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(ちょっとへこむなぁ)
戦闘をレヴァンナに任せきりなことに複雑な感情を覚えるフェオ。
自分とて実力は充分に高めたつもりだったが、同じクラス帯でもここまで差異があるのは少し落ち込んだ。しかし、パーティを組む以上は役割分担と効率が大事である。くよくよしていないで気持ちを切り替えたフェオは気合いを入れ直す。
(私はレヴァンナさんとは違う形で貢献するしかないよね。ようし、やるぞ!)
まずは基本中の基本であるマッピング。
次に罠がないか、隠し部屋がないかの入念なチェック。
遺跡内のお宝を封じた宝箱の解錠。
ハジメと最初に仕事したときも、戦闘はハジメに任せきりだった。しかし今ではあの頃のように不満を覚えたりはしない。役割分担がしっかりしているからだ。
「それにしても、ギルド所有のダンジョンがあるなんて知りませんでした」
「確かに。でも考えてみたら今時この世界に未踏破ダンジョンなんてそんなに数はないから、完全に内部を把握しきれたダンジョンの一つや二つは抱えてても不思議じゃないのかも」
レヴァンナは畳んだ鉄扇の先端を額に当てながらそう言った。
この世界に存在するダンジョンは、神代か、その後のどこかの時代に誰かが作ったものが殆どだ。しかしそれらは増えるペースより暴かれるペースの方が圧倒的に速く、未発見のダンジョンを除けば未踏破ダンジョンは片手の指で数える程度しか残っていない。
フェオは遺跡の壁画や装飾をなるだけ特徴を捉えてスケッチする。
レヴァンナがそれを覗き込んで首を傾げた。
「絵描きが好きなの?」
「あはは、そうじゃないんですけど……このダンジョンっていつ頃にどんな人が作ったのかなって思いまして、建築様式が分りそうな装飾や壁画の内容をメモってるんです。あとで調べるにも手がかりが必要でしょ?」
村の大工と化したゴルドバッハとシルヴァーンから建築を学んでいるフェオは、少し発展して建築の歴史にもちょこちょこ手を出している。なので最近は古い建築物を見ると、その歴史を一度調べたい性分になってきていた。
ただ、レヴァンナとしては勉強熱心だとは思うが待つ時間が退屈なのか、少しつまらなそうな顔をしていた。
「描いてる間にもダンジョンを調べ回った方が効率いいんじゃない?」
「大丈夫ですって。試験の内容はダンジョンの情報を持ち帰れ、でしょ? ダンジョンの作られた時代が分るとダンジョン内でどんなものが見つかりやすいかとかまで分っちゃうのでいい情報になると思うんですよ!」
「えぇ? そうなの? 考えもしなかったなー……」
「受け売りですけどね、先輩冒険者の」
これは以前にハジメにたまたま聞いた話だ。
ダンジョンにも当時の流行といったものがあるらしく、それを知っていれば内部に存在する防衛機構やおおよその構造といったものをある程度予測可能らしい。そのときは流石ベテラン冒険者だと尊敬し、そしてそれほどの知識がありながらなんで偶に著しく頭のネジが外れたことを言うのだろうと疑問に思ったものだ。彼の頭のネジは何度締め直してもユルユルである。
ただ、流石に全てが順調とはいかなかった。
曲がり角を曲がったフェオは慌てて角の裏に引き返す。
「やば……見たことのないゴーレムがいます。滅茶苦茶大きいです……!」
「どれどれ? うわぁ、もしかしてアレってヘビーエレメントゴーレム……?」
確認したレヴァンナが顔を引き攣らせる。
そこには、相応に広い筈の通路を完全封鎖するほどのサイズの重厚なゴーレム、ヘビーエレメントゴーレムが鎮座していた。動く気配はまったくなく索敵にも感知にも引っかからない所を見るに、休止状態にあるようだ。
ヘビーエレメントゴーレムは神代に近い昔に製造されたと伝わるゴーレムで、この世界に存在するゴーレムの中で最強と言われている。遺跡やダンジョンの重要な場所に置かれる防衛機構なので近づいたり刺激しなければ攻撃してこないが、万一戦闘になれば鉄壁の防御力と魔法を応用した銃砲で攻撃してくるため、局所戦闘では魔王軍幹部並みに強いと噂されている。
フェオは即座にかぶりを振る。
「この道は一旦諦めましょう。下手に刺激すると起動してしまいます」
「でも、こういう危険を避けて冒険は出来ないじゃない? 今は動いてないし、先制攻撃を全力で叩き込めばいけるかも……」
レヴァンナも危険は承知だが、試験において敵を避けて通ることの是非に葛藤があるようだった。フェオもそう思わなくはないが、ここは反対意見を出す。
「この道の通路に強敵がいて、その種類もある程度分かるというのはダンジョン攻略では重要な情報の筈です。倒すにしても、たった二人で突発的に挑むのは危険だと思います」
「でもそれって、逃げて先延ばしにしてるだけじゃ……」
「態勢を立て直すだけですよ。それにほら、今回のこれは明確な目的がある訳ではなく、あくまで調査ですし。ね?」
真っ向から否定するのではなく、視点を変えてみることを提案するフェオ。レヴァンナは暫く考え込んだが、やがて了承した。
