頂上へ
「おーい、引き籠りー」
扉を開けると扉についている歪な鐘の音が、突如現れた訪問者を知らせる。
相変わらずの薄暗い部屋の中の、カウンター越しに見える紳士ハット。いつもの通り返事はしないし、姿を現そうとしない。
みつこも気にせず中に入り、カウンターに持たれた。
「おいネズミ娘」
「だんだんひどくなっていってるな」
ひょいっと顔を上げたカナタ。
少し具合が悪そうだ。
「太陽の光浴びてないと人間は具合が悪くなるそうだぞ」
「適度に浴びてるから問題ない」
「電気つけなや」
ヤスコが勝手に電気のスイッチを入れた。
薄暗い部屋が明るくなる。
いつも何があるかわからない部屋はいろんな書類が床やら椅子やらに飛び散っていた。
「掃除しろよ。というか、何? ヒステリーでもおこしたの?」
「……風で飛んだ」
「窓閉まってるけど……ロア」
武器化して、魔法で小さな風を起こし、書類を破かない程度に集めた。
手の中に集まった書類をきれいに束ねて、机の上に置く。
「それより、お前たちにちょうど頼みたいことがあったんだ」
「ハンター協会設立についての協力?」
「そんなの。お前たちに最初から期待してない」
「はらたつな」
カナタは鼻で笑ったあと、指をならした。
上から落ちてきたアポロがみつこの頭の上に着地し、その手の中へ納まる。
「ちゅ」
看板いわく。
『サキちゃんたちがピンチだよ。助けに行ってあげて!』
とのことだった。
「ピンチ~? あいつら今どこよ」
「塔だ」
「あー……前回いくつってたあの塔ね。なんでピンチになんのさ。上っていくだけだろ」
「ただのダンジョンではない」
カナタはそういってお湯を沸かし始める。いつもの変なお茶でも飲むつもりなのだろう。
みつこはアポロによって手渡されたクエストの書類を見た。
「へえ、一度は入れば最上階まで行くしか、ほかに出口ないんだ」
「そうだ。窓はあるが結界により外には出られない。上がったら下へ戻る階段は自動的に姿を消す」
「誰が建てたんや。んなめんどくさいダンジョン」
やすこが如何にも迷惑そうな顔で言う。
「さあな。よほどの実力を持った暇人が居たんだろう」
「「ミスター・クレア?」」
「あれは……。どうだろう。あれかもしれないな」
彼の本当の実力は知らないが、と言ってカナタはアポロを二匹に増やした。
「一匹そばに貸してかしておくから、ちょっくら行ってきて」
「「えー。だりぃー」」
「てめーら一応仲間だろーが」
「そうだっけ」
やすこは首を傾げた。あんだけ一緒にいたというのに薄情な女である。
みつこはやすこの首をつかんで歩き出した。
「まーいぃよー。借りは作っておいて損はないしねー」
「仲間疑問形だな」
「ちょっくら行ってきまー」
扉の向こうへ消えていった二人を見て。カナタはため息をついた。
「仲間意識が欠如してる……個人的自我を強く強調しすぎたか、それとも戦闘能力と同じく性格が大きくなったのか」
さて、ぼちぼちと限界がやってきている。
「まあ、もうじきなんか起きるだろうな」
本を取り出し、何も書かれていないページを見る。
やすこがつけた電気の光では何の文字も見えない。暗闇でないと読めないこの文字は、一体どんな意味があるというのだろうか。
アポロがみつこたちがまっすぐ塔のほうへ向かっているということを報告した。
「そっか」
「ちゅ」
アポロからの念話が来た。
---なぜそんなにも『あの力』を使ってまで、彼女たちに協力するのか。
なぜ?
「……何故だっけな……」
カナタは入れたばかりのお茶を窓に向けて、全力で投げつけた。熱いお茶は床に垂れ、窓は粉砕した。陶器も跡形もなくゴナゴナ。
カナタの急な行動に驚き、机から落ちたアポロをそっと拾い上げる。
「分からん。けど、やらなきゃいけないことがある。それに今はそんなことどうでもいいんだよ」
「ちゅ」
「そう、災難だ。この世界を揺るがす大きな波がくるぞ」
本の予言はほぼ当たる。
変えるには人の力が必要だ。
運命なんてものは、決められた道順に人が進んだものを言うものだ。ならば、あえて逆らえばいい。
逆らう運命だったなんて言われればそれまでだが、そういい返す輩がいるのであれば、私はこう返そう。
「白黒はっきりつけられぬものを、運命なんて呼べないね」
本を机の上に置き、みつこが集めた書類を地面に向けて思いっきり投げつけた。
「壊してやるよ。気に喰わないならすべて」
自分のため。周りのため。何のためであろうと……どうでもいい。
私の本願はただ一つ。
「さてと、たまには動くか」
「ちゅ」
帽子をかぶってみつこたちの後を追う。
あの塔は、一癖も二癖もある。彼女たちだけでは少し難易度が高いだろう。
攻撃力も、魔法力もない私だが、情報だけなら協力できる。
「さあいこう」
扉を開けて、日差しの明るい世界へ飛び出した。