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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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21-1 転生おじさん、嫌われの果てに真実を見る

 嘗て避難民騒動で大変な騒ぎになった町、シュベル。

 その次期領主である令嬢ベアトリスは自室に入り、あることに気付くと額に手を当ててため息をつく。


「また無断で部屋に遊びに来ちゃったのね……」

「にひひー♪ また入っちゃった、エルお姉ちゃん!」

「……」


 呆れるベアトリスの視線の先には、見覚えのあるダークエルフの姉弟がいた。姉のヤーニーは悪びれもせずにコニコ笑い、弟のクミラはいつも通りの無表情だが反省も後悔もしてなさそうだ。

 ちなみにエルという名前はベアトリスが一時期使っていた偽名で、二人は未だにそちらの名前でベアトリスを呼ぶ。


 避難民騒動の際にベアトリスが出会ったヤーニーとクミラは、初対面の頃は聞き分けの良い子供だったが、いつからか積極的にベアトリスにいたずらを仕掛ける困った子供達になっていた。


 そんな二人は、偶に何の前触れもなくベアトリスの部屋に出現する。

 最初いた時は盛大に驚いたものだが、それが呪いを応用したアイテムを介して作った分身であると知った時にはこの姉弟はどれだけ才能を無駄遣いしているのかと呆れたものだ。


「それで、今日はなんの悪戯ですか? 言っておきますけど前に使用人を巻き込んだ件はまだ許してませんからね? わたくしの処理出来る範疇でお願いします」

「来るなって言わないんだ?」

「来るなと言っても来るでしょう? 別に歓迎してない訳じゃありませんよ」


 困った姉弟だが、ベアトリスは別に二人のことが嫌いではない。

 余り接したことのない子供らしい子供で、どうにも憎めないのだ。


 二人の保護者であるクリストフ曰く、この二人が他者に積極的に関わるのは珍しいことなのだという。それだけ気に入られている――気に入るの種類は不明だが――のであれば、それはそれで悪い気はしなかった。

 それに二人は姉のアマリリスが住んでいる『フェオの村』に住んでおり、避難民騒動の際に世話になった避難民のオカンことハジメ率いたボランティアの人々の近況も教えてくれる。そのことはベアトリスの密かな楽しみだった。


 ヤーニーは懐からカードを取り出しながら笑う。


「今日はねぇ、悪戯じゃないの」

「あら、初めてのパターン」

「うん。占いしてたらエルお姉ちゃんの運勢が一分後に極悪になるって出てたから来てみた!!」

「縁起でもない!!」


 思わず幻だと分かっていてもヤーニーに軽くチョップをかましてしまう。すると、ベアトリスのチョップはヤーニーの頭に命中し、「あたっ」と声が漏れた。いつもなら彼らは人形を介した分身なので人形が床に落ちるはずなのに何故、と目を白黒させていると、クミラが口を開く。


「……実は、幻じゃなくて本当に来てる」

「何でそれを黙っていたのですか!?」

「……その方が、反応面白いし」

「結局悪戯しに来てるじゃないですか!?」

「……そしてフローレンスは頂いた」

「ゲコォ!?」


 静かに突き出したクミラの手には、いつの間にかベアトリスがいつもこっそり連れている使い魔カエルのフローレンスが握られていた。フローレンス自身も捕まったことに今しがた気付いて驚いている。


「返して欲しけりゃこっちにおいでー! きゃははは!」

「……人質の命が惜しくないのかー」

「もうっ! 悪い運勢ってこれのことじゃないでしょうね!? 待ちなさーい!!」


 ヤーニーとクミラはするりとベアトリスの手の届く範囲から逃れ、部屋の天蓋付きベッドの下に潜り込む。ベアトリスは仕方ない、とため息をつくと、敢えて誘いに乗って自分もベッドの下に突入することにした。

 由緒正しいお嬢様としては余りにもはしたないが、子供と遊ぶには自らも子供の視点になった方がいいとベアトリスは思っている。そう、これは二人なりの遊びなのだ。


 ベッドの下ではヤーニーとクミラが動かず待っていた。

 あれ、と意外に思いながらもベアトリスは二人を抱いて捕まえる。


「はい、捕まえ――」


 ――言い終わるより前に、突如としてベアトリスの部屋に何者かの足音が近づき、扉が開け放たれた。


 入ってきたのは、やけに上質な布をふんだんに使った装いをした吊り目の美丈夫。

 ベアトリスの記憶にはない相手だった。

 ノックもせずにいきなり女性の私室にずけずけと入りこんだその男は、鼻を鳴らして首を傾げる。


「おかしいな。さっきまでここにいた匂いがあるんだが。他の生き物の匂いもする。遊びにでも出かけたのか?」


 こんな誰とも知れない不審者が何故屋敷を我が物顔で歩いているのか。

 仮に客人なら、メイドなり何なり案内役がついていないとおかしい。

 なのに屋敷の誰も駆けつけないことが、既に異常であった。


 男は部屋の奥の窓まで歩いて行き、外を見る。

 そして引き返すと、男は部屋のクローゼットなどを物色し、部屋に置いてあった息抜き用の菓子を勝手につまんで囓り、とことこと歩くと――おもむろに膝をついて天蓋付きベッドの底を覗いた。


