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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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22-1 エルフ娘、昇格試験に挑まんとする

 冒険者の等級は下から順にビギナー、ミディアム、ベテラン、そしてアデプトのクラスが存在する。

 フェオはその中でも、今までミディアムのクラスだった。


 初心者以上、上級者未満。

 冒険者の中では最も人数が多く、大半がその壁を越えられないまま引退する。或いはベテランともなると仕事の危険度も上昇する為に敢えてリスクを避ける傾向もあるが、ともあれフェオはミディアム止まりの冒険者だった。


 元々地域密着型の冒険者というのは大成しづらいし、フェオ自身も冒険者の本懐よりは自分の夢の方が優先だったために高いリスクを背負うやり方はしてこなかった。

 だからフェオは、ハジメにアドバイスや訓練を受けたり、ツナデの誘いで息抜きがてら忍者の修行にチャレンジしたり、意外とベテランの錬金術師でもある商人のヒヒからゴーレム運用のみならず薬学を学んだりしても、基本的にいつもの基準でいつもの仕事をしていた。


 そんなフェオはいま、目の前の光景に呆然としていた。


 目の前にいるのは、『霧の森』に生息する魔物の中でも最強と目されるエリュマントスボア――その亡骸。


 エリュマントスボアはその巨体から突進力だけなら野生の魔物の中でも上位とされる存在で、これを倒すには相応の冒険者数を揃えるかベテランクラスの実力がなければ自殺行為とされている。魔王軍の相応に強い魔物でさえこの巨猪相手には二の足を踏むほどの存在だ。


 では、そのエリュマントスボアは何故死んでいるのか。

 それは、フェオが倒したからである。


「え……うそ、勝っちゃった……?」


 目の前の現実が信じられずにフェオは何度も感知、索敵のスキルを発動させるが、疑いようもなくエリュマントスボアは死んでいた。


 エリュマントスボアの左前足にはフェオが雷の魔法を叩付けた形跡。左後ろ足には錬金術で作り出した落とし穴に嵌まった足。そしてフェオの手にはサンダー・エンチャントの魔法を施され激しく帯電するルーンエッジ――元々持っていたルーンナイフの上位武器だ――が握られている。


 仕事中、フェオは突発的にエリュマントスボアと遭遇した。

 普段ならフェオは即座に逃げて木の上に登り、これをやり過ごす。

 しかし、その日のフェオの仕事は森でこの時期この近辺にしか生えない貴重な草の回収であり、もしエリュマントスボアにこの場を荒らされると依頼達成が間に合わない可能性があったため、なんとかエリュマントスボアを追い払おうと戦闘に突入してしまった。


 普段ならフェオの森の民としてのカンが逃げろと告げる筈なので、フェオ自身もなぜ戦いに挑んだのか不思議だったのだが、彼女は遅れてその理由を悟る。


「もしかして私、エリュマントスボアくらいならもう倒せる実力になってたの!?」


 フェオなら充分に倒せる相手だからカンが働かなかった。

 それが恐らく真相である。


 フェオはとりあえず勢いの強い相手は勢いを殺すか地形を利用すべきというハジメの教えを元に、ツナデの忍者的戦術とヒヒから学んだ罠の錬金術を応用して魔物の脚を崩し、ついでに電気で攻撃して怯ませるために敵の額にエンチャントを上乗せしたナイフスキル『リニアバイト』を叩き込んだだけだ。


 どうやらその一撃が会心すぎてエリュマントスボアは頑丈な筈の頭蓋骨を貫かれて死んでしまったらしい。


 思えばフェオは村にいる間、周囲が格上だらけで自分の成長をさほど強く実感したことがなかった。ベニザクラとの訓練では彼女に圧倒されたし、魔法運用についても村のエルフの子供達に負けていたし、まぁ自分の力なんてそんなものだろうと勝手に納得していた。


 しかし、それは間違いだった。

 フェオ自身も、本当はめまぐるしく成長していたのだ。

 自分のルーンエッジを握る手を見つめた彼女は、その柄を握る手に力を込める。


「昇格試験、受けよう!!」


 最上位のアデプトランクが選考基準不明である為に実質最難関の昇格試験――ベテラン昇格試験への挑戦をフェオは決意した。




◇ ◆




 ベテランクラス昇格試験の受験資格は、信頼と実績だ。


 フェオは今まで信頼はあっても実績が足りなかった。しかし、エリュマントスボアの単独撃破によって一気にその実績が埋まり、彼女は試験への受験資格を得ることが出来た。自分の実力不足をコンプレックスに思っていたフェオにとって、これは大きな前進だった。


 しかし、これで試験に落ちたら格好悪いことこの上ない。

 フェオは助言を求め、村の先達たちを集めて試験について色々聞くことにした。


 集まったのは既にベテランであるベニザクラとブンゴ、公的には身分を隠された特殊冒険者である忍者ツナデとオロチ、そして全然関係ないけど冒険者の話が聞きたくて尻尾をふりふりしているクオン。ハジメはこの日、仕事で不在である。


 まずクオンがはいはいと元気に手を挙げる。


「しつもーん! ベテランクラスになると今までと何が変わるの、ベニお姉ちゃん?」

「シンプルなようで意外と難しい質問だな……」


 ベテランクラス冒険者は社会的に見てもかなり高い地位であり世間の羨望を集めるが、クオンにはその辺を理解するのは難しいだろう。ベニザクラは言葉を選んでクオンに説明する。


