不老で不死と不変的。
暦が何度変わっても暦の在り方は変わることはない。
魔法使いの家系で生を受けた彼女を世界は快く受け入れはしなかった。幾度となく家を焼かれ村を追い出され、捕まっては鞭を振るわれたか、何度人間を殺してやろうと思ったことか。
殺意と憎悪に身を任せてしまおうと何度思ったことか。
けれど彼女が人に危害を加えることはなかった「人を殺せばより人に嫌われる、彼らが考え方を変えてくれるその日まで我慢するの。きっと幸せになれる時が来るから」という行方知れずになった母親の教えである。
止むことのない吹雪の中で母親に言われた言葉を、暦は忘れることはなかった。
フランスで生まれた彼女はロシアイギリス中国アメリカなど、平和を求めて多くの国や都市、村を回った。
しかし、彼女は受け入れてくれる地を見つけるには至らなかった。年をとっても見た目の変わらない彼女を恐れ、徐々に距離を取る。暦もそれを感じ取り夜へ身を溶かす、争いの火が燃え広がる前に、遠くへと行くに越したことはない。
西暦が二十世紀を迎えたころ、暦は慰安婦に紛れて大陸を超え島国、日本へやってきた。第一次世界大戦で戦勝国となり異国の文化を取り入れ始めた日本なら、と思ったからである。
暦という名前も母親から貰った名前。「いつの日か、人間と一緒に暦を読めるようになりますように」という願いを込めた名前は元々カレンディアだったが、日本語では暦と呼ぶそうなので馴染めるようにそう変えた。
西暦一九二十年。日本へ来て二年が経った暦は、山奥に住まいを持ち、薬を売って生活をしていた。薬の材料となる野草を得るため、と言えば怪しまれることはなく、患者が診て貰おうと家へ来ることもない、暦には打って付けの場所だった。
「みゃおーん」
暦の影から飛び出た黒猫が鳴く、月明かりに照らされた使い魔の首輪には紙が挟まっていた。
「仕事か」
暦が様々な薬を作っている間、使い魔である黒猫は街を闊歩する。黒猫を見つけた依頼人は依頼書を首輪へと挟み込めば暦への依頼は完了。暦は黒猫飼いの薬師として一定の客を得ていた。
翌朝、暦は山を下りて街へと歩を進めた。彼女の背負う薬箱は古今東西の薬品を揃えたうえに魔法使い特有のまじないがかかっている。
今日の患者は蕎麦屋の亭主。蕎麦の作りすぎで手首を痛めたらしく痛み止めの薬を処方した。彼の真面目さに免じて暦はより効き目の強い薬を処方し、しばらくの休業を勧めた。
「蕎麦か……」
暦にとって食事は趣味と同意義だった。なんせ死なないのだから物を食べる必要性がない、せっかく食べるのだからより美味しいものが食べたくなり、量より質と味を重視するようになった。
ぎゅるるる、と腹が鳴り忘れていた空腹を虫が呼び覚ます。鼻を凝らしてみればそこら中から美味しそうな香りが漂ってくる。
「暦ちゃんじゃないか!」
暦が呼ばれた方向を見るとひとりの女性が手を振っていた。
「あー……この前の……」
名前は知らないが定食屋の女将であることは覚えていた。料理中にした火傷に効く薬を出したのを覚えていた。
「もしかしてご飯食べてないのかい? うちへ来な、ごちそうするよ!」
「いいんですか?」
「いいのいいの! 暦ちゃんがいなかったら今頃店は潰れていかもしれない、恩人に少しでも恩を返したいのよ」
そういって笑う女将。彼女の向こう側へ見える店内は数人の男性客で賑わっておりとても潰れるといった雰囲気では無かったが、特に断る理由もないので、
「そこまでいうのなら」
女将の厚意と己の腹の虫に身を任せることにした。
「いただきます」
茶碗一杯の米とみそ汁、肉じゃがと焼いた鮭にほうれん草のおひたし。一汁三菜には一菜足りないが、一皿一皿の量が多いので満足できる量。
