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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

画家と王女

作者: あずみの
掲載日:2020/11/01

 戦争の絶えない、専制の時代。

 その子は王家に生まれた。

 赤毛の王女は泣いていた。一人ですすり泣いていた。


「どうしたんですか、姫様」


 そんな彼女に声を掛けた少年がいた。可愛らしく、整った容姿の少年だが、服装が貴族ではなかった。持ち物を見て確信した。画家の弟子だ。

 少年は王女の土で汚れた手と、下手くそな猫のぬいぐるみを見た。

 少年は答えない王女を見て、無言で隣に座りスケッチを始めた。


「な、なによう。慰めるんじゃなかったの」

「それはそう言っていただかなければ分かりません」


 王女はムッとして、


「じゃあ良いわよ」


 と言った。


 少年は何も見ずに必死にスケッチをしていた。


「何描いてるのよ」


 彼は無視して描き続けた。


 そして、王女と王女のかつて飼っていた猫の絵を描き上げ、彼女に渡した。その絵を見て、王女は飼い猫と過ごした日々が脳裏に浮かんだ。

 悲しかったとき、泣きついたこと。嬉しかったとき、抱きしめたこと。迷惑ばかりかけた。


「……幸せだったかな、私に飼われて」

「さあ、僕は王女殿下の育て方を見てませんから……でも、愛されていたのは感じていたと思いますよ」


 彼女はひとしきり泣いたあと、嬉しそうに絵を抱きしめた。









「どうも、王女殿下」

「あっ、この間の!」


 不躾絵描きだ、とばかりに指を差した。

 今日は十二歳になった王女の国民へのお披露目の記念に肖像を描くことになっている。


「……あら、あなた元気がないのね」

「まあ、師匠から破門を受けましたから」

「なんで?」

「解釈違いってやつですよ」


 作風が相容れなかったんです、と彼は言う。

 そのくらい我慢すれば、と王女が言うと、少年は、大事なことなんだよ、と言った。


「芸術家って面倒臭いわね」

「そうでないとやっていけませんから。さて、今日は肖像を描けという依頼を受けてやってきました」

「破門されたんじゃなかったの?」

「僕はまた別に雇ってもらえました。宮廷画家なんて名誉のある職を若僧の僕に任せて良いのかと思いましたが」


 彼は嬉しそうに画材を手に取っていた。

 彼は十四歳で、まだ若いのに親元を離れて都の画家に弟子入りしていた。彼は破門されたことを仕送りをしてくれる親に申し訳なく思っていたようで、宮廷に雇ってもらえたことで安堵しているようだった。


「王女殿下は先の戦争についてどう思いますか」

「戦争は悲しみを生むわ。何も産まないわけではないけれど、負の感情を産むほうが多いわ。だから嫌いよ」


 それを聞いた絵描きの少年は描いていた部分を修正した。赤かったドレスを、若草色に直した。


「あなたは?」

「僕のことは関係ありません」

「良いじゃない、暇なのよ」

「……戦争は良いモチーフになります。絶望の表現だとか、風刺だとか皮肉だとかに使えます。でも、そうですね……沢山の作品が燃やされました。あれは解せません」


 少年の仏頂面が少し歪んだ。


「悔しい?」

「ええ、先人の素晴らしい作品がいくつも失われました。また人類が数歩後退しました」

「勝ててれば、こうはならなかったのかしら」

「さあ、わかりかねます」


 先の戦争は大敗では無いし双方痛手を喰らっていたが、惜敗、と言うところだった。

 運良く大して領土も取られずに済んでいるが、多大な被害は出した。


「じゃあ私、将来偉くなって芸術品の保護をしてあげる」

「それはありがたいですが、法律的に王女殿下は国王にはなれませんよ?」

「分かってるわよ。女ってだけで後手に回るのに、側妃の子でかつ母の身分も男爵家だもの。無理があるとか言うレベルじゃなく不可能ね」


 この国の法律では、王位継承権はまず男性が優先され、その後に年齢、家柄の順番で見られる。正妃の子であれば親の身分は関係無いのだが、側妃の子は、親が伯爵家以上の爵位の者でなければ継承戦のスタートラインにも立てない。ちなみに公爵家を娶ると、公爵家が増長してしまいパワーバランスが崩れるかつ、公爵家は王家の親戚にあたり、血が近くなるのを避けるため、国内の公爵家は娶らない決まりになっている。よって、侯爵家か伯爵家、外国の王家や高位貴族のみだ。


