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道場訓 三十五   クレスト教に伝わる整体術

 俺は空き地の入り口に立っていた、見知らぬ銀髪の少女を見つめた。


 どうしてこんなところにクレスト教の修道女がいるんだ?


 純白のドレスのような聖服(せいふく)は、間違いなく世界中に信徒(しんと)を持つクレスト教の修道女たちが着る服だ。


 だからこそ、なぜここに修道女がいるのかが分からなかった。


 ここの近くには修道院もないし、買い出しに来るような市場もない。


 ましてや巡礼する聖堂なども商業街にはまったくなかったのだ。


 加えて銀髪の修道女はどうやら1人でここにいる。


 普通なら修道女たちは2、3人で行動をするはずなのだが……。


 などと俺が思っていると、銀髪の修道女は「ようやく見つけたで。うちの勇者さま」と涙を流しながら(つぶや)いた。


 ……何だって?


 俺は銀髪の修道女が口にした、特徴的な言葉使いでハッとなった。


 リザイアル王国では珍しい銀髪。


 世界中に信徒(しんと)を持つ、巨大宗教団体のクレスト教。


 クレスト教の母体国家である、アルビオン公国の上位層が使う言葉使い。


 そして体型や雰囲気(ふんいき)はまったく異なっていたものの、俺のことを()()()()と言う人間は過去に1人しかいなかった。


「まさか……お前、リゼッタか? リゼッタ・ハミルトン?」


 俺が怪訝(けげん)な顔つきで(たず)ねると、銀髪の修道女は涙を(ぬぐ)いながら「そうです。うちはリゼッタ・ハミルトンです」と答えた。


 その直後、リゼッタは地面を強く蹴って一足飛(いっそくと)びに間合いを詰めてきた。


 流れるような動きで俺の首に両腕を回して抱きついてくる。


「会いたかった! ホンマに会いたかったで、ケンシンさま!」


 甲高い声で叫びながら、嬉々(きき)とした表情を浮かべるリゼッタ。


 そんなリゼッタは続いて俺にキスをして来ようとしたので、俺は瞬時に空いていた左手でリゼッタのアゴ先を(つか)んで勢いを止めた。


 そのままリゼッタの身体を無理やり引き()がす。


「おい、いきなりを何をする!」


「え~、それはこっちの台詞(せりふ)でっせ。何でですの、ケンシンさま。久しぶりに会った弟子からのキスの一つや二つぐらい受け止めてもええやないですか」


 誰が誰の弟子だって?


 いや、それよりもどうしてリゼッタがこんなとこにいるんだ?


 俺はあまりにも突然のことが重なり頭が軽くパニックを起こしかけたが、胸の中で少しずつ死に向かっていくキキョウの存在がすぐに現実へ引き戻してくれた。


 そうだ、今はリゼッタのことよりもキキョウを助けることのほうが先決だ。


「悪いな、リゼッタ。今はお前に関わっている場合じゃないんだ。こうしている間にもキキョウの命が……」


 そこまで言うと、リゼッタは瀕死(ひんし)のキキョウを見て「誰かは知りまへんが、ただの病気やなさそうでんな」と言った。


「それに全身を(おお)っている魔力(マナ)の強さと流れが明らかにおかしい……はは~ん、これはあれやな。非合法な魔薬(まやく)過剰摂取(かじょうせっしゅ)による禁断症状やな。残念やけどすぐに適切な処置をせんと死んでしまいまっせ」


「お前、見ただけでそこまで分かるのか?」


「もちろんでっせ、ケンシンさま。これでもうちはクレスト流・合気柔術(あいきじゅうじゅつ)免許皆伝(めんきょかいでん)をもろた身です。修行中にはこの人みたいな魔薬(まやく)過剰摂取(かじょうせっしゅ)による禁断症状が出た人間をそれこそ()()ほど助けましたわ」