額に鉢巻を巻いた常連らしい男連中が一心不乱に飯をかきこんでいるのを見て、暦は少し顔をしかめたが、女将は嬉しそうな表情なので視界からそれらを追いやった。
「女将さん、あの少年は……?」
視線を移すと一人の少年へと目が留まった。顔や足などいたるところが土にまみれ、辛うじて着ている着物は布切れほどにしか思えない。
「食い逃げさ。食べっぷりが良いもんだから見ていて嬉しかったが無一文なら話は別、頭に来たんで皆で捕まえたのさ、まぁ非力だったから一人でも十分だったんだけどね」
丼を食卓へ置き湯呑を口元へと運ぶ男連中に女将は手を振る。
「見たところまだ子供のようですし……」
少年からぐぎゅるるる、と腹の鳴る音。
「両親が心配しているのでは?」
「もし両親がいるのならさっさと手を握って」
もう一度、ぐぎゅるるる。
「……連れて帰ってくれると助かるんだけどねぇ」
戦争に勝ったからといってなにもいいことばかりではない。戦地にて人が死ぬことは当然、戦場へ向かったら故郷が無くなっていた、なんて話もよく聞くこと。目の前の少年が戦災孤児であることは容易に想像できる。
「いくら経済がよくなっても子供がこんなんじゃあ素直に喜べなくて、かといって警察に行くのもなんだか可哀そうだし……」
「この子の帰る場所も無くなったのでしょうか」
「親がいないんじゃあね、飯を作ってやっても食べようともしない。……全く私はどうすりゃいいのかねぇ……」
「食べようとしない……?」
女将の話を聞いた暦は目の前の料理へ視線を落とす。多めの肉じゃがは想像以上に濃厚で焼き鮭の塩味と妙に合う、その口内に米を入れる、当然美味い。量ばかりが料理ではないのだ、と男衆に不満を抱えていた暦も納得できる味だった。
箸を置いた暦は茶碗の中の米へと手を伸ばす。
「一体何を始める気だい?」
「目の前でおにぎりを作れば食べるかと思って」
「だけど、それは暦ちゃんの飯だろう?」
「私が作りたくなったのですが……いけませんか?」
手慣れた動きで形の整えた暦は真っ直ぐ女将を見つめる。
「まぁ、暦ちゃんが言うんならいいか」
納得いった様子の女将は暦を止めることはしなかった。
「さぁどうぞ」
傷だらけの少年へと暦は握りたてのおむすびを差し出す。
顔を近づけすんすんと鼻を凝らす少年、だが食べるようなそぶりは見せず、やがて顔をそむけてしまう。
「いつの時代も人は変わらないものですね」
そう言った暦はおむすびを少しちぎって「はむ」と食べて見せる。ゆっくり、ゆっくり咀嚼したあとごくり、とわざとらしく音を鳴らして飲み込む。
「ほら、食べなよ」
両手は後ろで縛られたまま暦に握られているおにぎりへと齧りつく。
「あれま、急に食べだしたよ」
「毒も薬も入ってないよって教えてあげたんです、目の前で握ればより信じてもらえるかと思って」
異国での戦時中、はぐれ兵隊を助けた時に身に着けた知識が役に立った。いわゆる毒見である。
「あらあら、口に米粒までつけちゃって。よっぽど暦ちゃんの握った飯が美味かったんだろうね」
「急いで食べなくても誰も取って喰ったりしないぞ」
暦が米粒を取ろうと手を伸ばした刹那、
「痛っ!」
彼女の手から血がしたたる。少年が差し伸べられた手に噛みつき、皮膚を傷つけた。
「吐き出せ! すぐに!」
叫ぶと同時に暦は頭を掴み口元へと親指を差し込む。が、唇を開けることはできても力いっぱい閉じられた顎を開けることはできない。やがて、暦の膝元へ少年が力なく倒れこんだ。
「面倒なことになったな……」
「暦ちゃん何が起きたんだい?」
「申し訳ない、ちょっと手を貸していだたきたい」
薬師として、魔法使いの先達として、暦は動いた。
