魔王戦 3
「全く! お前は俺の教えを一切身につけてないな」
「師匠……!?」
槍を弾き返す、師匠の黒い大剣。
サキが頭を押さえたまま、何かをつぶやいている。
リィシャが首をひねり、サキに声を掛けようとして、先ほど怒られたことを思い出し、目をそらした。
「!」
岩山に閉じ込められていた海里とヤスコを助け出すハズキ。
剣をコーネリアンに向けたまま、顎で城の方を刺した。
「お前らはさっさと城に行って、ノーワルドの肉体を破壊してこい」
「でも、meらそいつすら倒せなかったのに……っ」
「そうだな」
師匠は振り返り、みつこの頭にチョップを落とした。
「ふぐぐううう」
涙目になりながら頭を押さえるみつこ。
師匠は困ったような笑みを浮かべ、頭を撫でた。
「でも、お前らじゃないと、あいつは倒せん。『お前』だけじゃない。『お前たち』でなければ」
みつこは、後ろを振り返った
三人はうん、と頷いた。
「じゃあ、ここは任せたよ」
そう言ってロットを握り直し、走り出した。
小さな四つの背を見送りながら、ハズキは笑みを浮かべる。
「……これで、俺の役目は終わった」
みつこは血だらけのサキと、軽いけがをしたリィシャとやすこの体力を回復させた。
「ありがと」
「確か、こっちから来たよな」
穴があいた壁をすすんでいく。
歩きながら、みつこは横目でサキを見た。
「魔法で治したはずだけど、頭どっか異常あるの?」
「あ、いや。傷は治ったんだけど……ちょっと、なんか視界に変な映像がチラついてて」
「映像?」
「その映像が鮮明に見えてくるたびに、頭が痛くて……」
リィシャが剣を手に構えた。
目の前にはノーワルド。
「おやおや、これまたお早いお戻りですねえ~」
「なんか、あいつの口調腹立つ……」
サキが頭を抑えながら呟く。
「仕方ないですねえー。まだ体が出来上がっていないのですが……戦います?」
ごぽぼ……培養器から空気が漏れたと思ったら、ガラスが割れた。
中から謎の液体とともに、肉体へと変換されなかった魔物の肉片と新しいノーワルドの肉体が出てきた。
「うわっ」
ノーワルドの肉体は空気に触れると、どんどんその姿が大きく膨れ上がっていった。
ところどころどろどろで溶けてきている。
「この肉体が朽ちるまで、お相手してあげますね~」
完全ではないと理解し、崩れ落ちると知っていながら肉体に入り込んだノーワルド。
その行動が理解できないみつこ
「なに、そんなに切羽詰ってんの?」
ロットを構え、相手を睨みながら問う。
「時間なら永久にあるんだけどね。進む時間がないんだよねぇええ」
「?」
「何言ってんの?」
ドロドロの手が蚊をたたくように、力いっぱい素早く振り落とされた。
蜘蛛の子を散らすように避ける。
彼の腕がもげた。
「生まれたなら死にたいよねえぇええ? 死ぬために生まれてきたのかなぁぁあああ? 生きてるってどういうことなんだろうねええええ??」
肉体が不完全ということが、彼の精神までも蝕み始めたのか、言語がところどころ聞き取りにくくなってきた。
「わからないよねええええ」
足が壁を壊す。どろどろが熱を帯び溶けて消えていく。
「誰かに必要とされたいよねえええ? でもさああああ、一人でいたいときもあるよねえええ。人間ってやつはめんどくさいよねええええ」
「いちいちうるせえ!!」
サキが炎の如意棒で攻撃すると、ガソリンに火が引火したようにノーワルドの肉体を燃やし始めた。
しかし倒れない魔王は再び攻撃してくるが、見えないのかみつこたちとは一切関係ない方向に攻撃していた。
振り回す残った腕も落ち、倒れこむ。
しかし、息があるのかまだ話し声がする。
「この世界で生まれ落ちて、永いこと肉体を失ったまま生きてきたんだよねえ。君たちが生まれてくるのをずうっと待ってたんだよねええ……」
「meらを?! ……なぜ? 鍵をもってるから?」
「僕は不必要な、不出来なもの。一番最初に、作られたんだよねえ。でもめんどくさくなって殺されちゃったぁ……でも魂はあって、放置されてた。でもまた出番があるってねえ」
彼の肉体が燃えて炭となり、風に吹かれて消えていく。
「この世界が消えようが、存続しようが、どうでもよかったんだよねえー。ただ、やっとだよ」
彼の頭蓋骨が見えた。
ボロボロになって今にも崩れそうだ。
「やっと……死ねる……ね」
みつこは届くかわからないが、最後に問うた。
「何のために戦ったの?」
「……し、ぬ……ため……だね」
骨はもう何も言わない。
何も言わず、ただ見つめていると、サキが炎の如意棒を手から溢れ落とした。