 渡りに船とはまさにこのことだった。


「だったら、頼む。こいつを――キキョウを助けてやってくれ。このまま死なせるには不憫(ふびん)すぎる」


 リゼッタは俺とキキョウの顔を交互に見ると、最後にエミリアの顔を見る。


「……ケンシンさまの頼みなら構いませんけど、終わったあとに()()()()()()話しましょうか。聞きたいことが山ほど出来ましたわ」


 俺が頭上に疑問符を浮かべるなり、リゼッタは「ほんなら、失礼」とキキョウの身体を地面に寝かせた。


 それだけではない。


 おもむろにキキョウの襟元(えりもと)(つか)み、一気に衣服を(はだ)けさせる。


「ちょっ……いきなり何をするんですか!」


 胸にサラシが巻かれたキキョウの上半身が(あら)わになると、これから何をするのか分からなかったエミリアがリゼッタに声を上げた。


「やかましい! 素人は黙っとれ!」


 リゼッタはエミリアを一喝(いっかつ)すると、そのまま胸に巻かれていたサラシすらも無理やり()ぎ取った。


「さあ、ちゃちゃっとやるで」


 続いてリゼッタは聖服(せいふく)のポケットから小さな革袋を取り出した。


 そして俺とエミリアが見守る中、リゼッタは革袋の中から取り出した何本もの〝(はり)〟をキキョウの上半身にあるツボに打ち込んでいく。


 俺が感心しながら見ていると、(はり)を打ち終わったリゼッタは次の行動に移った。


 まるで熱を確かめるように右手の(てのひら)をキキョウの額に合わせ、左手の(てのひら)中丹田(ちゅうたんでん)と呼ばれる胸の中心に置く。


 そして――。


 ヒュウウウウウウウウウウウウ――――…………


 リゼッタの口から口笛(くちぶえ)のような呼吸音が発せられた。


 戦闘に()けた闘神流空手(とうしんりゅうからて)息吹(いぶき)とも違う、整体に()けたクレスト流の独特な呼吸音だ。


 このとき、俺の目にははっきりと見えていた。


 下丹田(げたんでん)気力(アニマ)を練り上げたリゼッタが、右手と左手の労宮(ろうきゅう)からキキョウの肉体へ気力(アニマ)を流し込んでいることに。


 クレスト流の整体術(せいたいじゅつ)……久々に見るな。


 世界中に信徒(しんと)を持つ巨大宗教団体――クレスト教。


 そのクレスト教の中には身分や貧富(ひんぷ)に関係なく、他人のために()くすという教えがある。


 もちろん托鉢(たくはつ)説教(せっきょう)なども重要な教えだったが、クレスト教は弱者保護により発展してきた宗教だ。


 そのため、クレスト教の人間たちは怪我人や病人の治療に()けている。


 リゼッタが行っている整体術(せいたいじゅつ)もその一つだった。


 (はり)を使って肉体のツボを刺激して回復させる――鍼灸術(しんきゅうじゅつ)


 相手の身体に気力(アニマ)を流して体内の調子を整える――蘇生術(そせいじゅつ)


 他にも脱臼(だっきゅう)や骨折を治す整骨術(せいこつじゅつ)などもあるが、大抵の怪我や病気なら鍼灸術(しんきゅうじゅつ)蘇生術(そせいじゅつ)で事足りるという。


 今がそうだった。


 リゼッタが施術(しじゅつ)を行っていると、キキョウの身体に変化が起こってきた。


 ビクンビクンと何度も身体が動き、そのたびにキキョウの口からは()き気をもようしたときのような嘔吐(えず)きが()れてくる。


 (はた)から見ていたエミリアは心配そうに「ケンシン師匠、大丈夫なんですか?」と俺に声をかけてきたが、俺は自信を持って「大丈夫だ」と答えた。


 正直なところ、これほど高度な整体術(せいたいじゅつ)は今まで見たことがない。


 肉体を回復させるツボに1ミリの狂いもなく針を打ち込んだこともそうだが、的確な量の気力(アニマ)を流し込んで体内をマッサージしている技量には舌を巻くほどだ。


 こうしてキキョウの体内に蓄積していた(いびつ)魔力(マナ)を、少しずつ外へと放出していけば後遺症の心配もなく回復するだろう。


 ほどしばくして、リゼッタは気力(アニマ)によるマッサージを終えた。


 皮膚に打ち込んでいた(はり)も手慣れた動きですべて抜き、最後に(はだ)けさせていた衣服を元に戻して自分の呼吸も整える。


「これで終了ですわ。とりあえず、命の危険はもうないですやろ。それに日頃から身体を鍛えていたみたいですし、常人よりも回復は早いと思われますよ」


 リゼッタの言うことは正しかった。


 先ほどまでは顔に死相(しそう)が浮かんでいたものの、今のキキョウは(おだ)やかな表情で呼吸も安定している。


 もうこれで死ぬことはないだろう。


 俺はほっと胸を()で下ろした。


「すまん、リゼッタ。何と礼を言えばいいか」


「礼なんていりませんよ……それよりもケンシンさまに聞きたいことがあります」


 突如(とつじょ)、リゼッタは俺を()すような目で見つめてくる。


「治療したこの人もそうですが、そこの金髪のお嬢さんとはどういった関係なんですやろ? うちの耳が(いか)れてなかったら、ケンシンさまのことを〝ケンシン師匠〟と呼んでいたように聞こえましたが……」


「うん? ああ、そうだ。彼女の名前はエミリア。俺の一番弟子だ」


 俺がそう言うと、エミリアは呆然(ぼうぜん)としていたリゼッタに「一番弟子のエミリア・クランリーです」と自己紹介する。


「な……なな……」


 やがてリゼッタは自分の頭を両手で押さえながら、


「何やてえええええええええええええ――――ッ!」


 路地裏にいた野良猫たちが一斉(いっせい)に逃げ出すほどの叫び声を上げた。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

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[気になる点] 「だったら、頼む。こいつを――キキョウを助けてやってくれ。このまま死なせるには不憫すぎる」 死なせた方が良いんじゃないですかね? “戦魔大戦の英雄”であり先ごろ大勢の冒険者たちの前で…
[良い点] ふう・・・峠を越えたようで良かった・・・。 [一言] 所で、武術の先生の中には弟子が修行の最中に怪我をしてしまっても治療できるように、医術や整体を修めている人もおりまして、要するに何が言い…
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