「別に保護くらい、国王じゃなくてもどうにかするわ。約束する。じゃあ、可愛く描いてね」


 少年は曖昧に描いていた彼女の目元をしっかり、はっきりと描き、芯のある瞳を描いた。



 後日、完成した作品を見せられて、王女は息を呑んだ。なんとも穏やかでしかし強さを感じる美しい姿が描かれていた。

 王女は自分の容姿に特別自信があったわけでは無いが、とにかく表現が美しかったのだ。自分の顔は忠実で、しかしどこか美しさがあると、彼女は感激していた。








「お父様とお母様が亡くなった」


 王女の十五回目の誕生の記念に例の絵描きの少年──今では青年になっている──を呼び寄せた。


「ええ、存じ上げております」

「跡継ぎは、兄になるらしいわ」


 王女は表情を曇らせた。


「いけないのですか?」

「仲が悪い、と言うか……彼は私を気に入って無いからどんな目に合うかわからないし、第一彼には政治能力がないのよ、私でも分かるくらい」


 王女いわく、長男の王子は多様性を受け止められないのだという。


「一度戦争には負けたけど、そのあとお父様は改革をして我が祖国は覇権争いに再び参戦したのよ──あの兄も、超大国になりたがっているし、多分侵略はするわ。……けれど、彼は兵士は基本貴族だけ優遇する。たぶん、良くも悪くも保守派なのよ」


 王女の言葉には、兄王子への不信感が混ざっていた。


「……僕には政治が分かりません。王女殿下のような政治を学んできた方のようなことは言えませんが、王子殿下が気に食わないならば、自分も対抗できるくらい、力を蓄えてはどうですか」

「そうしたいわ。でも、でもどうすればいいか分からない」

「……一つずつ学んでいくしかありませんよ、王子殿下より速いスピードで」

「それでなんとかなるかしら」

「ええ、きっとなにかは変われます」


 画家は、描いていた口元をはっきりと描き直した。


「成功した時はまた呼んでください。あなた様はとても良いモデルになります」

「私が? 嘘よ」

「本当ですよ。貴女ほど意志の強い方はなかなか下町では見かけません」


 王女は、何よ悪口? と唇を尖らせた。それを見た画家は無邪気に笑った。



 後日、完成した絵が送られてきた。未来への期待を蓄えた瞳と、決意を持った美しい女性の姿が描かれていた。


 





