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昇格試験当日、フェオは新調した装備に身を包んで試験に臨んでいた。
これは、事前にトリプルブイに「今の自分の実力に見合った装備を作って欲しい」とお願いして出来上がったものであり、エルフの好む緑を基調としながらもスカウタージョブのフェオに合わせて動きやすさを重視したものになっている。
(前の踊り子衣装のときはひらひらでしたけど、今回は一転してベルトやポケットも含めて実用的ですね。それでいて邪魔にならない範囲ギリギリまでお洒落に拘ってる感じ……職人だなぁ、あの人)
少々体のラインが目立つが、冒険者の装備でも防具や服は意外と露出が多いものが珍しくないので、気にする程でもない。むしろその中でギリギリまでファッション性に拘ったトリプルブイの拘りに感心してるくらいだ。
(既に何度か依頼で慣らしたし、これで簡単に後れは取らないんだから!)
フェオにとってこれはまさに勝負服だった。
昇格試験会場には、既に十数名の冒険者が集まっている。
中にはハジメを悪の道に誘う邪悪なオークのガブリエルもいる(※フェオの主観が濃く反映されています)が、それより目立つのは、なんと勇者一行がいることだ。魔王軍との戦いに追われて昇格試験を受けられなかった彼らは、今回の試験でベテラン昇格を目指すそうだ。
ヒューマンの勇者レンヤと、聖職者らしい清楚そうな少女ヨモギ、そして目つきが鋭いエルフの青年イング。実際にはあと数人パーティメンバーがいるそうだが、今回参加するのは彼らだけらしい。
(あれが勇者レンヤ……)
上等な装備に身を包んだ勇者は、フェオと殆ど同い年くらいだった。神器は持ってきていないようだが、それでも使い古された上質な武器を持っている。凜々しい顔をしているが、心なしか妙に張り詰めており、眉間の皺が濃い。
「……」
「そんなに眉間に皺寄せんなよ、レンヤ。たかが活動してるギルド支部が近いだけでそんなに張り詰めてもしょうがねえだろ」
「そうですよ、レンヤさん。ほら、深呼吸して……りらーっくす、ですよ」
「……ごめん、気を遣わせて」
仲間の二人はそんな彼の緊張をほぐすような言葉をかけているが、眉間の皺を見るにあまり響いていないようだ。
(なんか、怖い人。勇者の重圧のせいで心に余裕がないのかな)
他に気になる人といえば、この辺りで見かけるのは非常に珍しい『竜人』の女性くらいだろう。ドレスをイメージしつつも堅牢さを損なわない鎧に身を包み、竜人の証たる二本の螺旋のようにうねった角と頑強そうな尻尾を剥き出しにしている。堅牢でありながら翼を展開するために背中を露出しているのも竜人の特徴で、背に刻まれた入れ墨のような紋様は、竜人が念じると翼として展開される。
ただ、竜人は自分の種族こそ最強と言って憚らない傲慢不遜な性格の者が多いというのが一般的なイメージなのに対し、フェオの視線の先にいる竜人の女性はどこかソワソワした小市民的な精神性を感じた。
(竜人にもいろいろいる、ってことね。当たり前だけど)
そうこうしているうちに、ギルド職員によって第一試験の内容が発表される。
「第一試験は、指定の場所にあるダンジョンの調査です。全員で協力して遺跡に赴き、必要とあらば外敵を排除し、遺跡から可能な限りアイテムや情報を持ち帰ってください。なお、遺跡内部はギルドのマジックアイテムによって監視されています」
それは言外に、貢献度が低かったり他の冒険者任せでいる冒険者もギルドはしっかり見ているぞ、と告げる警告だった。地図が配られ、ここから転移陣と転移台を経由した地域に存在する、恐らく踏破済みダンジョンの場所が示されている。
「制限時間は明日のこの時間まで。時間内に戻らなかった場合は、特段の理由があったとしても即座に失格と見なします」
(結構厳しい……移動時間を加味しても遺跡の調査に割ける時間が限られている以上、恐らくダンジョン内の全部は回れない。どれだけ手際よく回って、引き際を見極められるかが鍵になりそう!)
