14 満天姫、燈子姫に感謝される
「燈子姫様より、お文とお菓子が届けられております」
部屋の外でそう告げられる。
襖を開けると鷹司家の姫、燈子姫の家来が頭を下げていた。
「わたくしは、燈子姫様の祐筆、那岐と申します」
祐筆ということは、燈子姫の実家から付いてきた唯一の家臣となる。腹心といってよいだろう。昨日も燈子姫の後ろにそっと控えていた。
燈子姫は家柄から言っても満天姫の一番のライバルとなる。正室争いの一番の障害である。
満天姫を正室にも側室にもせず、実家に帰せという主君の命令に従うなら、是非とも頑張っていただきたいお方である。
「入れ」
満天姫はそう短く言った。
外は十一月の秋空とはいえ、冬支度になりつつあり、流れる秋風もかなり冷たい。
廊下は吹きさらしで寒く感じる。
那岐は右隣に目で合図すると自分は部屋に入り、後ろの女中が後に続いた。
女中は三方を捧げ持っている。
それには何か書かれた短冊と紙に乗っている美しい文様の入った落雁があった。
「燈子様が満天姫に感謝の意を伝えたいと、これらのものをお遣わしになりました」
雪乃は短冊を受け取った。
和歌が書きつけてある。
「ありあけの つきじのそのの かたなひめ そのゆうそうぞ ありがたし」
(これは燈子様の感謝の気持ちが込められている……)
非常にダイレクトな言い回しなので、雪乃には和歌に込められた意味が分かった。
燈子姫は満天姫が昨晩の舞台をめちゃくちゃにしてくれて感謝しているようだ。
普通なら文芸の技を披露する機会を奪われたから、嫌味の一つでも言いたくなるはずだ。
「姫様はやんごとない都の姫君。公家社会では夫となる殿方以外に顔を晒すなどと言う恥ずかしいことはしませぬ」
(ああ、そういうことね……)
公家出身の燈子姫はあの場でも簡易な几帳を建てて、姿を隠していた。
しかし、舞台で芸を披露すれば顔はどうしても晒される。
それを嫌ったわけだ。
「これは京の菓子。満天姫様のお口に合えばと思いまして……」
「そうか……」
菓子鉢に積まれたのは落雁。満天姫は懐紙を取り出すと添えられた竹箸で一つつまんで置いた。
それを右手でつまんで口に運ぶ。
「ま、満天姫様!」
思わず雪乃はそう叫んでしまった。
付き人として看過できない行動である。
雪乃としては大丈夫とは思うが、燈子姫は一応正室を争うライバルなのである。
満天姫はその中で一番の敵。落雁に毒が盛ってあって、殺す可能性がないわけではない。
「雪乃も食べてみよ」
雪乃の言葉を打ち消すようにそう満天姫は言う。
そう言わなければ、燈子姫への失礼な態度になる。
「申し訳ありませぬ」
雪乃も覚悟して口にする。
(甘い……変な味もしないから毒は入っていない……か)
考えてみれば、燈子姫が毒殺を企むにしてもこう直撃でするはずがない。
疑われれば、排除されてしまうからだ。
むしろ、第三者が毒を入れて燈子姫も満天姫も葬ることの方が可能性は高い。
那岐と名乗った燈子姫の一番の家来は、実家から付けられた者であるから、毒を盛ることはしないであろう。
「燈子様はこう申しておりました。満天姫は正室を競う相手なれど、互いに助け合う友となれる相手である。これからもよろしく頼むと」
「……よい」
満天姫はそう短く答えた。
そしてにっこりと笑う。
那岐はその表情を見て困惑する。
満天姫付きの松竹梅の三女中は凍り付いたように動かない。
雪乃はまたもや全力で誤解されていると思った。
「誤訳:くくく……。わらわに宣戦布告と言うわけじゃな。面白い。公家のお姫様などわらわの敵ではないわ……」
(本当は……)
「友なんて……照れるではないか」
と訳すことができよう。本当に損な性格だなと雪乃は思った。
「そ、それでは……これで」
「少し待て」
満天姫はそう言って雪乃に硯と筆を用意するように命じた。
何をするのかなと雪乃も三女中も思ったが、短冊にさらさらと何か書きつけた。
『きみがため こいじのいしを とりつくさん つぎのこまりも われのかたなで 』
そう書いてある。
(ん……どういう意味だ?)
雪乃は考えた。
(あなたのために昨日のできごとは取り除きましたわ。次も私に任せなさい)
たぶん、こんな意味だろう。とらえようによっては、友達宣言とも取れる。
これは受け取った燈子姫はうれしいだろう。
しかし、那岐は少し震えている。顔面は蒼白だ。歌を受け取ると逃げるように立ち去った。
(あれ?)
雪乃は歌の意味を誤解した感じで考えてみた。
(おまえが能登守様を思ってもそんな思いは私が刀で狩り取ってやる。覚悟しいや!)
「やくざかよ!」
思わず雪乃はつぶやいた。ビビって那岐が出ていったはずだ。




