ファイナルステージ前
「ファイナルステージ前へwelcome!」
パーンパカパーンと音楽が流れる。それに対しドライに無駄なBGMだな、とつぶやいたのは誰だったか……。
薄暗い何もない部屋の中、ぼんやりと浮かび上がった男。
マジシャンの様な格好に、ピエロのお面。どっからどう見ても怪しい。
くぐもった声からでは彼が知り合いなのかどうかすらあやふやだ。
「前、ね」
一人の少女は呟いた。
「先ほどのゲームはいかがでした? 楽しんでいただけたでしょうか」
「あんたが用意したシナリオだったわけ?」
「いいえ?」
今この部屋にいるのは、先ほど呟いた少女を含め、そしてこの謎の男を除けて七人。
男以外は皆同じ少女だ。
「……どこ、ここ」
「どこでしょう」
答える気のない回答、別の質問を投げかけた。
「この何もない部屋も『ゲーム』なわけ?」
「そうです」
「何するゲーム?」
「あんた誰?」
「それはお答えできません」
「ファイナルステージ『前』ってなに?」
「そのままの意味です」
薄暗い部屋は暗いまま。自分たちの顔すら隠してしまうほどの暗さ。しかし、ずっと一緒に居れば、誰が誰かなんとなくわかる。だから確認しない。
「ゲームクリアしないとこの部屋から出れないってこと?」
「いいえ」
男が嗤った気がした。
「出られます」
嘘ではなさそうだ。
「扉無いような気するけど」
「あります。えぇ、ありますとも、たとえ『間違った答え』を言おうが『正しい答え』を言おうとも」
「脱出ゲーじゃないんだ」
誰かが言った言葉に、誰かが反応した。
「こんな、一切なんもないのに、無理ゲーじゃんそれ」
「せやな。それに、出れるんならゲームもなにもないやん」
「ありますよ」
男は指を鳴らした。
何もなかったその場所に机が現れ、一個の時計が置かれていた。
ただの時計ではない。
懐中時計だ。
「……それが何か?」
「誰かが、この時計を壊してしまいました。その犯人を当ててください」
「推理ゲーム?」
誰かが時計に触れた。時を刻む振動がわずかにわかる。
「壊れてないけど」
「いいえ、壊れています」
「壊れてないよ。だって」
時計を耳に当てる少女。
「ちゃんと時間を刻んでる」
「……」
男は黙った。
「これだけじゃ分からんわ」
少女は時計を机の上に置いた。
別の少女も興味深げと近寄り、先ほどの少女と同じことをしたが、しばらくするとまた興味を失せたらしく、同じように元に戻した。何を見ても、何をしても変わらない。
「数字だってあるし、秒針もある。フォルムも壊れてるように見えんけど?」
「では、犯人はいないと」
「居ないっちゅうか……」
「壊れてないのに犯人もくそもないだろ」
男は時計を持ち上げた。
「それが『答え』ですね」
「なんかイヤラシイ言い方やな」
誰かの言葉に、男は何の反応も示さない。
「では、どうぞ」
「!」
男が壁に手を差し伸べると、急に扉が開いた。
「……普通に出れるんだ」
「ゲームじゃなかったってことかな?」
「へんなの」
どこにもなかったはずの扉。少女たちは不思議そうにしながらも光さす扉の向こうへ、誰も振り向くことなく迷わずに進んでいった。
一人の少女だけこの薄暗い部屋の中に留まり、男に言うように呟いた。
「聞いてないけど」
「時間の流れは、平等に流れます。ですが、どの時代の時間の中に身を置くか。ということではまた別の話かと」
「意味が分からん」
さっさと部屋をでた少女たちは誰も振り向かなかった。だから少女が一人部屋に残っていることに気が付かないまま。
もしくは、そんなことに興味がなかったのかもしれない。
己のことだけで精一杯で、他人のことにいちいち干渉していられない。それが人間。
そうこうしているうちに扉がゆっくりと閉まっていく。
「おやおや」
光が狭まり、闇が覆いかぶさっていく。
男はニヒルな笑みを浮かべて、この闇に溶けながら少女に問うた。
「貴女は出なくてよいのですか? ……ご存知でしょうが、ここも直に闇に沈みますよ」
「いいよ」
少女の手には、懐中時計。
「そのかわり、力をもらう」
「あまり力を欲すると、身を滅ぼし、結局何も見えなくなりますよ」
「……あんたのようにか」
ずっと笑っていた男が、本当に素で嗤ったような気がした。
「閉まってしまいますよ」
「何度も何度も煩いよ。しかし、ふうん……ファイナルステージ『前』なぁ」
少女は腕を組んだ。
「はたして、それは本当に最後なのか」
「ファイナルステージに行ければ分かりますよ」
「あぁ、そう。まったくもって気の狂いそうな話だな」
ゆっくりと音をたてて扉が閉まる。
闇に包まれた部屋はなんの音もなく溶けて消えた。
腕を組んで難しい顔をしていた少女も、臆することなく一緒に闇に溶け込む。
一人闇の中を歩く男は、ご機嫌に鼻歌を歌いながら歩き出した。
囁くように、歌うように
「これはこれは異なことを……狂ってなければ、ここに留まらないでしょうに」
笑いながらそう呟いた男の声は、誰にも届かなかった。
誰の記憶にも残らない、ゲームにすら値しないこの時間の流れなどに、これといった意味などないのだから