 王女は十八歳になり、国王の補佐官に就任していた。

 その記念に、例の画家は彼女に呼ばれた。


「おめでとうございます」

「ありがとう。私、あれから頑張ったのよ。必死に勉強して、兄とその側近を黙らせてやったわ」

「ええ、今貴女に出会えていると言うのはそういうことです。肖像は有力者の特権ですし」

「でも、あなたは肖像画の専門じゃ無いでしょう」

「知ってらしたんですか」

「流石にね。あなたの話はよく聞くから。頑張ってるらしいじゃ無いの……風景画とかも、見せてもらったのよ。美術館で」


 王女は目を伏せた。


「信じられないくらい美しかった。あの丘の絵に描かれていた茶髪の女性は、妹さん?」


 画家はああ、と相槌を打った。


「あれは幼馴染みですよ。自分を描いてくれとうるさかったもので」


 王女は目を見開いた。


「大層、美しく描かれていましたね」

「そう、でしょうか。王女殿下の方が美しいですよ。僕の力不足で、表現しきれてませんが」


 王女は暗に、恋人なのか、と尋ねていたのだが、画家によってはぐらかされてしまった。


「それで、お兄様とはどうですか」

「……ぼちぼちね。私がいくつか口を出している部分もあるのだけど、強くは言えないわ。謀叛を疑われてはいけないもの」


 王女はあくまで補佐であり、実権を握れているわけでは無い。


「最近、世界のことをより知った。学んだ分、この身を以って感じた分、両方あるけれど……例えば、隣国は思った以上に強い。そこまでだとは思ってなかったのに」

「そうなんですか」

「そうなの。と言うか、聞いたこともなかった国が台頭しつつあったり、格下だと見縊っていた国だって追い上げてきてる。もう、怖くなった」

「怖い?」

「今まで先人が築き上げた全てが、今代で失われるんじゃ無いかって、私はこの成長しきった国が衰退するのを見るしか無いんじゃないかって」


 王女は目線を動かした。日々の鬱憤を全て吐き出す。


「国王は呑気なのよ、何も考えちゃいないの。最悪の事態になっても強国に頼ればいいって思ってる。私達は頼られる側なのに」

「じゃあ貴女が考えなければなりませんね」

「考えても口出しはできないの。もっと、もっと強くならなくちゃ」


 画家は、彼女の眉を少し鋭く描いた。

 きゅっと結んだ口元も描いた。


「無理はしないでください……弱った貴女は描きたく無いですから。でも力が欲しいなら、とめません」

「もし失敗したら、死ぬかしら」

「さあ……遺影くらいは描きますよ」

「不吉ねえ……まあ頑張るわ。応援してね」


 画家は彼女の肖像に光を差し込ませた。


 後日、完成した絵には強かな表情の女性が描かれていた。







 国王はお飾りとなった。

 かの王女が宰相の座に就き、実権を握ったのだ。


 国王は隣国に逃げ、助けを求めた。


「出撃することになったわ」


 荘厳な軍服を着た王女が、出撃前に肖像をかの画家に依頼した。

 王女は国軍の総帥として出撃することになった。


「どんなお気持ちですか」

「……うまく実権を()れたのは良かったけれど、国内からまとめたかったかな」


 自嘲気味に笑う。今、王女の周りは敵だらけだ。


「本当は大将は前線に出るべきでは無いのだけど、なんせ内輪揉めをした直後で纏まってないから、自分で士気を上げないといけないし」

「大丈夫ですか? ここで負けますと、私はそう言う風刺を描かされるかもしれません。今巷で話題の歌姫をご存知ですか? 彼女も出撃について行くとかなんとか」

「知ってる。戦意高揚の為でしょう。民衆は巻き込みたく無いけどね」

「自分で志願したらしいですし、納得はしてるでしょうが……」

 

 それでもよ、と苦笑いをした。


 ここで負けるわけにはいかないとは分かっていても、自ら戦争を引き起こすのは気が引ける。支配者になる心意気はあっても、か弱いお姫様の称号を捨てる覚悟まではできていないのだ。


「でも、仕方ないわね。戦争はしたくないし……無駄だとは思うけれど。汚れ役は他人に押し付けないで引き受けないとね」


 溜息をついた彼女を見て、画家は表情に少し陰りを含ませた。上からの明かりを受ける構図にし、目も伏せがちに描いた。


「あなた、もうフリーでやっていけるでしょう。宮廷に残ってなくても良いのに」

「いえ、前も言いましたでしょう? 貴女はかつてないほど素晴らしいモデルなんです。フリーじゃ滅多に拝謁も出来ませんし、想像で描くしか無くなるので」

「もう十分描いたじゃない。権力争いしてる女を描いてても楽しくないでしょうし、想像で書いても良いのに」

「……僕にも夢がありまして」


 画家はぽつりと呟いた。一言、歴史に名を残してみたくて、と言った後、言い訳のように付け足した。


「別にこの時代の絵画の第一人者とか言われたいわけじゃないですよ。自分の功績で残すんじゃ無くて……将来、この時代の歴史を扱う時代が来るわけじゃないですか。そこで紹介される貴女の肖像画は僕が描いたものであって欲しいなって。最近できた夢ですけどね」

