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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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21-2

 いつもの、何の変哲もないフェオの村。

 最近は店も少しずつ増え、夕方でも人が外を歩く姿が散見される。

 上を見上げればフェオ自慢のツリーハウスに灯りが灯り、団欒の声が聞こえてきた。


 先ほどの男が言う真実の世界とは何だったのだろうか、と思いながら村の入り口を潜ると、そこではイスラとマトフェイが何かの会話をしていた。この時間帯になると彼らはよく夕食の準備の話で揉めていることが多い。


 大体は食事内容そのものより食費のことであり、清貧過ぎるイスラが「食費を浮かせて石碑代を増やしたい」と言い、マトフェイに「その先はどうせ砂糖水でしょう。ダマされませんよ」と仮面越しにじとっとした視線を向けて却下するのが黄金のパターンだ。


 二人はハジメを見る。

 直後、表情が固く豹変した。


「何しに来たんですか、ハジメさん? この村は生者の村です。生きる気も死ぬ気もなく存在そのものがあやふやな半端な貴方にいられると周囲に悪影響ですよ。もしこの世に未練があるなら首を刈り取って差し上げましょうか?」

「そうです、それがいい。貴方は都合良く使われているだけの暴力装置。もはや人とも呼べません。この平和な村に貴方は必要ないんですよ」


 普段のイスラとマトフェイであれば口が裂けても言わないような、非情な言葉。それを投げかける二人の瞳には、憎悪一歩手前の侮蔑が込められていた。


「そうか」


 ハジメは、そういうものかとでも言うように頷いた。

 彼らの態度にも、そして『真実の世界』にも、納得した。


(ああ――そういうことなんだな)


 衝撃は、受けなかった。

 

 道を進むと、いつも通りブンゴとショージが勝手に盛り上がっていた。

 二人はハジメを見るなり嘲りを込めた声をかけてくる。


「つまんねーんだよお前。何言っても反応薄いし、何考えてるかわかんねーし。マジでキモイ」

「いるだけで空気悪くなるんだよなぁ! やたら女ばっかり村に連れ込んでるけどさぁ、女共も本音はお前の脅しが怖くてイヤイヤ来てるんじゃねえのぉ?」

「そうか」


 ハジメは、そういうものかとでも言うように頷いた。

 まだだ、まだだと己に言い聞かせながら。


 町の広場でクオンとラシュヴァイナが遊んでいる。

 二人はこちらを見ると憤怒の籠る声をぶつけてきた。


「本物と成り代わってママのふりをする偽物! 本物のママを探そうともせずクオンで人形遊びでもしてるつもり!? バカにしないで、そっちこそ人間の出来損ないのくせに!!」

「生きてて恥ずかしくないのか、ハジメ。生きたくても生きられなかった命たちに申し訳ないと思わないのか。お前の存在は他を不幸にすることでしか成り立たない。殺し、奪い、最後には何も残らないんだ」

「そうか」


 ハジメは、そういうものかとでも言うように頷いた。

 心が、加速度的に『真実の世界』の意味に迫っていくのを感じた。


 ハジメは、家に帰る手を止めて最近出来たメーガスの家に行った。

 そこにはメーガスとお茶をするフェオがいた。

 二人はハジメに向けて、侮蔑の表情で叫ぶ。


「寄らないで、汚らわしい!! 貴方みたいな人間の後見人になったことは私の人生の最大の汚点よ!! 寄るな、寄るな、紅茶が腐るのよ!!」

「ハジメさん。前にした約束の件ですけど――ほら、村が完成するまで死なないで欲しいとか言ったでしょ?」


 フェオは、見たこともないほど残酷な笑みでハジメを睨んだ。


「ハジメさんが遺産を全部私に譲って死んでくれたら、別にあの約束どうでもいいですよね? 死にたいとか言いながらいつまでもみっともなく命にしがみついてる迷惑で愚鈍で不快でこの世に生きる価値も誰かに愛される価値もないハジメさん?」

