ご挨拶
拝啓
私はしばらく前から魔王をしている。
詳しくは身バレするので話せないが、以前は某食品メーカーで本当に中間の管理職に就いており、上司と部下の板挟みに辟易とする毎日を送っていた。
転職したその日も、現場を知らない上司が偉そうに言った指示を私がオブラートに包んで部下に伝えると、部下たちは「こんな仕事は意味がない」だの「時間がない」だの「そもそも私達の仕事ではない」だのと言い出した。
わかっている、その通りだ。君たちは一切間違っていない。だからどうするのだ?そんなに文句ばかり言って対案も出さないなら辞めて自分の好きな仕事だけ好きなようにやればいいではないか。こんなアホな上司しかいない会社に未来があると思うか?いや絶対にない!そんな泥舟にしがみついているお前らはあのアホどもと変わらん無能ではないか!
とひとりトイレの個室でつぶやいていると本当に虚しくなってきた。すでに10分は席を離れているが便座から腰を上げる力が湧いてこない。深い溜め息を吐きながら仕切り戸の隙間から差し込む光を眺めた。
「次はもっと偉い人になりたい…」
そうつぶやき眼を閉じると、私は異世界の魔王に転職していた。
嘘のような話だが、おそらくあの深い溜め息とつぶやきが奇跡のマリアージュを起こし、異世界へ運んできてくれたのだと思う。しかもここでは魔王という会社でいう社長のような役職まで与えられている。初めは多少戸惑ったが、今ではモンスターたちの働きや生活環境も理解できつつあり、日記を始める余裕も出てきた。まだまだわからないことも多いが、みんなと協力して新たな人生という冒険を始めたいと思う。
敬具