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第1話「直感ってのは信じた方がいい」

初投稿です。

 俺はいわゆる負け組だ。幼い頃からの負け続きのせいで負け癖の付いた、どうしようもない負け組。生きてるだけで敗北者。高校生にしてこの先の人生全てが負けのようなもの。今までで勝った事など、じゃんけんかゲームの中でしかない。


 しかしそんな私にも理解のある彼女さんが……いません。そう、いないのです。現実とは常に非情なのである。そんな都合のいい方向に転ぶ人生などではない、というのは17年生きてきて最近ようやく知ることができた。でも、目の前でニコニコしてるコイツに限っては────。


「なぁユキちゃん!おれ人生ではじめて告白なんてされるんだけど!わぁ楽しみ」


 チクショー、ばかくせえ。やってらんねぇよなぁ。

 目の前でさっきからずっと大騒ぎしてるのは、俺の唯一無二の親友である宮部 朝経(みやべ あさつね)。本日めでたく告白のお手紙、いわゆるラブレターをもらったらしい。しかして差出人不明。本人いわく『終業式終わった後机ん中に入ってた』とのこと。にわかには信じられないが、こういう事もあるのだということをまざまざと見せつけられて、キレそうになってる。お前、俺の陰キャ仲間じゃなかったのか!?彼女なんて作りやがって!オイ!ついさっきまで『俺こないだ隣の木村くんに貸したペン返ってこないんだけど』って嘆いてたじゃねぇかよ!


 落ち着け。冷静になろう。そうだ、俺とあいつは違う人間だったんだ。結局のところ、陰キャは俺1人で充分だったという話じゃないか。

 わかってたハズだろう、最初から。俺はきっと元々1人なんだって。それでも離れられなかったのは俺の落ち度だ。だからこそこうして、結局またひとりになるというわけだ。


「わりぃなコーちゃん。先にアガらせてもらうぜ」

「くそっ、勝手にしやがれ」


 相変わらずヘラヘラとした笑みを浮かべたまま、朝経はクーラーの効いた誰もいない教室の中をウロウロとしている。

 学校自体は午前中に終わったので、午後1時の教室には俺と朝経以外誰もいない。じゃあなぜ俺たちがここにいるかというと、告白の予定時刻が午後2時だったからだ。難儀なやつめ、午後2時ならもう夏休み明けてからでもいいじゃねぇかと思う。他人様を待たせるのはあまり感心しないぞ。まぁ俺はなんで待ってるかわかんないけど。


「……俺もう帰るわ」

「オイオイここまで待ったんなら付き合ってくれよな。晩メシぐらいなら奢るしさ」

「あ、待ちま〜す」


 そりゃもちろんね、飯をタダで食べられるならそれに尽きることはありませんよ。人間が生きるのにエネルギーというものは必須ですからね。


 それにしても不思議なこともあるもんだ。

 顔もわからない、名前も知らない、素性不明正体不明の相手からの告白なんて、俺からすれば逆に怖い。何かされるんじゃないかとすら思う。この期に及んでもそう思っているからこそ、興味半分真面目な気持ち半分でここにいる。恥ずかしいしバカにされそうだからそんなことはおくびにも出さないけれど。


「ところで、誰が相手とか予測は付いてんの?」


 俺が何気なくそう尋ねると、一瞬だけ真面目な顔をして考えてから、すぐにヘラヘラと笑い出して口を開いた。


「それがねぇ、全くわかんないんだよ。おれ、そもそもあんまり女の子と関係なかったしな」


 これはまずい。非常にまずい。そんな予感が俺の脳内を目まぐるしく駆け巡る。言語化できない不安感、つまり己の中の直感が危険信号を灯している。

 しかしだからと言って、何が起こるわけでもないのかもしれない。自分の名前を記せなかったシャイな女の子とめでたくお付き合いするのかもしれない。いや、きっとそうだ。そうに違いない。それが一番いい終わり方に決まっているから。


「あと5分ぐらいか……そろそろだな」


 朝経がつぶやいた声で我に帰る。そうか、もうそんなに時間が経っていたのか。時が経つのは早い。25分間が本当にあっという間に過ぎていたので、今なら爺さん婆さんの気分も理解することができるかもしれない。いや嘘、やっぱ無理だわ。あの人たち普通に10年前を『ついこの間』って言うからな、信用できない。


 閑話休題。


 さてここで、今から我々が敢行する作戦をご説明しよう。名付けてロッカーハイド作戦。読んで字の如く、教室の隅っこに置いてある、掃除用具を入れるロッカーの中に俺が入って一部始終を見届けるという算段だ。こういうのは古典的なのが一番効果的なのだ。私の作戦に狂いはない。

 さっきまでの不安感はウソのように消えていた……と言いたいところだが、今やその不安感は極限まで肥大化していた。しかし俺にできるのは、今から起こることを一挙手一投足逃さずに見届けることだけだ。