周囲を見渡すと、流石にベテランクラスに挑むだけあって全員表情が引き締まっている。足を引っ張る人はいないだろう。
こうして、フェオの第一の昇格試験が始まった。
◆ ◇
遺跡までの移動中、まずは役割決めが行われた。
リーダーを誰がするかで数分揉めたが、フェオが勇者レンヤを推薦すると自然とそういう流れになり、レンヤが指揮官となった。
「その……ありがとう。フェオさん」
「いいんですよ。ただ、任せたからにはお願いしますよ?」
頭を下げるレンヤだが、実は数分揉めたのはレンヤが原因だった。
彼が、自分がこの中で一番リーダーとして場数を踏んでいるからリーダーを務めると言い出したのは別に良い。しかし、当人に自覚はなかったのだろうが言い方が少々傲慢に聞こえ、むやみにリーダーシップを振りかざすのではないかと警戒した冒険者と揉めたのだ。
フェオは事前に勇者の噂について「効率主義」という話を聞いていたので、今回の試験のように時間制限のある場面ではそれが良い方に作用すると考えて彼を推薦した。そこでレンヤと他の冒険者たちのヒートアップが止まり、レンヤがリーダーになる流れで決まったのだ。
(納得してくれてよかった……)
以前ビスカ島でサンドラをどうするかでハジメと揉めたのを思い出したフェオは、ほっとする。後になってから考えれば、あれ以上揉めなくてよかった。
あの時はハジメが完全に格上の存在だったから纏まったが、今回はメンバー全員が年齢的にも実力的にもそこまで離れていない。現場に着いてから揉めたら最悪だ。
(ハジメさんとの経験が活きてるのかな? いないときにも頼りになるなんて不思議な感じだけど、ちょっと心強いや)
ダンジョンまでの道のりは特に問題なく、数時間で到着する。
見たところ、フェオの予想通り1日で回り切れそうにない雰囲気だった。
レンヤは参加者を見渡す。
「じゃあ、打ち合わせ通りに班を分けて行動しましょう。何かあれば入り口に引き返し、何事もなかったら所定の時間に集合。それぞれのパーティは相互に時間を確認し合い、探索に熱中しすぎて後れないようくれぐれも気をつけてください」
予め決めていたパーティ分けで、フェオは参加者唯一の竜人――レヴァンナと組む。
参加者の中で最も身体能力の高い彼女と、索敵に優れ魔法や回復も使えるフェオという組み合わせだ。他のチームがスリーマンセルなのにフェオ達が二人だけなのは、単に参加者が三で割り切れないのと戦力バランスの問題だ。
どうやらレヴァンナは既にベテラン相当の実力を持ちながら、一年もの間ギルドからの昇格の誘いを断っていた謙虚な竜人として一部ではそこそこ名が知れているらしい。
探索中に少しは彼女と打ち解けたフェオは、警戒を怠らずに話をする。
「――じゃあレヴァンナさんはその男のせいで故郷に居づらくなったんですか」
「まぁ、そういうことになるかな。ええと、ホラ。新天地で心機一転したくなったの」
肩をすくめるレヴァンナ曰く、地元で厄介な男と関わってしまったせいでありもしない悪評をばら撒かれ、居心地の悪さに耐えきれず逃げてきたらしい。ひどい男がいるものだと思った。
「噂に聞くバランギア竜皇国でもやっぱり虐め問題は起きるんですね」
「ま、まぁね。どんなに威張っても所詮人のやることだし……」
その話題自体が快くないとばかりにレヴァンナは言葉を濁す。
彼女の歯切れの悪さは少しだけ不思議に思ったが、フェオはそれ以上話を広げるのをやめた。
バランギア竜皇国は、大陸西部から海を越えた先にある島国だ。
その栄えようは世界一とも言われており、屈強な竜人の戦士たちが守護するため魔王軍も手を出そうとしないほどである。そのため竜人たちは大陸に来ると何かと母国の方が優れていると自慢しがちなのだが、メンタリティ的にはやはり他の国と大差ないようだ。
「レヴァンナさんだけに喋らせるのも悪いですし、私の話もしますね。とはいっても、私の生まれなんて大したものでもないですけど……」
この世界の人間種におけるエルフの割合は、そこそこあるとはいえ多いとは言い難い。そんな中でもフェオは、自分がエルフだから珍しいだけであって生まれ育ちはそこそこ普通だと思っている。