深夜。暦は一人、少年の看病をしていた。女将が看病しようと名乗りを上げたが、適切な処置が施せる自分以外に面倒を見切れるものはないと暦が言い放った。その代わりに山の麓にある家まで運ぶよう男衆へ協力を仰いだ。「なんで食い逃げ小僧なんか」と渋っていた男衆だったが「あんたたちが飯を食えているのは誰のおかげだと思ってるんだい!」という女将の怒号で一斉に動き出した。
「薬が効くといいが……」
二度と使うとは思っていなかった薬を少年に飲ませた。
魔法使いがその個体数を増やす方法は二つある。
一つは魔法使い同士で子供を作ること、魔法使い同士から生まれた子供は当然、魔法使いとなる。だが、この方法では個体を増やすことに限界を迎えてしまう、それを解消するのが二つ目の方法――魔法使いの血を飲むこと。
人間が魔法使いの血を経口摂取すると徐々に変化が始まり、身体中が警鐘を鳴らす。これに耐え切れなければ命を落とす。耐えきれても完全は不老不死になるには血液を定期的に摂取しなくてはいけない。
「んん……」
少年のあげた小さなうめき声に暦は胸を撫で下ろし――、下ろした手を固く握られる。
「大丈夫か? 痛いところはあるか?」
「別にどこも……お姉さんは?」
「私は暦、薬師だ。君には、その……申し訳ないことをした」
「何で謝るの?」
「実は……」
布団から身体を起こした少年に向かい正座のままの暦、一昨日の昼に何がありどうして自分は暦の家にいるのか。どうして床に伏しているのか。暦は魔法使いで自分もそうなってしまったこと。包み隠さず暦は全てを話した。
「不老不死ってことは死なないってことでしょ? それってすっごいじゃん!」
「でも、私のせいで君はこれから大変な思いをすることに」
「明日花」
「え?」
「俺の名前、少年って程幼くはないから。字は明日の花って書くらしい」
空中で指をひらひらとさせる明日花と名乗った少年、指はなんの形をなぞるわけでもなく、ただ宙を舞っているだけだった。
「らしい? 自分の名前の漢字だろう?」
「父親は生まれてすぐ出兵、母親とは空襲ではぐれてそれっきり、今じゃ顔も覚えてない。明日って漢字も花って漢字も教わる時間がなかった」
「そう……大変だったな」
「暦さんだって、俺よりうんと長生きしてて、外国から来たんだろ? そっちの方が大変じゃん。それに、暦さんはなんも悪くないさ――噛みついたのは俺だし」
頬をさすりながら話す明日花は、暦の手を噛みちぎった者とは似ても似つかない。
「君……明日花がそう言うのならお互い様で終わりにして――、これからの話をしよう」
「これから? 長居する理由もないし、明日には出て行くつもりだったけど」
「なら長居した方が良い、でないと死ぬぞ」
「死ぬ⁉ さっき不老不死だって言ったじゃないか」
「明日花が口にしたのはほんの数滴だろう? それだけで不老不死になれる訳がない、身体が崩れ落ちるぞ」
「じゃあどうすればっ……っとと」
立ち上がろうとした明日花は片手で頭を押さえる。暦が布団へ寝かせた明日花は汗が浮かび、呼吸は浅く激しくなっていた。
「貧血だな。今の明日花は血が貧しいんだ、文字通りな。待ってろ」
暦は薬箱の中から注射器を取り出すと左手に注射針を差し込む、見た目は普通の人間と何ら変わらない血液が真空管を満たしていく。
「これでよし、と……明日花、口を開けて」
「んぁ」と明日花は言われるがままに口を開ける、暦は赤く染まった注射器を横になった明日花の口元へと運び――添えてあった親指に力を込める。明日花は口内に注がれていく血液を喉を鳴らして飲み込んでいく。目元のしわが無くなり「すぅすぅ」と穏やかな寝息が響き始める。
