雪乃、占いの結果を聞く
「それでお殿様。姫様が正室になると困るとか、何かやらかすとか……」
「占いをしたのじゃ」
「はあ?」
お殿様の言葉は雪乃の予想外のエピソードであった。
「我が矢部家には代々、婚姻に際してそれが我が矢部の家にどういう影響を与えるか、初代藩主が開いた赤坂神社で吉凶を占う風習がある」
和泉守の説明を聞くとこうだ。
赤坂神社には大きな銅製の釜がある。昔、天下の大泥棒を権現様が捕らえて釜ゆでで処刑した際に使ったとされる釜である。
ちなみに権現様とは、江戸幕府を成立させた初代将軍。徳川家康公である。この辺は歴史ゲームじゃなくてもあたりまえの鉄板設定だ。
大きな釜は赤坂藩の初代藩主に下賜され、保管場所に困った藩主は、自分が建立した神社に奉納したのだ。
神社では一年に一回、この釜に水を張り、湯を沸かして境内を掃除するのだが、赤坂藩の存亡にかかわる判断や、結婚相手の判断をするときにこの釜にお伺いを立てるのだ。
「釜に湯を沸かす。沸騰させると釜が鳴り出す。それがグアングアンという音なら吉。カンカンと高い音なら凶となる……」
「なるほど……で、カンカンと鳴ったと」
「いや……」
お殿様は両手で額を覆った。青い顔に脂汗まで垂らしている。
(ああ……こりゃ、カンカンどころじゃないな)
雪乃はそう予想した。背筋を伸ばして和泉守の答えを待つ。その答えは雪乃の予想のはるか右斜め上であった。
「ガキンと大きな音を立てて、釜が割れよったのだ!」
「割れたのでござるか!」
ここまで聞くに徹していた父、勘定奉行、駒場宇兵衛の素っ頓狂な声。それに被せる様にお殿様の告白が続く。
「それだけではない。不吉だということで、それを払うために菩提寺の承元和尚に大厄を振り払う厄除けをしてもらったところ……」
叩いた木魚のばちが折れ、それが徳の高い和尚様の額に直撃。和尚様が気絶しただけではなく、護摩の火が飛び火して祭壇に燃え移り、もう少しのところで鎌倉時代より受け継がれた不動明王の木像が焼けてしまいそうになった。
(さすが、やべー悪役姫と呼ばれた、悪役キャラのエピソードだわ)
矢部満天という名前なので、プレーヤーが集うSNSでは、「この悪役姫、ヤベーは!」と語られていただけのことはある。
もう恐怖を通り越して笑うしかない。
いや、木魚のばちが折れて、和尚様の額に直撃するという漫画みたいな光景を想像するだけで、噴いてしまいそうだ。
「これは神仏からの警告だ……だが、この縁談は断れない」
「ああ~おいたわしや、殿」
雪乃の父は目に涙を浮かべている。このまま主家が亡ぶのは家来として偲びない気持ちは分からなくはない。
(でも、滅びる原因がねえ……)
武士とは行く先にどんな破滅が待っていようとも、襟を正し、胸を張って進むのだ。格上の大名からの要請、しかも将軍家より直々のお墨付きまである。それを断ることは忠義に反する。
「分かりました」
雪乃はそう答えた。
とんでもないエピソードではあるが、令和の人間である雪乃には、この不吉なエピソードには動じない。
(平安時代から使われた青銅製の大釜がタイミングよく割れたのは、金属疲労でしょ。木魚のばちだって折れてタイミングよく和尚様の額に当たることだって、ないことはない……)
なんでもプラス思考で考えるのが雪乃のモットーだ。そうじゃないと、乙女ゲーはクリアできない。
「分かりましたこの雪乃。まったり平凡ライフを守るため……じゃなかった。赤坂三万石を守るために満天姫様にお仕えします」
「おお……雪乃、頼むぞ」
矢部和泉守はにじり寄って、雪乃の手を取った。
雪乃としてはもはや引き受けるしかない。
引き受けねば、命を失う危険はないだろうが、そのまま何もしなければ、速攻で満天姫はお手打ち。赤坂藩は改易。雪乃の父は笠張浪人一直線である。
(何とかお手打ちフラグを回避して、平和な中級武士の娘ライフを送りたい!)
雪乃はこの側近の仕事を無事にこなそうと心に誓った。要するに満天姫にお約束の悪行を行わせず、上手に破談させて実家へ戻す任務の遂行だ。
それは困難を伴うものと推測されたが、それでも立ち向かおうと心に決めた。それが平凡な江戸時代風ライフを送るための唯一の道なのだ。