「元冒険者の両親の間に生まれた私は、子供の頃から都会暮らしだったんで森で暮らすエルフの生活を知らないんです。不思議でしょ?」
「そうね……私もバランギアを出るまではエルフはみんな森が好きで素朴な服装してる人ばっかりなのかなぁと思ってた時期があるわ」
「たまに言われますね。でも不思議なことにいざ森に行くと、どんな危険な森でも方角を見失わないし危険な魔物に見つからないで動けちゃうんです。やっぱりエルフと森がどこか深いところで繋がってるんだと思います」
だからこそ、フェオは自然である森と自然を壊して作る町という、相反する二つのものを上手く結びつけられないかと昔から考えていた。
「漠然とした子供の妄想だったんですけど、なんか諦めきれなくて。いつか冒険者として成長して沢山のお金を得たら、それを元手に森と融合した町を実現出来ないかチャレンジしてみたいんです」
「凄く、大きな夢だね。私があなたくらいの年齢の頃はなに考えてただろう……少なくともそこまで具体的な未来を見据えてはいなかったかな」
レヴァンナは深く感心したように頷き、フェオは少し恥ずかしくなった。
今のフェオはそんなに立派な人間ではない。
夢とて、ハジメの散財に相乗りみたいな形だ。
しかし、お喋りに興じているのもそこまでだった。
フェオの索敵に複数の魔物が引っかかった。
フェオはスカウタージョブで培った索敵を言葉少なにレヴァンナに伝達する。
「曲がり角から複数来ます。気配が大きいのが一つ混ざってますね」
「なら私が倒すわ。ちょっとくらい竜人の何たるかを見せないとね?」
そう口にしたレヴァンナは、大きな鉄扇を広げる。
女性が片腕で持つには余りにも重厚感のあるそれが魔力を纏うと、レヴァンナはその鉄扇に息を吹きかけた。すると鉄扇が纏った魔力がそれに反応し、扇から無数のファイヤーボールが放たれる。
二十近い超高熱の炎弾は、容赦なく曲がり角から姿を見せた魔物を蹂躙した。
竜人は種族特性としてブレスを吐けるため下級の攻撃魔法は詠唱すら必要ないとフェオは耳にしたことがあるが、それは真実だったようだ。
だが、その爆煙の中を猛然と突っ切るシルエットがあった。
「一体残ってます! あれは、アイアンオートゴーレム!?」
火花を振り払う無骨な鈍色の巨体、アイアンオートゴーレムだ。
オートゴーレムは錬金術師の作るゴーレムとは違い古代技術を用いたマジックアイテムのようなもので、ダンジョンの番人としてはありきたりな存在だ。中でもアイアンゴーレムは通常のゴーレムより頑強で魔法も効きづらくて厄介だ。
「フォローします!」
「まぁ待ってよ」
咄嗟に援護の魔法を放とうとするフェオを手で制したレヴァンナは床を蹴って一気に加速し、弾丸のような速度でアイアンゴーレムの懐に入りこむ。余りの速度にアイアンオートゴーレムの反応が間に合っていないのを確認したレヴァンナは、不敵に笑うと鉄扇を鋭く振り上げる。
「弦月の舞いッ!!」
瞬間、ゴガンッ!! と凄まじい音を立ててアイアンゴーレムの重量級の体が吹き飛んだ。鉄扇が命中した部分は大きく抉れ、そのまま大地を抉りながら吹き飛んだアイアンゴーレムは関節が衝撃に耐えきれずバラバラになった。動力源たるマナが破損箇所から流出し、完全に機能を停止する。
鉄扇で口元を隠したレヴァンナが誇らしげに告げる。
「曲芸師のスキルでもこの程度はやれちゃうのよね、竜人ってヤツは」
「すごい……アイアンオートゴーレムが一撃で……」
曲芸師とは、ダンサージョブの発展系でかなり扱いづらいジョブだ。曲芸というだけあり様々なジョブスキルや魔法技術等を覚えられる反面、戦闘面に於いてこれという強みがない。その次に目指すジョブに備えて必要なスキル習得を目指す繋ぎのジョブというのが一般的な認識である。
そんな曲芸師も、竜人が扱えばこれだけの力を発揮するらしい。
鉄扇という如何にも扱いづらい武器を使いこなすのも含め、これは確かに今までベテランクラスにならなかったのが不思議なまでの実力だった。
「さ、ガンガン行きましょう!」
「そうですね! 見た感じゴーレムに気をつければなんとかなりそうですし!」
結局、その後もレヴァンナが殲滅した方が早いということになり、フェオはダンジョンにおける他の仕事を請け負う形になってしまうのだった。