「私も寝るか……おやすみ明日花」
明日花の横に布団を敷き始めると、戸を叩く音に「ごめんください、誰かいないか?」と声を乗せた訪問者が暦に手を止めさせた。幸い、明日花の眠りを妨げる程では無かったが――暦をほんの少しだけ不機嫌になった暦は戸を開け、
「こんな夜更けに一体誰だ?」
と問いながら顔をしかめる。
「薬を売っている黒猫飼いの噂を聞いてやってきた……夜の方が好みだと思ったが、お前さんは違ったかな?」
深めに被った笠を上げ、低い声色の人物――男は月を背に言った。
「うちには病人がいてな。噂の人物は確かに私だが患、者を診るときは外でと決めているんだ、申し訳ないがまた後日ということで、お引き取り願おう」
戸を閉めようとした暦を男は戸を掴んでそれを制する、暦の手は小刻みに震えているのに対し男の手は微動だにしない。「要件は手短に」と暦が一歩引いたとき、烏が一羽、男の肩に留まる。
「短くしたいのはこちらとしても同じなんだが……そうもいかないんだ」
「なら場所を変えよう、互いにとって第三者には聞かれたくない話題らしい」
立ちふさがっていた男をすり抜けて夜の中を歩きだした暦、その後ろを黒猫が歩く。
「察しが良いな同士、流石は四世紀ほど生きていることはある」
特に驚く様子も見せず、一人と一羽は後を付いていく。
普段は山頂から流れる小川に小鳥や小動物が見えるが、この日に限っては動物たちの影は見えない、見えるのは人型の影が二つとそれぞれに寄り添う黒猫と烏だけ。
「こちら側に来るつもりはないんだな?」
「永生といったか……考えがまだ若いな。何度も言っているだろう。会話ができる限り、安住できる地を探す、と」
「ならすぐにでも旅立てばいいさ、受け入れられる確信がないからこんな山奥に住んでいるのだろう? おかげで探すのにも手間を取った」
「山なら良い薬草が取れるからな、そんな臆病な理由ではない。まぁ腰抜けは臆病な考えしかできないんだろうから、仕方のないことか」
川岸の小岩に腰を下ろし挑発的な笑みを浮かべた暦は満月の映える空に煙をくゆらせる。
「臆病だと? 我々のどこが臆病だというんだ?」
「人間を排除しようとしているという点だな、恐れているから不安の種を排除したい、そうじゃないのか?」
「違う! 短命なあいつらより我々のほうが優れているからだ! より優れた種族がより繁栄するのが自然の摂理、違うか?」
「私は人間のほうが生き物として優れていると思うがな。増えるばかりでは住む場所もなくなる、寿命の中で生きて長寿を全うすれば命が溢れることはない」
永生は威嚇する烏を咎めることなく膝の上の猫を撫でている暦を睨む。
「まぁ精々安住の地とやらを探せばいいさ、見つけた時にはすでに我々が楽園を築いているかもしれんがな……もし邪魔をするのなら同族でも容赦はしない」
「一体どこに争う必要があるんだ?」
「争うわけではない、支配するんだ」
「お前の話は全くわからんな」
「なら分かり合えるまで話に来よう」
「来ても話は……」
と口にした暦が向き直るとそこに男と烏の姿はなく、代わりに木々から伸びた影に波紋が広がっていた。
「ったく、若い奴は話を聞かんな」
暦は立ち上がって帰路へと付いた――朝日が昇る。
「暦さん、次は何をすればいい?」
箱膳が二つ並ぶのが日常になったころ、明日花の生活は薪割り、山菜採り、魚釣りといった家の仕事に加え薬品の整理、薬草採りなど暦の仕事の手伝いもするようになった。
「強いて言うのなら猫と一緒に街で呼び込みをしてほしいが……私の手伝いだけでなく自分の為に時間を使ってもいいんだぞ?」
