1-1 転生おじさん、土地を買う
ある日、少年は死んだ。
社会的に見て不幸だが、珍しくはない死因で死んだ。
しかし、少年は永遠の眠りから目を覚ました。
そこには神がいた。
神は問うた。
「天国で永遠の安息を過ごしますか? もしくは、異世界にてその才覚を振るい、時代を変える冒険をしませんか?」
少年は表情一つ変えず、こう答えた。
「消えて無くなりたい」
「駄目です生きてください!」
「なんで」
駄目だった。
それから30年が経過し、嘗て少年だった男は未だ消えて無くなることなく生きている。
だが、彼は今も同じ思いを抱いて世界を生きていた。
そして、それとは別に彼は今、一つの悩みによって自宅のテーブルで頭を抱えていた。
「これほど悩んだのは初めてだ……策略に嵌まって大軍に取り囲まれたときも、王を激怒させて城を出禁になったときも、占術師のスキル上げの方法に苦心したときでさえここまで悩んだことはないぞ……」
男の名前はハジメ・ナナジマ。
いわゆる異世界転生者であり、神の絡む転生を遂げさせられた者だ。
彼は剣と魔法と冒険者と魔王がいる、極めて平々凡々な日本人が考えがちなファンタジー的異世界で冒険者として生活している。
ハジメは別に異世界ライフを堪能したいなどという思考はまるでなく、むしろ生きる希望がなかった。故に神には転生どころか生きること自体を求めなかった。ところがそれを馬鹿正直に口にした結果、神(女性)に有無を言わさず神様転生させられた過去を持つ。
彼は異世界転生に際して、尋常ならざる戦闘関連の成長力と潜在能力、そして生命力というある意味スタンダードな加護を与えられた。これは言うなれば転生者にデフォルトで付与される強化であり、チート能力と呼ばれるような固有の力は持ち合わせていない。
そして、彼は神によって自殺禁止の制約を与えられている。
自刃、首つり、身投げはもちろん、明らかにその場所にいれば死ぬと確信できる場所には自らの意思で留まれないし、他人や魔物を態と挑発して自分に致命傷を与えさせたりも出来ない。
ただ、誰かの為に危険に身を投じることは、与えられた「役割」の関係上許されている。
その役割とは、世界にとって正しくある事だ。
神はハジメが自棄になって犯罪行為に及んだり、余りにも他者に理解されない言動を繰り返して社会から排斥されないか心配だった。故に、ハジメは人の為にならない間違った行為をしないという役割を与えられた。
「逆を言えば人の為なら死ねると思って人の為の危険な仕事をこなしてきたが、まさかそれが己の首を絞めるとは思わないだろ……この問題を解決せずして死ぬことは出来ない。しかし、一体どうすれば解決出来るんだ……?」
まったく予想外の事態にハジメは自問自答を繰り返す。
……余談だが、もしも役割を無視した場合は夢の中に神がやってきて、それはもう魂が擦り切れるほど有難い説法を聞かせてくれることになっている。しかもその説法はたとえ丸一年続いたとしても現実世界では一夜の夢でしかない。死を望むハジメにとって無駄に延々と続く神の説法は想像するだけでもこの上ない苦痛であるため、無駄な殺生はアリ一匹でもしないように気を付けたし、困っている人はどんなに忙しくても助けてきた。
流石の神も、それを見て「これではただ窮屈な生き方を強いただけなのでは?」と己の判断について思うところがあったらしく、転生から数年後くらいに多少は自分の都合を優先してもいいと夢枕でこっそり告げてきた。
そんな三つの抱え事と共に異世界で魔王軍というチープなネーミングと思想の軍勢や、その他数多の敵と戦い続けたハジメも既に30歳。
ここに来て、彼はあることに気付き、頭を悩ませていた。
それは――。
「金の……金の使い道が、ない……!」
冒険者になって以来ろくすっぽ使わずにいた莫大な、本当に莫大なお金である。しかも、とある理由からそのお金の量は尋常じゃない額まで膨れ上がっている。
普通なら万人が欲しがるであろう巨万の富が、何故か逆にハジメを悩ませていた。
装備品やアイテムへの出費は当然あるし、食事もするので使っていない訳ではない。しかし、既にハジメの全財産はその程度の消費では一生使い切れないほどの域に達している。
まるでRPGゲームで行くところまで行ってしまい、お金の使い道がなくなったような状態だった。
さて、別に無理に消費しなくともいいのではないか、という意見もあるだろう。
しかし、ハジメは思う。
「これだけの貯蓄、抱えたままでは経済に悪影響を及ぼす危険性がある、気がする」
経済とは様々な人がお金を使って売買を行い循環させるものだ。そのお金を使うでもなくどんどん貯めていけば、その分だけ他の誰かにお金が渡らなくなっていく。ましてハジメの貯蓄は既にちょっとした小国を金で買えるくらいの額になりつつある。
これを最後まで使わずじまいに終えるのは如何なものかと生真面目なハジメは思わずにはいられない。
