第6話 『お漏らし皇女』
――14:35
『さ、最初のっ、んんっ、連絡、です』
マイクが、アリアが必死に抑えようとして、それでも溢れた呻き声を拾う。
声は上擦り、話は全体的に途切れ途切れだ。
アリアの脳裏に、10歳の誕生パーティの悲劇が甦る。
あの時のような……いや、それを上回る大惨事が、目の前まで迫っている。
原稿に集中し、何とか最悪の想像を振り払おうとするアリアだが、彼女に渡された原稿こそ、少女達の最後の刺客だった。
『部活棟のっ、ト……っ!? ト、トイレっ!?』
ジョロロッ!
『くぁあぁっ!?』
(ああぁあぁっっ!!? トイレっ! トイレぇぇぇぇっっ!!)
自ら発した『トイレ』という言葉が、膀胱を刺激する。
アリアが読み上げる連絡事項は4つ。
『部活棟のトイレの故障』
『情報漏洩に関する注意喚起』
『シャーロット川増水による堤防決壊』
『渡り廊下前のトイレの漏水』
『トイレ』『漏れる』『決壊』
否応なしに、アリアに尿意を意識させる内容だ。
『し、失礼、しました……! 部活棟の……くぅっ、ト、トイレっ! が、故障して……!』
アリアはもう、いつ膀胱を決壊させてもおかしくない状態だ。
顔面は脂汗に塗れ、目からは涙が、口からは涎がこぼれ落ちている。
もじもじと身を捩る動作も止められない。
全身はブルッ、ブルッと不規則に震え、その度に、ブルマの染みが少しずつ広がっていく。
近くの生徒は、股の部分がくっきりと変色しているのを目の当たりにしていた。
アリアがトイレを我慢していることは、既に会場中の誰もが気付いていた。
『次にっ、情報っ、漏洩に、かんす、あぁっ……関する、連絡です』
勿論、教員達もだ。
だが、彼らにアリアを助けることはできない。
生徒総会は、生徒会の仕切りで、教師は与えられた役目以外で、口を出すことを禁じられているのだ。
これはかなり強い制約で、過去、進行に口を出した教師の中には、減俸や、解雇になった者までいると言う。
彼等は、アリア本人の口から助けを求められるまで、自分から動くことはできないのだ。
『情報を……も、も、漏らし、漏らして、しまっ、んぁぁっ!』
ジョォォォォッ!
(漏れるっ! 漏れるぅぅっ! もう、本当に、ここで漏らしちゃうっっ!!)
厚手のブルマは、もうグッショリと濡れそぼっている。
吸水限界を超えた生地から、一本、二本と、太ももに滴が伝った。
『お漏らし』
最悪の四文字が、アリアの意識を埋め尽くす。
全校生徒の前で、しかもこんな卑猥な姿での失禁は、どれだけの時を経ても消えることはないだろう。
『凄いわよね、アリアさん。でも知ってます? あの人、学生時代に、全校生徒の前でお漏らしを――』
(嫌よぉっ! そんなの嫌ぁっ! 誰かっ、誰か、たす、けて……)
だが、いつもアリアを助けてくれる仲間は、今日は全員学園を休んでいる。
頼りにしている養護教諭のノーラは保健室に詰めているし、聡明な学園長は出張だ。
彼女の周りに残ったのは、この窮状を楽しむ者、哀れに思っても動き出せない者、そして劣情に理性を失った者達だけ。
『つ、つぎにぃ……しゃぁろっと川のっ、て、堤防、けっかいぃ……っ!』
(や、やめてぇっ! 水の話を、させないでぇぇっっ!!)
限界を超えた尿意に、脚をクロスさせて抗うアリア。
だが、そんな努力も虚しく、太ももはビッショリと濡れ、とうとう靴下にまで染みが広がった。
足元には数滴、敗北の滴が溢れている。
ジョォォォッ!
(う、うそ、うそよ……っ……私が、この、私が……!)
『しゃあろっとがわっ、がぁ、んんっ! きゅ、きゅうげきに、ぞぅすぃをぉぉ……!』
(皇女で……主席で……ふく、かいちょぉのぉ……そ、それが、こんな……こんな、ところで……!)