「クオンはあんまり家から遠くに行ってはいけないと言いつけられているだろう? 行き先で迷ったり危険に遭遇したりしないように。冒険者も同じで、まだ勉強や実力が足りないうちは行ける場所や請けられる仕事に制限があるんだ。でも、ベテランと認められるとその制限の殆どがなくなる。つまり、もっといろんな場所でいろんな冒険が出来るようになるんだ。ベテランクラスになってこそ本物の冒険者だと言われるくらいなんだぞ?」

「すごーい!! クオンもいつかベテランになりたいなぁ……」

「ははは、クオンならきっとなれるさ。お姉ちゃんが言うんだから間違いないぞ、うん」


 相変わらず子供相手にはデレデレなベニザクラである。

 同じく子供にデレデレなオートマンのカルマとは双璧と化し、謎の同盟を結んでいるなどという噂もあるが、実害はなさそうなのでフェオは放置している。


 クオンは将来自分が大物冒険家になることを夢見ているのか想像を膨らませてニマニマしているが、実際のところ彼女なら別に冒険者にならなくとも世界中を物理的に飛び回れる気がするのはご愛敬だ。

 彼女は色々と人間の常識が当てはまらないので困る。


 閑話休題。

 ベテランクラスについてもっと具体的に説明する。

 冒険者はクラスが上がるほどに請けられる依頼の難易度や冒険者としての立入許可範囲が拡大する。ビギナー、ミディアム辺りまでは本物の未踏破地域には赴かせて貰えないが、ベテランでは殆どの制限が解除される。これがベテランが本物の冒険者と呼ばれる由来でもある。


 ミディアム辺りはあくまで金銭重視のビジネス冒険者も多く、ベテランクラスは真に実力のある人間しかなれない名誉ある地位なのだ。

 フェオにとってベテラン昇格は、理想の村の完成とは別の形での夢だった。


「実は私のパパとママもベテランクラスまで行ったんですけど、ママが私を身籠もったことで二人とも冒険者やめちゃったらしくて。だから私もいつかベテランになろうって小さい頃から決めてたんです」


 尊敬する両親に追いつきたいという思いは今も変わっていない。

 なんとなく先輩風を吹かせようとしている雰囲気があったブンゴも真面目な顔をする。


「その機会が遂に目の前ってことか。こりゃいい加減なことは言えないな」

「そもそもいい加減なこと言わないでくださいね」

「そうだぞ。遊びではないのだからな」

「良くないですぞ、そういうとこ」

「こーゆーときにいらんことポツっと言うからモテにゃいのにゃ」


 ブンゴ、ツナデの言葉がトドメとなり静かに撃沈。

 哀れに思ったクオンにねぎらいのなでなでをされるまで突っ伏して泣いていた。


「話を戻して、昇格試験だな。俺の記憶が正しければベテランクラスの昇格試験は三つ試験があって、毎年内容は当日に知らされてた筈だけど、合ってる?」


 ブンゴが周囲に視線を配ると、ベニザクラが頷いた。


「ああ、その通りだ。テーマはその年によってマチマチだが、基本的には協調性、サバイバビリティ、冒険者の知識の三種類が大きく試されると聞いている。戦闘能力に関してはそもそも一定以上あることが前提で試験が組み立てられてるイメージだな」


 その他、純粋な後衛・支援職の場合にはそれも考慮された内容になるという。

 更に、ツナデとオロチは試験そのものの手伝いをすることもあるらしく、試験内容に具体的に触れない範囲で細かな情報をフェオに教授してくれる。


「昇格試験の合格者枠は決まっていません。全員が通ることもあれば、全員不合格なんてこともあります。まさに実力重視ですが、逆を言えばきちんとした実力さえあれば大抵は合格できます。まぁ、稀に参加者の足を引っ張って落とそうとする輩がいますが、そういう輩がどのような評価を受けるかは敢えて言いますまい」

「試験の持ち込みアイテムは武器と装備以外は基本的にギルドが用意するにゃ。ギルドが用意してないけど必要になるアイテムがあるとしたら、それは自力調達か、そもそもアイテムを使わず突破しろということにゃ。ちなみに、いくら試験とはいえベテランクラス昇格試験ともなるとそれなりに危険な内容もあるから、油断して怪我は論外だにゃ」

「なるほど……油断する気はないですけど、凡ミスしないよう気をつけないとですね」


 皆の話から参考になるものをつぶさにメモしていくフェオ。クオンはそんなフェオの様子を見てか、あまり口を挟まず話に耳を傾けている。知識欲を満たしているのもあるだろうが、フェオの邪魔をしてはいけないことを子供心に悟っているのだろう。

 気を遣わせてしまったお詫びに、今度町のカフェに連れて行ってあげようと思ったフェオであった。


(……それにしてもハジメさんは最近どこで何の仕事してるんでしょう? 聞いても秘匿性の高いクエストだからって教えてくれませんし、ここ最近は朝晩しかいないですし……ううん、でもハジメさんに頼りすぎる自分と決別する良い機会なのかな?)

 

 フェオの昇格試験対策はその後数時間続き、特訓はそれから数日間に亘って続いた。

 ハジメはというと、珍しく長期クエストを頼まれたらしく、結局一度も相談やアドバイスを貰うことは出来なかった。

 フェオは教会でだらだらするマルタを尻目に、間の悪い神に心のなかで抗議の祈りを送った。

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