20-5 fin
矯正ナンバー6、マッスル=ジュン。
珍しく名前の時点で嫌な予感がする。
筋骨隆々の大男だ。種族は不明。
ビキニパンツ以外は黒くテカる裸体を曝け出している。
何故不明かというと、オークの血が入っているようにもドワーフの血が入っているようにも見えるし当人が自分の出自を知らないから不明である。しかも余りにも筋肉がムキムキすぎて若干魔物にさえ見えてくる。
「こぉの無敵ィの筋肉をッ!! 活かしたくッ!! 冒険者になりに来たぁッ!!!」
この絞り抜かれた両腕の上腕二頭筋を見ろと言わんばかりにダブルバイセップスのポージングで吠えるマッスル=ジュン。ちなみにハジメはボディビルのポージングなど一切知らないが、予めマッスル=ジュンが送りつけてきたので一応なんとなく分かるだけだ。
彼についてはもうどこからツッコミを入れればいいか悩ましい。
まず握力が強すぎてギルドの受付で名前を書く際にペンが折れるわ先端が書類を引き裂くわ机も抉れるわでまぁ大変。
実技試験ではギルドに貸与された武器が全部握力で潰れて特例パス。道具の使用でも握力を発揮して破壊の限りを尽くし、装備品に至っては筋肉の鎧が余りにも厚すぎて装備不能。
こんなもんどうやって冒険者に仕立てればいいんだ、と頭を抱えたギルドの教官役が匙投げリレーを繰り返した末に、アンカー役をハジメが拾ってしまった、という状態だ。
「この俺のッ!! 無敵ィの筋肉がッ!! 強すぎてッ!! 申ォォォし訳ないッ!!!」
サイドチェストの構えで謝意を表明するマッスル=ジュン。
謝っているのか筋肉を見せつけたいのか分からない。
「とりあえず、なんのジョブを目指しているんだ? 素手で戦うならファイター系、或いはモンクあたりか?」
「拳を使って戦うだなんてとんでもないッ!! 俺にはそんなこと出来ないッ!!」
「なんで」
無敵の筋肉を活かすために冒険者になりにきた男が、最も筋肉を求められそうなジョブを否定する。
まったく意味が分からない。
「いいか教官ッ!! 俺の筋肉は魅せるための筋肉だッ!! 筋トレによって鍛えることは出来るがッ!! 戦う為の柔軟な筋肉とは性質がァ異なるッ!! そういう意味ではッ!! 剛柔一体となった教官の筋肉にッ!! 俺は敬意ィを表するッ!!」
バックダブルバイセップスのポーズで敬意を表するマッスル=ジュン。バックダブルバイセップスは背中の筋肉を見せつけるポーズなので敬意を表しながら人にケツを向けている。もしかしてわざとやっているのだろうか、とハジメは疑問に思った。
ともかく、彼は筋肉で敵を打倒したい訳ではないらしい。
少なくともハジメは見たことのない種類の人間である。
いや、或いは自分を人間だと思い込んでいる筋肉なのかもしれない。
「しかしお前」
「マッスル=ジュンと呼んでくれッ!!」
「ではマッスル=ジュンよ。ペンさえ破壊してしまうお前に格闘戦以外の何が出来るのかが知りたい」
「筋肉の放熱で攻撃するッ!!」
「そうか、筋肉の放熱で攻撃……いや分からん」
完全に予想の範疇を超えているばかりか、ハジメの知るどんなジョブのどんなスキルを使ってもそう表現する事の出来る攻撃が思いつかない。
本人の自己申告曰く、周囲への被害が著しくギルドの訓練場では出来ないらしい。ということで、ハジメはどんなに周囲を破壊しても絶対に怒られない魔王城の周辺にマッスル=ジュンを連れてきた。
以前にハジメとライカゲの体力測定で破壊され、その上からクオンのくおーんブレスの直撃を受けて悲惨極まりない地形変動が起きたその場所は、魔王軍が頑張ったのか城の周辺だけは足場が出来ているようだ。
しかし、敵城の足場などどれほど壊れてもハジメは気にしない。
「ではお前の技を見せてみろ、マッスル=ジュン。魔王城に向けて攻撃だ」
「フゥゥゥゥオオオオオオオオオッ!! 輝けッ!! 俺の無敵ィの筋肉ゥゥゥゥッッ!!!」
雄叫びを上げたマッスル=ジュンがアドミナブルアンドサイ――頭の後ろで手を組んで腹筋と脚を強調するポーズらしい――の姿勢を取った瞬間、本当にマッスル=ジュンの全身の筋肉が眩い光を放った。
「筋 肉 光 線ぇぇぇぇぇンッッ!!!」