「私は載るかしら」

「ええきっと。国王の異母妹姫(いもうとひめ)が宰相ですよ、載らないはずがないです」


 王女はその言葉を聞いて、しばらく考えた後、こう返した。


「じゃあ貴方の為にも、もっと有名になってでかでかと載ってやるわ。そうすると悪女扱いかもしれないけど」


 画家は絵の中の彼女に少しだけ笑みを含ませた。




 

 後日、完成品を見た王女は、今までの肖像を見て思った。

 どれも表情は違うし雰囲気も、ベースの色も違う。


 その時その時でかなり違う。昔、為政者の肖像画の描かれ方で好かれていたかどうか分かると聞いたことがある。


「好かれているって、思われるよなぁ……」


 彼はそう言うことも考えて描いてくれているのかもしれない。それに足るだけの為政者であろうと誓った。







 兄との闘争も終わり、なんとか苦しみながらも今後の公約を提示しながら軍をまとめ上げ、隣国との戦争に持ち堪えた。流石に被害は出たが、最低限に抑えることができた。

 兄は王位を追われ、兄には子供がいなかった為、まだ十五歳の弟王子が国王となった。お飾りではあったが。

 弟は恨めし気だったが、ごめんとしか言いようがない。


「産業を推し進めているのだけど、どう? 実感はある?」

「そうですね、かなり変わりましたよ。僕は関係無いですが、雇用先が増えたのはありがたいです。この間見た新聞の記事なんですが、批判しかしないと有名な新聞社が褒めてましたよ。悪徳記者と名高い奴も褒めてました」

「ふふふ、でしょでしょ? 頑張ったのよ……軽工業しか根付いてなかったから、頑張って他国から技術を買って買って独自に進化させて、その支払い分を軽工業と農耕で補わないといけないからここも改革してって……急ぎすぎた感じもするかな」

「革命っぽくて良いじゃないですか……で、建国二百五十年の祝賀でしたか」


 今日は建国二百五十年の祝賀なので、王家は肖像を描かれる。


「随分長い王権よね、そろそろ崩壊するかな」

「不吉ですよ」


 今日は祝いの席だ。王女もいつもより華やかな赤色のドレスを着ていた。


「ああ、あと三十年ほど前から抱えてる属国の保護の為に近々戦争になりそうって噂でしょ。回避に向けて頑張ってるけど多分無理」

「また隣国ですか」

「あいつらにあそこ獲られるとヤバいのよ。挟み撃ち喰らう」


 その属国はこの国の近海の海上の国だ。海上に拠点を持つのが強みだったのに、奪われては堪らない。


「強兵も進めないとなんないかな……」

「大変そうですね」

「大変だけど、町が景気付くの見るとやっぱり嬉しいのよ」


 ふふふ、と微笑む。画家は絵の中の彼女を余裕をたたえた笑みを浮かべさせた。


「でも外交より、結局は内政かな」


 王女は窓から見える町を見下ろして言った。


「いくら雇用が増えても格差社会だから不満は多いでしょ。まずは議会政治かな……」


 いやその前に教育か? などとぶつぶつ言っていた。


「変わりましたね」

「そう?」

「昔はこの成長しきった国が衰退するのを見たくないって言ってたじゃないですか。でもまだまだ伸びますね、この国は」

「そう、ね。そうよね。うん、まだまだ伸ばすわ。覇権争いだって勝ち抜いてやる」

「人道からはそれませんように」

「もちろんよ」


 肖像画の中の彼女は赤いドレスを着て優雅な笑みを浮かべていた。今までの中で最も王家らしい絵だ。





* * *




 

この国は大国となり、諸国との様々な形の争いにも勝ってきた。小国からの支援の要請も応え、覇権国家の風格を出しつつあった。


「参謀長、午後の軍議には間に合わせるから、他国司令部を応対してて。それから外務大臣、この条約は通して良いわ。この条件は外さないで。それから今度の下院の選挙だけど……」


 王女は現在二十一歳だ。彼女は議員制を取り入れ、段階的に有権者を増やしている途中だ。しばらくは要職に貴族が就いているものの、後々には変える方針だ。王家の権力は飾りになりつつある。王侯貴族の機嫌取りも考えねばなるまい。