「……いるわけないか」


 男の視線の先には、闇があるのみ。

 膝を手でぱんぱんと払った男は、当てが外れたとばかりに首を回す。


「ここには美人姉妹の妹の方の令嬢がいるって話だったんだけどな。事前情報よりずいぶんお転婆じゃないか。ボクの趣味と逸れてたか……いらね。姉の方で遊ぶか」


 急に興味をなくしたように平坦な声色になった男は足下に見たことのない魔方陣を展開すると、その陣が放つ光と共に忽然と消えた。


 男が覗いたベッドの下には、いまだに誰もいない。

 しかし、男は大きな見落としをしていた。

 ベッドの下にあったのが、「影」ではなく「闇」であることだ。


 ベアトリス、ヤーニー、クミラ、フローレンスは、闇の中から男をずっと見ていたのである。


 『ディラックウェル』――術者とその周囲を一時的に闇の中にかくまうことで探知から逃れる、高度な闇魔法だった。クミラはベッドの下でこの魔法を発動していたのだ。男にその魔法の予備知識があったならば見破る術はあったのだが、生憎と彼は気付かなかったようだ。


 ベアトリスの口を手で塞いでいたヤーニーがクミラに合図し、クミラがこっそり闇の外の様子を窺い、たっぷり1分経過したのち、三人と一匹は闇から現世へと舞い戻った。


 ベアトリスは震える手で口元を覆う。


「だれ、今の……」

「言ったじゃん、1分後に運勢極悪になるって。だからきっと極悪人なんじゃない?」

「……ぶい」


 ヤーニーは何でもないように笑い、クミラは自分の魔法がしっかり相手を欺いたことを誇示するように指でVサインを作る。いつの間にか解放されていたフローレンスが飛び跳ねてベアトリスの元に戻ったことで、漸く彼女は自分が恐怖に慄いていることを自覚し、腰を抜かして座り込む。


「ヤーニーとクミラが来なかったら、どうなってたの……」

「さぁ?」

「……知らない」


 二人の興味関心の薄さが、逆に恐ろしい。

 二人はただ、ベアトリスのことをそれなりに気に入っていただけだ。遊び相手を取られるのが嫌で「極悪の運勢」を回避させてあげただけで、それ以外の事について思うことはない。

 これからもベアトリスと遊べるという結果だけが、二人の思うことだった。


 ベアトリスは自分がヤーニーとクミラに常に構ってあげる姿勢を見せなかったら自分がどうなっていたのかと想像し、ぶるりと全身を震わせた。きっとあの男に捕まったベアトリスに待ち受けていたのは惨い未来――。


 そこまで考えて、はたと気付く。


 そう、そうだ。

 姉のアマリリスは異能によって「妹の招いた恐ろしい未来」を知り、それを回避するためにベアトリスを排除しようとしたと言っていた。そしてあの男はベアトリスの評判を聞いてここにやってきて、そして「姉の方で遊ぶ」と言い残したではないか。


「お姉様が危ない!!」


 それはつまり、姉が異能によってその存在を知った『悍ましい存在』とはあの男だということだ。




 ◇ ◆




 世の中には、潮目というものがある。


 時代が移り変わる境目、流行の廃れと新興――きっかけは様々だが、それは確実に存在する。


 例えば冒険者のジョブにも流行り廃れが存在し、ある一定の傾向が増えることがある。それらは常に一定ではなく、ずっと需要の高かったジョブがある時を境にまた凡庸な扱いに戻ったり、或いは過去にバカにされたジョブが再度脚光を浴びたりもする。


 潮目は絶え間なく変わる。

 それを見切ることの出来る者が英雄であったり、名君であったり、一代で財を築く商人となる。しかし世の中の大半の人間はこの潮目が見えず、気付けば変わっている流れに身を任せるだけだ。


 ハジメは、その潮目を微かに感じ取っていた。


(魔王軍襲来が本格化してから、見ない顔が町に増えたな)


 いつもの行きつけの酒場で情報を仕入れると、その感覚は正しいものだと再確認させられる。噂や会話内容の潮目が変わっているのだ。理由は、魔王軍との戦いの影響が大きくなってきたせいだろう。


