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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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3-3 fin

 衝撃の孵化から数分後――。


「わたしたち一族は卵の中にいる時点で既に外の世界の学習をはじめてるんだ! だから生まれたときには既に周囲の環境や文化に即座に対応できるんだよ、ママ!」

「いや、俺は生みの親じゃないんだが……というか男なんだが……」

「孵化させてくれたのがママだよ!! それにわたしたち一族は雌雄同体だから、パパかママかで言えばママしかいないよ!! それに……ずっとあのお店で見世物にされて誰も孵化させてくれなかったのを助けてくれたんだもん!! もう誰が何を言ってもママは私のママだもん!!」


 生まれたてなのに快活にペラペラしゃべる竜少女。

 外見年齢はおおよそ6、7歳程度。

 その顔立ちは恐ろしいまでに美しく、そして愛らしい。


 今はフェオの服を着ているが、当然サイズが合わないのでぶかぶかだ。しかも当人は服を着る感覚に乏しく、服が大胆にずれてもまったく気にしない。服の位置を修正するフェオもこの幼さゆえの羞恥心の欠如に頭を抱えている。


「女の子が出てくるって……確かに竜っぽさは部分的にありますけど、一体どこのどんな珍種ドラゴンですか……」

「見た目は竜人に似ているが、竜人はあんな巨大な卵で育たないしな……」


 この世界の限られた土地で生活する非常に珍しい種族、竜人。竜が人と交わって生まれたとされる彼らは、竜の要素を持った人間である。比率的には人間の割合が多いが、それでも竜人に弱卒なしと呼ばれるほど生物的に強い。


 孵化した少女は微笑んでいるが、尻尾といい耳や角、八重歯の鋭さはかなり竜人に似ている。ただ、一目見て気になる部分がある。


「黄金の角と尾を持つ竜人など聞いたことがない……」


 一種の神々しさすら内包したその金色の輝きは、たとえ竜人の王族でもありえない色合いだ。

 それに、竜人は人と同じ母親の腹から生まれ、人間と同じ過程を経て成長する。生まれたときから喋れるのも、一族が雌雄同体だというのもおかしい。


 だが、今それは重要ではない。

 ハジメは敢えて諸々の疑問を考えないことにした。


(自立できるだけの知恵があり、己を律する意識を持ち、そしてご飯もきっと食べる。ならば当初の目的――散財は達成できる! ……筈、だが)

「……?」


 足をパタパタさせながらハジメの顔を見上げる無垢な少女を見ていると、彼の中で大きな疑問が膨らむ。


 人をママ呼ばわりして無邪気に微笑む少女を残して自分が死ぬのは、果たして正しいことなのだろうか。


 これが犬猫ならそれもありだろうが、この少女は人間相応の感情があるに違いない。もしかしたら、自分が死んだら凄く引き摺ってしまうのではないだろうか。

 ハジメは今更ながら自分が猛烈な過ちを犯してしまったのではないかと思い始めていた。他人からすれば1000億Gで卵型の岩をろくすっぽ確認せず購入した時点で過ちの塊であるが。


「あぁ……その。先ほどから口にしている『一族』とは何の一族なのだ?」

「エンシェント・ドラゴンの一族だけど?」


 フェオとハジメは気が遠のき、床に崩れ落ちた。

 竜少女が慌ててハジメに駆け寄る。


「ママ!? ママ、大丈夫!?」

「エンシェント・ドラゴンって……創世の時代に神と争ったこともあると神話に伝わる全竜族の神祖の、あのエンシェント・ドラゴンか……?」

「多分人の歴史の中で誇張はされてるけど、そのエンシェント・ドラゴンだよ?」


 それがどうしたの? と可愛く首を傾げる竜少女に、ハジメはがっくり項垂れた。エンシェント・ドラゴンは伝説の中にしかいないとされる程の高位の存在であり、今この世に居れば間違いなく人知を超えた神獣である。


 この世界に存在する神獣と呼ばれる存在は、原則として全てが神と契約を交わし、神の意に従うことで地上にいることを赦された存在。しかしこの子供に神と繋がっている存在特有の気配はない。


 すなわち、彼女は野放しの神獣。

 もし彼女がこのまま成長してハジメの手を離れたら――万一にも人間と敵対したら――。

 ハジメは竜少女の戦闘能力を分析スキルで調べてみた。


 その辺の雑魚魔物をレベル10とすればフェオは30。大型竜は70台で、竜少女の戦闘能力は――現時点で100。これは魔王軍幹部を余裕で殺せる段階であり、下手したらもう魔王を倒せる。ゲームで言えば隠しダンジョンの最奥にでもいるレベルである。


 ちなみに現在のハジメのレベルは120辺り。だが、生まれたてで既に100ある竜少女の伸びしろを計算すれば、最終的にはハジメですら勝てなくなる可能性が極めて高い。万一ハジメが死んだことでこの少女が癇癪を起して暴れたりしたら、『霧の森』は地上から蒸発するだろう。


(俺が生きている間にこの子をどうにか安全な存在に育てなければッ!?)