 あの絵描きは国際的に地位を確立した。王女は自分がどうにかしなくても彼は歴史に名を残せると思う。


「そろそろ一息つきたい……」


 いい加減疲れが溜まってきたのだ。


「有能な人材に全部任せ引退でも……いやでも新制度導入したばっかだし、心配ねぇ……でもその為の議会制だし、そこが落ち着いたら隠居して……」


 隠居してどうしようか、と考える。

 二十一歳独身。貴族女性。政務経験あり。

 誰が貰ってくれるだろうか。


 はて、と思った彼女は侍女にその旨を伝えた。


「婚活〜? 今更では」

「うるっさいわね。そろそろ落ち着きたいの。……姿絵も描いてくれるかしら」

「えっ、まさかあの有名な画家に頼むおつもりで?」

「いや、流石に……でも悩み聞いてくれそう」


 彼とはそこそこに信頼関係を築けている。実を言うと一番付き合いの長い異性かもしれない。


「頼りすぎですよ、昔っから! 画家は画家ですよ、彼も肖像画は専門じゃないですし」

「いやでも頼もう」

「いやでも、殿下あの方のことかなり好きでしょう? 結婚相談するの虚しくないですか?」


 侍女の言葉にピタリと手を止めた。


「好きとかじゃないわよ。あと殿下じゃ無くて閣下でしょう」

「じゃあ何なんです? なーんで毎回毎回同じ人に頼んで、秘密で作品もコレクションして、美術館も片っ端から行って。尋常じゃないほど嬉しそうにしてますし。いっそ貰ってもらえばいかがですか」


 いや無理だろう、と言う言葉は飲み込み、それ以外の理由を話した。


「本当にそんなんじゃないの。私、あの人とは結婚したくない。不幸にする自信があるもの。絶対命の危険に晒すもの。私はあの人が幸せに絵を描いていてくれるのを知れていれば、満足だから」

「好きなんですね?」

「好きだけど所有欲とか独占欲の好きじゃないわ。外交と違ってね」


 侍女は不満気だが、本当にそうなのだ。

 自分と結婚しても良いことなんてない。彼には以前言っていた幼馴染みとかそう言う人と結婚してもらいたいと思っている。

 そもそも家柄的に無理な話だ。


「じゃあ、頼んでくるわね」

「本気ですか!?」

「普通に言わないといけないこともあるのよ」


 宮廷の中の一角、各職員がいる中の異彩を放つ芸術棟。


 護衛に周りをウロチョロされながらだが、初めて自分だけでここを訪ねた。いつもは向こうが本殿に来ていた。


「護衛のお二人、申し訳ないけど席外してくれる? 流石に宮廷内に刺客はでないわよ」

「いえ、そう言うわけには」

「じゃあ十五歩離れて。それで良いわ」

「はっ」


 かの画家がいる部屋をノックしようとした途端、ドアが開いた。


「えっ」

「えっ、あ、申し訳ありません、何か御用でしょうか」


 例の画家だ。驚いているようだが、いつもの表情にすぐ戻った。


「お伝えしたいことがあって。良いですか?」

「ええ、では、応接間にどうぞ」


 今度こそ護衛を引き剥がし、応接間に入った。


「珍しいですね、記念式典でもないのに」

「そう言えば記念式典以外ではあまり頼んでないわね」

「壁画制作の時に会ったくらいでしょうか?」

「そうね」


 淹れて貰ったお茶を飲みながら、本題に出た。


「そろそろ引退しようかと思ってね。そうなったらまた頼むわ」

「気が済みましたか」

「ええ、議会制は作ったし、産業も天井が近づいた気がする。天井を破るなら植民地支配を広げるしかないけどそれはしたくないから他人に任せるわ。しばらくは安定すると思う。三年くらいかしら。やるとこまではやったつもりよ。目標の法案も通ったし」