今、ハジメの手元には散財の為に集めに集めた散財アイデアがある。
「この莫大に膨れ上がった金、なんとしても使い切ってみせる……!!」
それはハジメがこの世界に来て初めて、やらねばならぬと心に定めた道。
今、冒険者ハジメの果てしなくて割としょうもない散財が始まる。
ハジメ・ナナジマは自分のことをいつ死んでも良いと思っている冒険者だ。
しかし、その人生の中で貯め込んだ挙げ句ろくすっぽ使わないままになっている莫大な財産は経済に還元してから死にたいと以前から考えていた。
他人から見ればちょっと意味の分からない理論だが、彼はそのことに対して大真面目だった。いずれ訪れるであろう自分の真の終わりを前に、ハジメは身辺整理、ないし終活のための散財を決意した。
(そもそも神の制約を破らず死ぬために危険な依頼に挑み続けたのが今になって思えば過ちの始まりだったな……)
ハジメは冒険者になって以来、危険なギルドクエストばかりに挑んできた。
これは危険なクエスト=誰かがしなければならない社会的に重要なクエストと解釈しているから。つまり、世界にとって正しくある役割を全うするためのものだ。
もちろん、実際にはそれは建前。ハジメはまだ自分の死を諦めておらず、神との約束を違えない範囲で自分の死亡率が高い道を選んでいた。
しかし、危険な依頼というのは得てして報酬も高額になりがちだ。ましてハジメは転生者として常人を遥かに超える冒険者の才覚を持つ。他人を巻き添えにしない為――本音はコミュニケーションが面倒な為――にパーティを組まず常にソロで危険な依頼をこなしたハジメは意図せずメキメキと成長し、そして雪崩れ込む収入のせいで懐もジャラジャラと温かくなっていった。
勿論ハジメはこれを減らそうとは思っていた。
しかし、欲望の欠落したハジメはこれを上手く実行出来なかった。
「趣味は幾ら金をかけても足りないとは聞くが、これだけの財産を浪費出来る趣味など持ち合わせていない。『女には金がかかる』なんて話も聞くが、そもそも異性との交遊なんてやらないし……」
普通なら家族に仕送りするという選択肢もあっただろうが、赤子の頃から自意識があったハジメを気味悪がった両親は彼を森にポイ捨てしているのでもう顔も覚えていなかった。その後ハジメは偶然近くを通った冒険者に拾われて育てられ、気味悪がられて捨てられ、また拾われては捨てられ、と神様が「ごめんなさい」と泣いて謝るほどのたらい回しの末に独立したので、家族と呼べる人がいないのである。
自らの莫大な財産を使い果たすにはどうすればいいか、ハジメは自ら用意した散財アイデアメモを精査していく。
まず散財アイデアその一、ギャンブル。
「駄目だ」
自分で集めたアイデアの癖に一刀両断するハジメ。
理由は主に三つある。
一つ、ハジメにとって楽しくもないギャンブルは余りにも無為すぎる。
二つ、うっかりギャンブルで勝ったら金が増えてしまう。
三つ、搾取する側である賭場に金をつぎ込んでどうする。
というか、現金をチップに交換してそれを直で交換所に持っていき貴重品を手に入れていた時期もあったが、既にめぼしいものを一通り手に入れてしまったので特に用がない。あと賭場のオーナーに「チップ交換ってそうやって使う場所じゃねーから」とケチをつけられたので、後一度でも賭場で何かやらかすと出禁になりかねない。
ギャンブルにバツ印をつけたハジメは次の散財アイデアを見る。
散財アイデアその二、募金や寄付。
「駄目だ」
またもや一刀両断するハジメ。
これは実は何度かやったことがあり、その際にハジメは面倒な思いをしたことがある。まず、多額の募金を受け取った側はまた募金が欲しいため、送って来た側と繋がりを持ちたがる。これがコミュニケーションを面倒がるハジメにとっては嫌だった。
更に、貧しい人の為の募金と聞いて注ぎ込んだ金が実は不正に使われていたという事件が起きた際に、これまたハジメはその聴取等でやたらと時間を取られて嫌な思いをした。
最悪だったのが教会だ。
ここなら流石に不正はしないだろうと思っていたら、教会に寄付した途端に宗教臭い連中が次々に家に押し寄せ、それはそれは面倒だった。余りにもしつこかったために夢の中で神様に「あれが信仰か?」とチクリと嫌味を言うと、次の日から来なくなった。
相手を非常に慎重に選ぶ必要があり、効率が悪い。
それがハジメが募金、寄付に抱くイメージである。
散財アイデアその三、城を建てる。
「駄目だ」
やっぱり一刀両断するハジメ。
一刀両断するくらいなら最初から除外しておけと思う人もいるだろうが、根が生真面目なハジメは一つ一つ吟味する必要があると思っている。
城を建てるのは土地代も含めてそれはそれは莫大な金がかかるだろう。が、時間もかかる。しかも一人暮らしのハジメにとって城など管理が大変なだけで、持っていても何の得にもならない。
「……だが、新しい家は悪くないか?」
ふと、ハジメは自分の家を見渡す。
