道場訓 八十三 勇者の誤った行動 ㉕
「だ、脱獄だ!」
看守たちの間に怒号が響き渡る。
現在、職人街の牢獄は大変な騒ぎになっていた。
警邏隊(街の地方組織)が管轄している牢獄が、謎の武装集団の襲撃に遭ったのだ。
「ぎゃあ!」
看守たちの悲鳴があちこちから上がり、鼻が曲がるような臓物臭とともに血しぶきをまき散らしながら倒れていった。
キース・マクマホンこと俺は、そんな看守たちの死体を跨ぎながら目的の場所へと進んで行く。
「くそっ、一体どこの部屋にあるんだよ」
俺は舌打ちしながら1つずつ部屋の中を改めていく。
すでに牢屋からは脱獄済みだったが、今着ている服が囚人服なのだ。
さすがに囚人服のまま外に出るのは俺の自尊心が許さない。
「おいおい、いい加減に服ぐらい諦めろよ。その囚人服だって以外に似合っているぞ」
そう俺に話しかけてきたのはソドムだ。
「馬鹿言うな。仮にも俺は勇者だぞ。小汚い格好のままでいられるか」
「だが、その動きやすい囚人服を着たままのほうが新たに得た力を使いやすいんじゃないのか?」
まあ、そうかもしれねえ。
でも、やっぱり囚人服のままは嫌すぎる。
そんなことを考えていると、俺たちは牢獄には似つかわしくない豪勢な扉を見つけた。
怪しいな。
俺はためらわずに部屋の中へと入る。
どうやら看守長の部屋のようだ。
明らかに他の部屋よりも調度品のランクが上だった。
俺たちは誰もいない看守長の部屋を物色する。
すると――。
「おっ!」
見つけた。
部屋の奥で俺の正式な装備一式が無造作に置かれている。
「何だってこんなところにお前の装備が?」
「大方、あとで俺の装備を売っ払う気だったのかもな」
俺の装備は勇者に認定されたときにあつらえた一級品ばかりだ。
さすがに没収された《神剣デュランダル》には及ばないが、中央街の武具屋で買える最高級品ばかりの装備だった。
そしてサイズも俺に細かく合わせたものばかりだったので、この装備を手に入れた奴は自分で着るわけにもいかず、捨てるにも惜しかったので後々売り払うつもりだったのだろう。
俺だったら確実にそうする。
さて、こいつはどうするかな。
俺は防具などと一緒に置かれていた長剣を見つめる。
正直、この新たな力を得た今となっては無用の長物だった。
こんな俺も斬れないようなナマクラに固執する意味はねえか。
などと思った俺が長剣を蹴り飛ばしたときだ。
バアンッ!
扉がけたたましい音を上げて開いた。
「そこまでだお前ら!」
俺とソドムが振り向くと、数人の看守を連れた屈強な男が入って来た。
身なりからして看守長だろう。
「大人しく牢屋に戻れ! さもなければ――」
「さもなければ殺す……ってか?」
看守長の言葉を無理やり引き継いだのは俺だ。
「そ、そうだ! 特にお前ら――元勇者のSランク冒険者であるキース・マクマホン、〈暗黒結社〉の大幹部であるソドム・ニードマン、お前たちは別房行きなどと言う生温いことは言わん。今回の騒ぎの張本人として死刑にする」
「どちらにせよ殺す気なんじゃねえか」
ふん、と悪態を吐いたのはソドムだった。
「まあ、それも仕方ねえよな。金に目が眩んだ馬鹿な看守の手引きで、アンタが管轄している牢獄全体がグチャグチャになったんだ。せめて今回の騒動を起こした関係者を処罰しないとアンタが死刑台に立つことになるんだからよ」
ソドムの言ったことは的を射ていたのだろう。
看守長は怒りの形相を浮かべ、歯がゆそうに奥歯をギリリと軋ませる。
「やかましい! どちらにせよ、お前たちはもう終わりだ! こんな逃げ場のない部屋へ逃げ込んだ自分たちの不運を恨むんだな!」
どうやら袋の鼠だと言いたいに違いない。
だが、俺たち――特に俺はこれっぽっちも思っていなかった。
「下がってろ、ソドム。こいつらは俺がやる」
俺は胸の前で祈るように両手をからめ、柔軟運動をするように手首を動かす。
このとき看守長たちにそれなりの見る目があれば、ただの柔軟運動に見える俺の手首の動きが異常だったことに気づいただろう。
しかし、看守長たちは俺たちを捕まえることに夢中で気づいていない。
まあいい。
ちょうど、こいつらでこの力の実践といこうか。
などと俺が思った直後、看守長は「確保!」と大声を上げた。
すると看守たちは鉄棒を片手に襲いかかってくる。
俺はニヤリと笑みを浮かべて看守たちに歩み寄っていく。
「はあッ!」
「けりゃあッ!」
そして看守たちは気合を発しながら鉄棒を叩きつけてきた。
ドンッ!
看守の1人が繰り出した鉄棒の一撃を俺は身体に受けた。
もちろん、避けるなどしない。
ドンッ、ドンッ!
間髪を入れずに2打目、3打目の鉄棒による攻撃が俺の肉体へと叩き込まれる。
「くくくっ……効かねえな」
身体に鉄棒をめり込ませながら、俺は看守たちに不敵な笑みを向けた。
強がりではない。
本当に痛みをまったく感じないのだ。
それは魔力で身体強化したとかそういうことでは断じてなかった。
ソドムの仲間から貰った新たな魔薬によって得た力の効果だ。
「な、何だこいつは!」
「人間の身体の感触じゃない!」
「ば、化け物だ!」
看守たちは明らかに動揺して俺から離れていく。
それは看守長も同じだった。
まともに受ければ致命傷になる何発もの鉄棒を食らったのに、まるでダメージを負っていない俺を見て目を見開いている。
一方、俺はそんな看守長たちを冷静な目で見つめた。
圧倒的な力の差とはこういうことなのだろう。
人間を超えた今の俺にとって、看守長たちなどアリ以下の存在に思えた。
ならばどうするか?
決まっている。
俺はガキの頃に砂遊びをしていた光景をふと思い出した。
砂遊びをしていた中、視界に入ってきたアリの群れを踏み潰した光景を――。
同時に俺の脳裏に様々な人間の顔が浮かんだ。
この国の国王や大臣ども。
仲間だったカチョウやアリーゼ、そして一時的に雇った荷物持ちのカガミ。
そして、追放したサポーター兼空手家だったケンシン。
「おもしれえ。この力は実におもしれえな」
俺は感極まって狂ったように笑った。
「俺をコケにしてくれたアリどもが。どいつもこいつも踏み潰してやる」
心の奥底からドス黒い負の感情が込み上げてくると、俺はまず手始めに目の前のアリどもから踏み潰すことに決めた。
やがて部屋の中にこの世のものとは思えないほどの悲鳴が響き渡った。
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