魔王の予兆2
「魔王が……なんて?」
ヤスコは燃え上がった学園に目もくれない学長のミスター・クレアを見ながらもう一度訪ねた。
「魔王サーガがどうも動き出したようなんですよねぇ……。六年生も騒ぎ始めましたし、どうもきな臭くなってきましたねえ」
「きな臭いのは建物が燃えてるからちゃう?」
会話を聞いていなかったであろうリィシャが現れた。やすこは無言で海里の頭を一回叩き、突かせた。
「痛い!? なんで!?」
「魔王が鍵を手に入れただけで終わるはずがないってことなん? みつこに聞いた話によると鍵を手に入れたら大人しくする的なこと言いよった聞いたけど?」
「うーん……魔王ですからねえ。そこは……さて」
ミスター・クレアはリィシャの手を握り、海里に触れた。
「「ん?」」
「ここでは何ですし、場所移動しましょうかねえ」
ミスター・クレアの周りが光に輝いたと思ったら無数の小さな魔方陣が現れ、リィシャやヤスコを囲んだ
「ね」
一際強く光り輝くと彼女たちの姿は消えた。
それを一部始終見ていたほかのルーキーたちは感嘆の声を上げた。
「さすがハンター・ガールは違うな。勇者ミスター・クレアにも一目置かれてるのか」
「そうだよな。あそこだけ空気違うっていうかさ」
「あぁ、俺たちとは次元が違うよな」
――――
突如歩いていたら光が出現した。
それが自然に発生したものじゃなくて、魔法によって創られた光であることはすぐに察した。が、その光から現れた手を避けられるかという話になれば別なわけで
ただ唖然とみつこは捕まれた手に驚き、引き込まれた。
「ほげー!」
謎な奇声を放ちながらみつこは床に転げた。
固いと思っていた床は、思いのほかふわふわでとても柔く気持ちよかった。少しさわり心地を満喫してからみつこはゆっくりと起き上がる。
「何かようなわけ? 変態紳士さま」
「悪意を感じますねえ。手荒な真似をしたのは申し訳ありませんでした。ですが、都合というものが、こちらにもありますからねえ」
「そっちの都合なんて関係ないし。今から適当にダンジョンめぐり行くつもりだったんだけど」
最近まともに戦ってないから体がなまって仕方ない。
というと、最近頂上ダンジョン上ったやんというヤスコの声が聞こえたが、聞かなかったことにする。
「おや」
ミスター・クレアが手をワキワキとさせながらきょろきょろしている。
「一人足りませんね。炎の使い手サキさんは?」
「何その肩書きかっこいい。つうかあいつならカナタのとこじゃない? ストレスたまったらクエスト受けるらしいから」
その原因がしらっと言い切る。
「めんどくさい。あとで要件言えばええ。はよなんで集めたか教えてくれんの」
「そうよ。別に移動せんでもよかったん違うん?」
リィシャの急かす言葉にミスター・クレアは苦笑いを浮かべた。
「では、率直に言わせていただきますかねえ」
彼が移動した。上質な皮で作られた椅子に座り、足を組んだ。
初めての場所だが、彼の動きから察するに彼個人の家なのだろう。カナタの趣味同様部屋は暗い。天井を見ればシャンデリアがあるが光を放たず、部屋を照らすのはアロマの光だけ。
いろんな甘い香りが重い。
「先ほど二人にも言いましたが、魔王が動き始めました。魔王サーガはもう一人の魔王、ノーワルドの肉体を作り始めたんですねえ」
「ノーワルド? あのスケルトンに戦闘意欲なんて感じなかったけど、魔王サーガもだけど……鍵を手に入れてすぐ戦争起こそうとするなんて、理性的な魔物にしちゃ愚計だね」
もっとも鍵に一体どの程度の力があるのか知らないが。
みつこは違和感を少しだけ感じた。
「質問なんだけど」
「なんでしょう」
「直接何で私らにそのことを言うわけ? 普通王とか協会とかに言うもんじゃないの」
「貴女に頼まれた依頼でしたから」
「確かに頼んだけど……。なんでこんな人気のない場所で? カナタにはいってんの?」
「娘には言ってません。言わずとも知っている可能性がありますし……。この場所を選んだのは、少し理由があるのですが……お話しするつもりはありませんのでねえ」
食えないやつ。
みつこはそう思った。
「魔王が出るなら、勇者のあんたも出るんでしょ」
「いいえ」
「「「即答かよ」」」
名ばかりの勇者は即答で否定した。
「私はもう引退してますからねえ、若人に後を任せたいと思ってるんですよねえ。なあに、君たちが居れば何の問題もないでしょう」
「過大評価はやめてほしいな」
「とんでもない。君たちはこの世界のモノたちにはないものをもっている」
「ないもの?」
「えぇ、普通の人間なら持たないものを」
彼は立ち上がった。
「さて、お送りいたしましょう。魔王の情報は私から得たと娘には内緒にしておいてください。……拗ねますからね」
「ね、普通の人間なら持たないものって何? それが私らが変なゴタゴタに巻き込まれる理由なの?」
光と魔方陣に包まれながら、それが発動する前にみつこは彼に問うた。
彼は、指をゆっくり持ち上げながら首を横にふる。
「それが原因とは言い難い。ですが、それが理由で君たちは強いと言えましょうねえ」
「理由って」
彼は指を鳴らした。
みつこたちの姿は視界から消え去る。
残り香のように残る光の粒子が床に沈んで消えていった。
「恐怖無き傍観者。演じるは滑稽なる舞台の役者と矛盾した位置にいる彼女たちなら、いずれ気づくでしょう」
己が死を望みながらそれを拒む意思を持つことに。
「物語も終盤。……ですかねえ」