「……そうね。自分の力量を過信して突っ込んだって追求されるのもイヤだし。そうしましょう」
「はい。じゃあ一度引き返して、先ほど曲がらなかった道を確かめましょう」
二人はその後、隠し通路でお宝を見つけたり、意味ありげな碑文を見つけてメモしながらダンジョンを調べ回った。気付けばそろそろ引き返して良い時間になり、二人は頷き合って来た道を引き返した。帰り道では行きの際に気付かなかった発見もいくつかあり、時間の許す範囲で探ることにした。
こうして、最終的には遺跡探索を終えた面子が出入り口に集合。
遅刻した者はいなかったが、フェオ達以外のパーティは荒っぽい攻略をしていたのか少し疲れて見えた。
(あそこの二人組は随分楽な探索してたみたいだな)
(お高くとまった女達って感じだもんなぁ)
休息中、ひそひそと陰口が聞こえる。
レヴァンナが沈んだ顔をする。
「精一杯きちんとやったってのに。疲労感と成果が比例するとは限らないでしょうが……」
「最後に試験に受かればいいんですよ。ね?」
「うん……ありがと」
レヴァンナが甘えるようにフェオの伸ばした手を握る。
彼女はどうやら、思った以上に傷つきやすい心の持ち主らしい。
今は励ましてあげられるが、今後競争のような試験内容になった時に彼女が試験を完走出来るのかが少しだけ気にかかった。
◆ ◇
第一試験が終了し、ギルドは情報を整理する。
その整理された情報を纏める人物の中に、ギルドの人間ではない人物が一人混ざっていた。
その名はオルランド。
しかし、実はその本名はオルトリンドといい、いわゆる男装の麗人である。
彼女は今、ギルドの昇格試験が公正に行われているかを観察する外部の査察官の役割を担っている。今までそのようなことはなかったのだが、つい最近、レイザンという男が不正にベテランクラスに昇格していた事件があったために、念を押して呼ばれていたのだ。
ちなみにこのレイザンの不正を暴いて逮捕に漕ぎ着けるきっかけとなった冒険者ハジメは、オルトリンドの義理の兄に当たる。そしてハジメが面倒を見ている冒険者が今回の試験に二人参加しているのだから、不思議な縁である。
オルトリンドは至極真面目な顔で資料を精査する。
兄に対してはデロッデロに甘え散らかすオルトリンドだが、仕事では手を抜かないしフェオとガブリエルの評価を甘くする気もない。その上で、思う。
(フェオちゃん……ぜんっぜん悪い子じゃないのは分かるしお兄ちゃんのことを沢山気にかけてくれてるのは嬉しいけど、私よりお兄ちゃんに甘える機会が多いことだけは妬ましいわッ!!)
この妹、駄目なようである。
それはさておき、評価だ。
(一番目立つのはやはり勇者レンヤとその仲間か……誰よりも深い場所まで潜り、魔物も危なげなく撃破し、隠し通路の類も一通り看破してる)
これだけハイペースで進めば後半で失速したり、熱中しすぎて撤退のタイミングを誤ることが多いが、彼らはそうはならなかった。序盤のリーダー選びで少々揉めたのが強いて言えばマイナス点だが、総合して非常に高い評価を叩き出している。
続いて視線を落としたのは、今回の試験で唯一のオークであるガブリエルだ。
(お兄ちゃんを悪の道に引きずり込もうとする不逞の輩と噂されるガブリエルも、評価は高いですね。ああ見えて気配りが出来ています)
ガブリエルはレンヤほど高レベルで仕事をこなしてはいないが、ダンジョン内での仲間へのフォローや進行ペースの調整、遭遇した敵の情報の詳細がレンヤを上回っている。少々戦闘に積極的な傾向が見られるの、欠点という程でもない程度だ。
(そしてフェオちゃん……うん、流石はしっかり者です)
フェオは戦闘での積極性こそ少々低いが、とにかく他のパーティに比べて見落としが少ないのが際立つ。迂闊な行動もほぼ見受けられなかったし、なにより遺跡の年代を調べるためにメモやスケッチを取っていたのがギルド側としては加点対象になっている。
人間関係の面でも、レンヤが他の面子と揉めた際に危なげなく事を収めたり、同僚冒険者を説得するのが上手いなど、コミュニケーション能力の高さが好印象だ。
他にも様々な冒険者がいたが、この三人ほどでなくとも比較的良好な結果を出している。
(しかし、次の試験は競争の要素があります。冒険者の過酷さが試される所です。果たしてこの試験でどう差が出るのかが気にかかる点ですね)
書類を整えて確認済みの印を押したオルトリンドは、ふと最終試験のことを思い出す。
今年の昇格試験、最終試験は前例のない難易度となっている。
余りの難易度の高さに途中で試験を投げ出す者がいるかもしれないとギルド側が考えるほどだ。これはギルドとしても試験的な試みで、無理矢理冒険者をふるい落とそうという意図のものではない。それに、もしこの試練を突破出来たら、今年のベテラン昇格者たちは一皮むけるだろう。
だからこそ、オルトリンドはフェオとパーティを組んだレヴァンナのメンタル面の不安が少しだけ気にかかっていた。