「不安も解消して満足ならばいいと思います。お疲れ様でした」

「ありがとう。それでそろそろ落ち着きたいし、誰かと結婚でもしようかと思ったんだけど、姿絵とか描いてくれるかしら」


 そういうと、画家はびっくりして見せた。


「結婚ですか? 興味ないんだと思ってました」

「みんなそんな反応してくるわね」

「そうなんですか。悔しいな。まあ僕も独身で恋人もいないので人のことは言えませんが……姿絵くらいは描きますよ」

「そう、ありがとう。平民で財力もあれば貴方みたいな人と結婚してたと思うわ」


 あと自分がそれに足るような人間だったら、だ。

 画家はそれを聞いて嬉しそうにこう言った。


「僕ももし権力者であれば貴女みたいな方と結婚してたと思います。もしもは考えても仕方ないですけど」

「そうね」


 もしもの話はもしもの話だ。叶うわけではない。


「でもそれなら、僕も宮廷から出ようかと思います」

「え?」

「外国のほうから声を掛けていただいてまして……行くか悩んでたんですが、貴女をもう描く機会も無くなりそうなので、それなら」


 結婚するということは王家では無くなるのだ。そうなれば宮廷の画家であっても仕方がない。


「最後に貴女を一枚だけ描いて外国に行こうと思います。今までありがとうございました」

「うん、ありがとう。最後くらいはその時の情勢とか関係ない、ただの私を描いてよ。想像で構わないからさ」

「分かりました。最高の出来に仕上げて見せますね」

「ああそれと最後に……」


 王女は画家に一枚の紙を渡した。


「私からの餞別よ。外国にも通させたわ」


 紙を開いた画家は、暫くそれを見つめた後、王女に頭を下げた。


「ありがとうございます、あんな昔の約束を覚えてくれていたなんて……」


 うん、と呟いて王女は出て行った。







「秘書官、次は外回りだけれど……」

「離宮で休養してらっしゃる弟君の見舞いでしたっけ」

「そう、しばらく私が奪ってた実権も返さないとだし……」


 現国王の弟は体が弱く、離宮で彼の妃と休んでいる。

 今日は引退するつもりである事、また後任をどうするかを話し合いに行くのだ。


「国王陛下、宰相閣下がお越しです」


 王女は応接間に通された。そこでは国王と王妃が待っていた。


「どうぞ、おかけになって。紅茶はいかが?」

「ありがとうございます、妃殿下」


 彼女の淹れた紅茶に一口口をつけた。


「で、今日は何の御用で?」

「それは……っ、うっ」


 王女は咳き込んで倒れ込んだ。急に視界が悪くなった。


「……今日は、引退しようかと……それで……」


 なんとか話そうとするも、体が言うことを聞かない。

 咳き込んだ口を押さえた手を見た。


「……妃殿下、何か入れましたか」


 血に染まっていた。


「あ、あんたが悪いのよ、私たちを蔑ろにして! 何が議会制よ、何が改革よ! ふざけないで!」


 思った以上に弟夫婦に嫌われていたのだ。


 内政が問題だとは分かっていたが、まさかこんなに身内にやられるとは、思ってもみなかった。

 政治家らしい最期じゃないか。結局、落ち着けなかった。来世は政治家はやりたく無いな。

 そんな考えが頭を巡った。


「ごめん……後回しにして、ごめん……」


 王家は毒に慣らしているため、多少は口が回った。

 しかし王女は自分の死は確信していた。自分のことは自分が一番よくわかる。

 言っておくことは言わないと。例え、自分に毒を盛った相手だとしても。


「このことは……隠蔽して良いわ。……バレても私を悪女にすれば、大丈夫だから……指導者がいなくなる、方が……まずいわ。後任はあんたらに任せるから、今日はそれを言いに来たの、で」

「……え、姉上、なんて」

「……あんたが継ぎなさい、私の後は。流石に殺されるのは、腹立つけど…………しばらくはあんたたちが国を回して。……いきなりこんな、自分勝手で悪いわね……。必要な法案は……私の机の引き出しにあるわ……鍵は一、一、八、三、五よ」


