第7話「エスケープフロム現実」
気がつくと目の前が真っ暗で、ゴーグル越しにとっ散らかってる自分の部屋が見える。俺の未来はお先真っ暗だけどなガハハ。
もう俺を殺してくれ。そう思いながらゴーグルを外した時、ふと違和感を感じた。ゲームの中と視点が変わらない。元に戻ったら視点はもっと高いはずなのだが、なぜか視点は低いままである。それに加えて、いつもよりなぜか服が重い。
あれぇ?おかしくね?
なんか世界が大きく感じる。いつもなら狭いと感じる我が部屋が、ちょうど良いサイズ……いやむしろちょっとデカいなと思うほどの違和感。
ヤバい、確実に何かがおかしい。
恐怖感と焦燥感に頭を焼かれながら、とりあえず部屋を出ようとして、転んだ。服の裾を踏んづけて。
いてぇ。涙が出そう。
自分の周りの世界が大きくなったらばかりか、自分の服までもが巨大化している。ぶかぶかのサイズで俺よりもひと回り以上大きい。
悪夢か、これは。夢ならば早く醒めてくれ。
恐怖感で泣きそうになるのを、歯を食いしばって堪える。男なら泣くなと父親にウンザリするほど聞かされてきたから、今まで余程のことがない限り泣かなかった。でも今は、今だけは、泣かせておくれホトトギス。
「誰か助け……?」
そこまで言いかけて口を噤む。今俺の口から変な音鳴らなかった?なんかめちゃくちゃかわいい声が聞こえた気がするんだけど気のせい?ついに幻聴まで聞こえるようになったらしい。そろそろマズイんじゃないでしょうか。精神が。
「幻聴か……ぁ〜?……あぇ〜?」
もしかしてこれ幻聴じゃない?てかこの声の主、俺?
やっぱりそうだ。何回やってみても俺が発した声としか思えない。
信じられない……というか信じたくない。世界がデカくなったかと思えば俺自身の声帯も取り上げられたときた。もうなんかここまできたら、一周回ってそろそろ精神が落ち着いてきそう。何が起こったかは一切合切わからないが、まぁどうにかなるハズ!今までそうやって生きてきたからイケます!
俺ならやれる。もうどうにでもなれ。
転んだ身体を起こして、傷がないか確認する。よし、無さそう。気になることがあるとするなら足も腕も細くなってることですかね。血色はいいものの、どこかすぐに壊れそうな危うさがある。
まぁ理解不能なんだし考えても仕方あるまい。とりあえず洗面所で顔を洗おう。一回リセットして思考をクリアにすべきだ。
服が邪魔すぎて、全部脱いでから行動しようかと思ったところでやめた。さすがにはしたないわ。裾と袖を引きずりながら向かうことにします。
ずりずりずりずりと全身を引きずりながら洗面所までたどり着き、手桶に水をいっぱい溜めて顔を洗う。洗う。洗う。水浸しになりながらも何度も顔を流す。タオル……は洗濯に出しててないから、手で拭う。
はぁ……。よし、気合を入れ直せ。
自分の頬をパンと叩いて、ふと顔を上げる。するとどうなるか?洗面所には鏡が必ずある。ということはつまり、己の姿が写し出されるということに相違ない。
「だっ……!誰だお前!?」
目の前には。鏡の中には。
光り輝く銀髪。濘猛さを感じる光を湛えた赤い瞳の美少女が、水に濡れた顔で立っていた。
「お……俺……おぉ…………おええええええ」
吐いた。『俺』が『俺』じゃ無くなっている恐怖感と虚脱感とがないまぜになったまま処理できなくて、反射的に吐いた。気持ち悪い。なんでこんなことになったのか全く分からないけど、とにかく気持ち悪い。頭の中がぐっちゃぐちゃになって、何も考えられなくなるくらい、気持ちが悪い。
「あーあ……」
俺は、そのまま意識を失った。
☆★☆
目が覚めると、洗面所に突っ伏していた。
もしやこれまで起こったことは本当に夢だったんじゃなかろうかと、一縷の希望を抱いたまま顔を上げて鏡を覗き込んでみても、やっぱり俺は女の子のままだ。
ぶかぶかの服を引きずりながら自分の身体を見やるために両手を広げて、鏡の中の自分と見比べるようにしてしっかりと確認する。
違和感は多々あるし文句は山のように出てくるが、一番気になるのは足元まで届くぐらいに長い髪の毛だった。
白髪……じゃないか、なんと言えばいいのだろう。白よりも灰色に近いけどそこまで燻んでいないから……銀髪?としか形容できない。昔博物館で見た京の錦織みたいに、ツヤツヤとして重厚な感じがある。頭を振ってみれば髪の重量が加算されてちょっと、いやかなり重い。ざんぎり頭を叩いてみれば……いや違うな。何言ってんだろう俺は。
「あーあー本日は晴天なり……」