生まれ持った立場、重ねてきた成果、それによって集める視線。
その全てが、今やアリアの羞恥を煽る材料になっていく。
ジョロッ! ジョロロッ!
『すぃあつでぇ……っ、堤防が、てぇぼう、が……あ、あ、あっ!』
(こんな、ところでっ……も、漏らすなんて……あっ、ああぁっっ!!?)
ジョォォォォッ!
断続的な放水は止まらない。
膀胱にはもう一滴分の隙間もなく、限界を超えた水圧が、アリアの堤防を突き崩さんと、出口に押し寄せる。
下半身は、ブルマも脚も靴下も、完全にびしょ濡れだ。
足元の水滴は、そろそろ水溜りといって良い大きさに近付いている。
例え、今この瞬間この場から駆け出しても、アリアは舞台裏のトイレにすら、辿り着くことはできないだろう。
『ていぼうが、け、けっかぃっ、みずがっ、漏れてっ、も、漏れっ、もっ、漏れちゃ……あぁっ!?』
ジョォォォッ! ジョォォォッ!
(もうダメぇぇっ! 出ちゃうっ! 全部っ、漏れちゃうぅぅっっ!!)
ジョオオオオオッッ!!
『あぁあああっっ!!』
――14:39
アリアがマイクの前に立ってから4分。
シャーロット川堤防決壊の連絡の最中、ついに、その瞬間は訪れた。
『ん゛もぅっ、る゛ぁあ゛めぇえぇっ! あ゛ぁあ゛っはぁあっっっ!!!』
ジョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッ!!!!!!!
堰を切った膀胱から、大量の尿が、濁流となって迸った。
それは下着もブルマも突きつけ、頑なにクロスされた脚の間から、滝となって壇上に降り注ぐ。
ジョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!ブジョオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!
バチャバチャバチャバチャバチャバチャッッッ!!!
『あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!!!』
アリアの腰から下は、何もかもが小水に濡れ、広がり続ける金色の水溜りが、とうとう舞台からこぼれ落ちた。
最前列の生徒達は、まさかの水害に慌てて避難を始める。
そしてそれ以外の生徒は、マイクスタンドにもたれ、失禁を続けるアリアを、食い入るように見つめていた。
『見ないでぇぇっっ!! お願い、見ないでえええええええっっっ!!! 嫌あああああああああああああっっっっ!!!!』
ジョオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!
ジョババババババババババババババババババババッッッ!!!
ビチャビチャビチャビチャビチャビチャビチャビチャッッ!!
『止まってぇぇっっ!! ああぁぁっっ、止まってえええっっ!!! みんなっ、向こうを向いてええええええええええええっっっっ!!!!』
ジョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!
『嫌あああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっ!!!!!』
アリアの懇願を聞き入れる者はいない。
侮蔑、嘲笑、憐憫、そして劣情。
ありとあらゆる羞恥を煽る視線が、舞台上で小水を垂れ流すアリアに突き刺さる。
下着のようなブルマは、小水が溢れる出口を隠してはくれない。
我慢に我慢を重ねた末の失禁。
アリアはその全てを、全校生徒に見せつけることになった。
やがて、1分にも及ぶ、長い長い決壊が終わりを告げる。
「んあぁぁあぁっ」
アリアは最後に一つ大きく震え、自らが作り出した、大きな大きな水溜まりに崩れ落ちた。
「あ、あ……あぁっ、ああああっっ!!」
(わ、わた、私っ、漏らした……っ。こんな、学園の、みんなの前で、おしっこ……っ……漏らした……!!)
水音と、下半身を濡らす不快な感触、そして何より、静まり返った会場から集まる視線が、アリアに、自分が取り返しのつかない大失態を晒したことを自覚させる。
(嘘よっ……こんなの……! 誰か、嘘だと言ってぇぇぇぇ……っ!)
「うっ、うぁっ、うあぁぁっ! うわあああぁあぁぁはああぁぁあぁぁぁっっっ!!! あああああああああぁぁぁああぁあぁぁあっっっ!!!」
顔を覆って、泣きじゃくるアリア。
そこにいるのは、中等部主席の才媛でも、一年で副会長に選ばれた期待の新人でも、誇り高いランドハウゼンの皇女でもない。
16歳にもなって、トイレを我慢できなかった、惨めな『お漏らし皇女』だった。