冒険用の様々なアイテムを保管しつつ生活出来る最低限の広さの一軒家に住んでいるハジメだが、改めて確認すると少々手狭だ。もっと広い家ならもう少し積まれたアイテムや本を気にせず生活出来るだろう。
新しい家をイメージしてみる。
今の家より広くて部屋が多い家。
地下室などあると備蓄も楽かもしれない。
多少町から離れていてもいいから、此処より静かな場所に建てるというのもいい。ここは冒険者向け住宅が多くある土地なので、酔っぱらった冒険者が少々煩い日もある。なにより町の中心から離れれば妙な勧誘が減る。
「決めた。最初の散財は、新しい家だ……それも、無駄に最高級の金をかけた!!」
こうして、ハジメ最初の散財が始まった。
数日後、彼はこの計画の為にギルドに一つの依頼を出すこととなる。
◇ ◆
その日、ギルドのクエストボードの前にはざわめきが起きていた。彼らの視線はある一点に集中していた。
「おい、どうするよ。実入りは良さそうだぜ?」
「バカ、依頼人の名前見てみろよ!」
「でも依頼人自身が護衛するってんだから逆に安全じゃない?」
「でもなぁ、うーん……」
依頼内容はそれほど難しいものではなく、町の近くにある国内有数の大森林『霧の森』に土地勘のある冒険者に案内をして欲しい、というものだ。
『霧の森』は余りの霧の深さに魔王軍さえ遭難させる、おおよそ常人は誰も近づかない死の森だ。霧の中には狡猾な魔物達が潜み、その奥深くには世俗と離れたエルフたちの里があると噂されている。
しかしその一方で、大きな森であるが故にここでしか安定して採取できない薬草や魔物素材も豊富であり、中級から上級にかけての冒険者たちの出入りは細く長く存在する。
故に、森の案内人を求めるクエスト自体は珍しくない。
問題なのは、依頼者の名前である。
「ハジメ・ナナジマって……あの死神?」
「戦いとあらば相手は必ず皆殺しって噂の……」
「血を啜る為に常に危険な仕事にしか興味を示さない狂人だろ?」
ハジメ・ナナジマ。
またの異名を『死神ハジメ』。
誰もが名前を聞いたことがある超一級冒険者だ。
受ける依頼は死の危険が高いものばかり。
なのに依頼成功率は100%。
誰とも組まず、他人と関係を持とうとすらせず、三十路の今もなお冒険者として成長を続けている――はっきり言えば、かなり異常で異質な冒険者だ。
彼が犯罪行為に手を染めたとか、誰かが彼のせいで犠牲になったという話はないが、依頼成功率に比例する魔物の殺害数は戦慄を覚えるものであり、人付き合いも悪いために悪目立ちしてしまっている。
王家が勲章授与を検討されていたにも拘わらずある出来事から王を激怒させ、以来王家とは不仲だと囁かれている。それもまた彼のよくない噂に拍車をかけていた。
そんな危険人物の依頼とあって足踏みをしていた冒険者たちだったが、その人混みをするりと抜けて一人の少女がクエストボードから依頼紙を取る。
白い肌、お洒落に整った金の長髪、そして尖った耳から一目でエルフだと分かる人の良さそう少女は、依頼内容をふんふんと吟味し、ギルドの受付に向かって叫ぶ。
「これ受けていいですかー?」
「お、おい! そんな依頼主が出した依頼請ける気かよ!」
足踏みしていた冒険者の一人が心配そうに彼女に声をかけるが、当人は気にした様子もなく紙をひらひらと見せびらかす。
「世間の信用がなくとも、ギルドの信用はあるからこその一級冒険者でしょ? それに報酬もオイシイし、受付期限が今日の昼までだから逃す手はないじゃない?」
彼女は、この依頼が自分の運命を大きく変えることをまだ知らない。
少女の名は、フェオと言った。
Twitterでの要望的なものにより、カクヨムに投稿していた『道を極めすぎたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。』をこちらにも投稿することにしました。
カクヨムとの違いについて。
カクヨムは優先更新、プラス、一話につき3000文字程度を目安にしていますが、なろう側では2話を1話に統合するくらいのボリュームで行こうと思います。その関係でカクヨムとほんの僅かに文章が違う部分が出てきますがご了承ください。
また、もし作者が見落とした誤字脱字があったら容赦なく誤字報告にあげてくださると助かります。作者も細心の注意を払っているつもりですが、いかんせん人のやることですので。
小説そのものについて。
当小説は基本的に自殺が馬鹿らしくなる方向性のゆるーい感じで進みます。たまに真面目な話もしますが、そこはご愛嬌ということで。章も一つ一つは短めで、たまに下ネタ的な何かもあるかもしれません。主人公のハジメくんを慕う女の子は将来的に何人か出てきます。ハジメくんはかなり最強に近いですが正直最強ではないです。でも一応タグ入れてます。
先の展開言うなよと思う人もいるかもしれませんが、後になって変なのが湧いて出るのも嫌なので先手で宣言しました。
簡単な説明は以上になります。