目を覆うばかりの光をサングラス(聖遺物アイテム)で遮光したハジメが見たもの。それは、六つに割れた腹筋から六条の光線を、大胸筋から真正面を吹き飛ばす二筋の光線を、上腕二頭筋から拡散する大量の光線を、僧帽筋と広背筋から天使の翼のような大量のカーブを描いた光線を、脚全体の筋肉から地面を伝う衝撃波のような光線を放って放って放ちまくるマッスル=ジュンの姿だった。
筋肉から発される熱は周囲の大地や大気、障害物を容赦なく破壊し、錬金術師か何かが頑張って作ったであろう魔王城の足場部分を徹底的に破壊し尽くした。ついでに筋肉光線が城に激突して、結界ごと城が揺れたようだった。
「これぞッ!! 触れずして敵を倒すッ!! 俺の筋肉放熱だッ!!」
原理、理屈、一切不明。
一つだけ言えるのは、ハジメの魔法に匹敵する破壊力のみ。
思いっきり巻き添えを食らいそうになったのでスキルで相殺して無事だったハジメはその様子を冷静に見つめ、マッスル=ジュンに問いかける。
「この光線、手加減やピンポイントの狙い撃ちは出来るのか?」
「逆に聞こうッ!! 君は全身の筋肉のただ一部分のみを動かしてッ!! パンプアップがッ!! 出来るだろうかッ!!」
「その例えは俺には難解すぎるが、難しいと言いたいのだろうか」
「少なくともッ!! どう絞ってもッ!! 三カ所以上からそれなりの力が漏れるッ!!」
「ふむ」
熟考の末、ハジメは結論を出した。
「戦闘を行うごとに地形を破壊する冒険者など誰も使いたくないと思うし、破壊しか出来ない冒険者も求められていない。率直に言って冒険者に君向きの仕事はない」
「なんッ!! だとぉぉぉーーーーッッ!!?」
モストマスキュラーのポーズを取る悲しき筋肉モンスターの咆哮が響き渡った。
もう転生者か否かを確かめるだけの思考能力はハジメには残されていない。あるのは一つ、彼に冒険者を諦めさせることである。あと轟声で鼓膜が破れそうだ。
――その後、申し訳程度にトリプルブイに紹介したらなんやかんや噂が広がり、その後作品のモデルになって欲しいと芸術界隈で引っ張りだこになった、とは風の噂による話だ。
◇ ◆
ハジメは嘗てない精神的疲労に苛まれていた。
「疲れた、な……教官とはかくも大変な仕事なのか」
計六名、まさに問題児の中の精鋭たちをたっぷり時間をかけてなんとかあるべき形に修正したハジメだが、その代償は大きかった。主にマッスル=ジュンの比率が高い気もするが、他も大変だった。
特に大変なのがハジメの風評にまた新たなものが追加されたことだろう。
ガブリエルに兄貴、ノヤマに師匠、シャルアに先生と呼ばれ、3人とも所謂ハーレムパーティを組んでいるため、ハジメは最近周囲から「ハーレム伝道者」という不名誉極まりない渾名をつけられているのだ。
案の定、この噂やシャルアと娼館に向かったことはすぐにフェオの耳に届き、凄く機嫌を損ねられた。
「だから、サービスに関しても相手の顔を立てるために仕方なくだな……」
「そーいう言い訳の仕方するんならそれはそれで結構ですけどぉ? 理由はそれだけでいいんですか?」
「……シャルアを含め何のきっかけでフェオに迷惑をかけるか分からん連中ばかりだったから、少し解決に躍起になってしまった、かもしれん」
彼らのような問題児の被害を最も受けやすいのはフェオのような人の良い冒険者だ。彼らの都合でフェオが損な役割を背負わされるのでは、という思いは指導中心のどこかにあった気がする。
フェオは少し驚き、しかしすぐにジトっとした瞳に変わる。
「……なーんかとってつけた言葉にも聞こえますけど、本心ですか?」
「嘘は言わない」
「うーん……でもやっぱ許せません」
「そんな殺生な……」
罰と称して「えいえい」と人差し指でハジメをつつき回すフェオ。
しかし、許さないという割に、フェオは満更でもなさそうだった。
一方、王城。
(ハーレム伝道者! これだからハジメ観察はやめらんねーですわ!)
報告書を目にしたルシュリア王女は、口に含んだ紅茶を笑いで吹き出さないので必死だった。
そろそろ彼の村に「預けた元奴隷の扱いの確認」と称して再訪してもいいかもしれない。そんなことを思いながらルシュリアはつまらない方の報告書、勇者が氷河軍団を壊滅させたという報告を紙飛行機にして飛ばした。
激戦を経て帰ってきた勇者レンヤがハジメの噂を聞いてまたブチ切れるまで、あと数日。




