どちらがどちらでもどちらだ
「こんなところまで鼠がもぐり込むなんてね」
と爽やかな笑みを浮かべながら、デカイ槍を持つ無駄な騎士が一番に入ってきた。
その後ろをエプロンドレスを着た少女が肉切包丁を持って現れた。
みつこを見ると、ぽつり
「切る。作る。食べる」
「喰われる」
みつこの後ろに隠れていたカナタが、こそっと動き出した。
「?」
みつこは振り返り、その様子を見ているとカナタは少し離れた場所で親指を立てた。
「暴れていいぞ、許す」
「おま……」
鈍い音が響き渡った。
カナタよりも後ろ側にある玉座の向こう側に、鉄製の扉があり
傷一つついていない扉が開いた。
すると、好戦的だった魔物たちが全員膝をつく。
ぼろぼろになった部屋に充満する禍々しい妖しい殺気の気配。
「お?」
みつこが振り返ると、そのくりくりの目を見開いた。
「魔王……サーガ……?」
骨でできた面を被った大男。
邪悪な気配を纏い、その手には妖しい色を放つ錫杖。
【来たか……ハンター・ガール】
みつこはロットを構えた。
「やあ」
予告もなく攻撃を放つみつこ。
しかしその攻撃は魔王サーガのもとへ行く前に、他の魔物によって打ち消された。王を守るために盾になったのか、魔王に操られ盾にされたのか、消えた彼らにしかわからない。
次の攻撃のための魔力をチャージしながら、みつこは敵を分析するため見つめる。魔王は一歩前に出ると、剣を手前に追いた。黒い鞘に収まる剣は停戦の申し出だろうか。
【さすがハンター、一切の無駄がないな……話し合いなど無用ということか】
「……いや、聞くよ。meになんか用?」
「だからなぜ攻撃するし」
呆れた顔でカナタはみつこを見たが、諦めたようで本を手のひらに出現させた。
「あんたらが求めてんのは、鍵だろ」
みつこは手に入れた鍵を取り出し、魔王のほうへ見せつけた。
他の魔物が雄たけびを上げる。
【それだ。返してもらおう。素直に返してもらえるならこちらも……手荒な真似はしない】
「それが人にものを頼む態度?」
「お前がな」
カナタは横に立つ人物に目を向けた。
「ん? あ、生きてたの」
「えぇ、まあ、すけるとんなのでねえ」
「関係あんの?」
魔王スケルトン。みつこの攻撃を直撃したように見えたが、どうやらNOダメージだったようだ。
(まあ無属性だしなあ、効果打消しでもしたのかな)
とか、考えていると、心を読んだのかスケルトンは「そんな感じですねえ」と返した。
「……」
「しかし、本当にわざわざ鍵を返しにここまで来たのですかねえ?」
「何が言いたい?」
「いいえ? ただねえ~、何を企んでいるのかと思いましてねえ」
スケルトンは白い発光を強く弱く繰り返す魔王を見ながら、本を強く握った。
「おぉ、それを使うのはやめていただきたいですねえ。ぜひとも、フェアな関係でいたいものですからねえ」
「魔王とハンターが? 笑わせる」
「あなたのほうが、魔王みたいですねえ」
「さっきからミスタークレアにみたいな口調で腹立つんだけど」
「私のほうが先ですからねえ。あっちのほうがパくってんですけどねえ」
どうでもよくなってきたカナタはみつこのほうを見た。
鍵をちらつかせて悪い顔で笑っている。
たしかにどっちが悪役か分かりやしない。
「これ、返してほしいんだったら私の質問と御願いに答えてくれる?」
【……構わん】
「じゃ、まず。質問から」
鍵を手の中にしまい込み、みつこが魔王サーガを睨んだ。
「あんたらはもともと人界には存在しなかった。それが急に現れ、あちらの世界で
暴れるようになった」
それは別に普通の摂理だと思う。
なんらかの歪みで世界がつながったとかそんなんだと思うし、ただ、私が気になるのは。
「誰が、あんたらを人界へと手引きした?」
姫は言っていた。魔物は昔はいなかった。
『神』が、『扉』を開けてこの世界に魔物を放り込んだと
その姫が言う神かはわからないが、この城に『神』は確かにいた。