「そう、だな」


 全ての答えが出た、と、確信した。

 ハジメは頷き、その場を後にした。


 村を後にした。


 森を後にした。


 ハジメは、誰とも出会わない場所へ行った。




 信頼と疑いは最も遠いように見えて、ただ両端に存在するだけだ。


 距離は遠いが、それはどちらに偏っているのかでしかなく、同次元の概念だ。


 だから――受け入れるのは、簡単だった。




 森外れに存在する、誰も興味を示さず何もない丘。

 ハジメはそこで、月光に照らされながら、ナイフを逆手に握る。


 ハジメは、世界に求められていない命。

 そんなことは前から知っていた。

 だから、いつかはこうなると理解できていた。

 今まで人間らしく普通に暮らせていたのが変だっただけだ。


 ハジメは自分のこととなると短絡的な考えをする男だ。

 だから、ぶつぶつと何かを唱えながらナイフの鋭利な刃を自分の胸に突きつけることにも躊躇いを覚えない。

 気付けば町で出会った変な男の声が聞こえる。


『難しく考えることはないよ。キミは――自分に存在する価値がないと思ってるんだろ? これから答えが出る。キミのすべきことも、そこで決まる。簡単だろ?』

「確かに……簡単だった。もっと早く気付けなかったのが不思議なぐらいに……」


 ハジメは、躊躇いなく胸にナイフを突き立てた。

 ぶしゅ、と、赤い液体が体を彩り、足下の草を昏く染めた。




 ◇ ◆




 男は、血を流して冷たくなっていくハジメをせせら笑う。

 ハジメに町で呪いをかけた張本人だった。

 軽やかな足取りで倒れ伏したハジメに近づくと、足蹴にした。


「脆いもんだったね。本当に自分は死んだ方がいいと思ってたとは。どんなバカでも自殺に追い込むまでに一日はかかるのにさぁ?」


 男は転生者であり、そして己の力を「嫌われの呪い」と呼んでいた。


 「嫌われスイッチ」というネタが、一部の界隈にある。


 親しい者にも優しい者にも他の全ての人間にも徹底的に嫌われ、蔑まれ、時には暴行を受け、そして見捨てられて何一つ生きる事に希望を見いだせずどん底に落ちる――それをスイッチ一つで行えるというものだ。


 男はそのネタの半分が好きで、半分が嫌いだった。

 好きな点は、自分より優れている存在が否定される快感。

 嫌いな点は、スイッチの効果が切れたあとの仲直り展開だ。

 あんな連中は、そのまま嫌われて死ねば良いんだといつも思っていた。


 だから男は、その力を手に入れた。

 妬みの集大成のような、その呪いを。


「ふくっ、くくくっ、んくくくくく……」


 湧き上がる黒く濁った愉悦の感情に、男は肩を震わせる。

 嗤えて嗤えてしょうがない。

 世界最強の冒険者と呼ばれた存在の余りにも無様な末路を、どうして笑わずにいられよう。ハジメという男は女に囲われ、娘を得て、快適な田舎暮らしを得た。この男はまさに勝ち組の権化だ。そのくせ圧倒的な実力も持っている。まともに戦えば勝機はない。


 だが、どんなに強い人間でも、世界に存在を否定されることには耐えられない。


「まったくザマァないよなぁ! 心がないだのなんだのと噂されてたのにこれだもんなぁ!!」


 男はハジメの頭を二度、三度と踏みつけて躙る。

 絶対に敵わない相手の死体を嬲るのが、男にとってはこの上ない快感だった。


 ハジメという男ははここに至るまでどれほどの努力を続け、財を積み上げ、己を練り上げてきたのか。それだけの者を重ねながら、自分という存在を周囲に否定されることで勝手に転げ落ちて果てていく。自分のような存在の気紛れ一つで。


「だがお楽しみはこれからなんだぜぇ、ハジメくん?」


 男の力は『嫌われの呪い』だけではない。

 死後、死者の尊厳を踏み躙る力がもう一つある。


 これからハジメが築いた財も、人も、全て自分が掠め取る。

 正しい人間が正当な対価を払い、汗水垂らして手に入れた全てが何の苦労もしてない自分のものになるのだ。

 しかもあの男は都合が良いことに、人目につかない村に沢山の美女を集めておいてくれた。それらの尊厳と肉体も、全て頂く。


 自分が大切に思っていたハジメを自分で見捨てたとも知らずに犬のように己に尻尾を振るであろう女達を妄想し、男は悦に浸る。自らの能力があればそれが可能だから、好きなだけ遊んで飽きたら紙くずのように捨てるのだ。それが容姿しか取り柄のない馬鹿な女にはお似合いだと男はほくそ笑む。


