満天姫、買い食いに走る
一本が四文。一皿二本で提供されるから八文である。
雪乃は二皿注文する。
蒸しあがったばかりの団子に一本はきな粉。もう一本はあんこがかけられている。
蒸し立ってなので見ているだけでも軟らかい触感が伝わって来る。
「うむ……これはうまいのう」
「お気に召しましたか?」
団子を頬張り、茶をすする満天姫。
頭に被った笠はそのまま。そしてあの竹製の兜もそのままという明らかにまともでない姿である。
団子を持ってきた娘さんは、その異様な姿に驚いたのか三秒ほど凝視したまま動かなかった。
ちなみに江戸時代の茶屋の看板娘は、浮世絵のモデルになるほど人気の出た子もいる。
この茶屋の娘も可愛い。周りを見ると娘見たさに来ていると思わしき男の客が多い。
しかし、多くの男は茶屋の娘よりも雪乃の方を見る。
これには少し優越感がわいた雪乃であったが、その男どもの視線は次に満天姫に向けられる。
そして目が釘付け。
これは美人に見とれると言うより、看板娘と同じ理由だろう。
(美人は三日で飽きるというけれど……)
美人の変な格好というのは目が離せなくなるらしい。
雪乃は令和時代のコスプレーヤーが頭に過った。
けっして美人でなくてもコスプレーヤーは非日常的な格好が、魅力を何百倍にも引き立てる。
そしてそれが満天姫のようなスペック十分の美人が行ったら……。
(いやいや……これはコスプレじゃないでしょ)
どう見ても満天姫の格好は『残念な美人』の部類だろう。
凝視している男どもの目に憐れみの色が漂っている。
そんな憐れみの視線は全く気にしていない満天姫。
団子を咀嚼しつつ、きょろきょろと町を見ている。
「雪乃、あれはなんじゃ?」
今度は三軒隣の餅屋に注目している。
「姫様、まだ食されるのですか?」
「当たり前じゃ。せっかく外に出たのじゃ。楽しまなくてどうする」
雪乃は満天姫が町に出たのは、今日の夜に開催される大根を使った料理対決のためではないことを確信した。
(最初からそうじゃないかとは思いましたけど……。ただの買い食いとは)
「あの、姫様。今日の料理対決はどうされるのですか?」
「……大根おろしでも出しておけ」
「大根おろしですか?」
満天姫が秋葉藩三十五万石の正室を決める月路の儀に全く興味がないことは承知していた。
それなのに抵抗もせずに参加しているのは謎だが、やる気のない態度は最初からである。
それだとしても体面と言うものはある。
大根おろしを出すだけでは、実家の赤坂藩の恥である。
「せめて、何か煮物をするとか、汁物に入れるとか、工夫をしましょうよ」
「……雪乃に任せる」
「はい」
雪乃は満天姫の許可を受けて、買い食い用のお菓子を買うついでに、根菜類や鳥肉、卵などをこっそり仕入れる。
買い食いついでに町を売り歩く行商人を呼び止めて購入したのだ。
それを風呂敷を使って自作したカバンにいっぱいに詰め込んだ。
これだけあれば、何か作ることはできるだろう。
自分は優秀な側近だと心の中で自画自賛していた。
「雪乃、あれは何じゃ?」
今度は煎餅屋を指さす満天姫。
手焼きの醤油煎餅を売っている店へと駆け寄っていく。先ほどから買い込んだおやつと料理対決の材料で、雪乃のカバンはいっぱいである。
*
「満天姫様……一体、どこへ行くのですか?」
満天姫に連れまわされ、お菓子屋ら屋台の食べ物やらをしこたま買わされた雪乃はスタスタと先を歩く満天姫にそう問いかけた。
この姫様は江戸生まれの江戸育ちであるが、普通のお姫様は屋敷から出ないから、町など知らないはずだ。
それなのにまるで自分の庭のように歩いて行く。
(まあ……。先ほどの祖母の隠居屋敷の一件から、きっとお忍びで出歩いていたのでしょうけど……買い食い初めてだったみたいだけど)
「近くに人が少ない神社がある。そこの境内で食そうぞ」
そう満天姫は雪乃に提案する。買ったものをそこで食べようと言うのだ。
「姫様、それははしたないと思います。屋敷へ帰りましょう。部屋で食べればいいのです」
「何を言う雪乃。食べ物は熱いうちに食べるのがよいのじゃ」
(それはそうだけど……)
「雪乃、わらわと食べるのが嫌なのか?」
(ドキッ……)
時折、満天姫の言葉に心がえぐられる。
天然なのだろうが、こういう誘いが妙に心に響く。
(なんで心臓が鳴るのよ。満天姫は女子。イケメン男子に懇願されているような気分なるのは錯覚、まやかし……)
「仕方ありません……。さっさと食べてお屋敷へ帰りましょう」
雪乃はこうなったら、さっさと食べてしまおうと考えた。
幸い、神社は人気がない。
社の縁側に腰かけて、先ほど購入したふかし饅頭やら、餅菓子やら団子やらを取り出した。




