扉の外
明るい景色に目を細め、扉の向こうへ進めばそこは絢爛豪華な装飾を惜しげもなく披露した会場が広がった。
美しいドレス。豪華な衣装。
「……」
みつこたちは明らかな場違いに震えていた。
「どどどどど、どんなもんだい」
「意味わからんぞリィシャ」
「てか、リィシャもヤスコも勇者一族だろ? こういう場は慣れてるんじゃないの?」
みつこの質問にヤスコが答えた。
「勇者一族いうたかて、昔のことに等しいし、うちの一族の場合すでに『商家』に染まってるしなあ……いっても本家のご当主様だけやな」
「じゃあなんでお前ハンターやってんだよ」
サキの突込みに小さい声でヤスコは「やりたくてしよるわけやない」と呟いたあと、めんどくさそうに説明した。
「商家でも元は勇者の血族、直系で『真の武器』をもって生まれたこどもは絶対ハンターにならなアカン掟なんよ」
「その顔」
身分が高いものほど部屋の中心へ、低いものほど、壁の側。
みつこたちは壁にもたれながら女官たちが持っている食べ物を戴きつつ権力者たちを眺める。
「お前らのご当主様はいらっしゃるのか?」
皮肉気にサキがいうと、リィシャが即答した。
「おるわけないと思う」
「なんで?」
「僕んとこはヤスコの『商家』とは違って、まっとうじゃないもん」
「じゃあ何? 『殺し屋』か?」
「そう」
みつこは、リィシャから四歩離れた。
「なんで離れるん? なぁなあ」
「話しかけるな戦闘狂」
どうりで最初切りかかられたわけだよとみつこはぼやく。それを聞いてヤスコとサキは呆れたと言わんばかりにリィシャを見た。
「というかカナタどこ行ったん?」
「あの輪の中見てみろよ」
貴族連中がいい笑顔でカナタに話しかけていた。カナタはそれらをすべて無表情で返しているのが見える。
愛想笑いぐらいしろよ。
と、扉が派手に開いた。
「皆、健在か?」
「「「「変わりありません王様」」」」
ブロッコリー!! と叫ぼうとした四人だったが、くちぱくで終わった。横を見ればアポロがやっほーと手をあげていた。
「ネズミでも操りの能力は発揮できるのか……というか、さすがカナタ。私らの性格分かってらっしゃる」
「つーかマジブロッコリーやんな。銅像のまんま!」
「すごいアフロやなあ、背ぇちっさ!」
「もっと小さい声で毒吐けよヤスコ。リィシャも禁句言うなよ」
サキの注意に二人は小さい声で「はーい」と返事した。
生きたブロッコリーは長い階段をおり、自分の愛娘の横に立った。娘のほうが大きいってどういうこと
「此度は我が娘の八歳の誕生日。みな心ゆくまで祝い楽しんでいってくれ」
「贈り物ありがとございます! 大事にしますわ!」
何故か皆拍手をしていたので、みつこらも合わせて拍手をする。
と、拍手がやんだタイミングを見計らってか、誰かが挑発的にこういった。
「賢者殿、ランジェ姫様のこれからの運命を予見していただけますかな?」
全員の視線がカナタに向けられた。
先ほどまで媚び売っていた貴族の連中の目までもが、相手を小ばかにするような蔑みの目を向けている。
「予見できるん?」
ヤスコの質問にアポロはサッと看板を出した。
『カナタは預言者ではない。また賢者でもない。ただ人よりも情報を知っているだけだ』
恨みを買っているというわけか。
もしかしたらクエスト屋で顔を出さないのはそういう理由があったのだろうか。
「わあ! 面白そうだわ、ぜひお願い」
「ぜひ国のことも予言してくれ」
姫のことのみならず、王が国のことをみろと直々に言った。
カナタはいつもの表情を崩さず、何も言わない。
「くくっ、そんな力など持ち合わせておらんことは王族以外の全員が承知のことだ」
近くにいた兵士が嗤う。みつこは小さくロアを杖に武器化させ、小さいロットから電気の攻撃を放った。
兵士たちは泡をふいて倒れた。それを見ていたサキが囁く。
「やけに嫌われてるなあいつ」
「カナタだけじゃないかもよ」
みつこの言葉に不思議そうに首を傾げる三人。
何も言わないのでカナタのほうへ目を向けた。
「……」
こちらもだんまり。
「どうしたのだ?」
王様が声をかけると、カナタは頭を少し下げ、まっすぐ王を見据えた。
「失礼ながら申し上げます。これからそう遠くない未来、波乱が巻き起こるでしょう。それはやがてこの国、いえ、この世界全てを飲み込み……」
そこから先は、続かなかった。
「無礼者! この場でよくもそのような戯言を申せるな!!」
将軍が剣を抜き、カナタに突き付けた。
それを見て女性群は悲鳴を上げて離れ、その様子を見た王は将軍に一喝した。
