もちろんいいですよ?」
レヴァンナの実力は既に見たし、移動速度でフェオに劣ることはないだろうと思ったフェオは了承し、早速ゴールへのルート取りを確認する。しかし、その時点で二人は重要なことに気付いた。
「あれ、ゴール地点とミッション内容が違う……?」
「ほんとだ……これじゃどうやっても途中から別れないと試験をパス出来ない!」
周囲も既にそのことに気付いたのか、試験管に質問したり自分の行き先に近い人間を探したりとせわしなくなる。それぞれが条件を突き合せて道を調べた結果、やはり多くのメンバーがゴール地点とミッション内容が異なることが判明した。
レンヤが全体を見回して呟く。
「途中まで同行できるルートの人もいるし、単独で突っ切らないといけなさそうな人もいますね。それも戦闘能力の高い人間や森に慣れている人間は特に難しいルートが設定されています。達成出来ないミッションや時間のかかるミッションを切り捨てる判断力も問われてるのかも知れません」
こうしてメンバーが次々にゴール地点までのルートを決める中で、レヴァンナとフェオは完全に通るルートが別れてしまった。レヴァンナが胃の辺りをさすりながら話をしたことのない人の元に近づいていくのを姿に少し不安を覚えながらも、フェオは自分の目標をしっかり達成することにした。
所持品には地図、コンパス、最低限の飲食物と消費アイテム。
どう計算しても三日間を耐え忍ぶには厳しいように見えるが、森の案内人たるフェオにとっては十分すぎるくらいだ。後は現地調達すればいいだけなのだから。
他の冒険者たちも一通り準備を終えたところで、頃合いを見計らったかのようにギルド職員が手を挙げる。
「では、試験を開始します! 以降は質問等は受け付けませんので、各々の判断で目的地を目指してください!」
(森の案内人の本気、見せたげる!!)
宣言と同時に、フェオは単独で森に目がけて駆け出した。
恐らくギルド管理の森にそこまで強い魔物はいないとフェオは予測する。
巨大な樹木が茂る原生の森であることは確かだが、人を寄せ付けないというよりは自然を保護するために外との繋がりを断ったという印象だ。移動しながら薬草や果物、キノコ等を手際よく採取しつつ魔物を避けて移動を続ける。
そんなフェオとほぼ同じ方角に向かっているのが、フェオと同じエルフのイングだ。彼とは第一ミッションの場所が近い為に同じ道を辿っている。自分と出身の違うエルフと会話する機会の少ないフェオは、彼との話で少しばかり盛り上がっていた。
「じゃあイングは純血エルフなんですか?」
「まぁな。尤も、レンヤに加勢するために里を抜けたからこれからははぐれ扱いかも知れないが」
最初はさん付けで呼んでいたイングだが、彼は自分に敬称を使われるのは居心地が悪い性格だったようなので呼び捨てにしている。
彼の里は魔王軍の侵攻を受けたのだが、掟のせいで反撃に出られない状況にあったらしい。それをレンヤたちが解決したことで、イングは恩返しに協力することにしたという。というのも、彼の里の人間はレンヤたちに問題を解決して貰ったくせに「外の人間がエルフの領域に近づいた」と文句まで垂れたそうだ。
なんというか、報われない勇者である。
「こっちもいい加減里の馬鹿野郎共のカビが生えた考え方に嫌気が差してたからな。それを期に里を離れて今はあいつの世話を焼いてるって訳だ」
上から目線で不遜に笑うイングだが、フェオは彼とレンヤが仲睦まじげに話しているのを何度か見かけたので関係は良好そうだ。それに、勇者一行のエルフの射手は弓の神器にも選ばれているという話なので、彼も大口を叩くだけの実力があるのだろう。
「にしても、都会育ちのエルフにしちゃやるな。俺の進行ペースに苦もなく付いてくるとは鍛えてるじゃないか」
「まぁ、森で失敗したり怖い思いしたことはないですね」
「弓の腕もいい。誰に習ったんだ?」
「お父さんが弓の名手で。あとはハジメさんにちょこちょこ」
その名前が出た途端、イングが眉間に皺を寄せる。
「フェオ、それはあの『死神ハジメ』か?」