 最大の障害であったこの男を始末すれば、後は邪魔な男達を一人一人念入りに始末して、最後は男を愛する女しか残らない楽園が出来る。女性の人権? 草食? モラル? そんなもの必要ない。


 得たいものが全て得られる人生が最高に決まってる。

 そのためにわざわざ努力するなんて馬鹿らしい。

 そして、成功者が無様に転げ落ちていく姿は最高に面白い。


「あははははははははッ!! 嫌われ制裁終了ぉーー! お前のものは全部ボクのものになるッ!! ほんと、バカなんだよねぇ!!」

「お前がな」


 ぱちり、と、ハジメの目が開いた。


「え――」


 直後、周囲の何もかもを押し潰すような凄まじい重力が全身を襲った。

 余りの圧に耐えきれず膝から崩れ落ちるが、その膝が落ちる力までが重く、骨に衝撃が響く。何が起きたのかと辛うじて顔を上げた男は、目を剥いた。


 そこには、月光を背にしたハジメが何事もなかったように平然と立っていたのだ。

 胸部から滴る赤い血は、もう滴りもしていない。


「詠唱破棄で使ったグラビトンテリトリーという魔法だ。人に使うことはそうそうないが、動けないということはお前の実力も推し量れる」

「なっ、なんっ、どういうことだ!!」

「欲を出しすぎたんだよ、お前は。だからこんな単純な罠に引っかかる」


 気付けば、ハジメが血を流して死んでいるように見えたものは小さな人形にすり替わっていた。びっしりと呪文や魔法陣が刻み込まれた人形は、ぱきん、と砕けて散る。


「イミテーションドール。強力な幻術が込められた人形で、数十分程度ならまるで使用者本人のように振る舞う上に探知系でも本人との見分けがつかない優れものだ。代わりに使い捨てで一つ数百億Gはする王族御用達の影武者アイテムだがな」


 ちなみに、悪用を防ぐ為にイミテーションドールの技術は世間からは完全に秘匿されている。なのに何故ハジメがそれを持っているかと言うと、ヤーニーとクミラが製造方法を知っていてハジメに売りつけてきたからだ。


 代金の数百億Gの用途は、医師クリストフを頼って遠くからやってきた患者を治す為にどうしても高級な薬の原材料と設備が必要だったから。


 二人は患者の命や未来はどうでも良かったが、どうでもいい存在のせいでクリストフが懊悩するのは見逃せなかったらしい。残酷なのだか健気なのだが分からないが、結果的に治療は成功したし診療所の設備も拡充されたし散財にもなったので結果オーライだろう。


 その散財が巡り巡って突破口を開くとは、散財もしてみるものだとハジメは思った。

 男は目の前の現実が信じられないように歯を食いしばる。


「い、いつの間にすり替わってぇ……!!」

「森の中を移動中に。俺自身の隠匿能力を最大限に高めた上でな」


 実際にはそれに加えて、NINJA旅団から買った『闇纏やみまとい』という特殊なバフ効果のある薬を使って視覚的にも見えないように全身に闇属性のバフを纏っていたりもするが、ハジメはそこまで教える義理はないので黙っていた。


 ちなみにこの薬を売りつけてきたのは小遣いの欲しかったツナデであり、普通は絶対に他人に売るアイテムではない。一粒百万をダースで買ったものの使い道があまりないアイテムだったが、無事全部使い切ったので後で補充のためにまた購入しようとハジメは散財に想いを馳せた。


「まぁ、俺のことはいいだろう。そろそろお前の正体を教えて貰うぞ」

「ぐ、おおおッ!! 変身が解けるッ!?」


 男は直上から降り注ぐ強烈な重力に耐えきれず、全身からぼしゅう、と煙を出すと、和風の装いをした亜人のような姿となる。ボリュームがあり先端が尖った特徴的な尾に、体毛の中から覗く吊り目。それは妖狐ヤオフーと呼ばれる存在だった。

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