 魔王軍襲来に際して冒険者が取る対応は様々ある。


 地元が心配になって故郷の近くに所属を変える者。

 魔王軍を蹴散らして名を上げようと最前線に赴く者。

 自分の命あっての物種だと魔王軍が来そうにない場所に逃げる者。


 理由が何にせよ、人が大勢動けば環境も変わる。

 彼らの会話は少しばかり暗いものだった。


「まぁた他所からきた新人に割の良い依頼取られちまったよ。しかも後の始末が良くなかったらしくてよぉ。ギルドもなんだってあんな奴に……」

「新人にも仕事が回るようにするのも連中の仕事だからなぁ。とはいえ、それで依頼主との信頼関係が揺らいじゃ元も子もねぇ」


「賞金稼ぎやってるダチから聞いたんだけどよぉ、鬼族の二人組ってのがいてな。『悪い事は言わねぇ、近づくな』だってよ」

「異能者か?」

「わかんね。ここ近年この手の奴が増えて、賞金稼ぎも割の合わない商売になったもんだなぁ」


「また喧嘩だってよ。しかもうちの若いのが鼻の骨まで折られて、リーダーはお冠。半殺しにしてやろうとしたところで衛兵が通りかかって、逃げられちまった」

「空気の読めない衛兵よねぇ。冒険者には殴り合いでないと分らない奴ってのがいんのよ。ねぇ?」


 美味い話は減り、不平不満や愚痴の増えた会話。

 酒を飲んでくだを巻く人々の懐の景気が分かる。

 これ以上面白い話は聞けそうにないと思ったハジメは食事を終わらせて酒場を後にする。


 帰り道、別の酒場で飲んだくれていたらしい赤ら顔の冒険者達が、ハジメの背中を指さす。


「みろよ、死神が一丁前に高級な店で酒飲んでやがる! 俺たちから奪った割の良い仕事のおかげで懐があったけぇよなあ!!」

「おい、酒の勢いで言っちまえよ! 今まで何人殺したんだぁ!?」

「女を何人コマしたかでもいいぞ!! ぎゃははははは!!」


 こういう言葉を浴びせられるタイミングにも、潮目がある。

 浴びせられるときは次々にされるが、潮目が変わると興味を失ったようにぱたりと止み、また何かの拍子に罵詈雑言や侮辱の言葉が飛んでくる。それが人間という生き物であることをハジメは知っているが、同時に言われるだけの理由が自分にあるとも思う。


 だから、気にしない。

 と――酒瓶片手に下卑た笑い声を上げていた数名の冒険者の首元に丸太のように野太い腕が入りこんで、一瞬で締め上げる。


「ハジメのアニキがなんだって、あ?」


 そこにいたのは、オークのガブリエルだった。

 彼も少し酒が入っているようだが、それでも最近めきめきと頭角を現してきたガブリエルから放たれる圧に酔っ払いたちの血の気が引いていく。


「アニキは尊敬すべき冒険者だ。な? ……返事しろよ」

「「「は、はいっ!!」」」


 冒険者達が震え上がると、ガブリエルは「分かりゃあいいんだよ!」と気の良い声でばしばしと肩を叩くと、彼らを別の酒場に引きずっていく。一瞬こちらを見て似合わなすぎるウィンクをしたので、気を遣ってくれたらしい。


 少し躊躇い、礼を示すように軽く手を挙げる。

 ガブリエルは満足したのか、似合わない豪快な大笑いとともに酒場に突入した。

 ハジメは嘆息する。


(ああいうの、相変わらず咄嗟には反応できないな。村のみんなの扱いで相応に慣れたつもりだったが……)


 ハジメにはこれまでの人生でまともに味方がいた試しがない。

 数少ない味方になってくれるかもしれない人も、その多くがハジメのどうしようもない人格に愛想を尽かせていった。だから、誰からも罵倒されたり白眼視されるのが当然だったハジメにすると、今のような気の利かせ方をされるとどう返して良いか分らなくなる。


 だが、もしも――と、ハジメは不意に想像する。


 もしも今更村の人々が掌を返すことがあったら、それはきっと自分が決定的で致命的に愚かなことをしたときだろう。

 そんなことがもし万が一にも起こったときは、きっと再認識できる。

 自分がこの世に存在する価値のない存在なのだ――と。


「――見せてあげようか、現実を?」

「……?」


 不意に届いた声。

 それは、道端で偶然すれ違った男の声だった。

 顔は見えているのに何も印象を感じられない、そんな奇妙な男だった。


「キミ、面白い村にいるよねぇ。皆が腹の底では自分をどう思っているのか、気になるよねぇ。村の真実の姿が見たんじゃないか?」

「誰だ?」

「通行人Aだよ、最強の冒険者さん」


 人によっては気味の悪く感じるであろう、ニタニタとした笑み。しかも町中にいるのに急にフェオの村の話をすることをハジメは不審に思う。しかし、通行人達はこの不審が男が見ていないように反応がなかった。


 男は、まるで最初からハジメの意見など聞いていないようにつらつらと語る。


「真実の世界ってやつを案内するよ。なに、お代はいらない。もう貰ってるから」

「すまない、何を言っているのか理解が及ばないが」

「難しく考えることはないよ。キミは――自分に存在する価値がないと思ってるんだろ? これから答えが出る。キミのすべきことも、そこで決まる。簡単だろ? 大丈夫、結末は見届けるから」

「――」


 くらり、と、目眩のような感覚。

 何かされたような、されなかったような、曖昧な感覚。

 気付けば目の前から男はいなくなっていた。

 ハジメは、首を傾げながら村に帰った。

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