「はい。ご近所さんなので。どうかしました?」
「……頼みがあるんだが、レンヤの前で死神ハジメの話はしないでくれるか? 禁句なんだよ」
彼の顔には不快感というよりは疲労感が色濃く出ていた。
「レンヤの奴、どうも死神ハジメのことが嫌いらしくてな。話が出るたびにやたら不機嫌になって、宥めるのがめんどくせぇのなんのって」
「それは、構いませんけど……きっとハジメさんの根も葉もない噂のせいで印象が悪いんだと思います。あの人は確かに変わった人ですけど、普通の人です」
勿論、ハジメは普通の人間とは口が裂けても言い難い。
しかしフェオはハジメを『そういう人間』として受け入れたので、フェオから見たら彼はれっきとした人間で、心の機微もある程度の良識もある普通の人だ。そこには親しい人とそうでない人の大きな認識の温度差があるが、フェオはそれには気付かなかった。
イングはその話をどう受け止めればいいのか分からず、曖昧に頷くだけだった。
「……ところでこれは個人的な好奇心だが、死神ハジメの弓の腕はどんなもんだ?」
「えーと……凄すぎてどう説明したら良いのか分からないです」
ハジメが弓スキルを外したところも敵を倒しそびれたところも、フェオは見たことがない。彼の全力の弓スキルについても破壊力が凄まじくて、どう表現すれば良いか分からない。記憶の糸を手繰ったフェオは、あっ、と思い出す。
「飛空軍団の長、つまり魔王軍幹部を倒したときは、相手のレンジ外から大技を立て続けに二回叩き込んで抵抗する間もなく倒してましたよ」
「……」
イングは自分の記憶にある魔王軍幹部を思い出したのか、自分が弓を握る手に視線を落とし、そして大きなため息をついた。
「成程、そりゃ確かに難しいな。そんな奴に弓を習ったなら強くもなるか……」
あれは色々と特殊な例です、と言おうかと思ったが、魔王軍幹部と相対したことのない身としては何も言えず、曖昧に頷いておくフェオだった。
それから暫くして、フェオとイングはそれぞれの目的地に向かうために別れた。
まず一つ目の目標を達成し、いい時間なので丁度良い場所で休憩する。
魔物が嫌う薬草が群生した場所で、近くに小川もあるのでキャンプには最適だ。
「ミッションその一、目当ての薬草ゲット。でも残る二つをどうするかな……」
フェオに残されたミッションは二つ。
一つは指定の鉱石の採取。
もう一つはこの周囲の地形に生息する魔物を三十匹仕留めること。
どちらも難しいという訳ではないが、時間がかかる。
フェオとしては全部条件を達成してゴールしたい所だが、特に鉱石採取は運が悪いと全く出ない。場所としては鉱石採取の方が近いが、少し遠回りすれば魔物を仕留めるルートにも乗れる。
しばし考えた後、フェオは遠回りのルートを選んだ。
「鉱石を最後に回そう。出なかったらすぐ諦めてゴールに向かえるし」
そうと決まれば、日が沈む前にもう少し進んでおきたい。
フェオはすっと立ち上がり、そういえばこの場所は後から別の冒険者が通るルートだと思い出す。
「……それくらいの時間は、あるか」
フェオはこの夜を明かすには丁度良い場所に後続の人がたどり着けるよう、周囲何カ所かにメッセージを書き残してからその場を去った。
◇ ◆
討伐対象の魔物はアストレイシープ。
群れで行動するため、討伐数30という数値は難しくはない。
しかし、草食の魔物であるアストレイシープはどちらかと言えば弱い魔物で、それ故に危機を感じるとすぐに逃げてしまう。家畜のモコモコした羊とは違って健脚で逃げ回る為、一網打尽にするには一工夫が必要だ。
フェオは気配を殺し、慎重に、アリが歩くより慎重にポジションに就く。
(タイミングは一瞬……これを使えば行ける筈)
フェオは様々な魔法の中でも雷系統を最も得意としている。
これに、ギルドからの支給品に各属性一つずつだけあったエンチャント薬を組み合わせて一撃で決める。独特の苦みをシロップとハーブで誤魔化した、お世辞にも美味しいとは言えない薬を一息に飲込んだフェオは、全身から溢れ出る属性の力を引き出す。
(範囲拡大、魔法連発も発動……!)