「じゃあ、武運長久を祈ります」

「まぁ任せろ、おれも今日から勝ち組の仲間入りよ」


 なんだこいつ、腹立つな。前歯全部へし折ってやろうかと考えたがさすがにやめた。これから女の子に告白されるやつが、前歯全部無いっていうのはちょっと格好がつかない。


 不満げにロッカーの中へ入ると、隙間から教室の全景を見渡すことができる。思えば長い学校生活だったが、その中でちゃんと教室を見渡すことなんて今までなかったような気がする。感慨深い思いで俯瞰すると、教室という場所は案外狭いなということに気が付く。こんなところに40人も入れているのだと考えると、さすがに人口密度が高すぎるのでは?ボブは訝しんだ。


 

 5分が長い。


 さっきまでは時が経つのは早いと思っていたが、今度は異様に長く感じる。薄く引き伸ばされたような時間の中で、彼は何を思うのか。もしかしたら彼の体感している時間は、俺のそれと違うのかもしれない。時間感覚や味覚などの感覚は、他人と完全に合致することなんてないのだから。

 そんな朝経を見やれば、天を仰いで虚空を見つめている。およそ今から告白を受ける人間の姿ではないと思う。あんな精彩を欠いた、昼休みに公園でベンチに座っている疲れ切ったサラリーマンのような姿は理想ではない。


 宮部 朝経という人間は不思議な人間だ、と少なくとも俺はそう思う。まず存在自体が矛盾している。顔が良い人間というのは得てして陽キャ、あるいはクラスカーストの頂上にいる存在だ。しかし彼はどうであろうか。贔屓目に見ても顔は良いと思う。

 ぱっちりした二重の目に、まっすぐ高く通った鼻梁。きゅっと引き締まった唇と形のいい耳。およそ俺みたいな平凡な人間の隣に立っていてはいけないような存在のくせに、俺と同じドが付くほどの陰の者。どんくさいし運動オンチ、考えることは意味不明だし、人前に出ると喋らないくせに身内だとよく喋る。顔はカースト最高で中身はカースト最低。俺はもちろんどちらも最底辺だが。


 外から聞こえてくる足音によって、ようやく意識が引き戻された。危ない危ない、このままだと思い出に浸ってそのまま寝るところだった。俺は眠気にだけは弱いんだ。朝経もあたふたとして焦り始め、制服のシワを伸ばしたりホコリを払ったりして万全の状態にしようと奮戦している。そんな事しないでもイケると思うんだけどなぁ……。


 がちゃり。扉が開く。緊張で思わず目を瞑ってしまった俺は、耳の感覚を研ぎ澄ませて発する言葉を拾おうと努力する。もう目は開けられるそうにない。俺はビビりなんだ。すると程なくして、堪えきれないような笑いが聞こえてきた。


「ハハハッ!お前マジで来てたのかよ!」


 俺は確信した。悪い予感は正しかったのだと。


「お、あ……?木村クン……?」


 ほら、動揺して頭がパンクしちゃってんじゃん。だからイヤだったんだよ、友達が恥かくところなんて誰も見たくないだろ。


「いやぁマジでいるとは思わなかったわぁ……。お前センスあるわ」

「……どういう、ことですか?」


 敬語になっちゃってんじゃん。そりゃそうだろう。天下分け目の大戦に臨んだつもりが、いざ戦場に立ったら戦う前から負けが決まってたんだから。俺ならその場で死ぬね。


「まぁつまり、お前に告白してきた女の子なんていないってワケ。お気の毒さま。顔は良いのに中身が最低だもんなぁ」


 クソッ、言い返せない。これで見当違いなことでも言ってくれれば反撃のしようがあったのに。レスバ完全敗北の禁止カードだぞ、それ。俺がさっきまで考えてたことをそっくりそのまま言いやがって。


「マジか……」

「期待してるとこ残念だけど、お前のこと好きな女の子なんていねーよ。あーおもしろかった。これで近藤との勝負に勝ったしプラス3000円だわ」


 呆然とする彼に向かって、さらに追い討ちがかけられる。こいつ、来るか否かを賭けの対象にしてやがったのか?許せねぇ。許せねぇ……けど、今俺がここから出ていったところで何か変わるわけでもないのが一番虚しい。己の無力さと無能さ改めて思い知らされる。俺がこんな体たらくでなければ、俺がこんなカスみたいな陰キャでなければ、こんなことは止められたのかもしれない。いや、止められたなどではなく、止めた。


「じゃ、帰るわ。お前のツレの平泉に見られてなくてよかったな!」


 これができるからクラスのカースト頂上ってのは羨ましい。何しても……まぁ犯罪は多分ダメだろうけど、とりあえず何をしても許される。された事が許せなかったとしても、それを表に出して叩こうものなら倍返しぐらいの仕打ちをくらう。まぁ俺はそんなことされたことないけどね。カスゴミ陰キャすぎて誰にも相手されないから。