音に反応し、サキを見つめる。
「……思い、だした」
「!」
彼女の目が、黒色に染まっていた。急いで間合いを取ったが、彼女から殺気を感じない
「……何を」
警戒しながら問う。
「無限回廊で、知ったんだ。あたしらはこの世界の」
がっしゃん。
音の方を振り向けば、ノーワルドの頭蓋骨を足で踏み潰した人間がいた。
「お前……っ!!!」
カナタの持つ真の武器を片手に、傍らにパンドラを侍らしている。
困惑していると、全ての黒幕と思わき人間が本を脇にはさんで、拍手した。
「おめでとう。ゲームクリアだよ。見事魔王を倒したね。これで魔王vs人間の戦いは人間の勝利だよ」
サキがライを武器化して、斧をそいつに向かって思いっきり投げ飛ばした。
そいつは驚いたような声を上げてサッと横に避ける。
「ひどいなオイ。せっかく助けてやったのに……。何? もっと俺ツエーのがよかった?」
「お前が、この世界に魔王を呼びこみ、旧首都を潰した神か……」
みつこが問えば、そいつは頷いた。
「そうだよ。この世界に魔物を入れようと思ってコイツ、ノーワルドを造りあげたけど、世界を壊してしまったから、怒りのあまり殺しちゃったんだよね。元に戻したものの、一から魔物つくるの、めんどくさくなってさ。別世界の魔物のだけの世界と、こっちの世界の空間繋げた。無限回廊でな」
サキの言っていた無限回廊。
一体それが何かは知らないが、みつこは目を細めた。
「なんでmeらなのさ」
「違う、みつこ」
サキが頭を抑えながら、そいつを睨みながら言った。
「あたしらが選ばれたんじゃない……。あたしらだから、こいつは動いたんだ」
「?」
そいつはカナタの本を開いた。
「記憶、あったんだ? いじりすぎて戻ったかね。どうでもいいや。どうせまた消すし」
「消す?」
どごぉぉん!
天井が崩れたと思ったら、魔王とミスター・クレアだった。
「チッ……。魔王にかけた洗脳解くなんて、さすが勇者だな」
「お褒めに預かり光栄ですねえ。本当は戦いたくありませんが、この世界を消させるわけには行きませんから」
「何から何までおかしいと思っていたが、貴様がやはり原因か」
二人に睨まれても動揺しないそいつは、本を開いたまま身動き一つしない。
「死ね!」
魔王がそいつに魔法を発動させたが、本にそっと手を添えるのと同時に魔法は消え、魔王も消え去った。
「!!!」
リィシャが目をまん丸に見開き、口を開けた。
恐怖を抱いたヤスコが海里から降りてみつこのフードを掴んだ。
「死ね? 死んでやるよ。全て終わったらな」
世界がどろりと溶けた。
ミスター・クレアは武器を手にしているが、そいつに向かって動くことはしない。
「お前らが邪魔しなきゃ、もうすこしゆっくりゲームを勧めておきたかったんだけどな」
「そうですか」
まるでノーワルドがそうだったように、全て歪にどろどろに崩れていく。
溶ける場所から闇が蠢く。
「!?」
「怖い? 大丈夫。目を閉じたらいいんだよ」
まるで他人事のようにそいつは言う。
「本当に、残念です」
武器を構えたミスター・クレアはそいつに向かって走り出すが、そいつの視界に入ることなく、闇に飲まれた。
最後に何か囁き、そいつは少しだけ驚いたように消えたクレアの後をみて、そっと目を細めた。
「いい加減にせえやあああ!」
サキが叫び、怒り任せに怯えることなくそいつに向かっていった。
そいつの襟首を掴み、締め上げる。
「……」
「サキ!」
「お前が悪いんだろが、全部よお! えぇ!? いつまで巻き込むつもりなんよ!? 何回やらせんだよ!!!」
「……何回、ね」
本を閉じ、表紙をサキの頭に押し付けた。
「こっちが知りたいわ」
黒い影が本から滲み溢れ、サキを飲み込んだ。
「サキ!!!」
みつこが魔法を放とうとすると、影から手が現れロットを奪い取った。
「これは」
最初にこの城に訪れたとき、懐中時計を奪った手と同じだった。
「だから、大丈夫だって。この世界は消すけど、君らは消えない。経験値は、まあ、初期値にもどるけど、精神面のレベルは上がったから」
何を言っているのか、理解できない。
だけど、そいつの服装や言動、瞳を見ていると、何かを思い出しそうになった。
「安心してよ。君らが協力的だったら……。きっと次で終わる。そしたらまた……」
そいつは黙った。
視界が暗闇に染まっていく。
どうすることもできない。どう対処したらいいのかさえ思いつかない。ひんやりとした感触に蝕まれ、意識が朦朧としていく。
「そしたら、また……」
視界が闇に溶けた。
「なんだっけ?」