 それを聞いた王妃は、拳を握り締め叫んだ。


「なんで、なんで許すの!? 今更私たちに悪かったとか……調子いいこと言ってんじゃないわよ! なんで? なんで私たちに跡を継げなんて……」


「……許しちゃいないけど、悪いとは前々から思ってたのに、放置した私も私だし……あんたたちがまだ若いでしょ……子供の悪戯だと、思えば……あんたらに跡継がせるのは優秀な部下たちがいるからよ……専制を敷けるとは、思わないでよ……。もう、黙るから」


 再び咳き込んだ。さっきよりも多量の血を吐いた。いよいよ口も回らない。もう死ぬ。


 騒ぎを聞いて護衛が入ってくるのが見えた。


 君のキャリアに傷付けたね、ごめん。


 最後に幼い頃から話を聞いてくれた、あの画家を思い出した。 

 今までお世話になり過ぎた。一介の画家に政治の話なんてするもんじゃないだろうけど、つい話してしまった。


 幼い日の初恋だったのだから、仕方無いだろう。


「……神よ、あの人を幸せにしてください」


 取り乱す二人には聞こえないくらいの声で呟いた。


 あの人は元気だろうか。

 せめて最後に、あんな曖昧な言葉じゃなくて、


 愛してますって、言えたら良かったのに。


 認めてやるよ、愛してたさ。それはみんなが思う感情では無かったにしろ、愛してたさ。あの絵描きの彼を、愛している。


 王女は穏やかな表情で、眠りについた。









「宰相閣下が死んだって!」


 下町で画材を見繕っていた絵描きの青年は、手に持っていた筆を落とした。


「あの美人な女帝だろ? 若かったろ」

「暗殺だってよ」

「なんだと、犯人は?」

「貴族派の過激派だそうだ。詳細は分からんが……大丈夫だろうか、あの人の時代は長くは無かったが、かなり良くなったのに」


 店主が盛り上がっている。


「ちょ、ちょっと見せてください」


 青年は店主に新聞を見せて貰った。


「……!」


『女帝宰相 暗殺』


 確かにあの王女だ。青年は隅から隅まで目を通した。


「兄ちゃん、あの宰相さんのファンか? 良いぜ、その新聞やるよ」


 

 家に帰って、新聞をしっかり読んだ。どの記事も彼女の話題ばかりだ。


「嘘……」


 驚きから、涙さえ出なかった。


 被写体として好きだった。

 政治家として好きだった。

 女性として、好きだった。


 幸せになって欲しかった。


「いや、あの人はこれで幸せかもしれない」


 なんせこの先の衰える国は見なくて良い。政治家として華々しく散ったのだ。


 彼は初めて見た時から彼女に特別な感情を持っていた。初めは見た目の話だったが、話すうちに惹かれ、そして自分とは違う世界の住人だと思い知らされた。


 だから手を引いた。彼女を幸せにできるのは自分じゃない。自分は見守り記録することに徹することにした。

 為政者は悪く思われやすい。後世からも。

 彼女は絶対将来学ばれる。ならばその時に、後世の人がこの人はこう思ってこうしていたんだ、と思われるような肖像画を描きたかった。そう努めてきた。

 政治家の彼女を描き続けてきた。


 最後にはせめて、自分の好きな女性の彼女を描いて、それでこの気持ちは断ち切ろうと思ったのに。


「もう何描いても自己満足じゃないか」


 震える手で彼女を描き始めた。

 新聞が目に入る度に嫌な気分になる。どかそうと手に取った時だ。


「……『文化財の保護及び損害の禁止に関わる法案』」


 彼女が餞別と言って渡してきた紙に書かれていたものだ。昔、作品が燃やされたのが不満だと話した。その時の約束のものだ。


「まだ何も伝えて無いのに」


 涙を拭って筆を取った。











 戦争なんて無い、共和制が確立された時代。

 その子は希望通り、普通の家庭に生まれた。

 赤毛の少女は笑っていた。少女に美術部の少年は話しかけた。


「すみません、モデルになってくれませんか」


 少女は笑って答えた。


「もちろん」

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