 さっきと同じような足音を立てて、厄災が去っていく。残されたのは後味の悪さとイヤな感情だけ。いつかこんな状況になっても笑える人間になりたいものだ。


「……とっとと帰るかぁ!」


 ロッカーから這い出た俺は、長い沈黙に耐えきれずに、つとめて調子っ外れにそう言った。そうでもしないとこの空気感に飲まれて俺までどうにかなってしまいそうだった。

 にしても、酷い話もあったもんだ。これならば誰も来てくれなかった方が1億倍ぐらいマシだぜ。ほらもう顔が死んでるもん。生気が感じられないよ。半分ゾンビみたいな感じになっちゃってる。


「帰ろうかァ……」


 気の抜けた声を出してカバンを肩にかけた朝経はふらふらと教室から出ていく。ありゃダメだ。一触即発の不発弾のような危うさがある。それが爆発するかしないかは、爆弾処理班の腕に全てかかっている。俺が爆弾処理をしなければならないのだ。



 夏にしては季節違いの冷えた風が頬を撫でる。

 学校から最寄りの駅までの道を、俺たちは無言で歩いていた。

 そもそも朝経と仲良くなったのは、家から最寄りの駅が一緒だったというのが発端だった。つまるところ、俺はこいつとこの空気のまま一蓮托生で帰らなければならない。それはまずい。何か楽しい話題を提供しないと気まずすぎる。


 駅前の百貨店前の大きな交差点にさしかかる。赤信号で足止めされたのでふと顔を上げれば、百貨店の壁に埋め込まれたテレビが目に入った。


『明日は全国的に猛暑となりますので、最大限の暑さ対策が必要です』

「明日はクソ暑いってさ」

「……ぁあ?うん」


 反応が薄すぎる。頼むからいつもみたいに"マジ?まぁでもおれ外出ないしな!"みたいなことを言ってほしい。会話を続けさせてくれ。この状況を変えさせてくれ。


『G1を5勝した4歳馬、フジバナがフランスの凱旋門賞に向けて……』

『コンビニのオリジナルスイーツの特集を……』

『都市部で流行する新型の風邪が……』


 ニュースは続く。しかしそのどれもが全く興味のない内容であり、ニュースキャスターも淡々と読み上げていくだけなのですぐに別の話題に移ってしまう。


『既知の技術では実現不可能といわれていた没入型VRゲーム機が明日販売開始されますが、その危険性などはどうなっているのでしょうか。本番組はその特集を組みました』


 これだ。


「トモ、これ買わね?」

「……あ、それ俺予約してる」


 いいぞ、いい感じだ。手応えはある。


「マジで?俺全然、存在すら知らなかったわ。明日販売ってなってるし開店ダッシュしたら間に合うかな?」

「いや〜どうだろ。開店ダッシュしてギリギリって感じじゃないかな?でもこいつ5万ぐらいするぜ」


 よしよし、いつもの調子に戻ってきやがったな。やっぱ結局はゲームに落ち着くんだよ。ちょっとお財布にはキツいが買わずにはいられない。俺も朝経も、ゲームしか譲れないものがないから。


「じゃあ開店ダッシュするか……。そういやこれ、ゲームソフトとかはどうなってんの?」

「確か元々何作か入ってたハズ。機構が複雑すぎて開発した会社以外がゲーム制作を投げ出したらしい」


 欠陥ゲーム機だろそれ。絶対初期以降は成功しねぇよ。その何作かのゲームに期待してもいいんだよな?大丈夫だよな?


「ふ〜ん。……というか俺はそんな事よりもトモがいつもの調子に戻ってくれて安心したよ」

「……ご迷惑をおかけしました」

「迷惑なんかじゃねぇよ。俺達……"守るべきモノ"があるだろ?」

「いや何もないですけど……。なんでもできますよ」

「危ない事だけはやめてくれよ……?」


 沈黙。不穏すぎる。そんな思いつめたような顔しないでくれよ、本気で怖いから。まぁでも、一応は爆弾処理に成功した……のかも?

 俺が本気で警戒している中、ようやく信号が青になった。停滞していた人の津波が移動を開始する。昼を少し過ぎているのにこの通行量とは、さすがに都市部の主要駅なだけはある。


「俺、もしそのゲームの中にオープンワールドのMMOゲームでもあったらネカマでもしようかな。姫プしようや」

「ハハッ、そりゃいいや。俺は絶対したくないけど」


 姫プしたら絶対楽しいぜ、いやバレたら怖いじゃん、そんな会話をしながら交差点を渡る。俺は割と本気で考えてたんだけどな。まぁ飽きたりバレたらすぐ辞めればいい。なんだか楽しみになってきたな。明日は朝5時に起きて家電量販店に開幕ダッシュいくぜ。

 

『……絶対に自分と違う性別で登録しないでください。スキャンして登録するので万に一つ間違いはありませんが、もし間違った性別で登録されてたら返品を強く勧めますので……』


 そう言っていたニュースの特集は、俺にはもう聞こえていなかった。

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