うん。声もさっきから変わりなしと。最悪だな、本当に女の子みたいになってやがる。聞いていて不快感の一切ない、凛として澄み切った中にまだ幼さとあどけなさの残るような声。外見も相まって世が世なら聖女として祭り上げられたろうなと思う。まるで他人事のような感じだが。
中肉中背の特技も特筆すべきモノも何もない、どこにいてもすぐ忘れ去られるような見た目だった俺が、今こうしてありえないほどの美少女になっているなんて天と地がひっくり返ったとしか思えない。残念というべきか当然というべきか、天と地がひっくり返ってはいないのだが。
フラフラとした足取りで自分の部屋に戻ってきたが、特に何をするというわけでもない。散らかった部屋をゾンビのような重い足取りで掻き分けて、ベッドに倒れこむ。ぼけーっと窓の外を見ると、空はよく晴れている。雲一つ無い青空だ。鳥の鳴き声がよく聞こえてきて、外では子供がキャイキャイはしゃぎながら追いかけっこをしていた。絶好のお出かけ日和ですねクソッタレめ。こんな姿でお出かけなんてしたら確実に奇異の目で見られるからイヤだよ俺、勘弁してよ〜。
はぁ、こんなことやってるヒマじゃねぇ……。
現実を受け止めて情報収集だ。俺はもう逃げん。
枕元に手を伸ばして全く使ってないノートを手に取り、とりあえず今までのことを書き起こしてみることにした。モノとして残る紙の媒体はこういう時にありがたい。ありがとうパピルス、ありがとうエジプト文明、ありがとう蔡倫。全ての古代文明に感謝。愛してんぞ。
『10時:ゲームを買う。壊れかけのチャリンコが悲鳴をあげる。
10時半?:ゲームを起動。ネカマで宿願を果たす。なんやかんやあってそっ閉じする。
12時?:ゲームを終える。俺の身体が女の子になってる。怖い。』
そこまで書いたところで、あまりのバカバカしさに投げそうになった。
なんだよこれ、怪文書かよ。怪文書でももっと前後関係わかりやすくて起承転結のある展開になってるぞ。
あほらし。こんなん書いてたかて何の意味もあらへんがな。
そう思ってノートを投げ飛ばした瞬間、俺の携帯がブーッと不満そうに振動した。
「はいはい悪かった悪かったよ俺が……。誰だよこんな時に連絡してくるやつは!」
机の上にあるスマホへと、ぐーっと手を伸ばす。が、届かず。当たり前ですよね俺の身体が縮んじゃってるんですからブヘヘ。
起き上がって自分の机に置いてあるスマホを手に取ると、片手に収まりきらないほど大きく感じる。なんと世は理不尽なことか。
画面をタッチしようとしたところでふと手が止まる。この暗い画面に写っている美少女は誰ですか?あどけない顔立ちに不服そうな表情を浮かべた女の子は……
あ、俺かぁ!
いやこんな小芝居やってる場合かよ。
ロック画面を立ち上げると、そこには一通の簡潔なメッセージが届いていた。
『今から昼飯食いに行かね?』
まったくコイツは。もう14時だぞ。まぁしょうがないか、俺と気が合うのはこういうヤツだ。無計画な人間同士でしか気が合わない。
ロックを解除して返信を打ち込む。
「じゃあ近くのラーメン屋で……いや無理だろ」
送信しそうになってからハタと気付いて削除した。
無理だ。俺の今の姿を考えてみろ。向こうの立場を考えたら『友達の名を名乗る見たこともない女』になるぞ。そんなやつと落ち着いて食事ができるわけがない。よく考えたらそんなやつと一緒にいるのはイヤすぎる。
『ごめん飯食ったわ、俺ゲームやってるからまたそっちでな』
そう打ち込んで送信してから、スマホの電源を切って寝転がった。問題を先送りにするのは俺の悪いクセだ。直さないといけないがこればっかりは難しい。マジで鬱になりそう。
まぁしかし、こうなるとやる事がゲームしかない。今の俺が誰の目も気にする事なくできるのはコレしかない。
と、その前に。机の引き出しを開けて、ガラクタの中からチョコレート味のカロリーバーをサルベージする。
「……いただきます」
栄養は摂っておかないといけないからね。20秒ぐらいでもそもそと咀嚼して食べ終わる。にしてもマズいなコレ。チョコレートの味が薄すぎる。もはやチョコレート風味の粉を固まらせたディストピア飯だよ。
「ふー……ごちそうさまでした」
やるっきゃnight。えいえいmoon。
もう一度ゴーグルを装着して、仮想現実の世界に逃避するようにしてログインする。さっきと行動が真逆になっていることに気付き、少し笑ってしまう。いや笑い事じゃねえよもう逃げ場がないんだよ俺。
あぁ神様、願わくば。願わくば俺を、お救いください。