確証はないが、神と仮定し、あの場で閉じ込められていたとしたら、なぜあの時現れた黒無駄騎士は反応しなかったのか。
協力関係か不明だが、そうでないとすれば魔王から鍵を奪ったであろう神がいなくなっているという事実に一切のリアクションがなかった。
つまり初めから誰もあれを捕えていなかったということではないだろうか。
そして、間取り的にあそこは本来牢屋ではなかっただろうことが、あの無駄騎士が部屋を一部破壊したことによって分かった。
だが、そのことが意味することはまだ分からない。
「……」
カナタは手にしていた本を消した。
「みつこ、興味ないふりして実は気になってたんだね」
「いや、興味はないけど……知っておくに越したことはないかなって」
そう言って魔王を見上げれば、彼はしばらく沈黙したのち
静かに答えた。
【確かに、我が国と人界は元は別の次元にあるもの、お互い交わることなど本来ならありはしなかった】
「……」
【その鍵……】
みつこの手の中にある鍵を見た。
【我々眷属は人とは違い、子を生すことができない。魔力で持って作ることもできるが、いちいち雑魚まで作る暇などない】
「はあ……?」
【その鍵は、我が眷属を産みだす扉を開閉させる鍵だ。開けっ放しになった扉の先が何故か人界に繋がっていたという話だ】
「へえ魔物を産みだす扉の鍵なんだ……ふうん」
みつこは鍵を見つめて、ぼそりとつぶやいた。
「これ壊したら世界は安寧なんじゃね?」
【取引はどうした】
「おおっと、口に出てた?」
魔王にも突っ込まれるみつこ。
みつこはにやけた口を押えながら、頭の中で整理した。
つまり、鍵は何に代えがたい大事なもので、誰かに預けるなんてことはしていない。手引きなど、されていない。
が、扉が人界と繋がった。
結果、鍵が人界にあると判断。
ということか
「神ねえ」
こいつの存在はもはやないものと思っていいだろう。
なぜならあの世界は『強い想いが力へと変わる』から
「ふうん、じゃ次の質問」
指をVの形を作り、魔王を指さした。
「なんで人界で世界を亡ぼそうとした? なぜ魔物を回収しなかった」
【……貴様らの中では我々は人間を襲う生き物だろう】
「知識がない魔物は、ね。少なくとも知性のあるあんたらはむやみに人を襲ったりしないと思う。特に、あんたは」
殺せるはずのサキたちを殺さず、meを呼び出すための餌とした。
あとで殺すなら先でもあとでもどっちでもいいはず
「種の存続を望むなら、ハンターが出てきた時点で戻せばいいんじゃないの」
【……さっきも、言っただろう。鍵がなかった。鍵によって扉が開かれ、生まれた魔物すべてそちらの世界に行くように仕向けられていた】
「へえ、じゃあ滅ぼそうとしたのは? あんた、交渉しなかったわけじゃないんでしょ」
【していない。いや……出来なかった】
「出来なかった?」
【鍵を奪われる前、鍵を奪われた数千年、記憶がないのだ】
記憶がない?
「わたくしどもはその時確かにお聞きしましたわ。【世界を支配する。今すぐに出陣だ】と」
無気力なメイドがそういえば、魔王がそういうことだといった。
記憶がない間、やけに好戦的で軍を率いて人界へ参り、暴れまくったと、そういうことらしい。
そんなことしてメリットある人いるのか?
「……」
【もう質問はよいか】
「いいよ、じゃあお願いだけど」
みつこは魔法の杖を構えた。
「あんたとだけ戦いたいんだけど」
ニッと笑うみつこに他の魔物の殺気が膨らんだ。
魔王は手にしていた剣を鞘から抜いてみつこに突き付けた。
【よかろう。かかってこい】
「もういっこお願いあるんだけど、あんたによって死にかけの仲間助けたいから先に戻ってもいい?」
【……構わん】
「おやおや、これはおもしろい展開ですねえ……ん?」
スケルトンは隣にいたカナタのほうを見た。
先ほどから機械のように何の感情も持たない表情をしていたものが、本で口を隠していた。
横から見る彼女のその表情は
「……」
嗤っていた。