範囲拡大は魔法のサイズを大型化する魔法スキルで、魔法連発はその名の通り唱えた魔法を立て続けに連発するものだ。どちらも大勝負を仕掛ける時に使われる反面、魔力消費が激しくリスクも大きい。
特に魔法連発は連発してもあまり意味がなかったり効果の薄い魔法も多く、詠唱破棄の方が遙かに汎用性が高いとされている。しかし、フェオは詠唱破棄のデメリットである威力の減退を考慮し、敢えてこちらを選んだ。
アストレイシープの群れが近づく。
数は十分だが、射角的にまだ早い。
まだ、まだ、まだ。
フェオは忍者たちとの修行を思い出していた。
奇襲を仕掛ける時は焦ってはいけない。
最小の手間で最大効率が発揮出来る瞬間までの忍耐と、タイミングを逃さない決断力。そしてそれを悟らせないことこそが奇襲の極意、というのはライカゲの弟子忍者の中でも最も実戦経験のあるオロチの教えだ。
今回はそこに、ハジメに教わった魔法の技術も上乗せする。
「縛れ、電糸の網……ボルテージネットッ!!」
瞬間、フェオのルーンエッジが輝き、電気で構成された電流の網が立て続けに三発発射される。アストレイシープは突然の不意打ちに急いで逃げようとするが、既に発射された魔法の方が早かった。
『メ゛ェェエエエエエエッ!?』
ボルテージネットは命中した敵に電撃を浴びせる魔法で、効果範囲が広く相手の脚を止めやすい代わりに威力に乏しい。ネットの拘束時間も上手く当てても数秒程度で、下級の魔物にしか通じない。
しかし、エンチャントを付与していれば話は別だ。
フェオはボルテージネットの威力を上げる為にサンダーエンチャントの薬を使おうかと思っていたが、実際に使ったのはウォーターエンチャントだった。その理由は、水が電気の属性を向上させることによって別の効果をもたらせるからだ。
「よし、上手くいった!!」
小さくガッツポーズしながらフェオは弓を抜いてアストレイシープに向けて構える。
本来わずか数秒しか拘束されない筈のボルテージネットの衝撃からアストレイシープたちは抜け出せていない。それもそのはず、水属性エンチャントを重ねられたボルテージネットは命中すると相手を麻痺させる確率が格段に上がるのだ。
ちなみにこれを説明したときハジメは「厳密には純水は電気を通さないはずなんだが……魔力が混ざってると通るのか?」とよく分からないことを言っていた。水に電気が通るのは当たり前のことなのに、変なことを言うものだ。
同じ雷属性であっても、何でも水をエンチャントすれば麻痺率が上がる訳ではないらしいが、それはまだ詳しく聞いていない。最近は自称弟子のシオと共に面倒を見てくれるので、そのときだけ「師匠」と呼んで質問してみている。
ともかく、連発かつ効果範囲を拡大して麻痺率も上昇したボルテージネットは見事にアストレイシープを一斉麻痺に追い込めだ。あとは慌てず騒がず弓スキル『ショットフォール』による広域攻撃の餌食にしていく。
最後にもなると麻痺から逃れて逃げ出す者もいたが、既に高所を取っていたフェオからすれば的でしかない。
「ラスト一匹! シューティング!」
最後は必要最小限の弓スキル、シューティングによってアストレイシープを仕留める。僅か一分足らずでフェオは目標魔物の討伐を達成した。