紙に小難しい図を書きながら暦は答える。実際、明日花が手伝える単純作業は残っておらず、暦が間接的に行っている呼び込みくらいしか残っていなかった。
「命の恩人が目の前にいるのにそんな図々しいことはできない、それに住む場所も与えてもらってるんだ。じゃあ呼び込みへ行ってくるよ!」
「気を付けてな」と暦が言い終わるより早く明日花は駆け出して行った。
鉛筆と紙の擦れる音が部屋中に響く。一枚、二枚と暦が作業を終え三枚目に移ろうとした時、 「カァー!」という烏の鳴き声が聞こえた。
「お前も懲りないな永生、私はお前たちの方へは行かないと何度も言っているだろう」
ここ一か月の間、暦が一人になった途端に烏が泣くようになった。始めは好奇心で近づいてみたが、暦はあきれることしかできなくなっていた。
「病人はまだこの家に泊まっているのか? 薬師としての腕はどうだったんだ?」
「病人? あぁ明日花のことか、私が面倒を見るようになってな」
「面倒を見る程の年齢には見えないが?」
「何を言っている、まだ不老不死を得てから一か月だぞ? 私が血を与えなくては……っておい聞いているのか?」
「あいつが不老不死? ただの人間じゃなかったのか?」
「あぁ、言ってなかったか?まぁ明日花もお前らの仲間にはならないだろう」
笑顔を浮べる暦とは正反対に永生の顔は蒼くなっていく。
呼吸は荒く額に汗が滲み、しきりに手を拭く永生。
「お前、なにか隠してるな?」
誰の目から見ても動揺している彼に暦は近づく。
「鼻が利くようになって分かったが火薬臭いな、何をするつもりなんだ?」
「それは……」と永生が口を開いた瞬間、空に轟音が響く。戦の為に飛んでいたそれだと認識できるほど近い。
「人間どもが死んでいく姿をよく見ておけ」
その一言が合図したように黒い物体が投下される、地面に衝突し炎をあげる爆弾の雨。一つ、また一つと建造物が破壊されていく。
「今さっき明日花が街へ行ったばかりなんだぞ!」
怒りをあらわにした暦が永生に掴みかかる。
「まぁそう怒るなって、運が悪かっただけだろう? 不老不死なら死ぬことはないだろう?」
「くそがっ!」
暦は時間外れの夕焼けへと走り出す。
「明日花! 返事をしてくれ!」
がれきの山々を駆けまわりながら暦は必死に声を上げる。一つでも救える命があるのなら自分のできる限りのことをするべく奔走する。が、混乱の渦中にとらわれた人々を超えることはできない。
それどころか自分の身を守るため、体の大きい大人は子供を見捨て走り出す。泣きわめいている子供を助けようとする人間は誰もいない。
「ほら見ろ、寿命にとらわれた人間は自分のことしか考えない。人間の奥底には自分のことばかりだ」
がれきの山の頂上で両手を広げて永生は叫ぶ。
「お前だって同じじゃないか! どうして爆撃する必要があった⁉ 戦争を見ていた何も感じなかったのか!」
「弱いものは淘汰される! 生きるためには力が、知恵が必須。死なない我々が軍事力を得れば鬼に金棒だろう?」
会話に終止符を打つように暦は再び走り出す。けれど、明日花を見つけるには至らなかった。
「もう百年か……早いもんだな」
二十一世紀を迎えた日本で暦は暮らしていた。墓石の前に佇み手を合わせる。選考を焚いて饅頭を供える。
「人生ってあっという間でしたね。あの頃を生きていた人間はみんな死んでしまって……暦さんの言った永遠を恨む気持ちがなんとなくわかりますよ」
暦の隣にいる初老の男性が静かに言う。
「お前、さっきおにぎりを食べたか?」
「なんでわかるんです? もしかしてみていたんですか?」
暦がそっと男の頬に手を伸ばす。
「全く、お前は変わらないな」
米粒をつまんで微笑みながら、いつの時代も変わらない笑顔で――暦は笑った。
終わり