「黙れ! 剣を下げよ!! カナタよ。全てを飲み込んで、どうなるのじゃ?」
「……さぁて、どうなることでしょう」
「何故そのようなことが分かるのです?」
ランジェが問うとカナタは本を開いた。
「この世のどこを探しても永遠に続くものなどありません。それは時に緩やかに、時に激しく、形を変えていくものです。この国とて、そう。首都の場所を変え、王を変え、人の本質も変わってきました」
みつこはふと、死者の森にある古都を思い出した。
『昔は魔物などいませんでした』
神が扉を開くまでは……。
「あー」
カナタが、本を閉じた。
「ざっくりいうと、不穏な気があるから」
「不穏な気というのは、どういうことじゃ」
「ご心配なく、こちらで調べますので」
「なんだと!? 国の一大事を、我々国兵でなく、貴様ら一介の狩人に任せよというのか!」
将軍が噛みつかんばかりに怒鳴る。
その言葉に兵士たちがそうだとわめいた。
「なるほど」
みつこは納得した。
なぜこの場の連中がカナタのみならず、こちらにも冷ややかな目を向けていたか分かった。
国王がお飾りといわれ始めたのはいつだったか―――ハンター協会が国民の心を掌握し始めた時から、軍事、民法などなんの価値も意味もなさないものに変わった。
モンスターが暴れれば頼むのはハンター協会
生活の暮らしに必要なものは魔物が独り占めしているか、その魔物から採取する必要性があり、やはり頼むならハンター協会。
村や町、各部落で抗争をおこそうものなら血の匂いにつられるか、住処にしているところを荒らされ怒った魔物に襲撃されかねないため、そんなものすら古今薄れていると聞いた。
実質、この世界の権力を握っているのは『ハンター協会』もしくは『商人』だろう。
「だいたい狩人が城に足を踏み入れていることすら許せぬ」
「王様の前で見苦しいですよ。それから訂正すれば私はハンターでもあり、情報屋でもあり、商人でもあり……」
「そのような肩書どうでもよい」
「肩書にこだわってるやつに言われたくない台詞ですな」
カナタはめんどくさそうにため息つくと、将軍に向かって拳を突きつけた。
「な」
「では、こういうのはいかがですか?」
「殴りあうの?!」
なぜか嬉しそうに眼を輝かせるランジェ姫。
「試合です」
カナタの紫の目が将軍の目を捉える。
「たかが狩人のハンターと、素晴しき親衛隊の皆様と、試合を行うのです。これでどちらがより優れているか分かりましょう」
「よかろう。貴様らに負ける程我らの腕は落ちておらんぞ」
「負ければ恥を受けますが、よろしいので?」
「勝てばよいのだ。格の違いを見せてやろうぞ」
二人は王を見た。
王は周りを見て、楽しみにしている顔をしている姫を見て。ゆっくり頷いた。
「許可しよう。中庭に移動!」
みんな広い城内の中庭に移動した。
「カナタ一人で戦うんかな?」
「なにげ向こうに師匠居たから、師匠たちがやるんじゃない?」
「お前の師匠なんで灰になってんだ?」
みつこは女性陣に避けられ灰色になっている師匠ハズキの背中を見ながら言うと、サキが不思議そうに言った。
「オーラがすごすぎて女にモテねえの」
武人オーラも凄すぎるとヤバい人扱い。ざまあ
「ルールはどうするかの」
「『まいった』と言うまで行うというのはどうでしょう」
「いや、これは試合でも、我々にとって威厳をかけた戦い。『気を失う』までに」
王様はふむ、と悩んでいたが、よほど自信があるのかカナタはいいでしょうと同意した。
「ところで、この戦いで貴方は闘われるのですか?」
「無論。将軍である私が出ないはずなかろう」
「なるほど道理。では発案した私が貴方のお相手になりましょう」
「当たり前だ。でなくば、誰が私の相手をするというのだ? ミスター・クレアか?」
挑発するように嗤う将軍に、他の兵士も笑う。
「私はこのように将軍とは差があります。もし負けてしまった時のために、あと四人、先に戦わせたいのですが。五回戦ということです」
「ほう、よほど腕の立つ者たちなんだな」
「勿論」
みつこが腕を組みながらサキをつついた。
「四人だって。師匠たちとちょうどいい人数だけど……嫌な予感するのはmeだけ?」
「さすがにアタシら出さねえだろ。ペーペーだぞ」
王からも許可をもらい、将軍が四人の腹心の部下を呼んだ。
いずれも屈強な男たち。
対しカナタが呼ぶのは。
「巷で有名な、とても優秀なルーキーたちで、こう呼ばれております」
るーき……え?
「ハンター・ガールたちです」
ほら来いよ。悪魔が笑顔でこちらを手招きしていた。
みつこがつぶやくようにサキに言った。
「ほらな」