 三十路冒険者ハジメ、人生で初めて勇者でもないのに世界存亡の危機に立ち上がる。


 ちなみにこの竜少女は鳴き声から取って「クオン」と名付けられた。

 ハジメが見込んでいた餌代――もとい食事代についてはというと……。


「エンシェント・ドラゴンは食事しなくても生きていけるよ? ショウエネってやつだね! 凄いでしょ!」


 むふー、と胸を張るクオンの一言に、ハジメは膝から崩れ落ちた。

 クオンは悪くない。強いて言えば馬鹿な事をしたハジメが受けるべき当然の報いである。

 この日から、開拓村にキュートな仲間にしてハジメの初めての家族が加わった。


 ハジメの散財計画、竜を飼って浪費作戦――失敗。




 ◇ ◆




 あの大騒動から数日後。

 ハジメは、自分の家に同居人がいるという状況に困惑していた。

 朝の食事を用意するハジメの後ろには、家の窓際で伸びをする小さな少女の姿。愛らしい少女は桜色の髪を揺らし、伸ばした身体を一気に弛緩させる。


「くぉ~~ん……はふぅ」

「先に顔を洗っておいで」

「ふわぁい……」


 ぐしぐしと目を擦りながら歩く少女の名はクオン。

 ハジメのガバガバ計算に生じた狂いによってハジメの娘になってしまった存在にして、もしかしたら将来世界を滅ぼすかもしれないエンシェント・ドラゴンの娘だ。ちなみに年齢はこのあいだ生まれたばかりなので実質0歳である。もう訳が分からない。


 幸いにしてクオンは卵の中で外界を学習していたおかげでざっくりと世の中の事は知っていたが、そもそも彼女は人間ではない。なのでここ最近はクオンに人間の生活の仕方を教えるのに多くの時間を取られていて、仕事が疎かになっていた。


 定期的に家に籠っては彼女に文字を教え、常識を教え、ついでに女性特有の部分についてはフェオとツナデに小遣いを渡して簡易家庭教師をしてもらっている。おかげでクオンは加速度的に学習しているが、今度は二人のことをパパと呼び出して怒られていた。

 顔を洗って部屋に戻って来たクオンはそのことを思い出したのか、料理を食卓に並べるエプロン姿のハジメに疑問を呈す。


「なんでパパだと怒られるのかなぁ。だってママじゃないのに色々教えてくれる存在ってパパじゃないの? なんて呼べばいいのさー」

「お姉ちゃんとでも呼べばいい」

「お姉ちゃんかぁ。じゃあそうしてみるね、ママ!」

(そこを一番変えてほしいんだが……)


 ママの定義が揺らぐ。少なくともハジメは心が女な訳ではない。

 せめて他の人といる間だけでも呼び名をパパにしてほしいハジメママである。おかげで町に連れていくことも躊躇われる状態だ。流石にママ呼ばわりされると周囲への説明が難しすぎる。


 ちなみに彼女の裸を見て盛大に鼻血を噴いたらしいオロチ曰く、クオンはリザードマン視点では子供ながら既に女神降臨レベルの美しさだそうだ。リザードマンは元を辿れば竜人から派生した種族なので、きっと竜人から見てもそうなるのだろう。決して彼が小児性愛者な訳ではないと思う。


 抱える課題の多さからは一旦目を逸らし、朝食をとる。


「いただきます」

「いただきま~す!」


 転生前の日本人時代の癖が抜けず食べる前の挨拶をしていたら、クオンも覚えてしまった。食に感謝するのはいいことなので別に問題はないが、異世界人に言わせると変わった行動に見えるようだ。


 食器の使い方がまだ上手くないクオンの為に食材を食べやすい大きさに調理しているのが功を奏し、彼女はなんとか食べ物を落とさずスプーンで口に運べている。


「おいひぃ~! こんなにおいしぃなら最初にゴハン要らないなんて言わなきゃよかった! ありがとね、ママ」

「作った甲斐があったよ。でも、食べながらしゃべると口から食べ物が零れちゃうぞ」

「んむっ!」


 了解とばかりに口を閉じたクオンはしっかり咀嚼し、朝食を呑み込む。

 エンシェント・ドラゴンは食事がいらないと聞いた時はどうしようかと思ったが、食べようと思えば食べられるものらしく、今では彼女も食事が美味しいことに気付いて積極的に食べてくれている。作る手間が増えたとはいえ、一人分作るも二人分作るも手間はそう変わらないので大した負担でもない。


 ただ、商人ヒヒのアドバイスで、あまり高級品は食べさせていない。


『いえね。うちの孫に小さい頃から美味しいものを食べさせてあげてたら、成長するにつれて見事に偏食し始めましてねぇ。矯正するのが大変でしたよ、イヒヒヒヒ……』

『孫いたのかアンタ』


 何でも美味しそうに食べるクオンだが、獣だって美味いものを知れば味に拘りだすものだ。エンシェント・ドラゴンが肥満になるとは思えないが、仮にも母親代わりをしているのだからそこはハジメも真剣だ。


 食材は一般的な品質のもの。味付けは心持ち薄めでシンプルに。食材も最初は柔らかめのものを出し、食事の上達につれて少しずつ一般的な家庭料理に近づけている。

 ハジメはやると決めると急に凝り性になる面倒くさいタイプの男だった。


「ほら、口元が汚れてるぞ。拭ってあげるからこっちに」

「えへっ、ありがとうママ!」


 まだ完全に食事をマスターしておらず口元が汚れ気味なクオンの口を拭ってあげるのが、ハジメの日課の一つだ。この無邪気な少女を見ていると、どうにも放ってはおけない。


 ……ちなみに卵を買った露店に後日再び向かったハジメは、店主に「本物の稀少竜の卵だった」とだけ伝えておいた。


「そ、そうかい……パチモン売りつけて大金を手にしてしまった罪悪感に前髪が退行しちまったが、それを聞いて少しは安心できたよ……」

(実はエンシェント・ドラゴンだったなどと伝えると更に退行しそうだから、黙っておこう)


 世の中、知らなくていいこともあるだろう。

 店主は1000億Gの価値があるものを売って、正当な対価を得た。

 それでいいのだ。

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